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ヒトパピローマウイルスワクチンによる自己免疫疾患リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
HPVワクチンと脱髄疾患.jpg
今月のJAMA誌に掲載された、
「子宮頸癌予防ワクチン」として接種が行われた、
ヒトパピローマウイルスワクチンの副反応について、
大規模な疫学データにより分析した論文です。

この論文を元に、関連する文献をまとめて概説し、
この問題についての総説としたいと思います。

自己免疫疾患というのは、
本来外敵を攻撃するためにシステムである免疫系が、
自分の細胞や組織を攻撃することによって起こる、
慢性の炎症性の病気で、
慢性関節リウマチや多くの膠原病、
1型糖尿病や甲状腺疾患、
多発性硬化症などの脱髄疾患など、
極めて広範な病気の原因となり、
その頻度は先進国では人口の5%と言われるほどに、
多い病気となっています。

この病気は間違いなく増えているのですが、
それが何故であるのかは、
明確に分かっていません。
先進国で増えているのは、
甲状腺疾患などでは検査や健診の影響も大きいと思いますが、
それだけとも言い切れません。

遺伝的な素因と共に、
ウイルス感染症などがその誘因になっていることは、
ほぼ明確な事実と考えられています。

そうなると、
ワクチンというのは一種の擬似感染を、
起こすような行為ですから、
ワクチン接種が自己免疫疾患の誘因の1つとなっていて、
ワクチン接種が広く行われるようになったために、
自己免疫疾患も増加したのではないか、
という考えが生まれました。

そもそもワクチンで自己免疫疾患が起こるとすれば、
そのメカニズムはどのようなものが想定されるのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
ワクチンと自己免疫疾患総説.jpg
これは2003年のLancet誌の総説で、
ワクチンと自己免疫疾患との関連と言うと、
必ず引用される文献の1つです。

ここでは2つのメカニズムが想定されています。
その1つはMolecular mimicry(分子相同性)と呼ばれるもので、
もう1つはBystander activationと呼ばれるものです。

Molecular mimicryと言うのは、
病原体の抗原の構造が、
身体にある物質と似通っていると、
本来は病原体を排除する仕組みである筈が、
自分の細胞も攻撃してしまう、
というメカニズムです。

Bystander activationというのは、
本来は構造の違う別の抗原が、
同じように認識され、
攻撃されてしまう、
という仕組みのことです。

つまりは、
ウイルスなどの感染を受け、
病原体の抗原を身体の免疫が認識すると、
その抗原のみならず、
類似の抗原や同種の抗原にもその影響が及ぶので、
一時的にせよ自己免疫の賦活されるリスクが高まります。

ただ、身体にもFall-safe mechanismsと言って、
調節系のリンパ球を主体とした、
過剰な免疫を抑え込むような仕組みがあり、
そのため、理論的な頻度よりも、
こうした感染刺激による自己免疫疾患の発症は、
高いものにはなっていません。

さて、問題はウイルス刺激の代わりに、
ワクチンに含まれている抗原によっても、
こうした現象が起こるのではないか、
という点にあります。

これは理屈の上では当然起こる可能性はあるのです。

ただ、実際にその病気になった場合の、
自己免疫疾患の発症頻度と比較した時に、
ワクチン接種による発症リスクが充分に低いものであれば、
ワクチン接種はそのリスクを含めた上で、
正当化される、ということになる訳です。

自己免疫疾患は多くの感染症がその誘因となるので、
ワクチン接種の後で自己免疫疾患が発症したとしても、
それがワクチンで誘発されたものだと、
個々の事例で断定することは、
その具体的な鑑別法がない現状では、
困難であると言わざるを得ません。

そうなると、
多くのワクチン接種事例を、
条件を合わせた非接種事例と比較して、
その発症頻度が明らかにワクチン接種群で、
高いことを証明しないといけないことになるのです。

これまでに幾つかの事例において、
ワクチン接種と自己免疫疾患との関連が、
示唆されるデータが存在しています。

まず、1976年に、
豚インフルエンザ用に精製されたワクチンの使用により、
ギラン・バレー症候群が、
通常の発症頻度の7.60倍という頻度で、
認められました。
これはほぼ事実と認定されている事例です。

一方で通常の季節性インフルエンザワクチンによる、
ギラン・バレー症候群の発症頻度は、
100万接種で1例の過剰発生という程度で、
これはインフルエンザ感染の予防効果と比較すると、
容認出来る範囲のものと判断されています。

MMRワクチンによる本態性血小板減少性紫斑病は、
小児への接種において、
3万接種当たり1例程度の頻度で発症するとされています。
これは未接種と比較すると多いのですが、
風疹や麻疹の自然感染においては、
それより5から10倍の頻度でこの病気が発症するので、
ワクチン接種はこの副反応があるにも関わらず、
継続されているのです。

最近の事例においては、
2009年の「新型」インフルエンザワクチンによる、
ギラン・バレー症候群の頻度の増加と、
ナルコレプシーの頻度の増加が、
複数の疫学データから、
僅かな上昇ではありますが、
有意なものとして確認されています。

これまでに大規模な疫学データで確認された、
ワクチン接種による自己免疫疾患の発症リスクの増加は、
以上で全てです。

難病の神経疾患である多発性硬化症も、
自己免疫的機序で発症する可能性が示唆されていて、
ワクチンとの関連を指摘する意見があります。

それが現時点までに問題となったのは、
B型肝炎ウイルスワクチンとヒトパピローマウイルスワクチンのケースです。

B型肝炎ウイルスワクチンに関しては、
1998年から1999年に、フランスにおいて、
多発性硬化症を含む脱髄疾患が、
ワクチン接種後8週間以内認められたとする、
35例の報告があり、
遺伝的にその発症リスクの高い人に発症していました。

その後数百例のケースが相次いで報告されたため、
フランス政府は一時ワクチン接種を取り止めました。

しかし、その後大規模な調査が世界的に行われると、
その頻度はワクチン未接種者と比較して、
決して有意に多い訳ではない、
という事実が明らかになりました。

最終的にはヨーロッパの大規模な疫学研究と、
アメリカでの医療従事者などを対象にした疫学研究のデータから、
少なくとも未接種者がウイルス感染などで発症するリスクと比較して、
有意に多いという見解は否定されました。

アメリカのデータが発表された、
2001年のthe New England Journal of Medicine誌の文献がこちらです。
多発性硬化症とワクチン.jpg

ヒトパピローマウイルスワクチンについては、
ワクチン接種の2から4週後に、
多発性硬化症や類縁の脱髄疾患を発症した、
とする複数の症例報告があり、
一部は接種直後から発症したとの報告になっています。

ただ、同時期のアメリカでのサーベイランスでは、
失神と静脈血栓症以外は、
他のワクチンと比較して、
目立って頻度が多い、
という結果にはなっていません。

2012年のJ Intern Med誌に掲載された、
カリフォルニアでの約19万人の疫学研究では、
16種類の自己免疫疾患について検討され、
橋本病のみで有意な増加が認められましたが、
因果関係が明瞭なものではありませんでした。

そして、
2013年のBritish Medical Journal誌には、
今回最初にご紹介した文献の、
前データと言うべきものが発表されています。
こちらです。
多発性硬化症とワクチンBMJ.jpg
これはJAMA誌の文献と同じグループによるもので、
国民総背番号制を取っている、
デンマークとスウェーデンの疫学データを用いている点も同じです。

この2か国では殆どガーダシルの接種が行われ、
サーバリックスは一部でしか使用されていないので、
ガーダシルのみでの解析となっています。

10歳から17歳の女性、
トータル99万人余が対象となり、
そのうち29万人余がガーダシルの接種を行なっています。

自己免疫疾患、神経疾患、そして静脈血栓症の、
ワクチン接種後の発症リスクが検証されています。
基本的に接種後半年以内のリスクが対象となっています。

その結果…

ベーチェット病と1型糖尿病とレイノー病の3種において、
その発症リスクの有意な増加が認められました。
ベーチェット病が3.37倍(1.05から10.80)で、
最も大きな増加を示しました。
ただ、ワクチン接種からの日数や、
接種後半年以内と以降との比較で、
頻度の変化が認められていないので、
ガーダシルとの因果関係は否定的、
という結論になっています。

そして、
今回のデータはこの検証の時間的な範囲を広げ、
更に例数を増やしたもので、
10歳から44歳の女性39万人余が対象となり、
そのうちの約79万人がワクチン接種を受けています。
ワクチン接種後2年以内の発症をカウントしています。

ただ、対象となっている疾患は、
多発性硬化症と類縁の脱髄疾患のみに限定されています。

つまり、2013年の論文から、
年齢層を広げ例数を増やし、
観察期間を2年に広げた上で、
前回有意差の出たベーチェット病などは、
検討から外し、
前回は検討されなかった、
脱髄疾患のみを検証した内容となっています。

その結果は、
トータルで見ると、
ワクチン未接種者の多発性硬化症の発症率が、
年間10万人当たり21.54人(20.90から22.20)であったのに対して、
ガーダシル接種者の発症率は、
6.12人(4.86から7.96)で、
相対リスクは0.90(0.70から1.15)で有意差なし、
というものになっています。

これだけ見ると、
未接種者の方が、
圧倒的に発症率が多いのですが、
年齢分布が大きく両群で異なっているので、
そうした結果になっているもので、
ワクチンを接種した方が、
発症が抑制される、
ということではないようです。

データとしては、
ワクチン接種と多発性硬化症との間には、
統計的に明確な関連性はなかった、
ということで問題はないのですが、
対象の設定の仕方などには、
ちょっと疑問が残ります。

同じJAMA系列のJAMA Neurol誌に昨年、
アメリカ発の同様の検討が発表されています。
それがこちらです。
脱髄疾患とワクチンアメリカ論文.jpg
この論文では、
多発性硬化症と類縁の脱髄疾患の事例を抽出して、
別箇に設定したコントロールと比較し、
ヒトパピローマウイルスワクチンとB型肝炎ウイルスワクチンの接種と、
疾患リスクとの関連を検証しています。
接種後3年間までの発症が対象となっています。

ヒトパピローマウイルスワクチン、
B型肝炎ウイルスワクチン、
いずれの検討においても、
ワクチン接種と疾患との関連は認められていません。

その一方で、
いずれかのワクチンを接種した、
50歳未満の年齢層で解析すると、
ワクチン接種後30日以内という早期に、
脱髄疾患の発症率の増加が認められました。

このデータは数字のマジックのような感じもあり、
何処まで重視するべきかは、
正直疑問です。

以上のように、
現状でヒトパピローマウイルスワクチンの接種後に、
短期間で多発性硬化症や類縁の脱髄疾患の発症が、
明瞭に増加する、ということはほぼなさそうです。

これを全ての自己免疫疾患に拡大すると、
一部の疾患ではリスクの増加が否定出来ず、
まだ明確な結論には至っていません。

基本的な理解として、
どんなワクチンであっても、
自己免疫疾患の誘因には成り得るのです。

ただ、そのリスクは多くのワクチンでは小さなものなので、
通常の他の自然感染による発症と見分けは付かず、
明瞭にそれを統計的に有意なものとは、
捉えられないことが大部分だ、
ということです。

B型肝炎ウイルスワクチンの場合は、
そのウイルスの構造が、
多発性硬化症の標的抗原と相同性がある、
という知見があり、
そのためメカニズム的にも起こり得ると考えられたので、
大きな問題となった経緯があります。

ただ、結論としては、
ほぼその可能性は否定されています。

ヒトパピローマウイルスワクチンのケースでは、
思春期の女性に接種する、
という特異性があり、
B型肝炎ウイルスワクチンと同種の、
アルミを含むアジュバントを含有している点、
また初期に脱髄疾患の事例が報告されたことより、
問題になっている経緯があります。

現状のワクチンの感染症予防としての有用性は、
動かないものなのですが、
その一方で理論的には起こり得る副反応が、
本当に問題になるものかどうかを検証するには、
数十万人規模で接種を行なった後でないと検証は困難である、
という点はワクチンという手法そのものの持つ欠点で、
そうした意味では現状でのワクチンの利用は必要ですが、
将来的には、より有害事象が少なく、
そのコントロールと予測がより確実な、
別箇の感染症予防法に、移行することが望ましいように、
個人的には考えます。

ワクチンが一般に接種されて間もない時期には、
疾患の発症がワクチン接種と結び付けて報告されたり、
報道されたりすることが多く、
本当に回避するべき副反応の兆候である場合には、
こうした報告は将来へのアラームとして機能するので、
有意義なものなのですが、
そうでない場合には無用な混乱が起こる、
というのはこれまでの多くの実例が告げるところです。

僕自身も日本で死亡事例の報告などがあると、
不用意に浮き足立って、
混乱を助長する行為に陥りがちな点は、
反省しなければいけないと思います。

ただ、本当に因果関係のある副反応であっても、
その頻度自体はそれほど多いものではないので、
接種事例が集積しないとそのリスクの判断は出来ず、
そのために問題のある可能性があっても、
接種自体は継続されるという考え方は、
一般の方の感覚とは、
矢張り乖離した部分があり、
それがワクチン行政が信頼を得難い、
1つの要因ではあるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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