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E型肝炎ワクチンの長期の有効性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
E型肝炎ワクチン.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
中国で開発されたE型肝炎ワクチンの、
長期の有効性についての文献です。

ウイルスによる肝炎というと、
B型肝炎やC型肝炎が有名ですが、
比較的新しく発見され、
まだその診断においても、
治療においても、
未解決の部分を多く残しているのが、
E型肝炎です。

ウイルス性肝炎には、
その発見の順番に名前が付けられていて、
E型肝炎は5番目に見付かった、
という意味です。

アジアやアフリカにおいては、
A型肝炎とは違うウイルスによる、
糞便による感染と思われる肝炎が蔓延していました。

しかし、
その原因である病原体は、
なかなか見付かりません。

1983年にロシアの研究者が、
中央アジアで流行していた肝炎の患者さんの糞便を、
研究のために自ら飲んで肝炎に罹り、
自分の便からウイルスを初めて検出しました。
1990年にそのウイルスの遺伝子が同定され、
原因不明の肝炎の原因が、
E型肝炎と呼ばれるようになったのです。

E型肝炎ウイルスは、
小さなRNAウイルスで、
その大きさやエンベロープという構造を持たない点は、
A型肝炎ウイルスに似ています。

その性質も、
A型肝炎に似ていて、
糞便や水による経口感染により、
流行性の急性肝炎を起こします。

よくインドで現地の水を飲み、
急性肝炎を起こすことがあり、
それがA型肝炎によるもののように説明されることがありますが、
実際にはインドで発生する急性肝炎の、
99%はE型肝炎だと言われています。

つまり、
アジアやアフリカの水道普及率の低いような地域で、
食事や水由来の急性肝炎を起こした場合、
その原因の多くはむしろA型肝炎ではなく、
E型肝炎なのです。

1990年代の前半くらいまでの理解では、
このE型肝炎は発展途上国で流行する一種の風土病であって、
特定の地域のみに流行する病気である、
という見解が一般的でした。

ところが…

E型肝炎ウイルスには、
4つの遺伝子の型があることが明らかになると、
ちょっとその様相が変わって来ました。

1型と2型のE型肝炎ウイルスは、
アジアやアフリカの風土病で、
糞便を介して人間で集団感染を起こす性質がありますが、
一方で3型と4型のウイルスは、
人間ではなく豚に流行するウイルスで、
人間には豚の肉などを介して感染を起こすことが明らかになったのです。

まず豚を中心に、野生のイノシシや鹿などで、
その血液のE型肝炎の抗体価の陽性率が高い、
すなわち豚などの動物が高率にE型肝炎に感染している、
ということが明らかになり、
1997年に豚由来のE型肝炎ウイルスの遺伝子型が、
3型として同定されます。
続いて、この3型のウイルスによる急性肝炎の事例が、
それまでないと思われていたアメリカで報告されます。
その後ヨーロッパでも同様の報告が相次ぎ、
今度はそれとは別個の遺伝子型の4型が、
日本と中国で見付かります。

日本においては、
2003年に野生の鹿肉の生食により、
食中毒としてのE型肝炎の事例が報告され、
これが世界初の、
食材と肝炎の発症との因果関係を証明した、
最初の報告となりました。

その後日本において、
市販されていた豚の生レバーから、
E型肝炎ウイルス遺伝子が検出された、
という報告や、
イノシシ肉をよく火を通さない状態で食べ、
E型肝炎を発症したという報告があります。

豚レバーについては、
汚染がかなり高頻度にあることは間違いがなく、
人間への感染が疑われたケースもありますが、
そこからの感染であることが完全に証明されたケースは、
まだないと思いますが、
これは僕の勉強不足かも知れません。

ヨーロッパでは2010年に、
豚レバーソーセージを介した感染事例が報告されています。

1型と2型による感染と、
3型と4型による感染とは、
その急性肝炎としての症状は同じですが、
感染の仕方は異なります。

1型と2型は人間を介して感染を拡大するウイルスなので、
人から人への感染が起り、
流行性の肝炎になります。
一方で3型と4型の感染は、
豚などの動物を介して広がるので、
人間には動物の肉などを食べることにより感染しますが、
人から人への感染は起りません。

E型肝炎は原則として急性肝炎で慢性化はしません。
感染しても急性肝炎の症状が出るのは、
100人のうち1人もいません。
つまり、99%は不顕性感染で、
知らない間に罹り、
知らない間に治るのです。

今まで肝炎に罹ったことはないと思っているあなたも、
実はしっかり加熱していない動物の肉を食べたり、
海外で水を飲んだりして、
E型肝炎に罹っていた可能性があるのです。

E型肝炎の感染はA型肝炎と同じく、
基本的には経口感染です。
ただし、臓器移植後の患者さんでは、
移植された臓器を介するE型肝炎が発症することが、
確認されていて、
その場合の感染は通常とは異なり高率に慢性化します。
つまり血液を介しての感染も、
時には成立するところが、
E型肝炎の特殊性です。

E型肝炎はどのようにして診断するのでしょうか?

実はこの点には国内外の温度差があり、
問題点があるように思います。

E型肝炎の確定診断は、
ウイルスの遺伝子を血液で検出することですが、
これを疑いのある全例に行なうことは困難なので、
補助的診断としては、E型肝炎の抗体が測定されます。
これまでにE型肝炎に罹ったことがあるかどうかも、
血液中の抗体の測定で判断されます。

E型肝炎の抗体には、
IgG抗体とIgM抗体、
そしてIgA抗体があり、
いずれの測定も一応は可能です。

このうちIgG抗体は一旦感染すると、
長期間に渡り陽性になりますが、
残りの2種類の抗体は、
感染を受けてから一定期間のみ陽性になるので、
このどちらかを測定して、
陽性であれば、
E型感染の急性感染である可能性が高くなります。

2012年9月のNew England…に載った総説には、
診断のキットは多く販売されているが、
その感度も特異度も、
臨床に使用するに耐えるものではなく、
現時点では信頼のおける検査はない、
とはっきり書かれています。
IgG抗体とIgM抗体については書かれていますが、
IgA抗体の測定については記載自体がありません。

アメリカのFDAは、
未だにE型肝炎の血清診断の検査を、
1つも認可していません。

一方で日本の研究者の最近書かれた文献を読むと、
急性感染の診断には、
IgM抗体よりもIgA抗体の方が、
より有用性が高いと書かれていて、
実際に2011年の10月には、
このIgA抗体の測定のみが、
健康保険の適応になっています。

E型肝炎の届け出の基準にも、
現在ではIgM抗体もしくはIgA抗体の測定が、
診断のための検査として記載されています。

しかし、
現状診療所で提携している検査会社に聞いてみると、
この抗体の検査はまだ対応をしておらず、
保険収載から3年半が経っているにも関わらず、
一般に広く使用が可能な検査とはなっていません。

最近の検査はこうしたことが非常に多く、
元々検査の保険点数が、
非常に安く設定されているので、
需要の見込めるような検査でないと、
実際には多くの検査会社が、
その検査を採用せず、
結果として保険適応されても、
多くの末端の医療機関では、
検査は不可能という状況になるのです。

これでありながら、
「10月1日付けで保険適応になった抗体測定系が登場したことにより、
今後より正確な発生状況の把握が可能になるものと考えられる」
などと専門のご高名な先生は書かれているのですから、
何だかなあ…
という思いがいつもします。

問題だと思うのは、
現時点でのIgA抗体の測定系は、
概ね日本でのみ使用され、
評価されている検査の可能性が高い、
ということです。
少なくとも2012年のNew England…の総説では、
完全に無視されていて、
今回の中国の文献においても、
抗体はIgG抗体とIgM抗体とで評価されています。
IgA抗体の測定についての文献はありますが、
殆ど日本の研究者の書いたものだけです。

従って、
E型肝炎の頻度などについての疫学データも、
現時点ではその信頼性は、
それほど高いものではない、
というように考える必要があります。
前述のNew England…の総説には、
同じIgG抗体の測定でも、
検査キットの違いによって陽性率は大幅に異なり、
そのため現行の抗体価による疫学データは信頼性に乏しい、
としっかり例を引いて書かれています。
一方で日本の専門家の書いた解説では、
日本人の何割が抗体陽性のような数字が、
あたかも確定したかのように書かれていて、
勿論今後それが事実になるのかも知れませんが、
現時点での記載としては、
やや公正さを欠くもののように、
僕には思えます。

これだけを読めば、
IgA抗体の測定が、
急性E型肝炎診断の、
そしてIgG抗体の測定がその既往の、
世界標準であるように読めてしまうからです。

それでは、
E型肝炎の予防と治療はどのようになっているのでしょうか?

E型肝炎はほぼ全てが急性肝炎なので、
基本にには他の急性肝炎と同じように、
全身管理をして回復を待つことになります。
臓器移植後の慢性肝炎については、
他のウイルス肝炎と同じ抗ウイルス剤を使用して、
一定の効果が得られています。

予防については、
現行の日本においては、
豚やイノシシ、鹿の肉などは、
しっかり加熱をして食べることが重要で、
間違っても豚のレバーを生で食べたりしていはいけません。

ワクチンは現在第2相の臨床試験を経ているものは、
今回ご紹介する論文にある、
中国で開発されたワクチン1種類があるのみです。

このワクチンは中国で主に感染の原因となっている、
4型の抗原を元にしたもので、
2010年のLancet誌に掲載された報告では、
接種後1年の時点で95%の有効性が認められています。

今回のデータにおいては、
その最長4.5年の経過観察のデータが報告されています。

この臨床試験は16から65歳の健康な11万人余りを対象として、
56000人余りの2つのグループに分け、
その一方はE型肝炎ワクチンを接種し、
もう一方はB型肝炎ワクチンを接種して、
その後の抗体価の上昇とその持続、
そして観察期間中のE型肝炎の罹患の有無を確認しています。

接種回数は3回で、
初回、1か月後、半年後という、
現状のB型肝炎ワクチンと同じスケジュールです。

その結果…

4.5年の観察期間中に、
ワクチン接種群では7例(年間1万人当たり0.3件)、
未接種群では53例(年間1万人当たり2.1件)が、
E型肝炎に感染しました。
確認された遺伝子型の内訳は、
4型が26例で1型が3例でした。

従って、有効率は86.6%ということになります。
(intention-to-treat解析)

登録時にはIgG抗体が陰性であった、
ワクチン接種群の52%の被験者は、
99.9%がワクチン接種後には陽性となり、
その陽性率は4.5年後にも87%で維持されていました。

つまり、このワクチンは接種後4.5年においても、
86.6%という感染予防効果を示し、
一旦上昇した抗体は4.5年にも87%で維持されている、
ということになります。

E型肝炎ウイルスの感染には交差免疫が成立し、
1つの型に感染すると、
4種類全ての遺伝子型に対する免疫が成立します。
従って、理屈の上ではこのワクチンも、
全ての遺伝子型に有効である筈ですが、
実際には中国での感染は大部分が4型であるので、
それ以外の遺伝子型に対して、
本当にワクチンが有効であるかどうかは、
まだ未確認です。

別箇に中国以外においても、
ワクチンの開発は進められてはいるようですが、
発売の目途の立っているようなものは、
存在してはいないようです。

本来は1型や2型の感染の方が、
流行地域ではあまり防ぎようがなく感染が拡大し、
旅行者などにもリスクがあるので、
よりワクチンの必要性は高いのです。
従って、今後1型や2型の感染にも、
このワクチンの有効性が確認されれば、
E型肝炎のワクチン接種は、
流行地域などへの渡航の際には、
必須のものとなる可能性が高いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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