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甲状腺ホルモンで良くならない、甲状腺機能低下症の謎 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書を書いたり、
健診結果の整理をしたりして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はあるホルモン異常の話です。

まず事例をお示しします。

患者さんはTさん。40代の女性です。

出産後から非常に疲れ易くなり、
何をするにも普段の倍はエネルギーが必要、
という感じです。

足は浮腫み易くなり、
髪の毛が抜け易く、
寒さに弱くなります。

おかしいと思ったTさんは、
総合病院の内科を受診しました。

担当医は簡単な診察をして、
血液の検査をしました。

結果は血液の蛋白質がやや低めで、
軽い貧血があります。
それから、筋肉が壊れた時に数値の上がる、
CPK の数値も少し上がっていました。

これで、ははあ、と思った担当医は、
採血で甲状腺ホルモンの数値を測ります。

その結果は遊離-T4が0.4ng/dl で、TSHが8.2μU/ml というものでした。
これは甲状腺ホルモンであるT4が正常の半分くらいの数値に低下し、
甲状腺刺激ホルモンであるTSHが軽度上昇しています。

つまり、軽い甲状腺機能低下症の状態でした。

甲状腺機能低下症の主な原因は、
橋本病という病気です。
これは、自己免疫の異常で、
甲状腺に慢性の炎症が起こり、
そのために甲状腺ホルモンの数値が下がるのです。

そこで、その判定のために、
抗マイクロゾーム抗体と、
抗サイログロブリン抗体という、
甲状腺の自己抗体の血液検査をすると、
いずれも陽性でした。

つまり、橋本病による、甲状腺機能低下症で、
診断は間違いがなかったのです。

甲状腺機能低下症では、
身体のだるさや浮腫みなどの症状が出、
CPKの数値も上昇します。

従って、症状も検査の数値も、
上の診断で間違いはなさそうです。

甲状腺機能低下症の治療は、
勿論甲状腺ホルモンを補充することです。
これは通常チラジンSというT4のホルモン剤を、
飲んでもらう、という形で行ないます。

高度の機能低下症であれば、
その補充は慎重に少量から行ない、
軽症であれば、最初から通常の量を補充します。
その目安はTSHの数値で、
概ね10以下であれば、
通常の量をそのまま使用しても、
大きな問題はありません。

TさんのTSH は8くらいですから、
これなら軽症の部類です。
担当医はそれでも慎重に、
まず25μg という量を使用し、
それから2週間くらいで、
その量を50μg に増量しました。

ところが…

Tさんの症状は、
甲状腺ホルモンを飲んでも、
一向に良くなる様子がありません。

身体のだるさも疲れ易さも、
むしろ強くなっているのでは、
と感じるくらいです。

それで、Tさんはそのことを診察の時に担当医に言いましたが、
担当医は自分の診断に自信を持っていて、
「ホルモンが正常になれば、
そのうちに良くなりますよ」
と取り合ってくれません。

それでTさんは診療所にご相談に見えました。

診断は甲状腺機能低下症で間違いはない筈なのに、
何故ホルモン剤を使っても、
症状は改善しないのでしょうか?

皆さんはお分かりになりますか?

これは実は先週の記事と関係があります。

最初の甲状腺機能の数値を見て頂くと、
T4というホルモンの値が低い割に、
甲状腺刺激ホルモンである、
TSHの値はそれほど上がっていません。

これが実はちょっとおかしいのです。
本来は上がるべきTSHが上がらないとすると、
その原因の1つは甲状腺ではなく、
脳の下垂体にありそうだ、
ということになります。

それで僕は下垂体のホルモンの数値を、
甲状腺以外も測定してみました。

すると、副腎のステロイドホルモンを刺激する、
ACTH という下垂体のホルモンの数値が下がっています。
同時に測定したコルチゾールというホルモンの数値も、
低めの値を示していました。

つまり、T さんには下垂体性の副腎不全があったのです。

甲状腺の機能低下症に副腎不全が同時にあると、
原則としてステロイドのホルモンの方を、
先に補充する、というのが治療の鉄則です。
これはステロイドホルモンが不足した状態で、
身体を活性化させる甲状腺ホルモンだけを補充すると、
副腎クリーゼという、一緒のショック状態を、
誘発する危険があるからです。

Tさんの症状の主な原因は、
甲状腺機能低下症ではなく、
副腎不全にあったのです。

それで僕は、まずステロイドホルモンの補充を行ないました。
具体的にはコートリルという薬を、
10mg から開始して、
15mg まで増量しました。

すると、2週間ほどで、T さんのだるさの症状は、
自分でも明らかに感じられるほどに、
はっきりとした改善が認められました。

その時点で血液検査をしてみると、
意外なことには、甲状腺機能の数値は、
ほぼ正常に戻っていました。

ステロイドホルモンの欠乏が、
甲状腺に働いて、
軽度の甲状腺機能低下の原因となっていたと、
推測がされますが、
その詳細な機序は不明です。
ただ、ステロイドが過剰にあるとTSH の分泌が抑えられる一方、
正常なTSH の分泌にはステロイドが必要で、
TSH がステロイドの欠乏では、
過剰に反応することも報告があります。

結果として、T さんには甲状腺ホルモンの補充は必要なく、
ステロイドホルモンの補充だけで、
症状は改善し、甲状腺機能も正常に戻りました。

診断は先週ご紹介した、
「ACTH 単独欠損症による副腎不全」で、
橋本病はその合併症です。

実はこの合併は意外に多く、
ある統計ではACTH 単独欠損症の12%は、
橋本病を合併していた、とされています。

しかし、甲状腺機能低下症は、
橋本病で起こったものではなく、
ステロイドホルモンの低下による、
一時的な反応だったのです。

今日はちょっとマニアックな、
ホルモンの病気の事例をご紹介しました。

ホルモンの病気の診断の奥の深さの一端を、
ちょっと感じて頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 15

はっちぽっち

はじめまして、私は潜在性橋本病と診断されて四年目の37才です。去年は無痛性甲状腺炎になり、びっくりしました。検査の度にどきどきしますが、その検査技術に感謝したくなります。
先生の甲状腺のマニアックな話、これからもたくさんお聞きしたいです。
by はっちぽっち (2010-04-12 17:48) 

iyashi

私の従兄弟が矢張り下垂体機能異常で、一時心停止になりましたが、今はコートリル、チラーヂンS、それと若干血圧が高いためARBを服用していて状態は安定しています。
元気に仕事もしています。
小脳の異常は特に怖いですね。
by iyashi (2010-04-12 20:36) 

iyashi

たびたびすいません。。。
あとアスパラKも服用していると言ってました。
by iyashi (2010-04-12 20:48) 

fujiki

はっちぽっちさんへ
コメントありがとうございます。

ご期待に沿えるかどうか分かりませんが、
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-04-13 08:01) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

僕はあまり重症な方は診たことがありませんが、
確かに恐い面はあります。
何故カリウムを補充しているのかは、
ちょっと不思議ですね。
by fujiki (2010-04-13 08:04) 

グレタ

はじめまして
私の娘は汎下垂体機能低下症と診断されて5・6年になりますが、ホルモン補充の成果があがらず、内分泌性ミオパチーで苦しんでいます。
これらについての情報があれば教えてください。痛みのない生活が出来ればと思います。よろしく!!!
by グレタ (2011-01-19 11:20) 

fujiki

グレタさんへ
コメントありがとうございます。
ステロイドの補充は体質によって、
難しいケースがあると思います。
ステロイドの種類を変えてみたり、
飲み方を変えてみるのも、
1つの考え方かと思います。
by fujiki (2011-01-21 08:26) 

グレタ

ありがとうがざいまず。
北海道に住んでいるので、今はひき続きこちらで・・・こんどは甲状腺専門の先生にも見てもらうようになりました。結果はまた。
ブログ読みますので・・・ちょっとしたことが希望に続くとこがあると思うんです。
by グレタ (2011-01-21 14:49) 

BBphoque

はじめまして。
橋本病を患うものです。
橋本病で検索していて先生のブログに巡り合いました。
何年も前の記事にコメントして先生がご覧になるのか
心配なのですが、相談させてください。
私は2011年5月に出産し同年9月に血液検査により
橋本病と診断されました。
ちなみに海外に住んでおります。
Euthyrox100mgを10月から服用しておりますが、
だるさ
抜け毛
むくみ
舌肥大
うつ症状
皮膚乾燥
低体温(平熱35度)
などの症状がとれません。
主治医(甲状腺の専門医)に相談しても
T3,T4の値が正常値なので自覚症状は心理的なものだと
言われ、抗鬱剤を処方されました。
先生の記事を読み、自分にもACTH 単独欠損症による副腎不全が
あたるのではと思うのですが、専門的なことなので
主治医にどのように説明し検査してもらえばいいでしょうか?
是非、お知恵を拝借できないでしょうか?
よろしくお願いいたします。
by BBphoque (2011-11-27 01:02) 

fujiki

BBphoque さんへ
難しいのですが、
副腎不全による症状の可能性がないかどうか、
調べて欲しい、と言って頂くのが、
良いのではないかと思います。
by fujiki (2011-11-28 09:03) 

こんにちは

甲状腺ホルモンの記事読ませていただきました。とってもわかりやすくて勉強になりました。実は先日、娘が甲状腺ホルモンの値が(多分tsh)11とでてしまい、お薬が始まりました。ネットでいろいろしらべたら、成長しにくいということで、ショックです。私のなにがいけなかったのか、毎日悲しくてしょうがないです。しかし飲ませないより飲ませて、少しでもよくなればと、毎朝ミルクに混ぜて飲ませてます。この記事読んで勉強になったので、諦めず向き合っていきたいと思います。
by こんにちは (2012-10-04 11:53) 

fujiki

こんにちはさんへ
コメントありがとうございます。
少しでも参考になる点があれば幸いです。
小さなお子さんの11というのは微妙なところで、
今後治療は必要がなくなる可能性も、
あるように思います。
甲状腺ホルモンのレベルが正常であれば、
お子さんの成長には問題はありませんので、
今はご治療を続けて、
ご様子を見て頂くのが良いと思います。
by fujiki (2012-10-09 23:02) 

りんご

随分前の記事ですが、質問させて下さい。

身体の不調から甲状腺の検査をし、FT3、FT4、TSHとも低い数値でした。
TSHは1位で、FT3、4はどちらとも低値でもギリギリ基準値範囲内なので低下しているとは言えないかもしれませんが、低下症の症状がありチラージンを服用しています。
数値を基準値の真ん中位にもってくるのが目標とのことです。

薬を飲んでの変化は、2、3ヵ月に一回だった生理が毎月来るようになったことと、はっきりは分かりませんが抜け毛も以前よりはましになったような気がします。他のむくみや、倦怠感はあまり変わりません。

TSHが高くなかったので、チラージンを飲む必要はないかなとは思いますが、ずっと不順だった生理が正常になったので辞めずに飲んでいる状況です。
この記事を読んで、私の症状も副腎不全と関係しているのではないかと思いました。
一度、副腎不全の検査をしてみる必要性はあるでしょうか。

よろしくお願いします。
by りんご (2014-01-08 21:22) 

fujiki

りんごさんへ
コメントの内容だけからは、
何とも言えないのですが、
一度副腎不全の有無のチェックをしておくことは、
意味のあることだと思います。
by fujiki (2014-01-09 08:29) 

たんぽぽ

初めまして。いつもブログを読んで勉強させて頂いています。
原因がわからない特発性好酸球増多症を患って、10年になります。プレドニン一日5ミリ、リューマトレックス週2ミリで好酸球の割合が20%くらいです。TSHの12、t4の値が、1.0、t3の値2.56で、疲労感が強くうつ感もあったので、潜在性甲状腺機能低下症と言われ、チラージンを12.5を毎日始めました。ところが、頭痛や眠気、浮腫が激しくなり聞いてみると、続けていれば良いと担当医。しかし、体力が枯渇して丸3日眠りつづけるような状態になり、血液検査の結果、Law t3症候群だとわかりました。
太る速度や、疲労感が増したのは甲状腺が問題ではなく、好酸球によるものだったのでしょうか。普通の人のように、元気になりたくてチラージン飲んでいたのですが、私には不要だったのでしょうか。
お忙しいところ、申し訳ありません。アドバイス頂けたら幸いです。

40代 女性です。
by たんぽぽ (2014-08-08 18:04) 

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