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原発性アルドステロン症の長期生命予後 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
原発性アルドステロン症の長期予後.jpg
2012年のHypertension誌に掲載された、
原発性アルドステロン症の長期予後を、
通常の高血圧の患者さんと比較検証した論文です。

原発性アルドステロン症は、
高血圧を起こすホルモンの病気の代表で、
副腎に腺腫や過形成が出来、
そこから過剰のアルドステロンというホルモンが分泌されます。

アルドステロンは身体のナトリウムと水を、
保持する働きを持つホルモンなので、
その過剰な分泌により、
血液量は増加して高血圧になるのです。
同時にアルドステロンはナトリウムの保持のため、
交換としてカリウムを排泄するので、
血液のカリウム濃度が低下して、
低カリウム値症になります。

従って、原発性アルドステロン症の健康上の問題は、
主には高血圧と低カリウム血症ということになります。

原発性アルドステロン症の患者さんでは、
心筋梗塞などの心血管疾患のリスクが増加することが知られています。

しかし、
それでは手術やアルドステロン拮抗薬の内服により、
治療をされたアルドステロン症の患者さんでも、
その予後は通常の高血圧の患者さんや、
正常血圧の人と比較して、
明確な差があるものなのでしょうか?
この点については、
上記論文が発表されるまで、
あまり長期の検証が行われていませんでした。

上記論文においては、
ドイツにおいて3つの大学病院で治療された、
300名の原発性アルドステロン症の患者さんを、
10年を超える長期の経過観察を行い、
年齢や性別をマッチさせた、
600名の正常血圧のコントロールと、
600名の本態性高血圧で治療中の患者さんと、
生命予後などの比較検証を行っています。

原発性アルドステロン症の患者さんは、
そのほぼ半数が片側の副腎切除術を施行されています。
それ以外の患者さんも、
抗アルドステロン剤を含む降圧剤により、
血圧のコントロールが施行されています。
ただ、登録の時点での血圧値は、
通常の高血圧治療群より原発性アルドステロン症群で、
有意に高くなっています。

登録後10年間の生存率は、
正常血圧のコントロール群で95%であったのに対して、
本態性高血圧治療群では90%、
そして原発性アルドステロン症治療群でも90%で、
3群間に有意な差は認められませんでした。

原発性アルドステロン症群において、
その生命予後に影響を与える因子を検証したところ、
狭心症のある人はない人と比較して、
死亡リスクは3.6倍(95%CI:1.04から12.04)、
糖尿病があることにより2.55倍(95%CI: 1.07から6.09)、
死亡リスクは有意に増加していました。
興味深いことに血液のカリウム値が3.2mmol/L未満であると、
死亡リスクは36%有意に低下していました。
原発性アルドステロン症の患者さんの、
心血管疾患のよる死亡の総死亡に占める割合は50%で、
本態性高血圧治療群の34%より有意に高くなっていました。
ただ、正常血圧のコントロール群でもその比率は38%あり、
こちらは原発性アルドステロン症群と、
有意な差は認められませんでした。

要するに、
原発性アルドステロン症で治療をされている患者さんの、
10年を超える長期の生命予後は、
トータルには通常の高血圧の患者さんと違いはなく、
心血管疾患による死亡はやや多いという可能性はありますが、
それを特別視する必要は現時点ではないようです。

個人的には血圧コントロールが充分に取られていて、
問題となるようなカリウムの低下を伴わない原発性アルドステロン症は、
通常の高血圧と同等に考えて良いのではないかと考えます。

問題となるのは低カリウム血症による症状があったり、
降圧剤でコントロールが困難な高血圧を伴うケースで、
そうした場合に初めてこの病気を、
通常の高血圧と別個のものとして、
捉える必要があるのではないでしょうか。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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体格と生活習慣と健康との関係について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
BMIと生活習慣と生命予後.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
体格と生活習慣と生命予後との関係を検証した論文です。

昨日の記事では、
アルコールの摂取量と死亡リスクとの関連についての、
新知見の話でした。

今日は今度は体格の指標であるBMIと、
生活習慣との組み合わせが、
死亡リスクに与える影響についての論文です。

BMIは体格を示す数値で、
キログラム単位の体重を、
メートル単位の身長で、
2回割ることによって得られる数値です。

このBMIが18.5未満はやせすぎですし、
25.0以上であれば過体重というのは、
世界的にもほぼ確定した事項です。

ただ、この範囲で低めの方が健康的なのか、
それとも高めの方が健康的なのかについては、
データによっても差があります。

今回の研究は有名なアメリカの、
看護師と医療従事者を32年間という長期間観察した、
大規模な疫学データを活用して、
BMIと4つの健康習慣とを組み合わせた、
死亡リスクの比較検証を行っています。

対象者は女性が74582名、
男性が39284名で、
検証されている4つの生活習慣は、
代替健康食指数スコア(AHEI)という食事調査の指標と、
運動の習慣、喫煙の有無、飲酒の習慣の4つです。

代替健康食指数スコアというのは、
どのような食品をどれだけ食べているかの調査を元に、
健康な食生活であるかどうかをチェックするもので、
野菜を多く摂っているか、
動物性脂肪の比率が低いか、
蛋白質が肉、魚、豆類などバランス良く摂れているか、
などがポイントとなっています。

4つの生活習慣においては、
食事はこのスコアにおいて5つに分けた時に上位の2区分に入っている場合、
喫煙は喫煙歴のない場合、
アルコールは男性で1日5から30グラム、
女性で1日5から15グラムの場合、
運動は中強度の運動を1日30分以上している場合が、
良い生活習慣として定義されています。

その結果…

BMIを18.5から22.4、22.5から24.9、25から29.9、30以上、
という検討された4つの区分全てにおいて、
4つの生活習慣のうち1つ以上で健康的であると、
総死亡のリスクも、
心血管疾患による死亡リスクも、
癌による死亡リスクも、
いずれも有意に低下しました。
つまり、こうした生活習慣の方が、
肥満ややせよりも生命予後には深く関連している、
ということになります。

そして、BMIが22.5から24.9という平均レベルで、
4つの健康習慣のうちには1つの当て嵌まらない場合と比較して、
最も生命予後が良かったのは、
BMIが18.5から22.4とやややせ気味で、
少なくとも3つの健康習慣を持っている人で、
総死亡が61%(95%CI:0.35から0.43)、
癌による死亡リスクが60%(95%CI:0.34から0.47)、
心血管疾患による死亡リスクが63%(95%CI:0.29から0.46)、
それぞれ有意に低下していました。

要するに,
BMI自体は18.5から24.9くらいのレベルであれば、
単独でそれほど生命予後に影響を与える要素ではなく、
喫煙や食生活、運動などの習慣の方が、
トータルには生命予後に与える影響が大きい、
という結論になっています。

健康というのは単独の要素で考えるべきではなく、
複数の習慣や行為のバランスとして、
考えるべきものなのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

少量のアルコールは健康に良いのか?(2016年の新知見) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
少量のアルコールは身体に良い、は本当か?.jpg
今年のJ Stud Alchol Drugs.誌に掲載された、
アルコールの少量摂取が本当に健康に良いのかを、
これまでのデータから再検証した論文です。

少量のお酒は健康に良く、
お酒をたしなむ人の方が長生きだというのは、
広く流布されている言説です。

これは決して根拠のないものではなく、
複数の疫学データや、
それをまとめて解析したメタ解析の論文などで、
ほぼ同一の結論が報告されています。

皆さんも聞かれたことがあるように、
概ね1日25グラムを超えないレベルのアルコール、
具体的には日本酒であれば1合まで、
ビールであれば中ビン1本くらいまで、
ウイスキーはシングルで2杯くらいまで、
であれば、
お酒を全く飲まない人よりも、
死亡のリスクは低い、
という結果が得られています。

日本では厚労省のe-ヘルスネットに、
日本のデータを元にして、
矢張り死亡リスクにおいては、
1日20グラム程度のアルコール摂取が、
最もリスクが低いというデータを公開しています。

ただ、この結果に疑問を呈する意見もあります。

これまでのデータを詳細に検証してみると、
アルコールを飲まない人の中には、
以前はアルコールを飲んでいて、
肝臓が悪くなって禁酒したような、
明らかに体調が悪くてお酒が飲めない、
というような人が多く含まれている、
というようなことが分かりました。

つまり、実際には少量のアルコールを飲んでいる人より、
アルコールを全く飲んでいない人の方が、
体調がそもそも悪いということが多かったのです。

そこで今回の研究では、
これまでの87の臨床データから、
トータルで3998626名のデータをまとめて解析して、
アルコールの摂取量と死亡リスクとの関連を、
再検証しています。

すると、
そのままメタ解析を行うと、
アルコールを完全に飲まない人と比較して、
1日1.3から24.9グラムの人では、
その死亡リスクは14%有意に低下していました。
(95%Ci:0.83から0.90)
そして、以前は飲酒していて今は禁酒している人は、
22%有意に死亡リスクは増加していました。
(95%CI:1.14から1.31)
つまり、これまでのデータと同じように、
1日25グラム未満の飲酒は生命予後に良い影響を与える、
というデータです。

しかし、これを患者さんの健康状態などを加味して再解析すると、
今度は1日1.3グラム未満の、
機会飲酒の人が最も死亡リスクは低く、
1日1.3グラムを超えるアルコールでは、
死亡リスクは有意ではないものの増加する傾向を示しました。
ただ、矢張り明確にリスクが増加するのは、
1日25グラムを超えたくらいからであることには、
違いはありませんでした。

要するに、
飲酒量が1日アルコール25グラム未満であれば、
機会飲酒の人とそれほど違いのない生命予後であること自体は、
間違いはなさそうです。
ただ、アルコールを少量飲むことが、
飲まないよりも健康的である、
というような意見については、
特に以前飲酒をしていて禁酒をしたような人は、
健康面に問題のある可能性も高いので、
データとしての信頼性はそれほど高いものではないと、
そう考えておいた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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ビゼー「カルメン」(2016年N響定期公演 演奏会形式) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

先週も怒涛の感じで慌ただしく、
どうにかこうにか切り抜けた(?)
という感じでした。

日曜日の朝は、
色々とやらなくては、
と思いながらも、
どうも力が入らずボーっとしてしまう感じです。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
カルメン.jpg
NHK交響楽団は日本でオペラを演奏するオケとしては、
最高だといつも思っています。
ただ、実際にオーケストラ・ピットに入ることは、
特別の場合のみで、
通常は定期演奏会などでの、
演奏会形式のオペラ上演になります。

最近では東京・春音楽祭でのワーグナーが、
素晴らしかったですし、
NHK音楽祭での「アイーダ」も、
たぶんこれまで生で聴いた同作品の中で、
最も良かったと思います。

豪華なセットでの上演は、
それはそれで良いのですが、
変な読み替え演出で、
昔の話をわざわざ今の衣装で貧相に上演したり、
とてもとても似合わないような衣装を着て、
どう想像力を膨らませても、
その役柄には見えなかったり、
特に最近は日本にお金がないので、
中途半端に安っぽいセットでの上演が多いので、
そのくらいなら演奏会形式で、
音楽をじっくりと味わい、
後は想像力で場面のイメージを補完した方が、
どれだけ良いかと思うようになりました。

ですから、チケット代も割安になりますし、
最近はもっぱらオペラは演奏会形式が好みです。

演奏会形式にもいろいろあって、
歌手が全員ドレスアップして、
棒立ちのまま同じポジションで歌うのが、
昔ながらのスタイルです。
しかし、最近では、
ポジションも変えながら、
かなり演技もしながら歌うという歌手の方が多く、
イメージ映像を加えたりする演出もあります。

サントリーホールのホール・オペラというのがあって、
これは演奏会形式なのに中途半端に狭い舞台などを設置して、
その舞台の上や客席の通路など、
あちこちで演技をしながら歌うというものです。

ただ、ここまですると本来の演奏会形式ではなく、
貧相なオペラと同じになり、
かつ舞台も本格的なものではないので、
音響面でのバランスも却って悪くなります。
僕はこうしたスタイルは大嫌いです。

今回はN響の定期公演ですから、
敢くまでオケが主役という感じになり、
歌手はドレスやタキシード姿で、
ソロはオケの前、
合唱はオケの後ろでそのまま歌うというスタイルです。
ただ、結構歌手は演技はしていて、
カルメンとホセは抱き合う場面は舞台上で抱き合いますし、
カルメンはカスタネットでフラメンコも踊ります。

ビゼーの「カルメン」は、
現行のオペラ上演では屈指の人気作で、
ポピュラーなメロディーにも溢れていますが、
改訂版はフランスのグランド・オペラのスタイルなので、
間奏曲やバレエも入り、
かなり長大であまり初心者向きではありません。

音楽は非常に良く出来ていて、
聴きどころや見どころも多いのですが、
カルメンに圧倒的なカリスマ性がないと、
やっていること自体は意外に過激でもなく、
同じところをウロウロしているだけ、
と言う感じなので、
物語の軸が出来ません。
また集団場面が多いので、
集団シーンに迫力がないと、
見せ場が盛り上がりません。

今回の上演は歌手も世界で歌っている一流どころを揃え、
合唱も日本一の新国立劇場合唱団ですし、
指揮もデュトワなので、
音楽の完成度は非常に高く、
「ああ、カルメンというのはこういう作品だったのだ」
と改めて目から鱗の感じがありました。

カルメン役はケイト・アルドリッチで、
カルメンのイメージそのものというビジュアルと、
その蠱惑的な演技が魅力です。
今回もしっかり演技をしていて、
カルメンになり切った熱演でした。
衣装も深紅のカクテルドレスで通していて、
これぞカルメン、という感じがしました。
ただ、歌に関しては、
以前マスネのオペラで来日した時にも感じましたが、
あまりスケール感はなく、
ぼちぼちというレベルでした。

「カルメン」はオペラとしてセットで上演すると、
中途半端に貧相な感じでガッカリすることが多いので、
ワーグナーと同じように、
今の日本で聴くには演奏会形式の方が遥かにいい、
というのが今の僕の気分です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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倉持裕「磁場」(直人と倉持の会VoL.2) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
磁場.jpg
竹中直人さんのプロデュースによる公演が、
今下北沢の本多劇場で上演されています。

竹中直人の会として、
岩松了さんと組んだ作品が、
これまでに多く上演されましたが、
昨年からは岩松さんの教え子とも言うべき、
倉持裕さんの新作を倉持さんの演出で上演しています。

倉持さんは今年の9月に上演した、
「家族の基礎~大道寺家の人々~」という作品を観ましたが、
マジックリアリズムのなかなか面白い作品で感心しました。

今回はオープニングの感じは、
岩松了作品を彷彿とさせるのですが、
竹中直人さんが演じる、
デモーニッシュな俗物の男と、
渡部豪太さん演じる、
初めて映画の台本を任された若い劇作家との対立が、
ストレートな作劇でせりふ劇としての醍醐味に溢れ、
その藝術と死と美少年とパトロンという、
三島由紀夫を思わせるテーマが、
これまた三島由紀夫的ラストに見事に着地します。

無駄な人物は1人も登場せず、
それぞれの役割がラストに結び付いています。
1人ずつの見せ場もきちんと描かれていて、
役者さんにも配慮されていますし、
それでいて、
主人公の劇作家の苦悩する心情を、
他の人物との対話の中で、
巧みに浮き上がらせるという技巧も高度なものです。

完成度の高さに感心しましたし、
竹中直人さんの芝居も、
持ち味が良く出た、
熱演と言って良いものでした。

他のキャストも曲者を揃えていて、
長谷川朝晴さんの日和見のプロデューサーも、
それらしい軽快さで良いですし、
竹中さんの秘書を演じる菅原永二さんは、
今怪しげな役を演じさせたらピカ一ですが、
今回も成熟した「嫌らしい」芝居を、
彼ならではの技巧で演じていました。
彼が秘書を演じたからこそ、
竹中さんの悪魔的な感じも、
より引き立ったと思います。

惜しむらくは、
台詞が三島戯曲のような詩的なものではなく、
やや散文的に統一感のないもので、
ケラさんや岩松さんのような、
すれ違いや語尾や間合いによる笑いを入れるのですが、
それがまた不発に終わっていた、
ということでした。

個別の台詞のクオリティも高いものであれば、
三島戯曲に匹敵するような傑作になったと思うので、
それだけは残念ですが、
新作で三島由紀夫のような戯曲を、
そうそう書ける劇作家はいないと思いますし、
今回の作品には本当に感心しました。

倉持さん、なかなかやりますね。

以下ネタバレを含む感想です。

竹中直人さん演じる、胡散臭い金持ちが、
自分が好きな実在の藝術家を主人公とした映画のスポンサーとなり、
長谷川朝晴さん演じるプロデューサーが、
田口トモロヲさん演じる監督に演出を依頼し、
オリジナルの台本を、
渡部豪太さん演じる、
まだ無名の小劇場の劇作家に頼みます。

竹中さんは金にあかせて、
高級ホテルの最上階のスイートルームを貸し切り、
そこに渡部さんを缶詰にして台本を執筆させます。

ただ、最初は渡部さんに自由に書いて良い、
とは言いながらも、
藝術家と母親との葛藤は是非入れて欲しいと、
台本の内容に圧力を掛けたり、
愛人の無名の女優をキャストにごり押ししたりするので、
劇作家は本当に書きたいものと、
竹中さんの喜ぶものを書きたいという思いに板挟みになり、
書けなくて苦しみます。

竹中さんは俗物ですが、
映画のテーマである藝術家への思いは、
若い劇作家と違いはありません。
その細い糸のような部分で、
2人は結び付いているのですが、
最終的には劇作家は自分の書きたいものを書き、
その台本は、
テーマであった筈の藝術家が、
一切登場しないというものであったので、
竹中さんは怒り狂い、
2人は決裂してしまいます。

途中から劇作家の手伝いをしていた、
調子の良いことだけが取り柄の先輩の劇団員が、
劇作家の役割を引き継ぐことになるのですが、
劇作家がホテルを去る日に、
そこに送られて来た藝術家による彫像を、
劇作家は素晴らしいと感じたのに、
先輩の劇団員はその良さを否定したので、
劇作家はその先輩を、
発作的にベランダから突き落として殺してしまいます。
すると、竹中さんが現れ、
「もう心配することはない」
と劇作家を抱きしめるのです。

主人公の劇作家が、
友人劇団員を突き落としてしまう場面では、
その意外さに客席から、
「あっ!」という声が聞こえました。

こういうのは本当の意味での演劇の醍醐味ですが、
このように書ける劇作家はそういるものではありません。

竹中さん演じる成金と、
渡部さんが演じる若い劇作家は、
同じ藝術家の藝術を理解する、
という一点で藝術家とパトロンとして結び付いていたのですが、
その藝術家不在の物語を書いてしまったために、
決定的に対立して一旦は解雇されます。
渡部さんとしては、
その時点では自分の藝術家としての魂を、
俗物の竹中さんに売り渡さなかったと思い、
ある意味清々しているのですが、
自分の後釜に座った友人に、
真の藝術作品であり、
自分と竹中さんを結んでいた彫像の藝術性を否定された瞬間、
そのことだけは許すことが出来ずに殺してしまうのです。
すると、その行為が最後になって、
再び俗物の富豪と若い劇作家を結び付けます。

竹中さんは、
劇作家に自分の愛する藝術を否定されたと考えて、
彼を解雇したのですが、
衝動的な殺人という行為によって、
劇作家自身も、
藝術のためなら死も厭わない、
自分と同じ本性を持っている、
ということが確認されたからです。

藝術と破滅と死とが微妙なバランスを保った、
極めて三島由紀夫的な世界で、
三島戯曲以外で、
僕はこうしたテーマが十全に描かれた新作を、
初めて観たと思います。

前述のように台詞の品格にはやや難があるのですが、
せりふ劇の醍醐味に溢れた素晴らしい作品で、
特にその衝撃的なラストは、
そうザラに出会えるものではありませんでした。

これはなかなか凄い作品ですよ。

迷われている方があれば、
是非にとお勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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α遮断薬による尿路結石治療の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
尿路結石へのαブロッカーの使用.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
α遮断剤という高血圧の治療薬を、
尿路結石の治療に使用した場合の、
効果と安全性を検証した、
メタ解析の論文です。

尿路結石は腎臓や尿路に出来た結石が、
その移動によって激しい痛みを出したり、
尿の通り道が塞がったり狭くなることにより、
腎臓の働きが低下したり、
感染を併発することも多い病気です。

病気の発見は突然の痛みによるか、
人間ドックなどでの検査によることが多いと思います。

さて、尿路結石が移動して尿管の一部に停滞し、
激しい痛みを出した場合には、
まず痛み止めなどによる治療が行われ、
水を多めに飲むなどして、
石が尿道から身体の外に出る「排石」を促し、
それが困難であれば、
衝撃波や内視鏡手術などの方法によって、
物理的に石を砕いたり取り除いたりすることを試みるのが、
通常の治療の流れです。

そして、そうした通常の方法以外に、
国内外を問わず、一定の有効性があると信じられていて、
適応外治療であるにも関わらず、
ガイドラインにも記載されているのが、
α遮断薬という高血圧や前立腺肥大症の治療薬を、
尿路結石の症状の緩和や排石の促進のために使用する、
という方法です。

泌尿器科の先生にとっては、
前立腺肥大症で使用する、
タムスロシン(商品名ハルナールなど)は、
使い慣れた薬剤である、
という点も尿路結石にタムスロシンを使用する、
推進力になっているような気がします。

しかし、実際に尿路結石に対するα遮断剤の効果は、
どの程度のものなのでしょうか?

これまで比較的小規模な臨床研究の結果のみで、
有効とされて来た、この適用外の治療について、
今回の論文ではこれまでの臨床研究のデータをまとめて解析する方法で、
より精度の高い検証を行っています。

これまでの55の介入研究という精度の高い臨床試験を、
まとめて解析した結果として、
α遮断剤を使用することにより、
尿路結石の排石が1.49倍促進された、
という結果が得られました。
(95%CI:1.39から1.61)

大きさが5ミリ未満の結石では、
α遮断剤を使用しても明確な違いはなく、
5ミリを超える石や8ミリを超えるような大きな結石では、
トータルで57%も排石率は増加していました。
(95%CI:1.17から2.27)
通常大きな石は自然に排石はされにくいように感じますが、
α遮断剤の効果は比較的大きな石でより高い、
というちょっと意外に思える結果です。

この排石の促進効果は、
石のある場所が尿路の上部でも下部でも、
ほとんど違いなく認められました。

α遮断剤の使用により、
疼痛も有意に低下し、
痛みによる入院や手術のリスクも、
大幅に低下していました。
(入院のリスクが63%、手術のリスクが56%の低下)

このように尿路結石の非侵襲的な治療として、
α遮断剤の使用は有用性が高く、
これまで小さな石の方が良く効くという意見や、
石の位置によって効果が異なる、
というような意見もあったのですが、
今回の検討ではむしろ5ミリ(場合により8ミリ)
を超えるような石で有効性が高く、
石の位置には効果は左右されない、
という新しい知見が得られています。

前立腺肥大症に使用するタイプのα遮断剤であれば、
副作用も軽微であるので、
いつまでも適用外治療としておくのは、
もったいないという気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日は皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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軽症喘息への吸入ステロイドの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
軽症喘息の吸入ステロイドの効果.jpg
先月のLancet誌にウェブ掲載された、
時々発作が出る程度の軽症の喘息に対して、
吸入ステロイドによる治療を継続することの意義を検証した論文です。

気管支喘息の現在の基礎となる治療は、
吸入ステロイドを継続的に使用することです。

喘息の本態は気道のアレルギー性の炎症で、
そのコントロールのためには、
強い抗炎症作用のあるステロイド剤を、
気道のみに働くように、
吸入の形で使用することが、
最も理に適っており、
多くの精度の高い臨床試験において、
その有効性と安全性が確認されているからです。

ただ、ガイドラインにおいて明確に吸入ステロイドが推奨されているのは、
1週間に2回を超えて喘息症状のあるような、
持続性の喘息の場合です。

軽症の喘息では治療を行なっていなくても、
1週間に1回くらいしか発作がない人もいますし、
風邪になったような時にしか、
明確な症状の出ないような喘息の患者さんもいます。

こうした軽症で間欠性の患者さんにおいても、
毎日予防のために吸入ステロイドを使用することに、
メリットはあるのでしょうか?

現在の国際的なガイドラインにおいては、
週に2回以下しか発作のないようなケースでは、
発作時のみの気管支拡張剤の使用が推奨され、
それを超える回数の発作が認められる場合に、
吸入ステロイドの継続が考慮されています。

しかし、その根拠となるデータは、
実際には明確に示されていません。

一方で現行の日本のガイドラインでは、
軽症間欠型の喘息においても、
週1回以上の発作のある患者さんでは、
低用量の吸入ステロイドが基礎治療の扱いとなっています。

つまり、現行のガイドラインでは、
国際ガイドライン上は1週間に1回の発作の患者さんは、
発作時のみの気管支拡張剤の吸入の方針ですが、
日本のガイドラインでは低用量の吸入ステロイドの持続的な使用が、
推奨されるという違いがあるのです。

ただ、この方針にも、
実際にはあまり明確な根拠は示されていません。

そこで今回の研究では、
世界32か国の医療機関において、
1週間に1回以上の発作があるけれど、
毎日は喘息症状のない軽症喘息の患者さん、
トータル7138名を対象として、
患者さんにも主治医にも分からないように、
クジ引きで2つのグループに分け、
一方は吸入ステロイドブデソニドを1日400μg
(年齢が11歳未満は200μg)使用し、
もう一方は偽の吸入を使用して、
3年間の経過観察を行なっています。

その結果…

1週間の発作回数が0から1回未満、1から2回未満、2回以上のどのグループにおいても、
入院や救急外来受診、死亡を併せた重症喘息発作までの期間は、
偽薬と比較して吸入ステロイドの使用で有意に延長していました。

つまり、こうした軽症の患者さんにおいても、
少量の吸入ステロイドの使用が、
明確に喘息の予後を改善した、
ということになります。

更に吸入ステロイド使用群では、
3年間の観察期間における肺機能が高く、
発作の回数も減少していました。

このように、週に発作が1回というような、
軽症の喘息患者さんにおいても、
少量の吸入ステロイドを持続的に使用することにより、
喘息の予後全体が改善することが、
明確に実証された意義は大きく、
今後のガイドラインに反映される知見であると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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手洗いのインフルエンザ予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
手洗いのインフルエンザ予防効果.jpg
2012年のPreventive Medicine誌に掲載された、
手洗いの習慣のインフルエンザ感染予防効果を検証した、
スペインの論文です。

インフルエンザなどの感染症の予防には、
日頃のうがいや手洗いが重要と言われていますが、
コストが掛からないということが一番のメリットで、
実際にはそれほどの高い効果が、
うがいや手洗いで実証されている、
という訳ではありません。

ただ、一方でそうしたことは無駄だということを言われる方もいますが、
それは必ずしも正しい意見ではなく、
それなりの科学的なデータの蓄積があることもまた事実です。

うがい、手洗い、マスクの中で、
一般の健康な人での予防効果が、
最も検証されることが多いのは手洗いです。
マスクやうがいについては、
日本では盛んに行なわれていますが、
生活習慣としての感覚の違いもあり、
海外ではあまり一般的ではありません。

それでは、手洗いのインフルエンザ感染の予防効果は、
どのくらいのものなのでしょうか?

今回の研究はスペインの36か所の病院において、
インフルエンザの入院患者813名を、
年齢性別などをマッチさせた、
2274名のコントロールと比較して、
症状出現前1週間の通常の手洗いの回数や、
アルコールなどの手指消毒剤の使用、
外で不潔と思われる場所に接触した後で、
手を洗う習慣の有無などの行為と、
インフルエンザ感染リスクとの関連を検証しています。
インフルエンザウイルスは2010年の検証なので、
そのほとんどが2009年に新型と言われたH1N1タイプのもので、
これは遺伝子検査により確定した事例のみを対象としています。

その結果…

1週間の手洗い回数が1から4回と比較して、
5から10回の手洗いをしている人は、
インフルエンザによる入院のリスクが、
35%(95%CI;0.52から0.84)、
10回を超えて手洗いをしている人は、
41%(95%Ci:0.44から0.79)、
それぞれ有意に低下していました。
また、不潔な場所に接触した可能性のある時に、
すぐに家に帰って手洗いをする習慣のある人は、
ない人と比較して、
インフルエンザによる入院リスクが、
35%(95%CI;0.50から0.84)
これも有意に低下していました。
アルコールなどの消毒剤の使用では、
リスクの低下傾向はあるものの、
有意ではありませんでした。

このように、
感染症が流行している時期の手洗いには、
一定の効果があり、
それは消毒剤の使用などとは、
あまり関係のないもので、
あくまで水でしっかり洗い流し、
その後にしっかり拭き取ったり乾かしたりする、
という行為が重要であると考えられました。

感染症の流行時期ですので、
皆さんもご注意下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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お茶のうがいはインフルエンザに有効なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
お茶のうがいのメタ解析.jpg
今年のBMC Public Health誌に掲載された、
お茶のうがいのインフルエンザ予防効果を検証した、
メタ解析の論文です。

筆頭著者は静岡県立大学の井出和希先生で、
静岡はお茶の産地で、
こうした研究に熱心な土地柄のようです。

うがいで風邪を予防するという考え方は、
あまり日本以外では見られないもののようです。
勿論口腔内の病気があったり、
口の中の感染を非常に起こしやすい状態の場合には、
治療としての抗菌剤などによるうがいは、
行なわれることがありますし、
その効果も検証をされていますが、
何も病気のない人が、
風邪などの予防のために定期的にうがいをする、
という習慣はあまり海外ではないもののようです。

お茶に含まれるカテキンには抗ウイルス作用があり、
培養細胞においてはインフルエンザウイルスの感染力を弱めた、
とする報告もあります。

このためお茶を良く飲む人はインフルエンザに罹りにくい、
というような報告もあり、
またお茶でうがいをすることにより、
インフルエンザが一定レベル予防された、
という報告も散見されます。

ただ、比較的少数例の報告が殆どで、
その効果を証明する、
というような結果には至っていません。

そこで今回の研究では、
お茶やその抽出物によるうがいが、
インフルエンザの感染予防に有効であるかどうかを調べた、
過去の論文をまとめて解析して、
その有効性を検証しています。

ここでは5つの臨床研究のデータがまとめて解析されています。
トータルな対象者数は1890名です。

ただ、その5つのすべては日本の論文で、
そのうちの1つは同じ井出先生が筆頭著者のものです。

海外では緑茶のうがいなどという研究は、
ほぼ存在しない、と言うことが分かります。

この5つの研究をまとめて解析した結果として、
お茶やその成分抽出物によるうがいは、
水のうがいもしくはうがいをしない場合と比較して、
インフルエンザの感染リスクを30%、
有意に低下させていました。
(fixed effects model; 95%Ci:0.56から0.91)

これは根拠としてはやや弱いですし、
すべて日本の論文というところも問題ですが、
消毒剤などを含むうがいで同様の結果の報告はなく、
比較の問題として有害性のほとんどない緑茶のうがいは、
悪くない感染予防の習慣である、
ということは言っても良いように思います。

それでは今日はこのくらいで。

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インフルエンザに対するタミフル、抗生剤、NSAIDsの併用療法 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インフルエンザへの抗生剤併用療法の効果.jpg
今月のChest誌に掲載された、
インフルエンザが重症化した患者さんに対して、
オセルタミビル(商品名タミフル)に加えて、
抗生物質のクラリスロマイシン(商品名クラシシッドなど)と、
非ステロイド系消炎鎮痛剤のナプロキセン(商品名ナイキサン)を、
一時的に併用したところ、
タミフル単独と比較して患者さんの生命予後が改善したとする、
臨床試験の結果をまとめた香港発の論文です。

季節性インフルエンザは、
多くは自然に回復する風邪の一種ですが、
肺炎や脳炎、心筋炎などを併発して重症化することもあります。

タミフルに代表されるノイラミニダーゼ阻害剤は、
人間の細胞内に侵入して増殖したウイルスが、
細胞から外に出ることを妨害することによって、
ウイルスの増殖にストップを掛けるというメカニズムの薬です。

インフルエンザ感染の現時点でほぼ唯一の治療薬で、
その有効性も実証されていますが、
重症の合併症を伴うようなインフルエンザの患者さんの予後を、
改善するには充分とは言えません。

発熱の期間を1日程度短縮するだけの効果と、
揶揄されることもあります。

そこで、タミフルに他の治療薬を併用することで、
よりその効果を増強することが出来ないか、
という考え方が生まれます。

クラリスロマイシンはマクロライド系の抗生物質で、
マクロライドには生体細胞の免疫反応を高めて、
ウイルスの細胞への接着を防止するような効果があると報告されています。

非ステロイド系消炎鎮痛剤は、
炎症を抑えることにより、
サイトカインの過剰な産生を抑え、
肺炎などの経過を改善すると報告されています。

これまでに動物実験のレベルでは、
クラリスロマイシンもナプロキセンなどのNSAIDsも、
インフルエンザの感染を早期に改善するような効果があり、
少数ですが実際の臨床データも存在しています。

理屈から言えば、
ウイルスの細胞への接着阻止やサイトカインの過剰産生の阻止など、
タミフルとは別個の作用点で有効な薬剤を併用することにより、
併用で相乗効果が期待される、
ということになる訳です。

そこで今回の研究では、
香港の単独施設において、
遺伝子検査でH3N2(A香港型)のインフルエンザの感染が確認され、
肺炎を併発するなど症状が重篤で入院となった患者さん、
トータル217名をクジ引きで2つに分け、
一方はタミフルのみを5日間使用し、
もう一方はタミフルに加えて、
クラリスロマイシンとナプロキセンを併用して、
その後90日間の生命予後を比較しています。

使用法はちょっと複雑で、
最初の3日間は1日量150mgのタミフルを両群とも使用し、
その後の2日間のみ、
併用群ではクラリスロマイシンを1日量1000㎎と、
ナプロキセンを1日量400㎎で併用します。

両群とも、
抗生物質のアモキシシリンとクラブラン酸の合剤
(商品名オーグメンチンなど)を、
1日2グラムと、
エソメプラゾール(商品名ネキシウム)1日20㎎が、
最初から併用されています。

抗生剤を細菌による二次感染予防として最初から用い、
ストレスやNSAIDsによる潰瘍の予防のために、
プロトンポンプ阻害剤も併用する、
というかなり濃厚な治療が行われています。

クジ引きはして患者さんを選んでいますが、
偽薬などは使っていないので、
患者さん自身もどちらの群かは把握しています。

その結果…

登録後30日で、
タミフル単独群の110名中9名が亡くなり、
併用群の107名中死亡者は1名であったので、
生命予後は併用群で有意に改善している、
という結果になっています。

それ以外の指標としては、
ウイルス量の減少も併用群でより早く、
タミフル耐性の遺伝子変異の発生も、
併用群で少ないという結果が得られました。

単独施設のデータですし、
試験のデザインや併用薬剤にも、
やや問題があるように思います。
高齢者が多いので(平均年齢は80歳くらい)、
この死亡の差が併用薬の影響とするのは、
まだ時期尚早と思いますが、
従来から使用される薬剤の組み合わせが、
状況によっては有用であるという知見は興味深く、
今後のデータの蓄積を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

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