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風邪のウイルスと体温との関係について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日からクリニックは通常通りの診療になります。
今年もよろしくお願いします。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ライノウイルスと体温.jpg
2015年のPNAS誌に掲載された、
ライノウイルスという風邪症状の代表的な原因ウイルスと、
体温との関連についての論文です。

風邪について、
よく最近如何にも物知り顔の医者と称する人が、
メディアなどで披露するうんちくの1つが、
「風邪の熱は下げてはいけない」
というものです。

その理由は熱が高い方が免疫力が高まる、
ということが多いのですが、
その根拠となるデータが、
明確に示されることはあまりありません。

こうしたことを人間で証明するには、
人為的に風邪のウイルスに感染をさせ、
熱を人工的に下げた場合と下げない場合とで、
その経過や血液中のリンパ球の反応などを、
介入試験で検証する必要があります。

ただ、人工的にウイルスに感染させるような試験は、
倫理的に問題がありますし、
熱をどのように測定し、
どのような方法で下げるか、
と言う点もまた問題があります。
解熱剤を使用するのが簡便ですが、
解熱剤の効果は個人差が大きく、
むしろ薬剤の効果と有害性とを、
検証する試験になってしまいます。

そうなると、
自然に風邪にかかった場合に、
熱を下げた人たちと、下げない人たちを、
後から比較するような試験になるのですが、
この場合は風邪の経過に影響する、
熱以外の要素が非常に多いので、
よほど沢山の集団で検証しないと、
信頼性の高い結果は得られにくいのです。
熱のみで比較すれば、
高熱が出る風邪の方が、
一般的には重症であるのですから、
それはあまり役には立たないのです。

それでは、何故解熱剤を使うと風邪が長引く、
のように言われるのかといえば、
主に動物実験などによる、
免疫と熱に関する基礎的なデータがあるからです。

こちらをご覧ください。
発熱とリンパ球の活性化.jpg
2011年のJournal of Leukocyte Biology誌に掲載された論文ですが、
ネズミを使った動物実験と細胞を培養した実験で、
身体に病原体が侵入した際に、
それを攻撃するリンパ球の活性化が、
温度によりどのように違うのかを検証しています。

風邪のウイルスを駆除するのに、
メインの働きをしているのは、
細胞障害性T細胞、
というタイプのリンパ球ですが、
このリンパ球はまず病原体の刺激に対して増殖し、
それから特定の病原体に特化した細胞に分化します。

特定の抗原に対する刺激を与え、
それから6時間33℃、37℃、39.5℃の条件で培養すると、
細胞の増殖には変化はなかったものの、
温度が高いほど特定の細胞への分化が、
より誘導されました。

これは熱が高いほど免疫が誘導されて、
風邪も早く治るのではないか、
ということを示唆する結果です。

ただ、高温の時間を6時間より長くしても、
その影響には違いはありませんでした。

これはそもそも人間の実験ではありませんし、
初期の高温が重要であって、
それ以降はあまり違いがない、
ということのようにも思えます。

年末くらいに出た週刊誌の健康記事に、
「これが本当に正しい風邪対策だ!」
というような特集があり、
そこに鼻を温めると風邪にかからない、
という不可思議な話がありました。

風邪のウイルスとして最も頻度が高いライノウイルスは、
高温では増殖が出来ないので、
鼻の中を温めると感染しないというのです。

こんなことがあるのでしょうか?

その1つの根拠となっているのが、
最初にご紹介した論文です。

ライノウイルスというのは風邪のウイルスの代表選手の1つですが、
通常重症化は稀だと考えられて来ました。
典型的な「風邪症状」で終わり、
あまり肺炎などは起こさないのです。
風邪は寝ていれば治る、
というようなことが言われるのは、
ライノウイルスによるものが多いからです。

ただ、最近の報告では、
喘息やCOPDの急性増悪の際には、
そのきっかけとしてライノウイルスの関与が大きい、
という複数の報告があります。

そして、もう1つこのウイルスの特徴として、
温度が33℃から35℃という比較的低温の環境では、
このウイルスは増殖が促進されますが、
より高温の37℃くらいの環境では、
あまり増殖しないという性質があります。

通常鼻腔が33℃から35℃くらいで、
肺胞は37℃くらいに保たれているので、
ライノウイルスは肺炎などは起こしにくいと、
考えられている訳です。

ただ、その一方で培養細胞での実験では、
温度が違っても、
ライノウイルスの増殖能や感染力には違いがなかった、
というような結果も報告されています。

それでは、何故ライノウイルスは生体内で、
低温環境でしか増殖しないのでしょうか?

それを検証したのが上記の論文です。
ここではネズミの気道の細胞を使用して、
ライノウイルスの感染力と温度、
そして免疫能との関連をみているのですが、
その結果として、
33から35℃という環境より37℃という環境において、
生体の側の感染防御能が高まり、
それにより気道への感染が防御されていることが確認されました。

これが鼻を温めると良いという、
健康記事の根拠となるのですが、
理屈はともかくとして、
その結論は疑問です。

鼻の粘膜は中心温より低いのが正常な状態なので、
それを無理に温めたからと言って、
感染が予防されるという保証は全くありませんし、
のぼせて鼻血が出るのが関の山という気がします。

このように、
「風邪の時には熱を下げない方が早く治る」
という言説は、
確かに細胞障害性T細胞の分化は、
高温の方が高まり、
ライノウイルスは37℃以上ではあまり増殖しない、
と言う点では一定の根拠があるのですが、
その多くは基礎実験で人間でも同じことがあるかは定かではなく、
風邪の経過において、
どの時期の高温が免疫力を高めるのか、
という点においても検証が不十分であると思います。

個人的には、
上記のようなデータから考えて、
発症早期で細胞障害性T細胞が分化するまでの期間は、
比較的高温であることが、
免疫力を高めるために必要であると想定されますが、
その時期を過ぎて発熱が遷延している状態は、
サイトカインなど炎症物質の増加が、
身体にむしろ有害な影響を与える可能性も高く、
解熱が決して有害とは言い切れないように思います。

先日ご紹介した論文で、
インフルエンザで重症感のある入院時に、
発熱後4日目と5日目のみに消炎鎮痛剤を使用することで、
その予後が改善するというものがありましたが、
サイトカインの上昇の後半にターゲットを当てた、
という意味では理にかなっているような気がします。

つまり、発症当日の発熱は、
原則として下げない方が良い、
というのが、
現行の知見からは妥当な判断ではないかと思います。

今日は発熱と風邪の経過についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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