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DPP-4 阻害剤による重症低血糖について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨年から新しいタイプの糖尿病の薬が、
相次いで発売され、
患者さんへの実際の使用が始まっています。

その先陣を切ったのが、
DPP-4 阻害剤という種類の薬で、
日本で最初に発売されたのが、
シタグリプチンです。
これはグラクティブとジャヌビアという、
2つの商品名で、2つの製薬会社から、
それぞれ発売されています。

本題からはちょっと逸れますが、
このように全く同じ薬でありながら、
日本では2つの会社が、
それぞれ別の名前で新薬として発売する、
という特殊な形態が、しばしば見られます。

それを別々の会社の担当者の方が、
別々に説明に訪れ、
別々に販売が競われます。

しかし、価格も全く同じで全く同じ商品なのに、
別々の新薬として承認され、別々に販売されるというのは、
色々と事情はあるにせよ、
はなはだ紛らわしく、奇妙な現象です。

それはともあれ、
この薬は昨年の12月に発売され、
その市販後調査の中間報告が、
今月発表になりました。

そこで僕がちょっと気になった点を、
今日はご紹介します。

DPP-4 阻害剤という薬については、
以前に何度か記事にしましたので、
詳細はそちらを見て頂きたいのですが、
これまで糖尿病の飲み薬の主力であった、
SU剤というタイプの薬
(商品名では、アマリールやオイグルコンが、
その代表です)
とは全く異なるメカニズムで膵臓を刺激し、
インスリンを分泌させる、という薬で、
その効果はマイルドですが、
低血糖を起こし難く、
その上膵臓を保護し、膵臓の細胞を再生するような作用を、
兼ね備えているのではないか、
とされている薬です。

つまり、これまでの糖尿病の飲み薬の欠点を、
一気に払拭するような画期的な薬なのです。

通常この薬剤は、
単独で使用するか、
SU剤と一緒に使うか、
それともアクトスのようなインスリンの効きを改善する薬や、
最近その使用が多くなっている、
ビグアナイドというタイプの薬と一緒に使う、
というのが、現在日本で認められている使用法です。

それ以外に糖尿病の治療薬としては、
糖分の吸収を抑える作用を持つ、
α-グルコシダーゼ阻害剤、というタイプの薬や、
インスリンの注射薬がありますが、
そうした薬剤とDPP-4 阻害剤との併用は、
現時点では認められていません。
これはただ、一緒に使うと良くない、という意味ではなく、
現時点でまだ併用のための臨床データが、
集まっていない、という意味合いです。
今後2年以内には、併用が可能となるのでは、
と言われています。
例によって、かなり気の長い話ですね。

さて、この薬はそのメカニズムから、
低血糖の副作用は、
非常に起こり難いのでは、と言われていました。

ところが…

今回発表された市販後調査の中間報告を見ると、
低血糖症状が31例報告され、
そのうち13例は重篤と評価されています。

その殆どは他の糖尿病の治療薬との併用の事例で、
年齢は60代以上で高齢者が圧倒的です。

問題の第一は、そのうちの4例では、
一緒に使ってはならないと現時点ではされている、
α-グルコシダーゼ阻害剤や短期作用型のSU剤が、
しっかり併用されている、
ということです。
併用が副作用の原因とは僕は思いませんが、
添付文書も読まずに新薬の処方を行なうという行為が、
実際に数多く行なわれている、
という現実には、医師の危機感のなさを、
感じざるを得ません。
こんなことを今していたら、
どんなに医者に厳しい法律改定が行なわれても、
あまり文句は言えないということになってしまいます。

僕も含めて実地の医師の、
猛省を促したいと思います。

低血糖の典型的な事例を1つご紹介します。

患者さんは70代の女性で、
アマリールというSU剤を3mgと、
ベイスンというα-グルコシダーゼ阻害剤を、
1回0.3mgという量で1日3回使用していました。

ベイスンは通常の上限の量で、
アマリールは6mgまで使えるので、中等量の使用ですが、
経験的には3mgを超えると、この薬の量を増やしても、
さほどその効果には違いはありません。
基本的に効く人には少量でも効く、
というタイプの薬なのです。

この薬の量で血糖値は374mg/dl と記載されています。
食事からの時間は分かりませんが、
おそらくは食後の血糖だと思われます。

要するに、ある程度の量の糖尿病の薬を使っていても、
その血糖のコントロールは、
かなり悪い状態であった訳です。

そこに、主治医は新薬を50mgという通常量で追加しました。
ベイスンとの併用は認められていないのですから、
この処方自体、違反行為だ、ということになります。

この新薬の効果は、
単独ではHbA1c を1下げる程度だと、
製薬会社の提示したデータには説明されています。
つまり、300を超える血糖が、
まあせいぜい50くらい下がれば良いかな、
と資料を読む限りは考えます。

従って、この血糖値で低血糖が起こるとは、
普通は考えません。

ところが…

この方の場合、3週間後に重症の低血糖発作で、
JCS200という意識障害を起こしています。
JCS200というのは、
痛みに辛うじて反応するだけの、
昏睡に近いような状態のことです。
この時測定した血糖が、
何と24mg/dl です。
普通50を切れば冷や汗が出ますから、
これは脳にダメージを与える深刻な数値です。

同様のケースは他にも複数報告されています。

何故このように急激な血糖低下が起こるのでしょうか?

以下は何処かに書いてあったことではなく、
現時点での僕の推論です。

低血糖の副作用を起こした方は、
かなり治療抵抗性の糖尿病であった方が多いのです。
つまり、一通りの薬を使っていても、
血糖はあまり良い状態ではありませんでした。

血糖を下げる飲み薬のうち、
現時点で最も強力な薬は、
SU剤と呼ばれる薬です。
これは膵臓にある受容体にくっついて、
強力にインスリンを出させるような薬です。

この薬を使って効果のない場合というのは、
2つ考えられて、
その1つ目はインスリンは出ているけれども、
それがうまく働いてくれない、
すなわちインスリン抵抗性のある場合。
そして、もう1つはSU剤に叩かれ過ぎて、
もう膵臓の方がへばってしまい、
インスリンを出す力がなくなってしまっている場合です。

この時、特にご高齢の方では、
血液のSU剤の濃度は、
実際にはかなり高いものになっていることが、
想定されます。

そこでDPP-4 阻害剤が使用されると、
インスリンの効きが良くなるか、
SU剤の効きが良くなるか、
いずれかのことが起こります。

そのいずれの現象が起こっても、
インスリンの効きが良くなる時にには、
その方の血液のインスリンの濃度は異常に高く、
SU剤の効きが良くなる時には、
その方の血液のSU剤の濃度は異常に高いのですから、
どちらにしても、
その変化は急激なものになり、
血糖は急激に下がって、
低血糖の原因となるのです。

従って、特にご高齢の方で、
SU剤をある程度の量使っていて、
血糖が高い場合には、
DPP-4 阻害剤の上乗せ使用には、
慎重な判断が必要です。

効果が普通はある筈の薬を使って効果のない時には、
何かのメカニズムが、その薬の作用を妨害している、
と考えるべきで、
その妨害が解除されるような時には、
薬の効果が急激に現われることを、
処方する医者は常に念頭に置くべきなのです。

現時点での僕の処方方針はこうです。

DPP-4 阻害剤は非常に可能性のある、
糖尿病の新薬ですが、
他の糖尿病の薬との併用で、
予期せぬ副作用の出る危険性が残っています。
僕は現時点では単独の使用を基本とし、
特にSU剤との併用では、
SU剤をそれまでの半量程度まで減量するなど、
慎重な使用を行なっています。

併用時に体内で起こる変化については、
今後の臨床における実証的な研究を待ちたいと思います。

皆さんもご注意下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 6

midori

まさに今話題の,ですね.
来月の糖尿病学会でいろんな発表が出るでしょう.
いつもながら,明快なご解説ありがとうございます.
by midori (2010-04-13 11:31) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。

こういうことがあるので、
僕はなるべく新薬は、
市販後調査の結果は待つようにしています。
by fujiki (2010-04-14 06:22) 

midori

糖尿病学会から勧告が出ましたね.
先生がおっしゃっていたことと同じ結論のようです.
「国内の臨床試験では重篤な副作用は1例も無かった」とのことですが,
実際はどうだったのか,つい疑いたくなりますね.


by midori (2010-04-15 19:52) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。

こういう情報は、一般の報道から知ることの方が、
実地の医者では多いのがいつも納得のいかないところです。

つい最近まで、
SU剤への上乗せの処方について、
その安全性を強調するような発表をされる先生が、
多くいらっしゃいましたし、
その講演を聴いた末端の医者が、
こぞって処方をして、
こんな結果になっているのです。

国内の発売前の臨床試験というのは、
どの薬でも殆ど同じ医療機関で、
いつも同じような先生がやっている訳です。
ですから、その時点でかなりのバイアスが掛かり、
また発売前の時期に、
その臨床試験の結果で発売が中止されるような事態は、
現実には有り得ないのですから、
自ずとその結果にもバイアスは掛かっているのだと、
僕は思います。
by fujiki (2010-04-15 20:09) 

noppo

はじめまして…
私も最近糖尿治療をはじめました。
グラクティブを飲んでいますが、食事、運動に気を使っています
今のところはなんとかコントロールできています。

ブログを拝見して、薬ってたった一粒といっても
とっても影響力があるんですね…
by noppo (2011-05-05 21:14) 

fujiki

noppo さんへ
コメントありがとうございます。
全ての方ではありませんが、
DPPⅣ阻害剤が、
著効する方のいらっしゃることは事実です。
たかが薬、されど薬、ということかも知れません。
by fujiki (2011-05-06 08:19) 

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