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HIV感染症のCCR5を利用した遺伝子治療の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
HIVの新治療.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
HIVの遺伝子治療についての論文です。

まだ現時点で、
これまでの治療に勝る効果が期待出来る、
という性質のものではありませんが、
病気になった方自身の細胞の遺伝子の配列を改変して、
病気への抵抗性を付けるという、
かつては絵空事であった試みが、
実施の直前の段階に達した、
と言う意味で意義のある報告です。

この話題にはちょっとした歴史があります。

1990年代にHIV感染者と濃厚に接触していながら、
HIVには感染していない人間の存在が注目をされるようになりました。

そうした人の体内には、
HIVの感染を防御するようなメカニズムがあるのではないか、
という推測の元に、
そうした人の遺伝子の解析が行なわれました。

その結果興味深い事実が明らかになりました。
こちらをご覧下さい。
CCR5遺伝子のHIV抵抗性.jpg
1996年のCell誌の論文です。

これによるとリンパ球の表面に存在する一種の受容体蛋白である、
CCR5(この文献ではCKR-5と記載されています)をコードする遺伝子に、
特徴的な変異のあることが分かりました。

CCR5というのはどのようなもので、
それとHIV感染症との間には、
どのような関連性があるのでしょうか?

HIVというウイルスは、
人間の免疫細胞であるリンパ球に感染するウイルスです。

リンパ球には表面マーカーという目印のような蛋白質があって、
その種類によりリンパ球の持つ役割も異なります。

HIVが感染するのは表面にCD4という目印のあるリンパ球です。
このリンパ球は免疫の取り纏めのような役割を果たしている、
重要なリンパ球なのですが、
HIVが感染することによって、
その数が減少し、
それが免疫不全という症状として現れることになるのです。

さて、HIVの感染の最初のステップは、
CD4を持つリンパ球にウイルスが接着することですが、
この時ウイルスがもう1つの足がかりとしてくっつくのが、
CCR5もしくはCXCR4と呼ばれる蛋白質で、
要するにHIVが細胞に感染するためには、
その細胞にCD4とCCR5もしくはCXCR4という、
2種類の受容体が存在することが必要なのです。

HIVはウイルスの性質によって、
CCR5にしか結合出来ないウイルスと、
CXCR4にしか結合出来ないウイルス、
そしてCCR5とCXCR4の両方に結合するウイルスの、
3種類が存在しています。

しかし、HIVが人間から他の人間に感染する場合には、
主にR5と呼ばれる、
CCR5にしか結合しないウイルスが伝播することが分かっています。

この研究により、
CCR5をコードする遺伝子に、
Δ32という変異があると、
それを2個持っている場合には、
HIVのR5ウイルスは、
CD4陽性リンパ球には感染出来ない、
ということが判明しました。

この変異遺伝子は白人では少数存在していて、
黄色人種には存在していないと考えられています。

その後2007年にHIV感染者の男性が、
白血病に罹患してドイツで幹細胞移植を受けたところ、
その後にHIVが治癒したことが確認されました。

その経過を報告した論文がこちらです。
HIV治癒事例.jpg
これは2011年のBlood誌です。

移植された幹細胞は、
CCR5にΔ32の変異遺伝子を2個持っていて、
患者さんのリンパ球がその変異体に入れ替わると、
CD4陽性のリンパ球数は正常に戻り、
血液中からHIVは消失しました。

これは意図的な治療ではなかったのですが、
仮に身体のリンパ球をこの変異遺伝子を持つものに入れ替えてしまえば、
HIVは排除され、
HIV感染症は治癒する、ということになります。

しかし、
だからと言って、
全てのHIV感染症の患者さんに、
幹細胞移植をする訳にはいきませんし、
変異のある幹細胞を、
そんなに多く集めることも困難です。

それでは、この知見を利用する方法が、
何かないでしょうか?

CD4は免疫システムによって必要不可欠なものですから、
それをなくしてしまうことは出来ませんが、
CCR5自体は、
それなりの役割はあるのでしょうが、
存在しなくてもそれほどの弊害がある、
というような知見は今のところありません。

そこで1つにはCCR5に結合する阻害剤を作って、
それを治療に活用しよう、
という考え方があり、
実際にもう使用がされていますが、
あくまで他の薬剤と併用するという位置付けです。

もう1つの考え方は、
遺伝子治療によってCCR5をコードする遺伝子自体を、
働かなくしてしまおう、
という方法です。

2008年にネズミを使った動物実験が既に行なわれています。

これはジンク・フィンガー・ヌクレアーゼという、
遺伝子に結合する性質を持つ蛋白質を使用して、
CD4陽性リンパ球の遺伝子を編集し、
CCR5をコードする遺伝子を削除して、
その変異細胞を増殖させて身体に戻し、
その効果を見るというものです。

今回の研究は基本的にはこのネズミの実験と同じことを、
HIV感染の患者さんに行なった臨床研究です。

抗レトロウイルス療法という治療法を行なっている、
12名のHIV感染症の患者さんに対して、
自己由来のCD4陽性リンパ球の遺伝子を編集して、
CCR5遺伝子が働かない状態とし、
その細胞を増やして、
100億個を身体に戻します。

このうちの6例は抗レトロウイルス療法により、
CD4陽性リンパ球は回復していて、
この6例においては、
組み換え細胞を注入後4週で問題のないことを確認後、
一旦治療を中断して3ヵ月の経過観察を行なっています。

組み換えリンパ球は一時的に注入しただけですから、
いずれは消失に向かうのですが、
治療中断後のCD4陽性リンパ球の減少の程度は、
明らかに組み換え細胞で少なく、
一定の有効性を示していることが分かります。

注入した細胞の数が半分になるのは、
平均で48週間で、
1回の注入により1年程度は組み換え細胞は体内に残り、
かつ特に問題なく、
元のリンパ球とも身体のシステムとも、
共存していることが確認されました。

多くの事例で患者さんの血液のウイルス量は低下していて、
1例では感度以下になっていました。

ただ、全てのリンパ球が、
ウイルス抵抗性になっているのではありませんから、
効果はあくまで限定的で、
全ての患者さんで、治癒に結び付く、
というレベルのものではありません。

ウイルス量が感度以下となった患者さんについては、
元のリンパ球にも一定のHIV抵抗性のあった可能性が、
示唆されています。

今回の研究は、
本格的な治療の可能性を探るための1つのステップで、
その使用については、
今後更なる検討が必要となるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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