インスリン分泌と抵抗性の人種差について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から何となくぼんやりして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
去年の6月のDiabetes Care誌に掲載された、
インスリン分泌とインスリン抵抗性の人種差についての論文です。
概ね糖尿病を専門とされていない先生で、
「日本の糖尿病治療はデタラメだ!」
というようなことを、
大きな声でSNSなどで主張されているのをしばしば目にします。
そうした方の主張は、大抵は以下のようなものです。
海外では糖尿病治療薬の第一選択はメトホルミンという薬で、
その有効性と安全性は確立しているのにも関わらす、
日本の医者はそうしたデータを無視するように、
SU剤という身体に害を与える可能性の高い薬を使い続け、
最近ではDPP-4阻害剤という新薬を、
メトホルミンより優先して使っている。
しかし、欧米ではDPP-4阻害剤はメトホルミンよりずっと評価は低い。
そうした評価の低い高額な新薬を使っているのは、
日本の医者が無能で製薬会社の宣伝に踊らされているからだ…
こうした意見の全てが誤っているとは思いません。
新薬は日本では常に、
夢のような素晴らしい薬として登場しますから、
そのバイアスが一般の臨床医に影響することは、
当然あることだと思います。
しかし、ちょっと誤解もあるようにも思います。
日本の医者は馬鹿正直で、勉強には熱心です。
メトホルミンが殆ど臨床に使われなかった時期に、
僕は糖尿病と内分泌をメインに診療していた教室にいたので、
感覚的には当時のことを認識しているつもりです。
メトホルミンと同種の薬剤で深刻な副作用が報告され、
それを重視する空気が強かったことと、
SU剤という薬の有用性が確認された時期で、
それが日本人の糖尿病の患者さんには合っている、
という認識が広く専門医の間にあったのです。
さて、ここで「日本人の糖尿病の患者さん」という言葉を使いました。
これが1つ重要な視点で、
2型糖尿病の成り立ちには、
かなり明確な人種差があるのではないか、
という考え方です。
これが事実であれば、
欧米の治療薬の第一選択がメトホルミンだからと言って、
その通りにしないとそれだけで「阿呆」であるとか、
製薬会社の宣伝に踊らされている、
という結論にはならない筈です。
僕が糖尿病で師事していた先生も、
欧米の2型糖尿病、特にアメリカの2型糖尿病は、
肥満度の高い患者さんが多く、
インスリンの効きが悪いことが、
その原因に大きく影響しているけれど、
日本人の2型糖尿病は、
インスリンの効きよりも、
インスリン自体の出が悪いことが、
その原因に大きく影響している、
という見解でした。
インスリンの効きが悪いことをインスリン抵抗性と呼び、
インスリンが充分出ないことを、
インスリン分泌不全と呼んでいます。
アメリカ発の2型糖尿病の文献を見ると、
その殆どで患者さんの体格の指標である、
BMIという数値は平均で30を超えています。
それに対して日本の患者さんの統計では、
概ね平均のBMIは20代の前半です。
どんなタイプの糖尿病であっても、
一旦あるレベル以上にインスリンの分泌が落ちれば、
体重は増えることが出来ません。
従って高度の肥満の糖尿病の患者さんが多いということは、
インスリンの分泌が低下し難い体質の人に、
インスリン抵抗性のために糖尿病が起こっている、
ということになる訳です。
欧米で2型糖尿病の第一選択薬のメトホルミンは、
インスリン抵抗性を改善する作用の薬です。
一方で日本で良く使用されているSU剤やDPP-4阻害剤は、
いずれもメインの働きはインスリンの出を良くすることにあります。
仮にインスリンの分泌と抵抗性とに明確な人種差があり、
2型糖尿病の成り立ち自体に大きな違いがあるのであれば、
海外のガイドライン通りの治療である必要はなく、
むしろ異なる集団に同じ治療を行なうことこそ、
大きな問題だ、という理屈になります。
ただ、そのインスリン作用の人種差というのは、
本当に事実として良いものなのでしょうか?
その辺りは僕の以前師事していた先生も、
まとまったデータをお持ちという訳ではなく、
臨床の経験と海外の学会などで受けた感触とが、
その主な論拠になっていたように思います。
今回の文献はアメリカや日本の研究者などの共同研究によるもので、
インスリン分泌の指標であるブドウ糖によるインスリンの反応性と、
インスリン抵抗性に関する、これまでの多くの研究データを、
アフリカ系、コーカシアン(所謂白人)、東アジア系の3系統の人種に分けて、
まとめて解析することにより、
インスリン作用の人種差の存在を検証しています。
所謂メタ解析の研究です。
ブドウ糖を注射して、
インスリンの反応を見る試験を行なった、
トータル3813名の結果を対象としています。
その結果はこちらをご覧下さい。
これは人種毎のインスリン分泌とインスリン抵抗性との関連を、
1つのグラフにまとめたものです。
全て糖尿病を含む耐糖能異常のない方のデータです。
白い丸はアフリカ系のデータを、
グレイの丸はコーカシアンのデータを、
そして黒い丸が日本人を含むアジア系のデータを示しています。
縦軸がインスリン分泌で、
横軸はインスリン感受性を示しています。
つまり、右に行くほどインスリンの効きが良く、
上に行くほどインスリンの分泌が良いことになります。
見て頂くと、
アフリカ系ではインスリンは沢山出る代わりに、
インスリンの効きは悪く、
アジア系ではその反対に、
インスリンの効きが良い代わりに、
インスリンはあまり出ていない、
ということが分かります。
そして、コーカシアンはその中間です。
それでは次をご覧下さい。
こちらは同様の検討を、
耐糖能異常のある方との比較で示したものです。
NGTというのが耐糖能が正常の群で、
IGRというのは境界型糖尿病と言われるような、
軽度の耐糖能胃所のある群、
そしてT2Dというが2型の糖尿病の群です。
耐糖能が正常な方ほど顕著ではありませんが、
矢張り糖尿病の患者さんでも同様の傾向は維持されています。
ただ、当然のことですが、
血糖値がある程度高い状態になると、
インスリン分泌も感受性も、
両方とも障害されることになるので、
差は小さくなってくることは事実です。
人種毎の比較で言うと、
アフリカ系の人種ではインスリン感受性は元々悪いので、
インスリンの分泌が低下することで糖尿病が発症し、
東アジア人種では、
軽度耐糖能低下の状態ではまずインスリン感受性が低下し、
糖尿病へ移行する時期には、
元々低いインスリン分泌も低下します。
コーカシアンもその点では、
東アジア人種と同じ悪くなり方をしています。
今回のデータから分かることは、
インスリン分泌と感受性との関係という観点で見ると、
アフリカ系、コーカシアン、東アジア系で、
特にアフリカ系と東アジア系は、
対照的なパターンを示していて、
コーカシアンはその中間に位置している、
ということです。
糖尿病でない方のデータのみを見ると、
日本人はインスリンの分泌が悪く、
アフリカ系人種はインスリン感受性が悪いので、
それぞれを改善する薬が望ましい、
という考えになりますが、
裏を返すと、体質的にインスリン分泌の悪い人が、
インスリン感受性まで低下すれば致命的になるので、
糖尿病の予防のためには、
そちらの方がより大切だ、
という考えも出来るのです。
いずれにしてもインスリン分泌とインスリン感受性には、
個体差が非常に大きいということは事実で、
色々な作用メカニズムの糖尿病治療薬がある以上、
「欧米のガイドラインにはそう書いてあるので、
どんな時にもメトホルミン」
というような考えはあまりまっとうなものとは言えず、
患者さん個々の状況に応じて、治療薬を選択するのが、
より合理的でまっとうな方法ではないかと、
個人的にはそう思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から何となくぼんやりして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
去年の6月のDiabetes Care誌に掲載された、
インスリン分泌とインスリン抵抗性の人種差についての論文です。
概ね糖尿病を専門とされていない先生で、
「日本の糖尿病治療はデタラメだ!」
というようなことを、
大きな声でSNSなどで主張されているのをしばしば目にします。
そうした方の主張は、大抵は以下のようなものです。
海外では糖尿病治療薬の第一選択はメトホルミンという薬で、
その有効性と安全性は確立しているのにも関わらす、
日本の医者はそうしたデータを無視するように、
SU剤という身体に害を与える可能性の高い薬を使い続け、
最近ではDPP-4阻害剤という新薬を、
メトホルミンより優先して使っている。
しかし、欧米ではDPP-4阻害剤はメトホルミンよりずっと評価は低い。
そうした評価の低い高額な新薬を使っているのは、
日本の医者が無能で製薬会社の宣伝に踊らされているからだ…
こうした意見の全てが誤っているとは思いません。
新薬は日本では常に、
夢のような素晴らしい薬として登場しますから、
そのバイアスが一般の臨床医に影響することは、
当然あることだと思います。
しかし、ちょっと誤解もあるようにも思います。
日本の医者は馬鹿正直で、勉強には熱心です。
メトホルミンが殆ど臨床に使われなかった時期に、
僕は糖尿病と内分泌をメインに診療していた教室にいたので、
感覚的には当時のことを認識しているつもりです。
メトホルミンと同種の薬剤で深刻な副作用が報告され、
それを重視する空気が強かったことと、
SU剤という薬の有用性が確認された時期で、
それが日本人の糖尿病の患者さんには合っている、
という認識が広く専門医の間にあったのです。
さて、ここで「日本人の糖尿病の患者さん」という言葉を使いました。
これが1つ重要な視点で、
2型糖尿病の成り立ちには、
かなり明確な人種差があるのではないか、
という考え方です。
これが事実であれば、
欧米の治療薬の第一選択がメトホルミンだからと言って、
その通りにしないとそれだけで「阿呆」であるとか、
製薬会社の宣伝に踊らされている、
という結論にはならない筈です。
僕が糖尿病で師事していた先生も、
欧米の2型糖尿病、特にアメリカの2型糖尿病は、
肥満度の高い患者さんが多く、
インスリンの効きが悪いことが、
その原因に大きく影響しているけれど、
日本人の2型糖尿病は、
インスリンの効きよりも、
インスリン自体の出が悪いことが、
その原因に大きく影響している、
という見解でした。
インスリンの効きが悪いことをインスリン抵抗性と呼び、
インスリンが充分出ないことを、
インスリン分泌不全と呼んでいます。
アメリカ発の2型糖尿病の文献を見ると、
その殆どで患者さんの体格の指標である、
BMIという数値は平均で30を超えています。
それに対して日本の患者さんの統計では、
概ね平均のBMIは20代の前半です。
どんなタイプの糖尿病であっても、
一旦あるレベル以上にインスリンの分泌が落ちれば、
体重は増えることが出来ません。
従って高度の肥満の糖尿病の患者さんが多いということは、
インスリンの分泌が低下し難い体質の人に、
インスリン抵抗性のために糖尿病が起こっている、
ということになる訳です。
欧米で2型糖尿病の第一選択薬のメトホルミンは、
インスリン抵抗性を改善する作用の薬です。
一方で日本で良く使用されているSU剤やDPP-4阻害剤は、
いずれもメインの働きはインスリンの出を良くすることにあります。
仮にインスリンの分泌と抵抗性とに明確な人種差があり、
2型糖尿病の成り立ち自体に大きな違いがあるのであれば、
海外のガイドライン通りの治療である必要はなく、
むしろ異なる集団に同じ治療を行なうことこそ、
大きな問題だ、という理屈になります。
ただ、そのインスリン作用の人種差というのは、
本当に事実として良いものなのでしょうか?
その辺りは僕の以前師事していた先生も、
まとまったデータをお持ちという訳ではなく、
臨床の経験と海外の学会などで受けた感触とが、
その主な論拠になっていたように思います。
今回の文献はアメリカや日本の研究者などの共同研究によるもので、
インスリン分泌の指標であるブドウ糖によるインスリンの反応性と、
インスリン抵抗性に関する、これまでの多くの研究データを、
アフリカ系、コーカシアン(所謂白人)、東アジア系の3系統の人種に分けて、
まとめて解析することにより、
インスリン作用の人種差の存在を検証しています。
所謂メタ解析の研究です。
ブドウ糖を注射して、
インスリンの反応を見る試験を行なった、
トータル3813名の結果を対象としています。
その結果はこちらをご覧下さい。
これは人種毎のインスリン分泌とインスリン抵抗性との関連を、
1つのグラフにまとめたものです。
全て糖尿病を含む耐糖能異常のない方のデータです。
白い丸はアフリカ系のデータを、
グレイの丸はコーカシアンのデータを、
そして黒い丸が日本人を含むアジア系のデータを示しています。
縦軸がインスリン分泌で、
横軸はインスリン感受性を示しています。
つまり、右に行くほどインスリンの効きが良く、
上に行くほどインスリンの分泌が良いことになります。
見て頂くと、
アフリカ系ではインスリンは沢山出る代わりに、
インスリンの効きは悪く、
アジア系ではその反対に、
インスリンの効きが良い代わりに、
インスリンはあまり出ていない、
ということが分かります。
そして、コーカシアンはその中間です。
それでは次をご覧下さい。
こちらは同様の検討を、
耐糖能異常のある方との比較で示したものです。
NGTというのが耐糖能が正常の群で、
IGRというのは境界型糖尿病と言われるような、
軽度の耐糖能胃所のある群、
そしてT2Dというが2型の糖尿病の群です。
耐糖能が正常な方ほど顕著ではありませんが、
矢張り糖尿病の患者さんでも同様の傾向は維持されています。
ただ、当然のことですが、
血糖値がある程度高い状態になると、
インスリン分泌も感受性も、
両方とも障害されることになるので、
差は小さくなってくることは事実です。
人種毎の比較で言うと、
アフリカ系の人種ではインスリン感受性は元々悪いので、
インスリンの分泌が低下することで糖尿病が発症し、
東アジア人種では、
軽度耐糖能低下の状態ではまずインスリン感受性が低下し、
糖尿病へ移行する時期には、
元々低いインスリン分泌も低下します。
コーカシアンもその点では、
東アジア人種と同じ悪くなり方をしています。
今回のデータから分かることは、
インスリン分泌と感受性との関係という観点で見ると、
アフリカ系、コーカシアン、東アジア系で、
特にアフリカ系と東アジア系は、
対照的なパターンを示していて、
コーカシアンはその中間に位置している、
ということです。
糖尿病でない方のデータのみを見ると、
日本人はインスリンの分泌が悪く、
アフリカ系人種はインスリン感受性が悪いので、
それぞれを改善する薬が望ましい、
という考えになりますが、
裏を返すと、体質的にインスリン分泌の悪い人が、
インスリン感受性まで低下すれば致命的になるので、
糖尿病の予防のためには、
そちらの方がより大切だ、
という考えも出来るのです。
いずれにしてもインスリン分泌とインスリン感受性には、
個体差が非常に大きいということは事実で、
色々な作用メカニズムの糖尿病治療薬がある以上、
「欧米のガイドラインにはそう書いてあるので、
どんな時にもメトホルミン」
というような考えはあまりまっとうなものとは言えず、
患者さん個々の状況に応じて、治療薬を選択するのが、
より合理的でまっとうな方法ではないかと、
個人的にはそう思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2014-04-11 08:12
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コメント(2)
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Dr.Ishihara興味深い記事有難う御座います。実は爺と妻の病双極性障害も人種差があるのではないかと言われております。2型糖尿病にも人種差が有るとして、アメリカでの薬効の成果がそのまま日本に当てはまるとは言えない事が言えるとすると、日本人のルーツが農耕民族で、元々食料自給率が低かった為にインスリン分泌が悪いと考えた
方が良いのでしょうか?
by bpd1teikichi_satoh (2014-04-12 07:30)
bpd1teikichi_satoh さんへ
コメントありがとうございます。
そういう説もあるようです。
アフリカ系は草原を駆け回り、
インスリンをガンガン出して、
ガンガン消費する、
というイメージです。
by fujiki (2014-04-12 08:42)