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楽しい記憶の痕跡を呼び出すことでうつが改善する [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
幸福な記憶がうつを治す?.jpg
今月のNature誌にLetterとして掲載された、
うつ病などの気分障碍の、
抜本的な治療に結び付く可能性のある知見についての報告です。

これは理化学研究所脳科学研究センターと、
マサチューセッツ工科大学の共同研究で、
利根川進先生のグループによる一連の研究の1つです。

ストレスは感情障碍の大きな要因となりますが、
ストレスによる脳の反応には、
海馬という部分が大きな影響を与えることが分かっています。

海馬はご存知のように、
記憶に大きく関わる脳の部分ですが、
その一部である海馬歯状回という部分は、
生涯に渡り新しい神経細胞が生まれていて、
新生された神経細胞は、
その成熟と共に、
既存の神経ネットワークに組み込まれます。

海馬は扁桃体という感情を司る部位と結び付いていて、
その記憶と感情の1つの繋がりが、
セットとなって脳内に整理保存されています。

「とっても楽しかった思い出」や、
「とても辛い思い出」のように、
記憶と感情は1つのセットで保存されていて、
しかも興味深いことには、
その繋がりは絶たれてしまったり、
また別個に繋がったりすることもあるのです。

シンプルに考えると、
新しい体験をすれば、
その記憶は海馬の新しい神経細胞による、
新しい神経回路として記憶され、
それが扁桃体と結び付いていることになります。

これが事実であるなら、
その記憶を脳が呼び起こした時には、
ある特定の神経細胞群が、
興奮している、ということになります。

その記憶の保存形態を、
記憶痕跡(memory engram)と呼び、
脳の興奮する部位を、
光刺激性蛋白質で標識して同定することに、
初めて成功したのが利根川先生のグループです。

2012年のNature誌の報告では、
ネズミを檻に入れて電気ショックを繰り返し与え、
(ネズミさんには極めて残酷な実験で申し訳ありません)
それにより生じた「恐怖の記憶」を、
光刺激蛋白質で標識します。
その後にこの標識部位のみが刺激される光を照射すると、
電気ショック時と同じような恐怖による反応が、
ネズミの行動に再現されます。

要するに、
PTSD後のフラッシュバックのメカニズムが同定されたのです。

2014年のNature誌には、
今度は同じテクニックで、
記憶を別のものに書き換える、
という仰天するような結果が報告されています。

檻に入れたオスのネズミに電気ショックを与え、
「この場所は怖い場所だ」
という記憶痕跡を生成します。
これを光刺激性蛋白質で標識しておいて、
今度はメスのネズミと同じ檻に入れ、
その楽しい経験をしている時に、
光刺激で電気ショック時の記憶痕跡を刺激します。

すると、
短期間で記憶内容は書き換えられ、
同じ部位の神経回路が刺激されながら、
「この場所は楽しい場所だ」
という記憶痕跡が新たに生成されるのです。

今回の研究はこれを別の角度から見ることにより、
一度生じたうつ状態を、
過去の楽しい記憶を刺激することで、
回復させることが可能かどうかを検証したものです。

ネズミに身体を自由に動かせないようなストレスを慢性に与えると、
自発性の低下や欲求の減少など、
うつ病に極めて近い行動の異常が見られることが知られています。
そのため、こうしたネズミが、
うつ病のモデル動物として使用されています。

今回の実験では、
まずオスのネズミにメスと一緒に生活する、
という楽しい体験をさせ、
その時に生成された記憶痕跡を、
光刺激性蛋白質で標識します。

そのネズミにその後慢性のストレスを与え、
うつ状態にした上で、
今度は以前の楽しかった時の記憶痕跡を、
光刺激により誘導すると、
うつ病の行動異常が速やかに改善された、
という結果になっているのです。

楽しい記憶の痕跡を呼び出すことにより、
うつ病が改善する可能性を示唆した結果となっています。

これが単純に人間のうつ病の、
治療に結び付くというものではありませんが、
慢性のストレスによる脳の障碍が、
過去の楽しい記憶の痕跡を呼び出すことにより、
一時的にせよ回復するという知見は、
大変に興味深く、
うつ病の本質的な治療に結び付く、
可能性を秘めているように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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