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新規HIVワクチンの臨床効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
HIVワクチン.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
HIV感染症の予防ワクチンの効果についての論文です。

1980年代に初めてAIDS症例がアメリカで報告されてから、
その原因であるHIV-1(human immunodeficiency virus type1)の感染は、
その予防や治療の進歩が目覚ましい今日においても、
年間新たに250万人以上の感染者を生んでいます。

AIDSはHIV-1による感染症ですから、
その予防として期待されるのはワクチンです。

しかし残念ながら現時点において、
明確に有効なHIVワクチンは未だ存在していません。

それは何故でしょうか?

幾つかの理由が存在しています。

その第一は、
このウイルスが人間のリンパ球に感染し、
すぐにそのリンパ球自身のDNAと一体化する、
という性質を持っているので、
人間の免疫は、
このウイルスの感染を除去することが、
完全には出来ないという点にあります。

通常のワクチンというのは、
人間が免疫の力で排除出来るメカニズムを、
真似ることによって作成されています。

しかし、人間の免疫はHIVを排除するには不充分なので、
それを真似てワクチンを作っても、
それだけでは有効にはならないのです。

第二の問題はHIVが非常に変異を起こし易いウイルスだ、
という点にあります。
HIVはレトロウイルスと言って、
RNAからDNAを生成する酵素を持っているのですが、
その逆転写の過程できちんと翻訳がされず、
簡単に変異を起こしてしまう、
という性質があります。
つまり、感染したある人の体内の中にも、
実は微妙に性質の違う、
多数のHIVが同居している、
という状態になります。
性質の違うウイルスは抗原性も違うので、
ある抗原に対しての抗体を作っても、
それが有効なウイルスは全てではないので、
自ずと効果は限定的になってしまいます。

そのため、ある抗原を元にしたワクチンを作っても、
それが体内の全てのHIVには有効でないので、
臨床的な有効性を示すには至らない、
という問題があるのです。

このように非常に難易度の高いHIVワクチンの開発ですが、
これまでに臨床効果を見るレベルの臨床試験に至ったワクチンが、
4種類のみ存在しています。

そのうちの最初のものは、
VAXGENトライアルと呼ばれるものです。
これはHIVのウイルス粒子の表面にある蛋白質で、
リンパ球に接着して感染を開始する部分である、
gp120という蛋白質抗原を、
ワクチンとして用いたものです。
インフルエンザワクチンなどと同じ、
非常にシンプルな発想です。

しかし、前述のようにgp120に対する抗体を身体が産生しても、
HIVは次々と変異するので、
臨床試験で充分な効果を示すには至りませんでした。
端的に言えば、接種しても、
毒にも薬にもなりませんでした。

次に開発され臨床試験が行なわれたワクチンが、
アデノウイルスワクチンです。

アデノウイルスは風邪の原因の代表的なウイルスの1つです。
目と咽喉の脹れるプール熱は、
このウイルスの感染症の代表選手です。
アデノウイルスのセロタイプ5のE1とE3遺伝子欠損ウイルスは、
遺伝子治療の遺伝子の乗り物として開発されたもので、
病原性が少ないように変異させられたウイルスです。
このアデノウイルスに数種類のHIVの遺伝子を埋め込み、
それをワクチンとして接種します。

免疫には液性免疫と細胞性免疫とが存在します。

液性免疫というのは抗体を産生することで、
細胞性免疫というのは、
直接的に敵を攻撃するリンパ球などの働きです。

gp120の抗原によるワクチンは、
液性免疫を誘導するワクチンで、
アデノウイルスワクチンは、
細胞性免疫を誘導するワクチンです。

HIVを排除出来なくても、
その感染を抑え込んで発病をなかなかさせないのは、
主に細胞性免疫の働きであることが分かっているので、
このアデノウイルスワクチンは、
非常に期待を寄せられました。

ところが…

臨床試験の結果は予想外のもので、
このワクチンは感染防御効果もウイルス量の抑制効果もないばかりか、
ワクチンの接種により、
むしろ感染率が高まる、という真逆の結果となったのです。
当然の如く臨床試験は中止されました。

どうやらこの変異型のアデノウイルスの抗原刺激により、
免疫の活性化が起こり、
そこに本物のHIVの感染が起こると、
その感染自体も活性化される方向に働いてしまう、
というメカニズムが想定されているのです。

そこで、
どうもアデノウイルスによる抗原刺激はまずそうだ、
という話になり、
別個のウイルスをHIV遺伝子の乗り物として、
別個のワクチンと組み合わせて使用する、
という方法が考案されました。

それがRV144と呼ばれる臨床試験で、
これまでで最もHIVワクチンの成功に近付いた知見をもたらしたものです。

方法はまずアデノウイルスとは別個のウイルスである、
カナリーポックスウイルスにHIVの3種類の遺伝子を埋め込んだものを、
最初に接種し(プライミング)、
続いてgp120の蛋白質抗原を、
ブースターとして追加で接種する、というやり方です。
臨床試験の結果によりHIVの感染獲得が、
31%有意に低下した、と発表されました。

これは現時点で唯一の、
HIVワクチンの肯定的なデータです。

ただし、著効とはとても言えないレベルのもので、
血液のウイルス量や免疫の活性化の数値などには、
明確なワクチンの効果が現れていないことなどより、
このまま臨床に応用出来るような性質のワクチンではありません。

そして、
現時点で最新の4番目のHIVワクチンの臨床試験結果が、
今回の論文で発表されています。

今回のワクチンは、
HIVの一部のDNAをそのままワクチンとして接種する、
DNAワクチンをプライミングとして使用し、
その後のブースターとしては、
アデノウイルスワクチンを使用する、
という2段階の方法です。

まずプライミングでHIVの抗体を誘導することにより、
アデノウイルスワクチンの有害事象をコントロールしよう、
という発想です。

しかし、アデノウイルスワクチン単独の際のような、
明確な有害事象こそなかったものの、
感染防御効果やウイルス量の抑制効果は確認されず、
有効性は認められなかったとして、試験は中止されています。

様々なウイルスベクターの使用や、
複数のワクチンの組み合わせにより、
多くの試みが現行も進行中で、
その中には日本主導のものもあります。

しかし、メディアなどのやや誇大な気味のある記事とは裏腹に、
その実用化までの道のりは、
まだ紆余曲折があるように思われます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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けんじ

最近のAIDSワクチンの見解は、その後如何でしょうか?先生の記事、凄く為になります。
どうぞ宜しければ、AIDSワクチン、IMMnITY や、スペイン エイズワクチン や抗体療法などの見解を御教え下さい。

よろしくお願いいたします。
by けんじ (2014-02-17 05:18) 

せと

いつもブログ拝見させていただいております。
とても勉強になります。
ところで実はHIVに感染してしまい今とても悩んでいます。
まず家族にうつらないかとか。特にまだ2歳の息子がいるものですから抵抗力も低いですしひょんなこと(例えばくしゃみとか汗)に触れてその指を舐めたらどうしようとか、いろいろ考えすぎてちょっとノイローゼ気味です。
ネットをいろいろ検索してみると、
「無料で配布される予定のエイズワクチン「Immunity」がいよいよ臨床試験に突入」とか「センダイウイルスベクター」臨床検査実施中とありましたが先生はどう思われるのかご意見を頂ければ嬉しいと思いメールさせていただきました。お忙しいのに変なメールですいません。お時間があるときにでもご意見いただけるとほんとうにうれしいです。

大変失礼しました。
by せと (2015-01-29 17:10) 

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