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「ザ・ホエール」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ザ・ホエール.jpg
「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー監督が、
また一筋縄ではいかない心理劇を作りました。
今回はアメリカの劇作家サム・D・ハンターの戯曲が原作なので、
より純度の高い心理劇となり、
彼の本領発揮と言える作品になっています。
基本的に地味な密室劇なのですが、
主役が270キロを超える重度の肥満で、
自力で歩行することも出来ないという役柄なので、
それを特殊メイクで演じた、
ブレンダン・フレイザーの演技とビジュアルが、
映像的な見どころとして映画を成立させています。

ただ、今のポリコレの時代では、
「肉体的特徴を見世物にしている」
と取られかねないところではあり、
勿論肥満を馬鹿にしたような作品ではないのですが、
その部分を宣伝し過ぎると、
そうした批判もされかねないという、
痛し痒しの部分はあります。

これは素晴らしい映画でした。

まず原作が素晴らしい戯曲なんですね。
おそらく日本では翻訳上演はされていないと思うのですが
(もし間違っていればご教授下さい)、
密室劇として非常に緻密に練り上げられていて、
感動へと盛り上げる仕掛けも鮮やかです。

ただ、おそらく原作とは映画はテーマを少し変えていて、
より現代の人間関係の問題に、
深く切り込んだものとなっているように思います。

基本的には、
自分の欲望に忠実に生きて来て、
そのために家族を犠牲にしてしまった主人公が、
死の間際になって、
1つだけ善行を施そうとする、
という非常に古典的な物語ですよね。
多分19世紀的テーマと言っても良いかも知れません。

それが心に傷を負いながら、
けなげに生きている少女に対して、
ということであれば、
19世紀の作品なのですが、
今回の作品では、
主人公が男の恋人と同棲するために捨てて来た、
今は高校生(?)になっている娘なのですが、
自分のことしか考えない性悪娘で、
気に入らないことがあれば、
すぐに画像や音声をネットに晒しますし、
睡眠強盗的なことも平気でします。

そう、今生まれて世界を席巻している怪物というのか、
全ての権威に唾を吐き、
少しでも「正しくない」と自分勝手に思えることがあれば、
それを徹底して攻撃し、
秘密を曝露し、ネットに晒して、他人の痛みなど意に介さず、
自分が痛まなければ、
盗みや暴力行為にも平気で手を染めるという、
今を象徴する存在の1人なのですね。

一言で言えば、
心から「寛容」を失った怪物です。

この映画においては、
その「怪物」を作ったのは、
明確にその親の世代なのだと糾弾した上で、
彼らはその責任を取るべきだ、
それをせずに安易に死ぬことは許されない、
というような厳しいメッセージを送っているのです。

しかし、そんなことが可能なのでしょうか?

この作品においては、
欲望のままに生きて愛する人を全て失い、
死を待つだけとなった1人の男が、
娘という名の1人の悪魔を救おうとして、
格闘する姿を描いています。

そう、これは悪魔祓いの話なんですね。
神なき時代のエクソシストの話なのです。

そして、この作品で特筆するべきはラストで、
最後に向けて伏線は回収され、
急速に物語は盛り上がりを見せると、
それが頂点に達した瞬間に、
エンドクレジットに至るのです。

ラストが一番盛り上がるというのは、
物語作者なら誰でも目標とするところです。
「最後で盛り上がるような話は下らない」
というような斜に構えた作者も勿論いなくはありませんが、
実際にはそうした作者も内心では、
最後に一番盛り上がる物語を求めているのです。

この作品のラストはかなりその理想形に近いもので、
最初に登場する「白鯨」の感想文の意味であるとか、
最初に娘が立ち上がることも出来ない父親に対して、
「ここまで歩いて来い」と言う場面などが、
最後になって巧みに回収され、
全てが1つのテーマに向かって走り出し、
観客の心が最大限に高揚した瞬間を見計らって、
映像的な奇跡の瞬間でホワイトアウトするのです。

掛け値なしに心が震えました。

監督の独特の個性と、
やや煽りの強い演出は、
好き嫌いが分かれる部分があるのですが、
原作が抜群、脚本が抜群、演技が抜群と、
全てにおいて水準が高く、
何より現代と格闘した傑作で、
是非にお薦めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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