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遺伝子の特許の合法性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプト作業をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
遺伝子の特許について.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
遺伝子の特許に関する、
今年の6月のアメリカの最高裁の判決についての解説記事です。

BRCA1とBRCA2という遺伝子の変異があります。
この2つの遺伝子変異のいずれかを持つ人は、
80%が70歳までに乳癌を発症し、
卵巣癌も高率に発症する、ということが分かっています。

女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、
この遺伝子変異の保持者で、
そのため乳腺を予防的に切除したとして、
大きく報道されました。

遺伝子変異というのは、
特定の個人が持っている、
遺伝子の個体差のようなものですから、
多くの人が持っている一般的なタイプとは異なっていても、
自然に備わった形質であることは、
間違いがありません。

今回の問題は、
このBRCA1とBRCA2という遺伝子の変異の配列そのものを、
ミリアド社というベンチャー企業が、
特許として取得していて、
研究や検査、患者さんの治療を含めて、
この遺伝子変異を活用する場合には、
常にミリアド社の許可を得ないといけない、
とう状況が長く続いていた、
という点にあります。

ミリアド社という会社は創業者の研究者が、
このBRCA1の特許を取得した、
というところからスタートした会社です。

その後この遺伝子変異の検出法などの特許も、
同時に取得していて、
この遺伝子変異に関することは、
全てミリアド社で独占している、
と言っても過言ではありません。

日本でもこの遺伝子変異の検査が行なわれていますが、
1回数十万円という高額で、
その理由は日本の医療機関が儲けているのではなく、
ミリアド社が高い価格を設定しているからなのです。

こうした事例は他にも枚挙に暇がありません。

医療費削減の折から、
医療機関は苛められていますし、
新薬を開発しているような、
製薬会社も苛められていますが、
診断や治療のための検査に関しては、
本来は簡単に出来る筈の遺伝子検査のようなものが、
非常に高額に設定されていて、
健康保険が適応されている検査でも、
実際には健康保険で設定された金額より、
もっとお金が掛かる検査が沢山あります。
こうした検査を保険適応で行なうには、
結果的に医療機関が差額をかぶらなければいけません。

そして、高額な検査費用の掛かる検査の多くは、
海外の会社が特許を持っていて、
独占的に価格を決めているのです。

しかし、人間の持っている遺伝子の配列そのものが、
ある私企業に独占される、
というようなことが本来あって良いのでしょうか?

アメリカにはこうした、
特定の遺伝子の配列の特許が、
3000以上存在するとされています。

特定の遺伝子配列と病気との関連性が、
次々と明らかになった時代には、
それが一種の新しい発見であって、
初めて発見した研究者なり研究機関が、
その発見を特許にして、
その権利を独占することは、
理の当然のように考えられました。

ただ、その後ヒトゲノムプロジェクトが進行し、
人間の全ての遺伝子の配列が、
隈なく明らかにされる、
という時代になると、
その遺伝子の情報は、
全ての人間の共有の財産であって、
その一部やその変異を、
個人や企業が独占するということ自体が、
人間や科学に対する、
ある種の冒涜のように考えられるようになったのです。

特にこのミリアド社のケースでは、
遺伝性乳癌の検査として、
世界中で必要な検査であるこの変異遺伝子の検査が、
その検査法がどうあれ、
全てミリアド社の特許に触れる、
ということになるので影響が大きい上、
法外ともおもえるような検査費用が設定される、
というブラックな感じもあり、
更には検査のみならず、
この遺伝子に関わる全ての研究も、
この遺伝子を使用するというだけで、
全てパテント料を支払うことになるのですから、
大袈裟ではなく、
科学の正常な進歩を阻害する要因ですらあるのです。

そこで人権団体が研究者や患者さん達の意向を汲み、
この遺伝子変異の特許の無効を求める訴訟を起こしたのです。

アメリカ連邦最高裁判所は今年の6月13日、
最終的な判決を出しました。

そこでは、ミリアド社の特許のうち、
BRCA1とBRCA2の、
遺伝子の配列に対しての特許は、
それを明確に否定しました。

遺伝子の配列自体は自然の産物であり、
特許により独占する、というような行為には馴染まない、
という初めての判断です。

ただ、それでは特許の全てが否定されたのかいうと、
そうではなく、
遺伝子の配列を一部でも人為的に操作したものについては、
特許が認められる、ということになっています。

具体的にはそれは、
相補的DNA(cDNA)と呼ばれる部分の特許です。

遺伝子というのは、
人間の細胞の核にあるDNAの遺伝情報が、
mRNAという鋳型に写し取られて、
蛋白の合成が始まるのですが、
この時、最初のDNAの配列には、
実際には鋳型に写し取られない、
イントロンという部分が含まれています。
相補的DNAというのは、
今度は人為的にmRNAの鋳型と作る操作なので、
元のDNAからイントロンが含まれないものになっているのです。

これはどんな遺伝子でも同じことですし、
人為的な操作を加えた、というだけで、
元の自然の遺伝情報の配列であることは、
間違いのないことなのですが、
自然には存在しない、と言う意味で、
特許の範囲に含まれる、
と言う判断が下されました。

ある遺伝子と病気との関連性を研究で明らかにした場合、
そのDNAから相補的DNAを作成するのは、
通常の手法ですから、
研究者なり研究機関は、
相補的DNAの特許自体は、
取得が可能だ、ということになります。

今回の決定において、
遺伝子配列そのものの特許は否定されたので、
研究自体が全てミリアド社の制限を受ける、
ということはなくなりますが、
多くの研究では相補的DNAが必要になりますから、
その点では一定の制限を受けることは変わりありません。

患者さんの遺伝子の検査自体は、
ミリアド社でなくても、
出来る可能性が生まれ、
その価格も今後低下することが期待されますが、
その治療への利用というような面に関しては、
相補的DNAを介して、
ミリアド社の特許が生きているので、
今後もその制限は続くことになるのです。

実際には従ってかなり折衷案的な判決である、
という言い方が出来るかも知れません。

これは勿論アメリカの判決であるに過ぎませんが、
実際には世界中に波及する効果がある訳です。
アメリカは自国の理屈を、
世界中に脅迫的に押し付ける国家であるからです。

日本においても、
診療に必須な遺伝子の検査の多くが、
健康保険の適応外か、
適応を受けていても、
その価格では実施不可能であり、
その意味では皆保険による医療という大義名分は、
実態としては崩れている、
という状況があるように思います。

一方でこうした特許1つで、
莫大な利益が生まれるのですから、
日本が今後こうしたイノベーションの分野で成長を図るというのなら、
特許の取得とそれが利益に繋がるシステムを、
幅広く構築する必要があり、
皆保険制度という縛りの中で、
どのようにしてそうしたイノベーションと、
実際の医療とを結び付けて行くかが、
今後の大きな課題のように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

しん

わかりやすくて参考になりました。
でも、cDNAでなければ、たとえばゲノムをPCRにかけてダイレクトシークエンスするのであれば、特許に抵触しないものなのでしょうかね。
よくわからないな。
by しん (2014-11-13 18:02) 

fujiki

しんさんへ
多分抵触しないと思いますが、
その辺りは良く分かりません。
by fujiki (2014-11-15 08:32) 

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