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心臓手術前のスタチンによる急性腎障害予防効果について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも、
いつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
心臓手術直前のスタチンの使用効果.jpg
先月のJAMA誌にウェブ掲載された、
高コレステロール血症の治療薬を、
心臓手術前の患者さんに使用して、
急性の腎障害を予防しようという、
興味深い内容の論文です。

スタチンというのは、
コレステロール合成酵素の阻害剤で、
血液中のコレステロールを、
強力に低下させる作用の薬ですが、
それ以外に抗炎症作用や、
抗酸化作用などを併せ持っていて、
炎症や酸化ストレスに起因する病態にも、
その有用性が期待されています。

一方で心臓の手術後においては、
その回復期に急性の腎障害が、
3割近くの患者さんで発症することが知られています。

心臓手術の技術的な進歩や麻酔などの進歩により、
手術後の死亡率は低下しましたが、
急性の腎障害の発症率自体は、
低下をしていません。
また、最近の大規模な疫学データによると、
手術後の急性腎障害により、
入院中の死亡率は5倍も増加する、
という結果が得られています。

この心臓手術後の急性腎障害の発症は、
手術に伴う酸化ストレスや、
炎症性サイトカインの増加などと関連が深いと考えられていて、
そのため、こうした酸化ストレスや炎症性サイトカインの調整作用のある、
スタチンの使用が、
手術後の急性腎障害の予防に有効なのではないか、
という考え方が、
以前からありました。

2013年のAm J Cardiol誌の論文では、
心臓手術をした17000人の患者さんを後から解析した結果として、
スタチンの使用により術後の急性腎障害が、
22%有意に低下した、
というデータが報告されています。
しかし、2010年のAnesth Analg誌の論文では、
11000名の患者さんに同様の解析を行なったところ、
腎障害の有意な減少は確認されなかった、
という結果になっています。

つまり、この問題は一定の結論に達していません。

これはいずれも観察研究という、
やや精度の低い臨床研究のデータなので、
今回の研究においては、
二重盲検のランダム化介入試験という、
より厳密で精度の高い方法を用いて、
この問題を検証しています。

アメリカの単独の専門施設において、
心臓の手術を行なう予定の、
617名の患者さんを対象とし、
患者さんにも主治医にも分からないように、
術前と術直後に、
高用量のスタチンを使用した場合と、
偽薬を使用した場合とにくじ引きで分け、
術後48時間以内に急性腎障害を発症した頻度を、
比較検証します。

199名の患者さんは、
術前にはスタチンの投与をされていなかったので、
スタチン使用群では、
アトルバスタチン(商品名リピトールなど)という、
最も臨床データの豊富なスタチンを、
まず手術前日に80ミリグラム使用し、
手術直前に40ミリグラム、
翌日にも40ミリグラム使用します。
偽薬群では同様に偽薬を使用します。

術前に既にスタチンを使用していた416名の患者さんは、
前日まではいつも通りに使用を継続し、
手術日の朝には使用群ではアトルバスタチンを80ミリグラム使用。
翌日には40ミリグラムを使用し、
翌々日からはいつもの量に戻します。
偽薬群ではこの2回のみ、
偽薬を使用します。

ターゲットである急性腎障害は、
登録時と比較して、
術後48時間以内に、
血液のクレアチニンの数値が、
0.3mg/dL以上増加した状態として定義されています。

ちなみに、
日本でのアトルバスタチンの使用量は、
上限が1日40ミリグラムに設定されていますが、
海外では80ミリグラムまでの使用が、
通常の診療でも認められています。

その結果…

最終的には615名の心臓手術前の患者さんが、
解析対象となりました。
199名はスタチンの使用歴がなく、
416名は既にスタチンを使用している患者さんです。

これをくじ引きで、
スタチンを使用する308名と、
偽薬を使用する307名に振り分けます。

患者さん全体の解析では、
アトルバスタチン群の急性腎障害発症率は、
308名中20.8%に当たる64名出会ったのに対して、
偽薬群では307名中19.5%に当たる60名で、
2つの群に有意差はありませんでした。

スタチン未使用であった199名の解析では、
アトルバスタチン群の急性腎障害発症率は、
102名中21.6%に当たる22名で、
偽薬群では97名中13.4%に当たる13名でした。
有意差はありませんでしたが、
スタチンの使用により、
むしろ腎障害の発症は多いという傾向を示しました。

これを登録の段階で慢性腎臓病(CKD)の基準を満たし、
スタチン未使用であった36名に限定して解析すると、
アトルバスタチン群の急性腎障害発症率は、
17名中52.9%に当たる9名であったのに対して、
偽薬群では19名中15.8%に当たる3名で、
これは有意差をもってアトルバスタチンの使用により、
急性腎障害が増加した、
とする結果が得られました。

しかし、スタチンをそれまでに使用していた群では、
こうした差は認められませんでした。

要するに、
今回の厳密な方法による臨床試験の結果では、
心臓手術の前にアトルバスタチンを使用しても、
その後の急性腎障害の予防には結び付かず、
腎障害を持っていて、スタチンを未使用の患者さんにおいては、
却って逆効果になる可能性すらある、
というデータが得られました。

これまでのスタチンの抗炎症効果を狙った別個の研究も、
概ね良い結果は出ておらず、
スタチンの抗炎症作用や抗酸化作用を期待して、
短期的に大量を使用するような方法に関しては、
あまり有効性はないと、
現状はそう考えておいた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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