前糖尿病状態とのそのリスク(2016年のメタ解析) [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
前糖尿病状態(糖尿病予備群)の生命予後を含むリスクについての論文です。
糖尿病の診断基準というのは、
日本でも欧米でもほぼ同一のものが使用されていて、
空腹時の血糖値が126mg/dl以上という基準と、
HbA1cが6.5%以上という基準、
そしてブドウ糖液を飲んでその後の血糖値を測定する、
所謂「糖負荷試験」で、
ブドウ糖を飲んだ2時間後の血糖値が、
200mg/dl以上、
という3つの数値の基準があり、
その基準のうち幾つかが、
複数回満たされた場合に、
糖尿病である、という診断が下ります。
血糖値もHbA1cの数値も、
基本的に連続的なものですから、
何処かで線を引くのは、
これはもう人間が人為的に行なう作業です。
1型糖尿病という病気があり、
これはその多くが自己免疫疾患で、
ほぼ間違いなく、
発症するとインスリンの欠乏状態が進行し、
インスリンの注射が生存に不可欠な状態に移行します。
インスリンの注射が、
人間に使用可能になるまでは、
多くの1型糖尿病の患者さんが、
血糖値の上昇によるケトアシドーシスという病態のために、
命を落としました。
それが、インスリンの注射という治療の開始と共に、
その予後が格段に改善したのです。
これは間違いのない医療の進歩であり、
そのままでは命に関わる健康上の事態が、
医療によって改善する、という意味で、
1型糖尿病は間違いのない「病気」なのです。
ただ、2型糖尿病というのは、
そのニュアンスがちょっと違います。
1型糖尿病と同じように血糖値が上昇しますが、
その程度は非常に個人差が大きく、
ちょっと生活習慣を気を付けるだけで、
正常に戻るものから、
1型糖尿病と同じように、
生存のためにインスリンの注射が必要な場合まであります。
軽症の糖尿病には、
これといった症状がある訳ではありません。
年齢と共に、
他の臓器の働きが自然に低下するように、
膵臓の働きも低下します。
そのことにより、
血糖がやや上昇することは、
自然の加齢現象という考え方も出来ます。
それでは何故、
たとえば空腹時の血糖が126で線を引くのかと言えば、
それを超えた辺りから、
明らかに心筋梗塞や脳卒中などの発症が増え、
そのことにより生命予後を悪化させる事態が、
想定されるからです。
糖尿病の患者さんの死因のトップは、
インスリンの治療が開始されて以降は、
心筋梗塞です。
(現在の統計は国や地域による差があると思います)
従って、
糖尿病という診断基準が作られているのは、
主に心臓病の予防のためです。
少し古い方はご存知のように、
かつての糖尿病の基準は、
空腹時血糖は140mg/dl以上を基準としていました。
これが126に下げられたのは、
主に心疾患の予防のためです。
糖尿病には合併症があり、
失明に結び付く網膜症や、
足の壊疽などに結び付くことのある神経障害、
透析の原因の1位である腎症などが有名ですが、
これらは126で線を引いても140で線を引いても、
左程の経過の差はないのです。
つまり、心疾患のリスクが高まる、という意味では、
126を基準として、
それより高い人は「病気」と判定した方が、
トータルに見て、
患者さんの予後の改善に繋がる、
という判断がある訳です。
ただ、数字を下げれば、
当然患者さんの数は増えます。
よく「最近糖尿病の患者さんの数が急増している」
というような報道がありますが、
それは事実であると同時に、
基準値を下げたことによる、
人為的な部分も同時にあるのです。
ここで更に、
「前糖尿病状態」という考え方があります。
元々正常の血糖の変動パターンを取る方と、
糖尿病の診断基準を満たす方との間に、
一種のグレーゾーンが存在します。
糖尿病の診断に使われる指標は3つあります。
空腹時の血糖と、
糖負荷後の血糖、
そして血糖値の1~2ヶ月の推移を示すとされる、
HbA1cの数値です。
この3つの数値の異常値は、
必ずしも一致するとは限りません。
従って、このどれかの数値が、
正常範囲を超えていて、
それでいて糖尿病の基準値には達していない時、
その状態を前糖尿病状態(Pre-Diabetes)と呼ぶのです。
ただ、この用語にはまだ混乱があります。
アメリカ糖尿病学会による前糖尿病状態の基準は、
空腹時血糖が5.6から6.9mmol/L(ほぼ100から124mg/dL)というもので、
WHOによる同様の基準は、
空腹時血糖6.1から6.9mmol/L(ほぼ110から124mg/dL)となっています。
アメリカ糖尿病学会はそれ以外に、
HbA1cが5.7から6.4%を前糖尿病状態としていますが、
イギリスのNICE(英国立臨床評価研究所)は、
HbA1cの6.0から6.4%を基準としています。
またブドウ糖を経口で摂取した後2時間の血糖値が、
7.8から11.0mmol/L(ほぼ140から200mg/dL)も、
ほぼ統一された基準となっています。
日本の現行の基準はアメリカにほぼ一致しています。
今回の研究はこれまでの臨床研究のデータをまとめて解析する方法で、
前糖尿病状態のリスクを検証しています。
その結果…
53のコホート研究に登録された、
トータルで1611339名の糖尿病患者さんのデータを、
まとめて解析した結果として、
アメリカ糖尿病学会の空腹時血糖の基準による前糖尿病状態では、
観察期間の中央値が9.5年において、
心血管疾患のリスクは1.13倍、
WHOの空腹時血糖の基準による前糖尿病状態では1.26倍、
ブドウ糖負荷試験での2時間値の基準による前糖尿病状態では1.30倍、
それぞれ有意に増加していました。
冠動脈疾患のリスクもアメリカの基準による前糖尿病状態で1.10倍、
WHOの基準で1.18倍、負荷試験の基準で1.20倍、
脳卒中のリスクはアメリカの基準による前糖尿病状態で1.06倍、
WHOの基準で1.17倍、負荷試験の基準で1.20倍、
総死亡のリスクもアメリカの基準による前糖尿病状態で1.13倍、
WHOの基準で1.13倍、負荷試験の基準で1.32倍、
それぞれ有意に増加していました。
HbA1cの2種類の基準についてみると、
5.7から6.4%を前糖尿病状態とすると、
心血管疾患のリスクは1.21倍、
冠動脈疾患のリスクは1.15倍、
6.1から6.4%を前糖尿病状態とすると、
心血管疾患のリスクは1.15倍、
冠動脈疾患のリスクは1.28倍、
それぞれ有意に増加していました。
ただ、HbA1cの2種類の基準で前糖尿病状態であっても、
脳卒中と総死亡のリスクには有意な増加は認められませんでした。
こうした結果から、
前糖尿病状態においても、
若干ながら生命予後を含めたリスクの増加が、
認められることが分かります。
上記論文においては、
現時点で最も厳しいアメリカ糖尿病学会の前糖尿病状態の基準の、
妥当性がこれで示された、
という結論になっています。
ただ、リスクの増加は概ね軽微なものですから、
これをもって前糖尿病状態の患者さんを、
皆病気として管理するべき、
というようにも言い切れないように思います。
こうしたボーダーラインの状態に対して、
どのような対応をするべきかについては、
今後も検証が必要だと思いますし、
どのような基準を適応するかについても、
まだ結論は出ていないと考えた方が良さそうです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
前糖尿病状態(糖尿病予備群)の生命予後を含むリスクについての論文です。
糖尿病の診断基準というのは、
日本でも欧米でもほぼ同一のものが使用されていて、
空腹時の血糖値が126mg/dl以上という基準と、
HbA1cが6.5%以上という基準、
そしてブドウ糖液を飲んでその後の血糖値を測定する、
所謂「糖負荷試験」で、
ブドウ糖を飲んだ2時間後の血糖値が、
200mg/dl以上、
という3つの数値の基準があり、
その基準のうち幾つかが、
複数回満たされた場合に、
糖尿病である、という診断が下ります。
血糖値もHbA1cの数値も、
基本的に連続的なものですから、
何処かで線を引くのは、
これはもう人間が人為的に行なう作業です。
1型糖尿病という病気があり、
これはその多くが自己免疫疾患で、
ほぼ間違いなく、
発症するとインスリンの欠乏状態が進行し、
インスリンの注射が生存に不可欠な状態に移行します。
インスリンの注射が、
人間に使用可能になるまでは、
多くの1型糖尿病の患者さんが、
血糖値の上昇によるケトアシドーシスという病態のために、
命を落としました。
それが、インスリンの注射という治療の開始と共に、
その予後が格段に改善したのです。
これは間違いのない医療の進歩であり、
そのままでは命に関わる健康上の事態が、
医療によって改善する、という意味で、
1型糖尿病は間違いのない「病気」なのです。
ただ、2型糖尿病というのは、
そのニュアンスがちょっと違います。
1型糖尿病と同じように血糖値が上昇しますが、
その程度は非常に個人差が大きく、
ちょっと生活習慣を気を付けるだけで、
正常に戻るものから、
1型糖尿病と同じように、
生存のためにインスリンの注射が必要な場合まであります。
軽症の糖尿病には、
これといった症状がある訳ではありません。
年齢と共に、
他の臓器の働きが自然に低下するように、
膵臓の働きも低下します。
そのことにより、
血糖がやや上昇することは、
自然の加齢現象という考え方も出来ます。
それでは何故、
たとえば空腹時の血糖が126で線を引くのかと言えば、
それを超えた辺りから、
明らかに心筋梗塞や脳卒中などの発症が増え、
そのことにより生命予後を悪化させる事態が、
想定されるからです。
糖尿病の患者さんの死因のトップは、
インスリンの治療が開始されて以降は、
心筋梗塞です。
(現在の統計は国や地域による差があると思います)
従って、
糖尿病という診断基準が作られているのは、
主に心臓病の予防のためです。
少し古い方はご存知のように、
かつての糖尿病の基準は、
空腹時血糖は140mg/dl以上を基準としていました。
これが126に下げられたのは、
主に心疾患の予防のためです。
糖尿病には合併症があり、
失明に結び付く網膜症や、
足の壊疽などに結び付くことのある神経障害、
透析の原因の1位である腎症などが有名ですが、
これらは126で線を引いても140で線を引いても、
左程の経過の差はないのです。
つまり、心疾患のリスクが高まる、という意味では、
126を基準として、
それより高い人は「病気」と判定した方が、
トータルに見て、
患者さんの予後の改善に繋がる、
という判断がある訳です。
ただ、数字を下げれば、
当然患者さんの数は増えます。
よく「最近糖尿病の患者さんの数が急増している」
というような報道がありますが、
それは事実であると同時に、
基準値を下げたことによる、
人為的な部分も同時にあるのです。
ここで更に、
「前糖尿病状態」という考え方があります。
元々正常の血糖の変動パターンを取る方と、
糖尿病の診断基準を満たす方との間に、
一種のグレーゾーンが存在します。
糖尿病の診断に使われる指標は3つあります。
空腹時の血糖と、
糖負荷後の血糖、
そして血糖値の1~2ヶ月の推移を示すとされる、
HbA1cの数値です。
この3つの数値の異常値は、
必ずしも一致するとは限りません。
従って、このどれかの数値が、
正常範囲を超えていて、
それでいて糖尿病の基準値には達していない時、
その状態を前糖尿病状態(Pre-Diabetes)と呼ぶのです。
ただ、この用語にはまだ混乱があります。
アメリカ糖尿病学会による前糖尿病状態の基準は、
空腹時血糖が5.6から6.9mmol/L(ほぼ100から124mg/dL)というもので、
WHOによる同様の基準は、
空腹時血糖6.1から6.9mmol/L(ほぼ110から124mg/dL)となっています。
アメリカ糖尿病学会はそれ以外に、
HbA1cが5.7から6.4%を前糖尿病状態としていますが、
イギリスのNICE(英国立臨床評価研究所)は、
HbA1cの6.0から6.4%を基準としています。
またブドウ糖を経口で摂取した後2時間の血糖値が、
7.8から11.0mmol/L(ほぼ140から200mg/dL)も、
ほぼ統一された基準となっています。
日本の現行の基準はアメリカにほぼ一致しています。
今回の研究はこれまでの臨床研究のデータをまとめて解析する方法で、
前糖尿病状態のリスクを検証しています。
その結果…
53のコホート研究に登録された、
トータルで1611339名の糖尿病患者さんのデータを、
まとめて解析した結果として、
アメリカ糖尿病学会の空腹時血糖の基準による前糖尿病状態では、
観察期間の中央値が9.5年において、
心血管疾患のリスクは1.13倍、
WHOの空腹時血糖の基準による前糖尿病状態では1.26倍、
ブドウ糖負荷試験での2時間値の基準による前糖尿病状態では1.30倍、
それぞれ有意に増加していました。
冠動脈疾患のリスクもアメリカの基準による前糖尿病状態で1.10倍、
WHOの基準で1.18倍、負荷試験の基準で1.20倍、
脳卒中のリスクはアメリカの基準による前糖尿病状態で1.06倍、
WHOの基準で1.17倍、負荷試験の基準で1.20倍、
総死亡のリスクもアメリカの基準による前糖尿病状態で1.13倍、
WHOの基準で1.13倍、負荷試験の基準で1.32倍、
それぞれ有意に増加していました。
HbA1cの2種類の基準についてみると、
5.7から6.4%を前糖尿病状態とすると、
心血管疾患のリスクは1.21倍、
冠動脈疾患のリスクは1.15倍、
6.1から6.4%を前糖尿病状態とすると、
心血管疾患のリスクは1.15倍、
冠動脈疾患のリスクは1.28倍、
それぞれ有意に増加していました。
ただ、HbA1cの2種類の基準で前糖尿病状態であっても、
脳卒中と総死亡のリスクには有意な増加は認められませんでした。
こうした結果から、
前糖尿病状態においても、
若干ながら生命予後を含めたリスクの増加が、
認められることが分かります。
上記論文においては、
現時点で最も厳しいアメリカ糖尿病学会の前糖尿病状態の基準の、
妥当性がこれで示された、
という結論になっています。
ただ、リスクの増加は概ね軽微なものですから、
これをもって前糖尿病状態の患者さんを、
皆病気として管理するべき、
というようにも言い切れないように思います。
こうしたボーダーラインの状態に対して、
どのような対応をするべきかについては、
今後も検証が必要だと思いますし、
どのような基準を適応するかについても、
まだ結論は出ていないと考えた方が良さそうです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
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2016-11-29 08:34
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