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ナイロン100℃「社長吸血記」 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

ちょっと京都と大阪まで遠出の予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
社長吸血鬼.jpg
ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出による、
ナイロン100℃の新作「社長吸血記」が、
今下北沢の本多劇場で上演中です。

ケラとしては2012年暮の「祈りと怪物 ウィルヴィルの三姉妹」以来、
久しぶりの本格的な新作戯曲、
ということになります。
劇団への書き下ろしとしては、
2012年の春の「百年の秘密」以来ということになりますが、
この作品は「祈りと怪物…」の習作という感じがあります。

「祈りと怪物…」はケラのその時点での、
1つの集大成的な作品で、
同じようなものをまた上演する意味は、
あまりないようにも思われたので、
今ケラがどのような方向に舵を切ろうとしているのかに、
同世代としては非常に興味がありました。

今回の新作は「労働」をテーマにしたもので、
この系統の作品は「労働者M」など幾つかありましたが、
確かに決定版はなかったような気がします。

この場合の「労働」というのは、
監獄のメタファーのようなもので、
学校や寄宿舎、刑務所や会社が舞台であっても、
集団的な強制が人間性を蝕む環境、
という点では同じ構図なのです。

構造は「カラフルメリィでオハヨ」に似ていて、
2つの脳内世界が交錯するのですが、
それ以外にも幾つかの仕掛けがあり、
意欲作であることは間違いがありません。

ただ、ちょっと弁明めいた著者コメントにもあるように、
まだ完成型とは言えないもので、
このテーマの今後の展開も期待したいと思います。

演出も緻密で役者の質はいつもながら高く、
安定感は抜群なのですが、
ケラの初心者にはやや敷居の高い作劇で、
また個人的には得意のナンセンス・コメディの部分に、
別役やケラ自身の旧作からの、
引用が複数あることも気になりました。

引用癖のある戯曲作家の方も、
複数いらっしゃいますが、
ケラさんはこれまであまりこうした過去作品や自分の旧作からの、
会話自体の再利用というのは、
していなかったと思います。

ケラさんの脳内世界の出来事という理解であれば、
それはそれで辻褄は合うのですが、
何となくケラさんの創作力の低下を、
感じる部分もあったのです。

以下ネタばれを含む感想です。

今回は休憩のない2時間半の1幕劇で、
3時間を越える作品が多いケラさんとしては、
むしろ短い部類です。

舞台はまず、
老人に金融商品を売り付けるような、
ヤクザな会社の屋上で始まります。
向かいには別の会社のビルがあり、
ヒッチコックの「裏窓」のように、
窓が並んでいるのが見えます。

ひと癖もふた癖もある、とても善良とは言えない、
やさぐれた社員達が一様に困っているのは、
ワンマンの社長が失踪して、
数ヶ月も行方不明になっている、という事態です。

老人を騙すという仕事は、
そんな中でも粛々と進められるのですが、
社長不在の中、社員同士のいざこざも増え、
騙された老人の家族や、
自殺した社員の妻などが会社への攻撃を始めると、
会社という存在そのものが揺らいで行きます。

実は社長は女子社員の針治療により、
昏睡状態となって、慌てたその女子社員と共謀する、
隣のアパートの男の部屋に幽閉されていたのですが、
社長の頭の中では、
昔の仲間と牧歌的な会社を設立しようという、
脳内妄想が広がり、
それが実体化して、
同じ会社の屋上に、
かつての社員が引き寄せられて来ます。

この脳内妄想のパートは、
ナンセンス・コメディのタッチで描かれ、
別役の台詞が部分的にはそのまま使われています。

この牧歌的な会社と殺伐とした現実の会社が、
同じ屋上を舞台にして、
並行して同じキャストの2役として演じられるのですが、
ややこしいことには、
途中で紛い物の社長が本物の社長の他に登場すると、
本物の社長は死んでしまうのに、
その脳内妄想は生き続けることになり、
ラストには不気味に登場した紛い物の社長により、
現実と妄想とが反転することが示唆されて終わります。

構成は非常に複雑ですが、
筋は明快で分かり難くはありません。

ただ、昏睡状態の社長のつぶやきがSNSの拡散を思わせたり、
暴力と退廃の支配する会社は、
ピンターの「温室」を思わせたりもして、
その奥行きは底の知れないものがあります。

シンプルに言えば、
失踪した社長とはケラ自身のことでもあり、
実際の劇団員とその演じる芝居の世界とが、
ケラの脳内世界で並行して存在する様を、
観客は見せられているのだと思います。

キャストは抜群で客演を含め穴がありません。
プロジェクション・マッピングの映像効果も、
その完成度では演劇界では他の追随を許さない完成度ですし、
次第に隣のビルが傾いて見えて来る、
という象徴的なセットも良く出来ています。

小劇場演劇の現時点での最高水準を示す舞台であることは、
断言しても良いように思います。

前述のように完成された作品とは言えませんし、
豊田商事事件がモチーフというのも、
今上演するにはどうなのかしら、
と言う思いもあります。
また、別役の引用をしているのも、
正直創作力の衰えを感じさせます。

ただ、今後この路線が完成に向かうことも充分に想定されるので、
一観客としては次回作にもより高い期待を、
持たざるを得ないのです。

それではそろそろ出掛けます。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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