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「気分」というものの不思議 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

「双極性障害」のイントロダクションとして、
「気分」の話をします。

ある一方向の時間軸の中で、
生きている人間は、
時間と共に変化する、
感情の波の中を泳ぎながら生きている、
ということも出来ます。

気分には確実に波がありますね。
女性はかなりの部分で、
生理周期に一致した気分の波があることは、
指摘するまでもないことですが、
男性も女性ほどは、
ホルモンの変化とは結び付けられませんが、
それでもある周期的な波が、
確実に存在していることは事実です。

気分の不調を、
特に自覚していない状態では、
気分の持つ内的なリズム自体を、
人はあまり感じてはいません。

たとえば、会社帰りにレポーターからマイクを向けられて、
「今の気分はどうですか?」
と聞かれた時、
あなたはどう答えますか?

真面目に答える気のない人は、
「特別感じないね」
とか
「まあまあだね」
と言うかも知れません。
そして、ちょっと真面目に答えようとする人は、
良い気分か悪い気分かを、
その日の出来事を思い返して、
判断するのではないでしょうか。

今日は上司に褒められたから、割と気分がいい、
とか、
今日は成績が悪くて怒られたから、気分は最悪だ、
とかといった具合に。

要するに、人間は通常今の気分はどうかと聞かれると、
自分の記憶の引き出しを引っくり返し、
良い気分に結び付きそうな出来事があれば、
「今は良い気分に違いない」
と考え、
それとほぼ同時に、
自分の気分が良いことを実感するのです。
逆に記憶を手繰って悪いことに突き当たれば、
その瞬間に今の気分は悪くなるのです。

これはどういう意味かと言えば、
通常の状態では、
人間はその瞬間の気分の高低を、
意識することはせず、
思考の働きで記憶と感情とを結び付けた時、
そこで初めて自分の気分を「意識化」するのです。

同じことを別の言い方で言えば、
「考えなければ、今の気分は分からない」
ということです。
思考という針が、
意識の海の奥に沈んでいる、
気分という曖昧な塊を、
引き上げるのです。

何となく、お分かり頂けたでしょうか。

感情という点が、記憶や思考との、
一対一の結び付きを離れて、
一方向に持続している時、
これを気分と言います。
(これは辞書の定義ではなく、
僕自身の定義です)

通常の状態では、気分は思考の制御の下にあります。
最初に触れたように、
「今の気分は?」と聞かれて、
思考が働き、気分を分析するのはそのためです。
しかし、思考とは無関係に、
矢張り気分は存在している訳です。
それは通常意識の下にあって、
深層海流のように、
僕達の心を支えています。

ところが…

深層海流が津波となり、
意識の海面に躍り出ることがあります。

これを今一般的な表現では、
「気分障害」と呼んでいます。
英語表記はmood disorder。
この場合のmood というのは、
矢張り感情の時間的持続のことを指しているのだと、
僕は思います。

ただ、別に「気分障害」の診断基準に当て嵌まらなくても、
精神の均衡を崩した多くの状態では、
意識下の気分の波を知ることが、
重要な情報になりますし、
精神的な問題に悩まされている多くの人は、
そうでない人よりずっと敏感に、
その波の存在を意識しています。

逆に言えば、
精神状態が不安定になると、
気分の波がやや過剰に意識化されるのです。

患者さんの診療に当たっている、
1人の医者の立場から言うと、
気分の波を知ることが、
その患者さんの病態を掴み、
治療を進める上で、
重要な情報になることがあります。

別に「気分障害」でなくとも、
気分の波を意識し、
記述することは重要なことです。
それで僕は最近は必ず、
診察の時には前回からの気分の動きをお聞きし、
それを図の形で残しておくようにしています。

1つの事例をお示しします。

Bさんは20代の男性で、IT関係の仕事をしています。
ある時期から仕事の責任が増し、
仕事量も増えました。
それから間もなくして、
仕事の朝になると酷い吐き気がして、
頭がだるくなり、
仕事に行く準備をしていながら、
行けなくなることが多くなりました。
不安に感じたBさんは、
大学病院の精神科を受診。
仕事のストレスが誘因となった、
軽いうつ症状、
との診断を受け、
少量の抗うつ剤と抗不安薬が処方されました。
診断書を持って、
会社の上司に相談すると、
上司は取り敢えずBさんの仕事量を減らし、
負荷を軽減。
それから1ヶ月で、
Bさんの状態は、
「少しモチベーションが上がらない」
という程度まで改善しました。

ただ、体調の崩してからのBさんは、
自分の気分の波を、
それまでより強く感じるようになりました。

概ね2ヶ月に一度くらい、
気分のダウンする時期があって、
それが1週間程度で改善します。
ダウンする時期には、
以前のような吐き気やだるさの軽いものが、
出現することがあります。
その具合の悪さは、
Bさんのコントロールの範囲内であったのですが、
たまたまそのダウンの時期に、
大学病院の外来を受診したBさんは、
「気分はどうですか?」
と尋ねられ、
「ここ数日は調子が今ひとつです」
と答えました。
するとその主治医は、
「それでは薬を増やしましょう」
と言って、
抗うつ剤を増量したのです。

変更された薬を飲むと、
Bさんの状態は悪化。
だるさが強くて会社に行けない日が続き、
遂に休職となってしまったのです。
休職は1ヶ月で復職となりましたが、
抗うつ剤の量は減らず、
だるさが強くて仕事の能率も上がりません。

Bさんは僕の診療所を受診されました。

僕はお話を聞いて、抗うつ剤を減量。
その代わり気分の波を詳細に、
記録してもらうことにしました。
すると、ダウンの時期は短いし、
最悪の日は1日だけで、
後は軽い症状しかないことが分かりました。
そこで、その時期の仕事をセーブして、
最悪の1日だけは休んでも良い、
という方針にしました。
要するに、女性の生理休暇と同じ考えですね。

すると、Bさんの状態は徐々に改善し、
最悪の1日も、
殆ど休まずしのげるようになったのです。

気分の波を掴むことが、
非常に重要であることを、
肌で感じた事例でした。

Bさんにとって病気は不幸なことでしたが、
その一方で、それまで意識化出来ていなかった、
深層の気分の波を、
意識化し、それをコントロール出来るようになったのです。
これはある意味で、
Bさんの心の進歩である、
と言うことが出来ます。

癌を治す真に強力な武器は、
自らの免疫の力であるのと同じように、
精神の病気を治す力も、
自分の心の奥にこそあるのです。

気分の波が精神の不均衡に伴って、
敏感に意識化されるのは、
そうした自然の治癒力の表われではないのかと、
僕は最近は考えるようになっています。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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A・ラファエル

精神世界のセラピーの現場では、
「今に、生きなさい」ということがよくいわれますが、
アナウンサーへの答えに対する多くの人の反応は
ちょっとびっくりします。
全然「今」ではないからです。
とてもわかりやすいお話でした。

by A・ラファエル (2009-04-02 09:20) 

fujiki

A・ラファエルさんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2009-04-02 21:38) 

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