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古い「躁うつ病」の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から事務仕事を少しして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日は「気分障害」の定義と、
その総論的な話でした。

今日はその各論的な話をします。

「躁うつ病」という病気があります。
まあ、ありました、と言うべきかも知れません。
最近ではこの病名はあまり使わず、
「双極性障害」と言われることの方が、
圧倒的に多いからです。

「躁うつ病」と言うのは、
19世紀の末に、ドイツのクレッペリンにより、
提唱された概念です。
この時期、精神病と言えば、
「早発性痴呆」と「躁うつ病」で、
それ以外の精神の不調とは、
完全に別個の病気でした。
両者とも遺伝の素因が強く、
特徴的な症状と経過を取ります。
基本的には治ることはありません。
その原因として脳の異常が考えられたので、
脳の解剖など、
様々な病因の研究が行なわれたのです。

この時の「躁うつ病」というのは、
現在のうつ病の重症なものも、
含んでいるような考え方でした。
通常の心理では到底理解困難なような、
気分の異常が持続し、
時にダイナミックに転換するのです。
その一方で妄想や幻覚が前面に立ち、
これまた通常の心理では理解不能の状態が、
「早発性痴呆」です。
これはまあ、
現代の「統合失調症」の一部のことですね。

その後大きな転換が起こるのが、
1950年代で、
レオナルドという学者が、
「単極(monopolar)」と「双極(bipolar)」という言葉を、
初めて使って、躁うつ病を分類しました。
単極というのはその経過の中で、
気分の変化は1つの方向にしか起こらないもので、
これが躁状態であれば、
「単極躁病」で、
うつ状態であれば、
「単極うつ病」です。
これに対して躁とうつとをある程度の比率で、
繰り返すのが、「双極性障害」という訳です。

何故こんな分け方をしたかと言えば、
うつ病には遺伝の素因があまりないのに、
「双極性障害」には、
それが強く存在したからです。
両者の成り立ちには違いがあるのではないか、
と考えた訳です。

そして、更に転換が起こるのが、
1980年です。
この年、アメリカ精神医学会の発行する、
精神疾患の診断の手引き、
DSM(Diagnostic Statistical Manual of mental disorder)
と呼ばれる診断基準の改定版が発表されます。
最初は従来の診断法に倣ったものだったのですが、
この改定版から、
その方針を転換。
表面に現われた症状のみから、
精神的な病気を分類する、
という試みが始まります。
厳密に言えば、病気の分類ではなく、
症状の分類です。
この場合の症状というのは、
社会生活を送るのに、
支障となるような徴候のことです。

双極性障害のⅠ型とⅡ型が分類されるのは、
DSMの1994年の改定版からです。
経過の中で、一時的にせよ、
重症の躁状態が出現するのがⅠ型で、
これはまあ、古典的な「躁うつ病」と言って良いものです。
その一方で、うつ状態と軽い躁状態が、
その経過の中で混在するのが、
最近注目されることの多い、Ⅱ型です。

感情的に不安定な人間の心を観察すると、
うつの状態の方が時間的には圧倒的に長く、
そこに色々のレベルの躁状態が時々現われます。

要するに、人間の感情にとって、
躁状態の方が、
かなり特殊な状態なのです。
うつは持続し易いのですが、
躁状態は持続するのは稀なことです。
しかし、数日のみの躁状態も、
その後の感情に非常に大きな影響を及ぼします。

従って、その特殊な状態に注目し、
それがあるかないか、
あれば強いか弱いかで、
感情の病的な状態を分類したのです。

この分類は画期的なものですし、
並外れた智恵の煌きのようなものを感じます。
ただ、問題なのは、
「神様の視点からの」分類だということです。

たとえば、ある患者さんが医者を受診しますよね。
その患者さんが双極性障害を持っていたとしても、
受診された時のある一点を取ってみれば、
うつであるか躁状態であるかの、
どちらかです。
患者さんは通常、
重症であればあるだけ、
自分の病状についての冷静な判断は出来ません。
従って、経過をお聞きしても、
客観的な情報が得られることは少ないのです。

すると、通常初診の診断は殆どが
「うつ病」ということになります。

また、経過によっては何十年にも渡ってうつ病であったのに、
それから軽躁状態が出現した事例も、
報告されています。
このケースでは、
「双極Ⅱ型障害」という診断は、
数十年後にしか付けられないことになります。

歴史上有名な例はニーチェで、
彼はずっとうつ状態であったのに、
38歳にして急に躁になり、
「ツァラトゥーストラかく語りき」
を執筆したとされています。

もう1つの問題は、
通常うつと診断された双極性障害は、
うつ病の治療を受けている、
ということです。

うつ病の薬は「躁転」と言って、
副作用によって躁状態を作り易いことが、
知られています。

とすれば、
自然の経過で躁状態が出現したのか、
それとも抗うつ剤の効果で「躁転」したのか、
その両者が混ざり合っているのか、
そのいずれであるのかは、
判別が非常に困難だ、
ということが出来ます。

実際双極性障害の旗頭の1人である、
アキスカルという学者は、
「双極Ⅲ型障害」として、
抗うつ剤のみで躁状態に移行するタイプ、
を分類しています。
気分の変動を起こし易い傾向そのものが、
病的なのだ、というニュアンスが、
そこには感じられます。
ただ、これは躁の状態が薬剤性なのか、
そうでないのかについて、
見分けることが事実上困難であることを、
暗に告白していると、
言えなくもありません。

同じアキスカルによれば、
「双極Ⅱ型障害」には、
2つのタイプがあり、
その一方は強いうつと、
一見正常に見える軽躁のミックスで、
「明るいタイプ」。
もう一方はうつ気味で気分が変動し易く、
時に真性のうつのレベルに落ち込む、
「暗いタイプ」であるとも言っています。

ここまで来ると、
病気の分類というよりも、
人間の持つ「気分の傾向」の、
分類というニュアンスすらありますね。

DSM の診断基準のもう1つの問題点は、
以前は「精神分裂病」と呼ばれていた症状の多くを、
「気分障害」の範疇に取り込んでいることです。
現在の「統合失調症」の概念は、
以前の「精神分裂病」よりも、
かなり縮小されているのです。

以前は幻覚や妄想の傾向があって、
気分が不安定な患者さんは、
間違いなく「精神分裂病」の範疇だったのですが、
現在ではむしろ気分の不安定さの方を重視して、
「気分障害」の範疇で扱われるのです。
このことは、確かに正しい選択であったのかも知れません。
ただ、現時点では看板の付け替えに過ぎないものでもあります。

総じて、現在の診断基準はまだ過渡期のものです。
19世紀の診断基準より、
今の基準の方が確実に優れている、
という根拠も特にないのです。

うつと躁というのは、
多分人間誕生から存在した感覚で、
その本質は多分、
内在的な気分の波にあります。
ただ、そのどちらを尊ぶべきかという感覚は、
歴史と共に変遷しています。

ユング博士の意見では、
躁状態はむしろ尊ぶべきもので、
おそらく古来からの感覚も、
それに近いものです。
躁病の妄想に近い感覚が、
世界を広げる原動力になったのですし、
祭りというのは、
皆で躁状態になって、
無駄で浪費的な行為をしよう、
という意識から生まれたものです。

それが今はどうでしょうか。
人は躁状態の浮ついた浪費を怖れ、
「双極性障害」の治療も、
躁状態を抑えることに、
その力点が置かれています。

現在では、うつよりも躁の方が、
社会を乱す悪なのです。

でもこれは絶対的なものではなく、
あくまで社会の要請による、
歴史的なものなのだということは、
忘れてはならないと思います。

双極性障害の考え方が、
広まったことの意義を否定はしません。
医者が患者さんの症状の、
時間的な経過により注意を払うようになったことは、
意義のあることだと思うからです。
しかし、気分の状態を薬でコントロールし、
調整していこうという今の治療の考え方には、
ある種の違和感を持っています。
その人個人の持つ、
内的な気分のリズムというものは、
その人の個性そのものでもある訳ですし、
それが仮に乱れたとしても、
リズムを失くす方向に調整することが、
良いことだとは思えないからです。

勿論今実際に双極性障害と診断され、
治療をされている方に対して、
その治療を否定するような意味合いはありません。
ただ、社会に適応することをゴールに考えることも大事ですが、
内的な気分の波に、
敏感になった状態は、
むしろ他の人より優れた感性なのだという事に、
是非心を向けて頂きたいのです。
本来の内的なリズムに逆らわないことが、
多分あなたにとって一番心地良いことの筈だからです。

生理休暇のあるのと同じように、
「うつ休暇」や「躁休暇」があってもいいですよね。
暗い気分と明るい気分があるからこそ、
人生は楽しいのではないですか。
内的なリズムを大事にして、
それを本来の方向に戻していくのが、
気分障害の治療のあるべき姿だと思うのですが、
皆さんはどうお考えになりますか。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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