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クッシング症候群手術後の甲状腺機能亢進症について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ステロイド不足とTSHの分泌刺激.jpg
今年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載された、
ステロイドと甲状腺機能との関連性についての文献です。
大阪大学と名古屋大学の研究者による日本の研究で、
2つの事例に数例の検討を追加した、
こんな言い方はあれですが、
小ネタ程度のものです。

SITSH(TSH不適切分泌症候群)という病態があります。

通常は甲状腺機能を最も正確に示す指標は、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)です。

甲状腺ホルモンが過剰になれば、
その数値は抑制されて下がりますし、
逆に甲状腺ホルモンが不足すれば、
今度は刺激されて増加します。

甲状腺ホルモンの数値自体は正常範囲でも、
TSHが増加していれば、
潜在性甲状腺機能低下症と呼び、
TSHが抑制されていれば、
潜在性甲状腺機能亢進症と呼ぶのは、
TSHこそ最も鋭敏に、
甲状腺機能を反映している、
という考え方があるからです。

ところが…

それが成り立たない病態が、
SITSHです。

SITSHでは、
甲状腺ホルモンの数値が上昇しているのにも関わらず、
TSHは抑制されずに、
むしろ高値を示します。

SITSHの主な原因は、
TSHを産生するタイプの下垂体の腫瘍と、
甲状腺ホルモン抵抗性のある時です。

今回の文献では、
SITSH様の病態が生じる新たなケースとして、
クッシング症候群という、
副腎や下垂体にしこりが出来て、
ステロイドホルモン(糖質コルチコイド)を過剰に産生する病気の、
副腎や下垂体のしこりを摘出する手術後に、
一時的にSITSH様の病態が出現することを、
報告しています。

2つの事例が紹介されています。

事例1は45歳の女性で、
左の副腎の腫瘍によるクッシング症候群のため、
副腎腫瘍の摘出手術を受け、
術後にステロイドホルモンを、
ハイドロコルチゾンで1日30mgから開始し、
手術後18日でその量を15mgに減量したところ、
術後40日の時点で、
遊離T4が2.1ng/dLと上限値を越え、
TSHは2.51μIU/mLと抑制されない状態となりました。

動悸や体重減少も同時に認められ、
顕性の甲状腺機能亢進状態になっていたのです。

勿論バセドウ病はなく、
下垂体腫瘍もなく、
TRHに対するTSHの反応も正常で、
通常のSITSHの原因となる疾患は全て否定されます。

そこで補充されているステロイドホルモンの量を、
15mgから術直後の30mgに増量したところ、
甲状腺ホルモンとTSHの数値は速やかに正常化しました。

事例2は37歳の男性で、
下垂体腫瘍に伴うクッシング症候群(クッシング病)のため、
下垂体の手術を受け、
矢張り術後に1日30mgから、
ハイドロコルチゾンの補充が行なわれています。
下垂体の手術後は、
甲状腺ホルモンの補充も同時に施行されることがありますが、
この事例ではおそらくは甲状腺機能に問題がなかったために、
甲状腺ホルモン剤の補充はされていません。

ステロイドホルモンを20mgに減量して、
術後30日が経過した時点で、
遊離T3が4.5ng/dLと上昇し、
TSHは抑制されない、
SITSHのパターンを示しました。
特に動悸等の症状はなかったため、
10mgまで減量すると、
症状はないものの脈拍数は増加しました。
このため20mgに増加して経過を見たところ、
脈拍は正常化しましたが、
遊離T3は高値が続いていると記載されています。

ここで更に別個に、
9例のクッシング症候群の術後の経過を検討したところ、
そのうちの6例でSITSHのパターンが確認されました。

つまり、
クッシング症候群の手術後に、
それまでは過剰であったステロイドホルモンが急激に低下し、
ステロイドの欠乏状態が一時的に生じると、
通常は問題のない量のステロイドホルモンの補充が行なわれても、
TSHが過剰に分泌される状態が生じ、
それにより甲状腺機能亢進症になるケースがある、
ということです。

何故このような現象が起こるのでしょうか?

ステロイドホルモンには、
視床下部のTRHと、
下垂体のTSHとを抑制する働きがあります。

このため、
クッシング症候群の状態では、
身体は過剰にステロイドを分泌しているので、
TRHとTSHが抑制され、
このため甲状腺は刺激されない状態となります。
従って、甲状腺機能は低下の方向に向かいますが、
通常は顕性の甲状腺機能低下症までには至りません。

そのメカニズムの詳細は分かっていませんが、
1つの可能性として、
2型の脱ヨード酵素の働きに、
ステロイドホルモンが影響を与えるという可能性が、
主に動物実験において指摘されています。

甲状腺ホルモンはその多くが不活性型のT4という形で、
血液中に入り、
それが末梢の脱ヨード酵素の働きによって、
ヨードが1つ外れてT3になり、
このT3が活性型のホルモンになります。

そして、
下垂体や視床下部における脱ヨード酵素は、
2型のタイプのものです。

ここでTSHの局所の調節は、
主に周辺のT3の濃度で決定されます。

つまり、
クッシング症候群やステロイドの治療のように、
ステロイドが過剰な状態においては、
脳の脱ヨード酵素が活性化されるので、
より多くのT4がT3に変換され、
それを感知して身体全身が甲状腺ホルモン過剰と、
視床下部は判断するので、
TRHもTSHも抑制する方向に向かいます。

そこで今度は手術により、
ステロイドの過剰な状態が解除されると、
今度は脳の脱ヨード酵素が抑制されるので、
TRHもTSHも上昇し易い状態となります。

TSHが増加すれば、
当然甲状腺は刺激されて、
甲状腺機能亢進症になります。

甲状腺ホルモンは代謝を高めるホルモンなので、
外部から補充したステロイドホルモンも、
その分解が早まる結果となり、
本来は充分な量であっても、
実際には不足に傾きます。

このため副腎不全になると、
それが脱ヨード酵素を抑制し、
更にTSHが上昇するという悪循環になる、
というのが論文の著者らの、
この現象に対する仮説です。

以下は僕の見解です。

甲状腺ホルモンは基本的に安定したホルモンなので、
脱ヨード酵素の活性が安定していれば、
その量の調節は常に大きな問題は起こりません。

しかし、
ステロイドホルモンが不足した時に、
身体から分泌されるコルチゾールと同等の、
ハイドロコルチゾンでその補充を行なうケースでは、
その代謝は非常に早く、
不安定になり易いので、
その補充量は極端に言えば日々異なり、
適切な補充は非常に困難です。

そして、
このステロイドホルモンと甲状腺ホルモンとは、
脱ヨード酵素の活性を通して、
相互作用を緻密に行なっているので、
一方のバランスが崩れれば、
もう一方のバランスも崩れる結果になるのです。

それがかなり典型的に表面化したのが、
クッシング症候群の術後の事例ですが、
たとえばステロイドの治療後においても、
同様のことは起こる可能性があるので、
これは決して特殊な病気の話ではなく、
甲状腺ホルモンとステロイドホルモンとは、
一体のものとして理解し、
一方の異常が生じれば、
必ずもう一方にも変化が起こる、
という視点を持つことが、
重要ではないかと思いますし、
どちらかの補充療法を行なっていて、
患者さんの体調が改善しないようなケースでは、
常にそうした可能性を考慮して、
病態を見極める必要があるのではないか、
と改めて思いました。

今日は甲状腺ホルモンとステロイドホルモンについての、
ややマニアックな話題でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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