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原発性アルドステロン症のスクリーニングに与える減塩の影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アルドステロン症と塩分.jpg
今年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載された、
原発性アルドステロン症という高血圧の原因となる副腎の病気の、
簡便なスクリーニングの検査に、
患者さんの摂っている塩分量が、
意外に大きな影響を与えているのではないか、
という趣旨の論文です。

原発性アルドステロン症というのは、
治療抵抗性の高血圧の2割に関わるという報告があるほど、
近年高血圧の原因として重要視されている病気です。

身体の水と塩分を保持するのに重要な働きを持つ、
アルドステロンというホルモンが、
副腎の腫瘍から過剰に産生されることにより、
身体が水と塩分を貯留して血圧が上昇し、
塩分(ナトリウム)と交換にカリウムが排泄されるので、
血液のカリウム濃度が低下します。

通常アルドステロンの調節には、
腎臓から分泌されるレニンが関連していて、
レニンがアルドステロンの分泌刺激になります。
しかし、原発性アルドステロン症の時には、
レニンの調整が効かなくなるので、
アルドステロンが増加し、
レニンは抑制されている、
というパターンを取るのが通常です。

ここで原発性アルドステロン症のスクリーニングとして、
アルドステロンをレニンで割り算して、
その数値を利用しよう、
という発想が生まれました。

このアルドステロン/レニン活性比(ARR)のスクリーニングとしての効果を、
最初に検証した論文は、
僕の以前所属していた教室の先輩の手になるもので、
1981年に発表され今でも引用されています。

さて、
日本においてはアルドステロンをpg/mLで数値化し、
レニン活性をng/mL/hrで数値化して割り算し、
それが200を超える場合に、
原発性アルドステロン症の疑いありと診断しています。

一方で欧米ではアルドステロン濃度の単位は、
ng/dLを用いることが多く、
このため比率は20を超える場合を陽性としています。

この簡便なスクリーニングは有用性の高いものですが、
身体の塩分が少ない状態では、
レニン活性はアルドステロンとは別個に上昇するので、
現行のガイドラインにおいては、
この検査は塩分制限は行わずに施行すること、
と記載をされています。

しかし、実際に塩分制限が数値にどの程度の影響を与えるのかについては、
あまりデータが存在していませんでした。

典型的な原発性アルドステロン症においては、
レニン活性は1.0ng/mL/hr以下に抑制されます。

ただ、実際には比較的マイルドなケースでは、
レニン活性が1を超えることもしばしばあることが報告されています。
こうしたレニンの抑制が強くない場合には、
減塩でもレニンが上昇しやすいと考えられます。

今回の検証においては、
24時間のナトリウム排泄をチェックすることにより、
まず1日の食塩摂取量が9グラムくらいと、
塩分摂取量が多い状態で原発性アルドステロン症のスクリーニングを行い、
その疑いが強い事例に対して、
今度は1日の食塩摂取量が3グラムくらいの減塩として、
そこで再び同じスクリーニングを行っています。

まず塩分摂取の多い状態で、
高血圧があり、
ARRが20を超える241名を登録します。
通常スクリーニングで原発性アルドステロン症の疑いと、
指摘をされる人達です。

このうち、典型的な原発性アルドステロン症として、
レニン活性は1以下で、
アルドステロン濃度が6ng/dL(60pg/mL)以上のものを、
よりこの病気の可能性が高いと規定すると、
ARRが20を超える対象のうち、
33%に当たる79名しか、
この基準を満たしませんでした。

そこで更にその79名の陽性者を減塩の状態にして、
再度採血を施行すると、
そのうちの56%に当たる44名では、
今度はレニンが1以下でアルドステロンが60以上という、
基準を満たさない結果になりました。

つまり、レニン活性が高塩分の状態で抑制されていても、
その少なからずは塩分制限をすると、
レニン活性が上昇するので、
スクリーニングの基準を満たさなくなるのです。

上記文献の著者らの見解としては、
マイルドなタイプの原発性アルドステロン症や、
潜在性のアルドステロン症では、
レニンの抑制は充分ではなく、
また減塩によってレニンの上昇も起こりやすくなるので、
塩分は充分に摂取した状態でスクリーニングを行うなど、
スクリーニング法にも更なる検証が必要だ、
という趣旨のものになっています。

ただ、本当にそうでしょうか?

典型的な原発性アルドステロン症は、
レニン活性が抑制されていて、
レニン分泌刺激によっても上昇しないことが、
その特徴である訳です。

従って、減塩でレニンが上昇するというような事例は、
マイルドなアルドステロン症という言い方も出来なくはありませんが、
そもそも典型的な原発性アルドステロン症ではなかった、
という考え方も出来ます。

確かにレニンの抑制が不十分で、
アルドステロンが軽度上昇しているような事例でも、
経過を観察するうちに、
典型的なアルドステロン症となる事例は報告されていて、
そうしたケースでも長期的には、
心血管疾患のリスクは増加する、
というような報告もあります。

しかし、そうしたケースを潜在性アルドステロン症のように名付けても、
治療によりその予後が改善したというようなデータはないのですから、
あまり意味のないことではないでしょうか?

個人的には、
手術のような治療を検討する病気としての原発性アルドステロン症は、
レニンが抑制されて分泌刺激にも反応しない、
典型的な事例に限るべきではないかと思いますが、
ホルモンという狭い専門分野においては、
往々にして、
潜在性なんチャラ、というような言葉のお遊びが、
流行することが多いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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前糖尿病状態とのそのリスク(2016年のメタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
前糖尿病状態の予後との関連.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
前糖尿病状態(糖尿病予備群)の生命予後を含むリスクについての論文です。

糖尿病の診断基準というのは、
日本でも欧米でもほぼ同一のものが使用されていて、
空腹時の血糖値が126mg/dl以上という基準と、
HbA1cが6.5%以上という基準、
そしてブドウ糖液を飲んでその後の血糖値を測定する、
所謂「糖負荷試験」で、
ブドウ糖を飲んだ2時間後の血糖値が、
200mg/dl以上、
という3つの数値の基準があり、
その基準のうち幾つかが、
複数回満たされた場合に、
糖尿病である、という診断が下ります。

血糖値もHbA1cの数値も、
基本的に連続的なものですから、
何処かで線を引くのは、
これはもう人間が人為的に行なう作業です。

1型糖尿病という病気があり、
これはその多くが自己免疫疾患で、
ほぼ間違いなく、
発症するとインスリンの欠乏状態が進行し、
インスリンの注射が生存に不可欠な状態に移行します。

インスリンの注射が、
人間に使用可能になるまでは、
多くの1型糖尿病の患者さんが、
血糖値の上昇によるケトアシドーシスという病態のために、
命を落としました。

それが、インスリンの注射という治療の開始と共に、
その予後が格段に改善したのです。

これは間違いのない医療の進歩であり、
そのままでは命に関わる健康上の事態が、
医療によって改善する、という意味で、
1型糖尿病は間違いのない「病気」なのです。

ただ、2型糖尿病というのは、
そのニュアンスがちょっと違います。
1型糖尿病と同じように血糖値が上昇しますが、
その程度は非常に個人差が大きく、
ちょっと生活習慣を気を付けるだけで、
正常に戻るものから、
1型糖尿病と同じように、
生存のためにインスリンの注射が必要な場合まであります。

軽症の糖尿病には、
これといった症状がある訳ではありません。

年齢と共に、
他の臓器の働きが自然に低下するように、
膵臓の働きも低下します。

そのことにより、
血糖がやや上昇することは、
自然の加齢現象という考え方も出来ます。

それでは何故、
たとえば空腹時の血糖が126で線を引くのかと言えば、
それを超えた辺りから、
明らかに心筋梗塞や脳卒中などの発症が増え、
そのことにより生命予後を悪化させる事態が、
想定されるからです。

糖尿病の患者さんの死因のトップは、
インスリンの治療が開始されて以降は、
心筋梗塞です。
(現在の統計は国や地域による差があると思います)

従って、
糖尿病という診断基準が作られているのは、
主に心臓病の予防のためです。

少し古い方はご存知のように、
かつての糖尿病の基準は、
空腹時血糖は140mg/dl以上を基準としていました。

これが126に下げられたのは、
主に心疾患の予防のためです。
糖尿病には合併症があり、
失明に結び付く網膜症や、
足の壊疽などに結び付くことのある神経障害、
透析の原因の1位である腎症などが有名ですが、
これらは126で線を引いても140で線を引いても、
左程の経過の差はないのです。

つまり、心疾患のリスクが高まる、という意味では、
126を基準として、
それより高い人は「病気」と判定した方が、
トータルに見て、
患者さんの予後の改善に繋がる、
という判断がある訳です。

ただ、数字を下げれば、
当然患者さんの数は増えます。

よく「最近糖尿病の患者さんの数が急増している」
というような報道がありますが、
それは事実であると同時に、
基準値を下げたことによる、
人為的な部分も同時にあるのです。

ここで更に、
「前糖尿病状態」という考え方があります。

元々正常の血糖の変動パターンを取る方と、
糖尿病の診断基準を満たす方との間に、
一種のグレーゾーンが存在します。

糖尿病の診断に使われる指標は3つあります。
空腹時の血糖と、
糖負荷後の血糖、
そして血糖値の1~2ヶ月の推移を示すとされる、
HbA1cの数値です。

この3つの数値の異常値は、
必ずしも一致するとは限りません。

従って、このどれかの数値が、
正常範囲を超えていて、
それでいて糖尿病の基準値には達していない時、
その状態を前糖尿病状態(Pre-Diabetes)と呼ぶのです。

ただ、この用語にはまだ混乱があります。

アメリカ糖尿病学会による前糖尿病状態の基準は、
空腹時血糖が5.6から6.9mmol/L(ほぼ100から124mg/dL)というもので、
WHOによる同様の基準は、
空腹時血糖6.1から6.9mmol/L(ほぼ110から124mg/dL)となっています。
アメリカ糖尿病学会はそれ以外に、
HbA1cが5.7から6.4%を前糖尿病状態としていますが、
イギリスのNICE(英国立臨床評価研究所)は、
HbA1cの6.0から6.4%を基準としています。
またブドウ糖を経口で摂取した後2時間の血糖値が、
7.8から11.0mmol/L(ほぼ140から200mg/dL)も、
ほぼ統一された基準となっています。
日本の現行の基準はアメリカにほぼ一致しています。

今回の研究はこれまでの臨床研究のデータをまとめて解析する方法で、
前糖尿病状態のリスクを検証しています。

その結果…

53のコホート研究に登録された、
トータルで1611339名の糖尿病患者さんのデータを、
まとめて解析した結果として、
アメリカ糖尿病学会の空腹時血糖の基準による前糖尿病状態では、
観察期間の中央値が9.5年において、
心血管疾患のリスクは1.13倍、
WHOの空腹時血糖の基準による前糖尿病状態では1.26倍、
ブドウ糖負荷試験での2時間値の基準による前糖尿病状態では1.30倍、
それぞれ有意に増加していました。

冠動脈疾患のリスクもアメリカの基準による前糖尿病状態で1.10倍、
WHOの基準で1.18倍、負荷試験の基準で1.20倍、
脳卒中のリスクはアメリカの基準による前糖尿病状態で1.06倍、
WHOの基準で1.17倍、負荷試験の基準で1.20倍、
総死亡のリスクもアメリカの基準による前糖尿病状態で1.13倍、
WHOの基準で1.13倍、負荷試験の基準で1.32倍、
それぞれ有意に増加していました。

HbA1cの2種類の基準についてみると、
5.7から6.4%を前糖尿病状態とすると、
心血管疾患のリスクは1.21倍、
冠動脈疾患のリスクは1.15倍、
6.1から6.4%を前糖尿病状態とすると、
心血管疾患のリスクは1.15倍、
冠動脈疾患のリスクは1.28倍、
それぞれ有意に増加していました。

ただ、HbA1cの2種類の基準で前糖尿病状態であっても、
脳卒中と総死亡のリスクには有意な増加は認められませんでした。

こうした結果から、
前糖尿病状態においても、
若干ながら生命予後を含めたリスクの増加が、
認められることが分かります。

上記論文においては、
現時点で最も厳しいアメリカ糖尿病学会の前糖尿病状態の基準の、
妥当性がこれで示された、
という結論になっています。

ただ、リスクの増加は概ね軽微なものですから、
これをもって前糖尿病状態の患者さんを、
皆病気として管理するべき、
というようにも言い切れないように思います。

こうしたボーダーラインの状態に対して、
どのような対応をするべきかについては、
今後も検証が必要だと思いますし、
どのような基準を適応するかについても、
まだ結論は出ていないと考えた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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サイアザイド利尿剤の骨折予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
サイアザイドと骨折.jpg
今月のJAMA Internal Medicine誌に掲載された、
古典的な利尿剤が、
高齢者の骨折予防に有効であったという、
興味深い報告です。

高血圧の治療薬のうち、
最も歴史が古く、
かつその有用性を証明するデータの多いのは、
利尿剤、というタイプの薬剤です。

利尿剤は、
その名の通り、
おしっこの量を増やす薬です。

おしっこを増やすことが、
何故血圧を下げることになるのでしょうか?

非常に単純には、
血圧は血管の抵抗と血液の量とを、
掛け合わせたものとして表現されます。

このうち今使用されている多くの降圧剤は、
血管を広げて血管の抵抗を下げることにより、
血圧を下げるタイプの薬剤です。

その一方で、
血液の量を減らすことにより、
血圧を下げる効果を持っているのが、
所謂利尿剤なのです。

厳密に言えば、
現在使用されている降圧目的の利尿剤は、
水分よりも余分な塩分を、
身体の外に排泄するのが、
その主な役割です。

高血圧になり易い体質の人というのは、
塩分を身体に貯留し易いことが多いのです。
塩分が身体に溜まると、
何故血圧が上がるのか、というメカニズムも、
厳密には解明されていない部分があるのですが、
ここではそのことには触れません。
塩分が溜まると血圧が上がるのだ、
と取り敢えずは簡単にお考え下さい。

利尿剤の発見は、
そもそもは偶然の産物でした。

サルファ剤という抗菌剤を使用すると、
おしっこが沢山出て腹水が改善しました。
これが炭酸脱水酵素という酵素を、
腎臓の尿細管で阻害するためであることが明らかになり、
そうした酵素の阻害作用を強めた薬として、
作られたのがアセタゾラミドです。
1950年のことでした。

この薬は今でも現役で使われています。
商品名はダイアモックスなどです。
ただ、この薬の利尿作用は、
強力な上にナトリウムのみを排泄する形で行なわれるので、
身体はアルカリを排泄して酸性になります。

従って、通常は副作用が強いので使用はされず、
緑内障の発作時など、
特殊なケースでのみ、
短期間使用されています。

その後1950年代の後半に、
クロロチアジドという薬が開発されました。
これがサイアザイド系利尿剤と呼ばれる、
一連の薬の始まりです。

この薬はそれ以前の炭酸脱水酵素阻害剤の構造を変え、
ナトリウムだけでなく、
クロールも排泄されるようにしたものです。
このことによりおしっこは増えても、
血液が酸性になることはないのです。

この系統の薬には、
ヒドロクロロチアジド(現在単剤の使用は困難)や、
トリクロルメチアジド(商品名フルイトランなど)
などがあります。

この薬から派生した薬として、
クロルタリドン(商品名ハイグロトン)があります。
サイアザイド系の利尿剤は、
カリウムも排泄するため、
血液のカリウムの下がる副作用がありますが、
この薬は大量の使用でなければ、
動物実験でもカリウムの喪失は認められていません。
また、その効果持続時間が、
48時間と極めて長く、
降圧剤として使用した場合に、
その効果が安定している、
という利点があるのです。

その後更に強力な利尿剤である、
ループ利尿剤が開発されました。
その代表はフロセミド(商品名ラシックスなど)で、
現在でも心不全や肝硬変、腎不全など、
多くの身体に水や塩分が貯留する病気の治療に、
使われています。

ただ、この薬は利尿作用が強く、
その効果の持続は短いので、
降圧剤としては不適当だったのです。

サイアザイド系の利尿剤は、
最初の効果的な降圧剤として、
世界で幅広く使われました。

しかし、その後血管を広げるタイプの、
強力な降圧剤が相次いで開発されたため、
特に新薬を有難がる日本では、
その使用は徐々に減少し、
一時は忘れられた薬となっていました。

そして…

ここでちょっと内輪の自慢話なのですが、
1980年代の終わり頃に、
所属していた大学の医局の先輩が、
多くの高血圧の患者さんの10年以上の経過を分析したところ、
その心肥大の抑制効果や降圧効果において、
サイアザイド系の利尿剤が、
最も有効性があったことを、
まとめて論文として発表しました。

しかし、当時はあまりこうした研究は、
注目を集めるものではなかったのです。

風向きが大きく変わったのは、
2002年のことです。

ALLHAT 試験と呼ばれる、
4万人以上を対象とした大規模な臨床試験が、
アメリカを中心に行なわれ、
その結果として、
サイアザイド系の利尿剤は、
他のより高価で新しい降圧剤と同等の、
心筋梗塞予防効果が得られたのです。
部分的な解析では、
他剤より更に優れた効果が得られたケースもありました。

日本でもサイアザイド系の利尿剤の再評価の気運が高まり、
サイアザイド系利尿剤と他の新しい降圧剤との合剤が、
一時期鳴り物入りで多く発売されました。

この抱き合わせ販売には、
幾つかの問題点があります。

利尿剤は発売から時間が経っているため、
非常に安価な薬で、
製薬会社にはあまり使うメリットがありません。
従って、単剤ではなく、
より高価な降圧剤と抱き合わせの形で、
使用するような形を取ったのです。

ただ、本来はまず単剤の効果を検討するべきで、
最初から合剤ありきの姿勢は、
何処か歪んだものではないかと思います。

更には利尿剤再評価のきっかけとなった、
ALLHAT 試験では、
使用されている利尿剤はクロルタリドンです。

しかし、日本で発売されている合剤に含まれているのは、
それとは違うヒドロクロロチアジドです。

最初に説明しましたように、
クロルタリドンはその持続時間の長さに特徴があります。
従ってその効果もヒドロクロロチアジドとは違うのです。

しかし、その結果が同種の利尿剤全体に、
強引に根拠なく拡大され、
ごく一部の薬剤を除いて、
単剤の利尿剤は、
次々とその製造が中止となっています。

以前記事にしましたが、
クロルタリドンは現在日本では製薬会社が発売を中止し、
そのため使用することは出来ません。

一番有用性が高く安全性にも問題がないとされている降圧剤が、
日本では使用出来ないのです。
日本の医療の大きな問題点の1つが、
この辺りにありそうです。

さて、今回の研究はこのALLHAT試験のサブ解析ですが、
サイアザイド利尿剤(クロルタリドン)と、
カルシウム拮抗薬(アムロジピン)、
そしてACE阻害剤(リシノプリル)という代表的な降圧剤の使用と、
高齢者の股関節と骨盤骨折のリスクとの関連性を検証しています。

対象者は平均年齢70.4歳の高血圧の患者さん、
トータル22180名で、
平均で4.9年の経過観察を行い、
臨床試験終了後もそのうちの16622名では、
5年間の追加調査を行って、
その経過をまとめて解析しています。

その結果、
アムロジピンやリシノプリルと比較して、
クロルタリドンの使用により、
股関節と骨盤の骨折リスクは、
有意に21%低下していました。(95%CI:0.63から0.98)

高齢者では脳卒中や心筋梗塞などの心血管疾患と共に、
骨粗鬆症や運動能力の低下による骨折が、
ADL低下の大きな要因になりますから、
クロルタリドンにその予防効果があるとすれば、
まさに一石二鳥ですが、
今回のものは悪くはないというレベルで、
それほどクリアな結果という訳ではありませんし、
そのメカニズムも明らかではありません。

サイアザイドはカルシウムの吸収を促進して、
高カルシウム血症を来すことがあるという報告はあり、
また最近の報告では、
副甲状腺ホルモンの上昇と結びついているのでは、
という論文もあります。
そうした点はむしろ骨量の減少に結び付くようにも思えます。

そんな訳でこの問題は、
今後も検証が必要なものだと思いますが、
クロルタリドンが降圧剤として、
優秀な薬であることは間違いがなく、
それを簡単に販売中止にして恥じることがない日本の医療には、
大きな懐疑を持たざるを得ないのです。

本当に長期の安全性と有効性が確立している薬をこそ、
長く使用することが正しい選択ではないのでしょうか?

それでは今日はこのくらいで。

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プッチーニ「ラ・ボエーム」(2016年新国立劇場レパートリー) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

何もなければ1日のんびり過ごす予定です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ラボエーム.jpg
新国立劇場のレパートリー上演、
プッチーニの「ラ・ボエーム」に足を運びました。

バブルの頃と比較すると、
来日オペラはかなり元気がなく貧相な感じは否めず、
有無を言わせぬ感じの大スターも不在です。

そうなると意外に良質の舞台を定期的に上演しているのが、
新国立劇場です。

新国立劇場もバブルの頃と比較すると、
かなり予算は減っていると思うのですが、
それでも舞台機構は抜群で音響も良く、
合唱のレベルも高いので、
安定感を持って舞台を見ることが出来ます。

引っ越し公演は予算の問題が大きいのでしょうが、
現在は舞台装置は安っぽく、
合唱も大勢は来日しないので、
人数が少なくて迫力がありません。

今回の「ラ・ボエーム」は、
フランスの若い芸術家を描いた人気作です。
日本人による演出はこれと言った新味はないのですが、
舞台面も綺麗ですし、
1幕など部屋の外の空間を比較的多くとって、
最後の二重唱の辺りも、
最後のぎりぎりまで客席から見えるところで歌ってくれるのが、
個人的には好印象でした。

ミミがロドルフォの部屋に来て、
蝋燭の明かりが何度か消える段取りも、
非常に分かりやすく出来ていました。
これもあまりないことです。

この作品の聴きどころは、
何と言っても1幕のテノールのアリアと、
ソプラノのアリアが連続するところですが、
ちゃんと盛り上がるべきところで前に出て来るので、
動きが歌を邪魔していません。
アリアの辺りなど、
照明を細かく調整しているのも良いと思います。

2幕のカルチェラタンの街並みも綺麗ですし、
主人公達の声が、
合唱とは綺麗に分かれて聴こえるような、
バランス感覚も良かったと思います。

ヨーロッパの指揮者は、
歌手をしっかり盛り上げるタイプで、
1幕のアリアも、
とことん伸ばせるところは伸ばしていました。

歌手陣もミミ役のフローリアンというルーマニアのソプラノが、
艶やかな伸びのある声でまずまず。
ロドルフォ役のイタリアのテノール、テッラノーヴァも、
声はやや荒れているのですが、
目いっぱいの歌唱で「冷たい手に」の高音は良く出ていました。
ただ、二重唱の終わりは声を上げませんでした。

以上が良かったところ…

悪い点は演出では、
2幕の始めに録音の効果音を流していて、
これは良くないと思いました。
プッチーニの音楽は情景描写が本質で、
すべての情景を音にしているのですから、
そこに実際の雑踏の音などを重ねるのは、
絶対のNGだと思います。
ただ、こうした演出は、
最近は多いのが実際だと思います。

日本人歌手があまり良くありません。
もっと歌える人が幾らでもいると思いますし、
もっと真摯な歌であれば、
心に響くと思うのですが…

その辺は非常に残念です。
ただ、「ラ・ボエーム」のような「世話物」の演技と歌は、
日本人歌手には一番苦手なジャンルかも知れません。
精一杯おちゃらけた感じを出すのが、
却って痛々しく、
歌のフォルムも乱してしまっているように感じました。

新国立劇場で一番残念なのは客席の雰囲気で、
上演回数が多いので、
どうしてもオペラ好きではない観客の比率が多くなり、
雑音もざらですし、
カーテンコールを見ずに、
そそくさと帰る観客が多いのもガッカリします。
今回は20日に聴いたのですが、
ミミのアリアの一番盛り上がるところで、
ポケベルの音が盛大に鳴り響きました。
どうしてここまで絶妙(悪い意味で)のタイミングで、
ポケベルが鳴らせるものかと、
暗澹たる気分になります。
しかも1階3列目の正面です。

アリアは多くの拍手に値する出来だったと思いますし、
指揮者もそれを期待していた演奏でしたが、
アリア後の拍手は、
特にテノールのアリアの後はパラパラでした。
あそこは本来は繋げるところですが、
慣例として拍手が入りますし、
それで良いのだと思います。
そういう作法は矢張り守られるかどうかで、
その後の出来も変わります。
あの出来であれだけの拍手では、
歌手もやる気は失せると思います。
とても、残念です。

一方でムゼッタのアリアの後では、
指揮者は拍手の間を作りませんでした。
あれは妥当な判断だったと思います。

12月の「セビリアの理髪師」では、
新国立劇場で初めて、
ラストのテノールの大アリアが、
カットなしで歌われるそうです。

これも非常に楽しみで、
なんだかんだと言っても、
今の日本のオペラは、
かつてより新国立劇場でもっている、
という部分が大きいように思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごしください。

石原がお送りしました。

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鴻上尚史「サバイバーズ・ギルト&シェイム」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当します。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ギルト&シェイム.jpg
KOKAMI@network vol.15として、
鴻上さんの新作(たぶん…)公演が、
今新宿の紀伊国屋ホールで上演されています。

これは近未来もしくはパラレルワールドとしての日本が舞台で、
そこでは長いこと戦争が続いていて、
戦地から「幽霊」として、
母親の元に戻った山本涼介さん扮する若い兵士が主人公のドラマです。

最近の鴻上さんの作品は、
「イントレランスの祭」や「ベター・ハーフ」など、
なかなか良いなと思って観ていたのですが、
今回はちょっと乗れませんでした。

1人だけ生き残った人間が、
生きていることに罪悪感を抱く心理というのは、
テーマとして面白いですし、
そこに大災害と戦争を共に絡めるというのも今風です。
演劇という枠組みを笑いに変えたり、
その場で常に主人公になろうとするコメディリリーフの使い方や、
皆が協力して1つの劇中劇(この場合は映画)を、
作ろうという試みが現実世界の人間関係を動かすという構図も、
如何にも鴻上さんのお芝居です。

ただ、今回の作品では、
舞台設定があやふやでやや腰の引けている感じがあり、
劇中劇のテーマがあまりに凡庸でオヤオヤという感じのものなので
あまり質の高い作品にはなっていなかったように思います。

以下ネタバレを含む感想です。

舞台は何処とも知れぬ相手と、
何処かしら不明の場所で戦争をしている戦時下の日本で、
空襲などもあるという割には、
普通に仕事もあって生活は通常でもあるようです。
カラオケボックスが出て来るのですが、
歌うのはブルーハーツや森山直太朗などの実際の曲です。
26年前に大津波で家族が犠牲になった、
というような話が出て来るので、
現在から20年後の未来ということのようにも思えますが、
その割には風俗は今のままです。

長野里美さん演じる母親の元に、
兵士として戦場に出ていた山本涼介さん演じる息子が帰って来ます。

夫を亡くした母親は、
大高洋夫さん演じる中年男と再婚することを決めています。
山本涼介には伊礼彼方演じる兄がいて、
心臓病のため徴兵はされず、
カラオケボックスで働いていますが、
徴兵されていないことを、
周囲からは白い目で見られています。

帰って来た息子は、
「自分が全滅した部隊で死んだ幽霊だ」
と驚くような話をします。

彼は大学で南沢奈央さん演じる学生と、
映画研究会に所属していたのですが、
以前挫折した映画をもう一度完成させたい、
という話になり、
皆で映画作りが始まります。

そこに更に片桐仁さん演じる山本さんの上官が登場し、
今度は自分の方が幽霊で、
戦車への特攻攻撃で死亡したのだが、
山本さんは特攻をせずに逃げたので生き残ったのだ、
というまた別の話をします。

映画の題材は幼稚園児の「ロミオとジュリエット」
というかなり珍妙で脱力するような感じのもので、
それが真面目に描かれますが、
その後半で色々と隠された事実が明らかになります。

そして、ラストではそれぞれの登場人物が、
新しい旅立ちの時を迎えます。

構成的には悪くないと思うのです。
井上ひさしに似た感じのお話で、
互いに幽霊だと言い合う辺りから、
何となくラストの想像も付いてしまいますが、
それもご愛敬です。
ただ、近未来のような中途半端な設定が、
作品を薄っぺらなものにしていますし、
「ロミオとジュリエット」の子役の劇中劇というのが、
また中途半端で面白くありません。

これを撮らなければ死ねないというような凄みが、
そこにはまるで感じられないのです。
もっとオリジナルの物語が、
現実に対決する虚構として、
提示されるべきではなかったでしょうか?

キャストは皆頑張っていたと思います。

中でも抜群だったのは長野里美さんで、
要するに第三舞台時代と同じ芝居をしているのですが、
年齢を重ねても同じ芝居が、
昔より高い精度で出来るということがまず素晴らしく、
僕が観た中では第三舞台時代を含めて、
これまでのベストアクトと言っても良い、
素晴らしい出来栄えだったと思います。

メインの山本涼介さんのストレートな感じも悪くありません。

ただ、伊礼彼方さんがカラオケで歌いあげたり、
片桐仁さんが大事な場面でぶち壊し的に介入したり、
そうしたところはこれまでの舞台の二番煎じ的な感じが強くて、
役者さんの使い方をもう少し工夫して、
新しい面を出して欲しかったな、
というようには思いました。

トータルに、
攻めているように一見感じるのですが、
実は大分守りに回っている作品に感じました。

戦争批判にしても薄っぺらで、
この程度のことを言っておけば、
褒めてもらえるでしょ、
というような不純な感じがするのです。

本当にこれから起こるかも知れない、
戦時中の世界を描くのだとすれば、
もっと強い覚悟が必要だと思いますし、
リアリティが必要だと思うのです。
そうした覚悟がないのであれば、
もっと別の素材を用いて、
生存の罪の意識というテーマを、
描くべきではなかったでしょうか?
このテーマ自体は、
別に戦時下の日本を舞台としなくても、
充分成立可能であったという気がするからです。

そんな訳で今回は乗れなかったのですが、
長野さんの芝居は良かったですし、
鴻上さんは振幅の大きな仕事ぶりなので、
次回作にはまた期待をしたいと思います。

頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


メキシコにおける糖尿病の生命予後 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診察や保育園の健診に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
メキシコの糖尿病の予後.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
メキシコにおける糖尿病の生命予後を検証した論文です。

糖尿病が全身の内臓に大きな影響を与え、
動脈硬化を進行させ、腎不全の原因となるなどして、
その患者さんの生命予後にも大きな影響を与えることは、
教科書にも記載されているような科学的事実ですが、
実際にどのくらいその方の生命予後に影響を与えるのか、
という点については、
それほど多くのデータが存在している訳ではありません。

最近では2015年にスウェーデンの大規模な疫学データの解析が、
同じNew England…誌に掲載され、
その時にブログ記事にもしています。

ここではトータルには総死亡のリスクは、
2型糖尿病のあることにより、
1.15倍(95%CI: 1.14から1.16)有意に増加していました。

ただ、これは医療が高度に進歩していて、
衛生意識も高く、
糖尿病の患者さんへの指導や治療も、
広く行われているスウェーデンでの話です。

今回の研究は上記文献では中所得国(middle-income countries)
という区分となっている、
メキシコにおいて、
糖尿病と生命予後との関連を検証しています。

メキシコシティにおいて、
1998年から2004年の間に、
35歳以上の男性約5万人と女性約10万人を登録し、
その時点での糖尿病の有無と、HbA1cなどの採血を行い、
その後12年間の死亡原因とを比較検証しています。

その結果、
糖尿病の対象者の罹患率(prevalence)は、
年齢と共に増加し、
35から39歳で3%、60歳では20%を超えていました。
60から74歳の年齢層ではほぼ4人に1人が糖尿病で、
これはイギリスの統計での7%や、
アメリカの統計での15%を遥かに上回っていました。

その99%は2型糖尿病です。

登録時に糖尿病であった対象者の、
HbA1cの平均値は9.0%で、
全体の3分の1は10%を超えていました。
これは同様の高所得国のデータでは、
そうした患者さんは5%程度と報告されていますから、
非常にコントロールの悪い糖尿病の患者さんが多い、
という結果になっています。

それでは、このように悪いコントロールの糖尿病の患者さんの、
生命予後はどうだったのでしょうか?

12年の観察期間において、
糖尿病の患者さんの総死亡のリスクは、
糖尿病のない人と比較して、
35から59歳では5.4倍(95%CI:5.0から6.0)、
60から74歳では3.1倍(95%CI:2.9から3.3)、
75から84歳では1.9倍(95%CI:1.8から2.1)、
となっていました。
35歳から74歳の総死亡のリスクは、
糖尿病のあることで4倍近く増加していて、
これは主に高所得国のメタ解析では、
2倍は切るくらいの数値でしたから、
非常に高い水準となっていました。

これはメキシコシティにおける、
35から74歳のすべての死亡の、
3分の1が糖尿病を原因としている、
ということを示しています。
個別の死亡原因としては、
腎臓病による死亡が糖尿病により20.1倍に増加していて、
心臓病による死亡が3.7倍、
感染症による死亡も4.7倍と有意に増加していました。

このようにコントロールの悪い状態での糖尿病は、
生命予後に大きな悪影響を及ぼすことは間違いがなく、
これは間接的なデータではありますが、
糖尿病の予防と治療の公衆衛生的な重要性を、
強く示しているように思われます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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セレコキシブの心血管疾患リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
予報では雪ですが、
今のところは冷たい雨の感じです。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
セレコキシブの心血管疾患リスク.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
消炎鎮痛剤の心血管疾患リスクを比較検証した論文です。

非ステロイド性炎症剤(nonsteroidal anti-inflammatory drugs)
と言う薬があります。
英語の名称を略して、
NSAIDs と呼ばれるのが一般的です。
商品名で言うと、
アスピリンやブルフェン、
ロキソニンやボルタレンなどがその代表です。
所謂痛み止めがそれに当たります。

この元になる煎じ薬は、
紀元前には痛み止めとして、
傷の手当などに使われていた、
という記載もあります。

つまり人間と痛み止めとの関係は、
少なく見積もっても数千年の歴史がある訳です。

これが医療薬として登場したのは、
1897年のアセチルサリチル酸の合成が、
そのきっかけです。

1899年にバイエル社が、
このアセチルサリチル酸を痛み止めとして、
「アスピリン」という商品名で発売しました。

この薬が爆発的にヒットし、
多くの患者さんの痛みの治療に貢献しました。
アスピリンは今も有用な治療薬として、
使われ続けているのは皆さんご存知の通りです。

ただ、この時点で何故アスピリンが痛みに効くのか、
そのメカニズムの詳細は、
まだ不明のままだったのです。

1971年に1つのトピックとなる論文が発表されます。
「Inhibition of prostaglandin synthesis as a mechanism of action for aspirin-like drugs 」
と題されたこの論文では、
アスピリンがCOX という酵素を阻害することにより、
プロスタグランジンという物質が出来るのを抑え、
それにより炎症や痛みを抑えるのではないか、
という理論が提唱されています。

これを「COX 阻害理論」と言い、
今日でも事実とされています。

「COX 阻害理論」とは、
どういうものでしょうか?

プロスタグランジンというのは、
アラキドン酸という身体の細胞の膜にある、
脂の一種から合成される物質で、
多くの種類があり、
それぞれに強力な作用を持っています。

たとえば、プロスタグランジンE1には、
強力な血管拡張作用があり、
またプロスタグランジンI2 は、
血小板が凝集するのを抑える働きがあります。
このように生体を保護する働きのあるプロスタグランジンですが、
その一方で同じプロスタグランジンの仲間が、
炎症を起こした場所で強く働き、
熱や痛みの大きな原因となっていて、
更に血小板の凝集を促進し、
脳梗塞や心筋梗塞の発症に結び付くこともあります。

このプロスタグランジンはアラキドン酸から作られるのですが、
その時にまず働く酵素が、
COX (cyclooxygenese )です。

つまり、COX が働かなくなれば、
プロスタグランジンは作られなくなり、
その結果として痛みが取れ、熱が下がります。

アスピリンとそれに引き続いて合成された、
消炎鎮痛剤は、このCOX を阻害することが、
その主な作用であったのです。

アスピリンと始めとする、所謂NSAIDs は、
非常に効果のある痛み止めですが、
プロスタグランジンを全体として抑えてしまうため、
その良い作用もブロックしてしまう、
という欠点があります。

痛み止めを使うと、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍が起こることがあります。

これは胃の粘膜には多量のプロスタグランジンが含まれていて、
それが胃の粘膜を刺激から防御する重要な働きをしているのに、
痛み止めがCOX を阻害して、
胃の粘膜のプロスタグランジンを減らしてしまうのが、
その主な原因だと考えられています。

また、腎臓に入る血管は、
腎臓から分泌されるプロスタグランジンによって、
その働きが調節されています。
特に腎臓の働きが低下していたり、
身体が脱水の状態にあると、
腎臓に入る血液の量を維持するために、
プロスタグランジンの分泌は増加します。
つまり、腎臓のカンフル剤のように、
プロスタグランジンは働いているのです。

これが痛み止めでCOX が阻害されると、
腎臓に負担がかかり、
特に腎臓に入る血液の量が、
少ない状態にあると、
そのダメージはより大きなものになります。

痛み止めで腎臓の悪くなるのはこのためで、
たとえば高熱で脱水が強い時に、
水分の補給をしないで痛み止めを使うと、
腎臓の悪くなる危険性はそれだけ高いものになるのです。

COX 阻害理論が提唱されてから、
痛み止めの使用は、
特に腎臓の悪い方や胃潰瘍を繰り返している方では、
慎重にその適応が考えられるようになりました。

ただ、その時点では、
副作用は予防のしようのない、
ある種止むを得ないもの、
と考えられていたのです。

1991年になり、COX には1と2との2種類があることが、
初めて明らかになりました。

これは従来考えられていたCOX 以外に、
炎症を起こした場所で、
白血球のような炎症細胞から、
誘導されるタイプのCOX があることが分かったもので、
これをCOX2 と呼ぶようになったのです。

その後明らかになった知見では、
腎臓や胃を保護する働きを持つCOX は、
実は殆どCOX1 で、
炎症の痛みや熱の原因となる物質を作るのは、
主にCOX2 の担当です。

COX1 とCOX2 は、似た働きをしてプロスタグランジンを作りますが、
基本的には別々の酵素で、その構造も異なっています。

ところが、アスピリンのような消炎鎮痛剤は、
COX1 とCOX2 を両方とも抑えてしまうのです。

そこで、炎症で出現するCOX2 のみを抑える薬があれば、
痛みや熱は抑えるけれど、
胃や腎臓の保護作用は妨害しない、
という理想的な薬が誕生するのでは、
という考えが生まれました。

その考えの元に生み出された薬が、
COX2 選択的阻害剤です。

現在日本では、
セレコキシブ(商品名セレコックス)という薬が、
唯一使用されています。

さて、このセレコキシブの効果はどうでしょうか?

痛み止めとしての効果で言うと、
ロキソニンとまあ同じくらいで、
ボルタレンよりは少し弱い、
というのが一般的な評価だと思います。

つまりちょっとマイルドな痛み止めです。

ただ、これまでの痛み止めの副作用であった、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発生率で見ると、
これはもう格段にセレコキシブの方が優れています。
国内の臨床試験の成績では、
ロキソニンで1190人中8例の潰瘍が認められたのに対し、
セレコキシブでは1184人中、潰瘍の発生は1例のみでした。

つまり、胃の弱い方の痛み止めは、
間違いなくセレコキシブを使うべきです。

腎機能に与える影響については、
そこまでクリアではありませんが、
腎臓に薬が影響を与えたことによる浮腫みの発生を見ると、
ロキソニンの3分の1程度に抑えられている、
という結果が出ています。

つまりこの点は確実ではありませんが、
腎機能に与える影響は、
これまでの痛み止めより少ない可能性が高い、
ということは言えそうです。

ただ、1つ問題があります。

日本では発売されていない、
セレコキシブと同種の薬剤であるロフェコキシブの臨床試験で、
心筋梗塞の発症が対象薬の4倍に上昇していた、
という結果が出たのです。
同様の結果はそれ以外の試験でも認められたため、
この薬は2004年に市場から消えました。

何故COX-2 選択的阻害剤で、
心筋梗塞が増えるのか、
そのメカニズムは必ずしも明らかではありません。
ただ、同様の薬剤であるパレコキシブという薬も、
同じ理由で使用されなくなったことから考えて、
COX-2 を強力に抑えると、
血栓症が起こり易くなる、
何らかの原因があることは、
明らかだと思われます。

1つの仮説としては、
COX-2 により抑えられるプロスタグランジンI2 が、
血小板のくっつくのを抑える働きがあるので、
そのためではないか、という考えがあります。
ただ、プロスタグランジンの仲間には、
血小板をくっつける方向に働くものもあるので、
そう単純化して考えるのは危険かも知れません。

日本でも使用されている、
COX2阻害剤の代表選手のようなセレコキシブは、
その大腸癌などの発癌抑制作用が期待され、
セレコキシブを長期間使用することにより、
大腸癌を予防しようという、
大規模な臨床試験が2000年代の前半に行なわれました。
大腸癌の細胞ではCOX2が発現していて、
それを抑えることにより、
発癌抑制効果が期待されたのです。

ところが…

このセレコキシブも、
矢張り心臓病などの発症を増やしてしまいました。

これまでそう注目をされて来ませんでしたが、
どうやらCOXを阻害する薬全般に、
何らかのメカニズムにより、
心臓病や脳卒中などのリスクを、
上昇させる影響があるようなのです。

完璧な痛み止めというのは、
まだ見果てぬ夢の段階であったようです。

ここにおいて、
一般臨床での問題点は、
それでは非ステロイド系消炎鎮痛剤を俯瞰した時に、
個々の薬剤の種別において、
そのリスクにはどのような違いがあるのだろうか、
という点にあります。

そうした検証はこれまでに多く行われていて、
そのうちの幾つかは、
これまでにブログ記事としてもご紹介しています。

そして、
概ねセレコキシブと他の消炎鎮痛剤の心血管疾患へのリスクは、
明確な差はないというのが、
メタ解析などの結果になっています。

今回の研究はセレコキシブと、
従来型のNSAIDsの代表であるナプロキセン(商品名ナイキサン)、
そしてイブプロフェン(商品名ブルフェンなど)を、
直接比較した介入試験です。

対象は18歳以上で心血管疾患のリスクがあるか、
その既往があり、
関節炎による痛みのある患者さん、
トータル24081名で、
本人にも主治医にも分からないように、
クジ引きで3つの群に分け、
それぞれセレコキシブ1日200㎎、
ナプロキサン1日750㎎、
イブプロフェン1日1800㎎を、
継続的に使用して、
平均で34.1か月の経過観察を行っています。
偽薬を混ぜて使用して、
どの薬が選ばれたのかは分からないようになっている、
厳密な方法で大規模な臨床研究です。

その結果…

観察期間中の心血管疾患による死亡と、
心筋梗塞及び脳卒中を併せたリスクは、
セレコキシブとナプロキサン、イブプロフェンとの間で、
明確な差はなく、
セレコキシブの心血管疾患リスクが、
他のNSAIDsより高いという推測は否定されました。

これは当然の結果ですが、
胃腸障害のリスクは他の2剤よりもセレコキシブで低く、
腎障害のリスクについては、
ナプロキサンとセレコキシブでは差がなく、
イブプロフェンはセレコキシブより有意に高い、
という結果になりました。

今回のこれまでで最も大規模かつ厳密なもので、
セレコキシブの心血管疾患リスクは、
他のNSAIDsと明らかな差はないと、
そう考えて大きな間違いはなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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ウィーン国立歌劇場2016年日本公演 [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

今日は祝日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ウィーン国立歌劇場.jpg
先月から今月に掛けて、
ヨーロッパを代表する歌劇場の1つ、
ウィーン国立歌劇場の来日公演が行われました。

演目はシュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」と、
ワーグナーの「ワルキューレ」、
そしてモーツァルトの「フィガロの結婚」です。

ウィーン国立歌劇場の来日公演は、
これまでに多くの名演を聴かせてくれましたが、
今は圧倒的なスター歌手は不在なので、
最近は物足りなく感じることも多いのが実際です。

今回は結局ムーティ指揮の「フィガロの結婚」が一番良かったのですが、
極め付けの名演出とは言え、
これまで何度も見た同じポネルのセットで、
幾らなんでも凄い骨董品を持ち出して来たな、
という感じがありました。
僕自身もこの舞台は3回は観ています。
ウィーン国立歌劇場のモーツァルトというのは、
何と言っても特別の意味合いがありますし、
演奏は抜群でムーティの目配りも随所に感じられました。
この演目における僕の不満はズボン役のケルビーノで、
正直あまり良くありませんでした。
これは昨年の野田秀樹演出のヘンテコな舞台があったのですが、
ケルビーノをビジュアルは無視でカウンターテナーに歌わせていて、
裏声の美声はとても斬新で、
「これが正統だ」という感じを強く持ちました。
あの役は、普通のズボン役のメゾが歌うと、
どうもアンサンブル的に詰まらなくなるように思います。

それ以外のキャストはまずまずで、
ソロはともかくアンサンブルは極上で堪能しました。

ただ、これは今回は演出を変えて、
少し新鮮な感じを見せて欲しかったと思いました。

「ナクソス島のアリアドネ」は、
如何にもウィーンという演目ですが、
過去にシノーポリ指揮でグルヴェローヴァがツェルビネッタを歌った、
圧倒的な名演があって、
これは実際に聴いて今も耳に焼き付いています。

今回の上演は演出としては一番洒落ていましたし、
悪くない上演ではあったのですが、
前にも一度聴いたことがあるファリーという若手のソプラノは、
ツェルビネッタには如何にも安全運転で、
面白みがなくガッカリしました。
ツェルビネッタには悪魔的な技量がないと、
この作品は駄目だと思います。

今回最も期待していたのは、
ウィーンの来日では初めてのワーグナー「ワルキューレ」で、
演出も映像を使った斬新なもの、
という触れ込みで期待をしていました。

ただ、演出は実際にはかなり安っぽいもので、
おそらくは海外公演用に簡略化されていたのではないかと思いますが、
映像はオープニングにちょこっと、
それからラストの岩山の炎にちょこっと、
という感じでしか使われず、
ぼやけた炎が白い壁に映るだけなので、
プロジェクションマッピングとも言えないような、
ひと昔前の技術で、
とてもとてもガッカリしました。

演奏はともかくとして、
今年新国立で上演された「ワルキューレ」は、
ヨーロッパの歌劇場の演出のもらい物ですが、
非常に考え抜かれた美しく素晴らしいもので、
新国立の舞台機構が良く活かされていました。

それと比較すると今回の上演は、
非常に安っぽくかつ古めかしいもので、
大変ガッカリさせられました。

1幕はまあ悪くなかったのですが、
2幕は同じ平場で天上の場面と下界の場面をそのまま演じるので、
何をやっているのが全く分からないような感じになり、
ブリュンヒルデがジークムントに死の告知をするところも、
2人が同じ平場で触れ合ったりするので、
神秘的な感じがまるでありませんでした。
貧相で本当にガッカリです。

3幕の岩山も白い壁に囲まれたただの部屋で、
そこに馬のオブジェが並んでいるだけのセットです。
ワルキューレ達が、
本物の眼の上に偽物の眼を描いているメイクも、
遠くからでは全く分からないのでどうかと思うセンスのなさですし、
白い背景でそのまま演じて、
最後にそこに炎の映像が映されて終わるだけでは、
これまた安っぽくで元気がまるで出ないのです。

呆れた演出でした。

演奏はさすがに精度の高いものでしたが、
荒々しい迫力のようなものはないので、
ウィーンにワーグナーは矢張りあまり向いていないな、
という感じを持ちました。

歌手はボチボチで、
ブリュンヒルデのニーナ・シュテンメは、
雰囲気はとても良いのですが、
歌は高音が不安定で、
最初のワルキューレの歌からオヤオヤという感じでした。
ジークリンデのラングは良かったと思います。

そんな訳で、
ちょっとモヤモヤした来日公演でした。
なかなか名演は成立はしにくいもののようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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パーキンソン病と認知症との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
パーキンソン病と認知症.jpg
今月のLancet Neurology誌にウェブ掲載された、
新規に診断されたパーキンソン病と、
認知機能との関連についての論文です。

パーキンソン病というのは、
脳の黒質線条体という部分のドーパミン作動神経の異常により、
手の震えや歩行障害などが進行する病気ですが、
認知症とは深い関連があります。

パーキンソン病自体がその進行に伴って認知症を合併しやすく、
罹病期間が10年を超えるケースでは、
少なくとも75%が認知症を何等かの形で合併する、
と上記文献には記載されています。

その一方で、
パーキンソン症状を伴う認知症があることが知られています。

レビー小体型認知症は、
高齢者の認知症のうち、
アルツハイマー型認知症に次いで多い認知症のタイプですが、
初期にはアルツハイマー病のような「物忘れ」の症状が目立たず、
見えないものが見える幻視や、
ぼんやりするような注意力の低下が特徴的で、
パーキンソン症状を伴うことも特徴とされています。

実はこのレビー小体型認知症と、
パーキンソン病は、
共にαシヌクレインという物質が、
神経細胞内に蓄積することによって起こる病気で、
それがレビー小体という特徴的な所見となります。

従って、
パーキンソン病とレビー小体型認知症は、
いずれもレビー小体病という、
大きな括りの中の病気なのです。

ここでパーキンソン病の立場から考えると、
診断の時点で認知症があった場合には、
アルツハイマー病のような認知症とパーキンソン病が合併したケースと、
レビー小体型認知症のケースの2つの場合が考えられます。

通常認知症の症状があり、
レビー小体型認知症の疑いがあって、
それからパーキンソン症状が出現した場合には、
レビー小体型認知症と診断し、
パーキンソン病と診断されてから、
1年以内に認知症が発症した場合にも、
レビー小体型認知症と診断されることが多いのですが、
パーキンソン病と診断されてから1年以上経ってから、
認証症状が出現した場合には、
認知症のタイプにもよりますが、
認知症を合併したパーキンソン病と、
診断されることが多いようです。

ややこしいのは、
パーキンソン病に合併した認知症が、
レビー小体型認知症とも言い切れないということで、
パーキンソン病の経過の中ではアルツハイマー型認知症が、
発症し易いという知見もあり、
パーキンソン病が一定期間経過した後に発症する認知症は、
むしろそうした可能性を強く疑うのです。

今回の研究はこの問題を、
パーキンソン病と新規に診断された患者さんを登録して、
2年後に認知症を発症するリスクが、
診断時の検査所見により予測可能であるか、
という観点から検証したものです。

対象はアメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、オーストラリアの多施設において、
新規にパーキンソン病と診断された390名の患者さんで、
診断の段階でMOCAという認知機能のスクリーニング検査
(通常行われているHDSRやMMSEより広い範囲の認知機能の判定が可能)や、
髄液検査でのアミロイドβ蛋白濃度やタウ蛋白濃度の測定値、
レビー小体病に特徴的とされる、
REM睡眠行動障害の質問法による判定検査(RPDSQ)、
アルツハイマー病の初期に特徴的とされる嗅覚の低下を判定する、
UPSITという嗅覚検査、
神経終末のドーパミントランスポーターの取り込みを見る、
DATスキャンという放射能の検査、
などの詳細な認知症とパーキンソン病の診断の検査を行い、
それが患者さんの2年後の認知機能の低下に、
どのような影響を及ぼすものかを検証しています。

その結果、
2年後の認知機能の低下を、
最も予測することに有効であったのは、
年齢と嗅覚低下のUPSITスコア、
REM睡眠行動障害のRBDSQスコア、
髄液のアミロイドβとタウ蛋白濃度の比率、
DATスキャンによる取り込み率を、
影響する要素としてまとめた解析するという方法でした。

文献の本文では、こうした数値から、
2年後の認知症の発症率が何パーセントというように、
具体的な予測式も提示されています。

端的には、
認知機能の低下に一番影響を与えている因子は、
患者さんの年齢で、
高齢で診断されたパーキンソン病ほど、
認知機能のその後の低下を伴いやすいということが言えます。

それに加えて主にアルツハイマー病の診断のための検査が、
パーキンソン病と診断後早期の認知機能低下では、
その予測に有用であったという結果になっています。

この研究では、
所謂レビー小体病やレビー小体型認知症のことが、
殆ど触れられていないという点が、
やや奇異な印象があるのですが、
認知症以前に診断されたパーキンソン病に関しては、
その後にアルツハイマー病を合併するという可能性が、
意外に大きいと考えた方が良いのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

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  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


プロトンポンプ阻害剤と肺炎リスク(2016年イギリスのコホート研究) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PPIと肺炎リスク.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
広く使用されている胃薬と、
肺炎リスクとの関連についての論文です。

プロトンポンプ阻害剤は、
強力な胃酸分泌の抑制剤で、
従来その目的に使用されていた、
H2ブロッカ-というタイプの薬よりも、
胃酸を抑える力はより強力でかつ安定している、
という特徴があります。

このタイプの薬は、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療のために短期使用されると共に、
一部の機能性胃腸症や、
難治性の逆流性食道炎、
抗血小板剤や抗凝固剤を使用している患者さんの、
消化管出血の予防などに対しては、
長期の継続的な処方も広く行われています。

商品名ではオメプラゾンやタケプロン、
パリエットやタケキャブなどがそれに当たります。

このプロトンポンプ阻害剤は、
H2ブロッカーと比較しても、
副作用や有害事象の少ない薬と考えられて来ました。

ただ、その使用開始の当初から、
強力に胃酸を抑えるという性質上、
胃の低酸状態から消化管の感染症を増加させたり、
ミネラルなどの吸収を阻害したりする健康上の影響を、
危惧するような意見もありました。

そして、概ね2010年以降のデータの蓄積により、
幾つかの有害事象がプロトンポンプ阻害剤の使用により生じることが、
明らかになって来ました。

現時点でその関連が明確であるものとしては、
プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
急性と慢性を含めた腎機能障害と、
低マグネシウム血症、
クロストリジウム・デフィシル菌による腸炎、
そして骨粗鬆症のリスクの増加が確認されています。

その一方でそのリスクは否定は出来ないものの、
確実とも言い切れない有害事象もあり、
その1つが肺炎のリスクの増加です。

これは胃内で細菌が増殖し易くなることにより、
それが逆流して誤嚥に結び付くという想定によるものです。
2011年に発表されたメタ解析の結果では、
プロトンポンプ阻害剤の使用により、
市中肺炎のリスクは1.34倍有意に増加しましたが、
院内肺炎のリスクの増加は確認されませんでした。
しかし、2014年に発表された同様のより規模の大きなメタ解析によると、
市中肺炎の入院リスクは有意な増加が認められていません。

この問題はまだ白黒がついていないのです。

そこで今回の研究では、
イギリスの臨床データベースを活用して、
肺炎の診断とその前後のプロトンポンプ阻害剤の処方との、
関連性を多角的に検証しています。

プロトンポンプ阻害剤が処方された
16万件に及ぶデータを解析したところ、
確かに未使用と比較して、
プロトンポンプ阻害剤の使用事例では、
1.67倍(95%CI:1.55から1.79)有意に肺炎リスクが増加していました。

しかし、より詳細にプロトンポンプ阻害剤の開始のタイミングと、
肺炎の発症との関連を検証すると、
プロトンポンプ阻害剤使用後30日のリスクより、
むしろ使用前30日の肺炎リスクの方がより高く、
プロトンポンプ阻害剤が使用されるような、
状況にある患者さんでの肺炎のリスクが高いのであって、
プロトンポンプ阻害剤の処方が、
肺炎リスクを増加させているのではない可能性が高いことが、
分析により示されました。

この分野では患者さんを登録して、
プロトンポンプ阻害剤の使用と未使用を振り分けるような、
介入試験は行われていないので、
これ以上のデータの解析が困難なのですが、
これまでの経緯も考えると、
プロトンポンプ阻害剤による肺炎リスクの増加というのは、
実証はされていないと考えておいた方が良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本