岩松了「結びの庭」 [演劇]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝からカルテの整理などして、
それから今PCに向かっています。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
岩松了の作・演出の新作は、
官藤官九郎が辣腕弁護士役で、
その妻に麻生久美子が扮したサスペンスという趣向で、
ちょっと意表を突いています。
今下北沢の本多劇場で上演中です。
岩松了はある意味ケラと共に、
今の小劇場演劇に最も影響を与えている劇作家です。
お二人とも本当に精力的に、
かつ息の長い活動を続けています。
また、お二人とも我が道を行く、という感じがあって、
個々の作品の完成度や、娯楽性などに、
毎回あまり注意を払っているように思えません。
そのため、かなり作品毎のムラがあり、
それぞれの作品には、
作者なりのポイントがあり、狙いがあるようなのですが、
それがあまりストレートには表現されないので、
「一体何が言いたかったのかしら」
ともやもやした思いを感じることもしばしばです。
今回の作品は岩松さんとしては、
比較的分かり易い部類のものになり、
以前から描いている、
互いに愛してはいながら、
意思の疎通をなかなか図ることの出来ない夫婦の、
心理の綾を、
フランス産のミステリードラマみたいな、
ブラックでコミカルな雰囲気で描いています。
前回は同じ劇場で、
「水の戯れ」の再演でしたから、
その世界をもう一度描き直した、
というような印象もあります。
「水の戯れ」は悲劇に終わりましたが、
今回はブラックではありますが、
主人公にとっては、
ハッピーエンドと言っても良い終わりになります。
休憩なしの2時間20分は、結構長尺ですので、
ケラ作品とはまた違ったしんどさがあり、
まずまず質の高い上演ではあるのですが、
これを面白いと感るじかどうかは、
人を選ぶように思います。
以下ネタバレを含む感想です。
登場人物は5人だけで、
官藤官九郎さん演じる辣腕若手弁護士と、
太賀さんが演じるその助手、
弁護士の妻で名家の出の麻生久美子さん、
お手伝いさんの安藤玉恵さん、
そして、岩松了さん扮する謎の中年男です。
オープニングは黒一色の舞台で、
何もセットはなく、
そこに安藤玉恵さんが1人現れて、
弁護士のご主人のことなどを話します。
それから装置が転換して、
ヨーロッパ風の弁護士の邸宅のリビングと、
そこに面した中庭が姿を現します。
舞台は回転して、
リビングがメインになったり、
庭がメインになったりする、と言う趣向です。
ラストはもう一度セットが消え、
抽象的な黒一色の舞台になって終わります。
物語はそこから、
結婚1周年の夜の弁護士夫婦の会話へと流れます。
名家の令嬢であった麻生久美子は、
殺人の罪を問われるのですが、
それが無罪であることを弁護士のクドカンが証明したことから、
2人は結ばれることになります。
しかし、実はそれは冤罪ではなく、
実際に麻生久美子は殺人を犯していて、
それを夫のクドカンは知っているのではないか、
という懐疑の念が、
2人の関係をギクシャクしたものにしています。
一家のお手伝いさんの安藤玉恵は、
何処までそうした秘密を、
知っているのかは明らかでありませんが、
2人のギクシャクした関係を修復しようと努力をしています。
と、そこに過去の殺人の真相を知っていると思われる、
岩松了扮する男が、
クドカンを脅しに現れます。
クドカンとその助手は、
ギリギリのやり取りの後、
邸宅の階段で男を殺し、
その死体を庭に埋めます。
そして、今度はその死体を埋める場面を、
妻の麻生久美子は目撃してしまいます。
普通この展開であれば、
刑事が現れたり、
お手伝いが脅迫者に転じて再度の殺人が起こったりと、
そうした流れになるのが定番ですが、
この作品ではそうしたことは一切起こらず、
お手伝いさんは自分が殺された男と、
結婚することを偽装して、
ご主人の2人を救い、
クドカンと麻生久美子の関係は修復されます。
要するに、
物語の最初では、
麻生久美子の方が殺人を犯していて、
それを夫がかばうような関係になっていたので、
2人の関係がいびつになっていたのですが、
今度は夫の方が殺人を犯して、
妻がそれを隠すような関係が生じたので、
互いの関係がイーブンになって、
夫婦関係が修復された、
という趣向です。
ラストは何もなくなった舞台で、
クドカンと麻生久美子はそれまでの経緯を振り返り、
「誰かに見られてる?」
と正面を見据えて終わります。
2人の関係性は修復されたのだけれど、
それは周囲に対しては、
明かせない秘密を2人で共有しているからで、
その不安からは2人は解放はされない、
ということを意味しているように思います。
これが面白いのか、と言われると微妙なのですが、
岩松さん以外では到達し得ないある種の境地のようなものが、
そこにあることは間違いがありません。
物語の最初で麻生久美子は洗濯物を庭に自分で干したいと言い、
それを安藤玉恵は自分の仕事だと断るのですが、
買って来た洗濯紐が殺人の凶器となり、
妻の意思通りに洗濯物が庭に翻ることが、
殺人隠匿のカモフラージュになる、
というように、ちょっとした日常の拘りが、
巧みにストーリーに絡む当たりは、
岩松作劇の真骨頂です。
フランスミステリー風なセットや趣向が、
最初に忽然と現れ、
最後は忽然と消え失せるのが、
今回の舞台劇としての大きな特徴で、
人間の内面と外面への意識を、
視覚化したもののように個人的には理解しました。
ただ、相当苦労の跡が感じられるのですが、
あまり袖や奥行の充分でない本多劇場の舞台で、
こうした転換を行なうことは無理があったようで、
端々にはかなりギクシャクした感じがありました。
キャストは皆好演で、
特にお手伝いさんの安藤玉恵さんは、
広岡由里子さんを彷彿とさせる楽しい「女中芝居」で、
彼女で松尾スズキさんの、
「悪霊」を観てみたいという気がします。
クドカンは台詞が怪しげなのはご愛嬌ですが、
岩松さんが起用した意図には、
しっかりと寄り添うような趣のある芝居でした。
総じて万人向けではありませんが、
岩松さんとしてはまっとうな仕事で、
現代を代表する劇作家が、
人間をどう見ているのかを知る意味でも、
観劇の意義はあると思います。
ただ、意外に集中の持続を強いるので、
体調万全でないとしんどいかも知れません。
今日はもう1つの記事に続きます。
六号通り診療所の石原です。
朝からカルテの整理などして、
それから今PCに向かっています。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
岩松了の作・演出の新作は、
官藤官九郎が辣腕弁護士役で、
その妻に麻生久美子が扮したサスペンスという趣向で、
ちょっと意表を突いています。
今下北沢の本多劇場で上演中です。
岩松了はある意味ケラと共に、
今の小劇場演劇に最も影響を与えている劇作家です。
お二人とも本当に精力的に、
かつ息の長い活動を続けています。
また、お二人とも我が道を行く、という感じがあって、
個々の作品の完成度や、娯楽性などに、
毎回あまり注意を払っているように思えません。
そのため、かなり作品毎のムラがあり、
それぞれの作品には、
作者なりのポイントがあり、狙いがあるようなのですが、
それがあまりストレートには表現されないので、
「一体何が言いたかったのかしら」
ともやもやした思いを感じることもしばしばです。
今回の作品は岩松さんとしては、
比較的分かり易い部類のものになり、
以前から描いている、
互いに愛してはいながら、
意思の疎通をなかなか図ることの出来ない夫婦の、
心理の綾を、
フランス産のミステリードラマみたいな、
ブラックでコミカルな雰囲気で描いています。
前回は同じ劇場で、
「水の戯れ」の再演でしたから、
その世界をもう一度描き直した、
というような印象もあります。
「水の戯れ」は悲劇に終わりましたが、
今回はブラックではありますが、
主人公にとっては、
ハッピーエンドと言っても良い終わりになります。
休憩なしの2時間20分は、結構長尺ですので、
ケラ作品とはまた違ったしんどさがあり、
まずまず質の高い上演ではあるのですが、
これを面白いと感るじかどうかは、
人を選ぶように思います。
以下ネタバレを含む感想です。
登場人物は5人だけで、
官藤官九郎さん演じる辣腕若手弁護士と、
太賀さんが演じるその助手、
弁護士の妻で名家の出の麻生久美子さん、
お手伝いさんの安藤玉恵さん、
そして、岩松了さん扮する謎の中年男です。
オープニングは黒一色の舞台で、
何もセットはなく、
そこに安藤玉恵さんが1人現れて、
弁護士のご主人のことなどを話します。
それから装置が転換して、
ヨーロッパ風の弁護士の邸宅のリビングと、
そこに面した中庭が姿を現します。
舞台は回転して、
リビングがメインになったり、
庭がメインになったりする、と言う趣向です。
ラストはもう一度セットが消え、
抽象的な黒一色の舞台になって終わります。
物語はそこから、
結婚1周年の夜の弁護士夫婦の会話へと流れます。
名家の令嬢であった麻生久美子は、
殺人の罪を問われるのですが、
それが無罪であることを弁護士のクドカンが証明したことから、
2人は結ばれることになります。
しかし、実はそれは冤罪ではなく、
実際に麻生久美子は殺人を犯していて、
それを夫のクドカンは知っているのではないか、
という懐疑の念が、
2人の関係をギクシャクしたものにしています。
一家のお手伝いさんの安藤玉恵は、
何処までそうした秘密を、
知っているのかは明らかでありませんが、
2人のギクシャクした関係を修復しようと努力をしています。
と、そこに過去の殺人の真相を知っていると思われる、
岩松了扮する男が、
クドカンを脅しに現れます。
クドカンとその助手は、
ギリギリのやり取りの後、
邸宅の階段で男を殺し、
その死体を庭に埋めます。
そして、今度はその死体を埋める場面を、
妻の麻生久美子は目撃してしまいます。
普通この展開であれば、
刑事が現れたり、
お手伝いが脅迫者に転じて再度の殺人が起こったりと、
そうした流れになるのが定番ですが、
この作品ではそうしたことは一切起こらず、
お手伝いさんは自分が殺された男と、
結婚することを偽装して、
ご主人の2人を救い、
クドカンと麻生久美子の関係は修復されます。
要するに、
物語の最初では、
麻生久美子の方が殺人を犯していて、
それを夫がかばうような関係になっていたので、
2人の関係がいびつになっていたのですが、
今度は夫の方が殺人を犯して、
妻がそれを隠すような関係が生じたので、
互いの関係がイーブンになって、
夫婦関係が修復された、
という趣向です。
ラストは何もなくなった舞台で、
クドカンと麻生久美子はそれまでの経緯を振り返り、
「誰かに見られてる?」
と正面を見据えて終わります。
2人の関係性は修復されたのだけれど、
それは周囲に対しては、
明かせない秘密を2人で共有しているからで、
その不安からは2人は解放はされない、
ということを意味しているように思います。
これが面白いのか、と言われると微妙なのですが、
岩松さん以外では到達し得ないある種の境地のようなものが、
そこにあることは間違いがありません。
物語の最初で麻生久美子は洗濯物を庭に自分で干したいと言い、
それを安藤玉恵は自分の仕事だと断るのですが、
買って来た洗濯紐が殺人の凶器となり、
妻の意思通りに洗濯物が庭に翻ることが、
殺人隠匿のカモフラージュになる、
というように、ちょっとした日常の拘りが、
巧みにストーリーに絡む当たりは、
岩松作劇の真骨頂です。
フランスミステリー風なセットや趣向が、
最初に忽然と現れ、
最後は忽然と消え失せるのが、
今回の舞台劇としての大きな特徴で、
人間の内面と外面への意識を、
視覚化したもののように個人的には理解しました。
ただ、相当苦労の跡が感じられるのですが、
あまり袖や奥行の充分でない本多劇場の舞台で、
こうした転換を行なうことは無理があったようで、
端々にはかなりギクシャクした感じがありました。
キャストは皆好演で、
特にお手伝いさんの安藤玉恵さんは、
広岡由里子さんを彷彿とさせる楽しい「女中芝居」で、
彼女で松尾スズキさんの、
「悪霊」を観てみたいという気がします。
クドカンは台詞が怪しげなのはご愛嬌ですが、
岩松さんが起用した意図には、
しっかりと寄り添うような趣のある芝居でした。
総じて万人向けではありませんが、
岩松さんとしてはまっとうな仕事で、
現代を代表する劇作家が、
人間をどう見ているのかを知る意味でも、
観劇の意義はあると思います。
ただ、意外に集中の持続を強いるので、
体調万全でないとしんどいかも知れません。
今日はもう1つの記事に続きます。
2015-03-14 08:03
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コメント(4)
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昨日、広島公演観ました。
話が難しくてストーリーがわかりづらかったので、ネットで「結びの庭 ネタバレ」で覗いてみました。
ああ、納得!という記事をありがとうございました。
私は、麻生久美子が殺人をしていた、という根本的なことがつかめていなかったので、ストーリーが?でした。
あと、お手伝いさんの結婚偽装もわかりませんでした。
by ぎ~ (2015-04-03 12:18)
ぎ~さんへ
コメントありがとうございます。
岩松作品は、
観客の普通の生理とは違う流れで展開するので、
意図を理解するのが難しいですね。
私も解釈が正しいかどうかは自信はありません。
ただ、結構ロジカルな世界なのだと思います。
by fujiki (2015-04-04 07:28)
はじめまして。昨日仙台公演を観ました。台詞1つ1つに魅力があり、じっくり観たかったのですが、ちょっとしたことでドッと笑いが起きるので聞き取れない台詞もありました。仙台は小劇場がなく舞台公演が少ないので観劇の習慣があまりありません。クドカン=笑いと思って笑いを敏感に感じなきゃ、と思って笑っているのかな?という感じだったのですが下北はどうでしたか?クドカンが大きな声を出したとき、安藤さんが変わったしぐさを見せたとき、クスクスといった感じではなく、文字通りドッと笑いが起きていました。
岩松さんは麻生さんの使い方がお上手ですよね。あの上品さを逆手にとっていい悪女に仕立てていらっしゃる。
by えり (2015-04-10 09:13)
えりさんへ
東京ではクスクス笑い程度の感じで、
特に後半はシリアスに観ていた、という印象でした。
by fujiki (2015-04-10 13:17)