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リチウムの自殺予防効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
リチウムのメタアナリシス.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
リチウムという古典的な気分安定剤の、
気分障碍の患者さんの、
自殺及び自殺企図の予防効果についての論文です。

うつ病や双極性障碍などの気分障碍は、
上記文献にあるアメリカの統計では、
生涯に罹る可能性が31.4%に及ぶ、
というほど多い病気です。

気分障碍には社会生活を送ることが困難になるなど、
多くの生活上の問題がありますが、
そのうちでも深刻なものの1つが、
自殺リスクの増加です。

これも上記の文献にある海外の統計ですが、
気分障碍の患者さんの自殺リスクは、
そうでない方の10倍という高率で、
6%~10%に及ぶ、という記載もあります。

気分障碍には抗うつ剤や気分安定剤、
抗精神病薬などが使用されますが、
その効果はうつ状態の改善などでは、
有効性が確立していますが、
その一方で自殺企図や自殺のリスクを低下させるか、
という点になると、
あまり明確な効果が確認されていないばかりか、
若年者では抗うつ剤により、
むしろ自殺リスクが高まることを、
示唆するような報告もあります。

つまり、
多くの気分障碍の治療薬は、
その治療の大きな目的の1つである、
自殺の予防ということに関しては、
どうもあまり明確に良い効果がある、
とは言えない弱点があるのです。

その中で、
以前より自殺予防効果が報告されているのが、
炭酸リチウムです。

炭酸リチウムとは、
どのような薬でしょうか?

リチウムは原子番号3のアルカリ金属で、
酸化され易いため、
安定形として炭酸イオンと結合したのが炭酸リチウムです。
アルカリ金属として、
最も軽い1価の陽イオンです。

抗精神病薬にしても、
抗うつ薬にしても、
もっと複雑な構造を持つ化合物です。

しかし、
リチウムは端的に言えば、
ただの1価の陽イオンに過ぎません。

それが不思議なことに、
単極性の気分障碍にも、
双極性の気分障碍にも、
場合によっては統合失調症やそれ以外の病気にも、
明瞭な治療効果を示すのですから、
精神というのは興味深い構造物です。

リチウムを始めて躁病の治療に使用した論文は、
1949年にオーストラリアの精神科医、
ジョン・ケード先生によって発表されています。

ケード先生はまずネズミの実験から、
たまたま炭酸リチウムを投与されたネズミが、
数時間に渡りおとなしくなり、
動き回ることを止めたことを観察します。

ケード先生は躁状態を引き起こす物質を、
患者さんの尿から検出する研究をしていたのですが、
動き回るネズミがおとなしくなるなら、
この炭酸リチウムを躁病の患者さんに飲ませれば、
躁状態が改善するのではないか、
と考えました。

そして、
自分でリチウムを飲んでみて、
害のないことを確認すると、
躁病の患者さんにリチウムの製剤を使用し、
躁病を改善させる効果のあることを確認したのです。

これが炭酸リチウム発見の歴史です。

炭酸リチウムは激した感情を和らげ、
双極性障碍に典型的に見られる、
感情の急激な変動を改善します。
抗うつ剤よりマイルドな抗うつ効果があり、
抗精神病薬よりマイルドな、
鎮静作用があります。

ただ、
現在においても、
その作用のメカニズムは、
神経の伝達経路の調整とか、
ノルアドレナリンの放出抑制とセロトニンの合成促進など、
非常に曖昧な形でしか、
明らかになっていはいません。

要するにどうして効くのか、
よく分かっていないのです。

この薬のもう1つの問題は、
治療域が限られていて、
蓄積によるリチウム中毒が起こる、
ということです。
それ以外にも甲状腺の機能異常や尿崩症、
皮膚疾患や不整脈など、
全身のありとあらゆる場所の、
副作用が知られています。
この中には明確に蓄積として起こるものもあり、
そうではないものもあります。

このように、
その作用のメカニズムが不明で、
治療域が限られ、副作用の多い点が、
この薬の欠点です。

ただ、
非常に歴史のある薬で、
どのような副作用が、
どの程度の頻度で生じるのかは、
ほぼ明確になっていて、
血液の薬物濃度も、
健康保険の範囲で簡単に測ることが出来るので、
その意味では、
治療者に充分な知識と経験があり、
患者さんと医療者とのコミュニケーションも、
充分に取れていれば、
決して他剤と比較して、
危険な薬である、
というような言い方は出来ないと思います。

さて、
今日の本題はリチウムの自殺予防効果です。

今回の文献においては、
これまでの48のRCTと呼ばれる厳密なタイプの臨床試験を、
まとめて解析し、
リチウム製剤の使用による、
自殺予防効果を検証しています。

これによると、
リチウム製剤は単極性のうつ病と、
双極性障碍へのいずれの治療においても、
自殺による死亡のリスクを、
偽薬との比較で明瞭に低下させ、
総死亡のリスクも有意に低下させています。
死亡リスクは相対リスクで87%の低下ですから、
これだけ見ると驚くべき効果ですが、
実際には244例中観察期間で自殺による死亡が、
リチウム治療群では0であったのに対して、
偽薬では241例中6例の死病事例があったためで、
ちょっと微妙な面もあります。

リチウムと他の治療薬との直接比較の試験では、
勿論他の治療薬の方が優れている、
と言う結果の試験もありますが、
自殺による死亡という因子での検討では、
殆どの事例で、
リチウムと同等の結果か、
リチウムの方が優れている、
という結果になっています。

今回の結果の1つのポイントは、
双極性障碍のみならず、
単極性のうつ病においても、
自殺予防効果が認められたことで、
うつ病診療において、
よりリチウムの位置付けを、
重症に考えるべきかも知れません。

ただ、自殺企図の予防、
という観点での検討では、
それほど明瞭な差は偽薬との間でも出ていません。

問題行動としての自殺企図と、
自殺の死亡リスクとは、
別個に考えるべきなのかも知れません。

こうした研究は例数も少ないものが多く、
こうしたメタ解析の結果のみで、
即リチウムの効果が確認された、
とまで言えるものではありませんが、
そのマイルドな鎮静効果と併せて、
患者さんの予後を本当に意味で改善する可能性のある薬剤として、
今後再評価の機運が高まるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

MDISATOH

Dr.Ishihara何時も興味深い記事を示して頂いて、誠に有難う御座います。

実は、今回の記事は、双極Ⅰ型障害の当事者として、非常に興味
が有ります。Liの自殺予防効果は以前からエビデンスが有り、ほぼ
確立されていると想います。私の場合、Liに拠る手の振戦と言う副作用が起きて、文字が震えて書けない等、不自由ですが、主治医は、
私が7回も自殺企図をした為に、Liを切らないで、バルプレイトに附加させた、2剤併用維持療法を続けるべきであるとしています。

Dr.の言われる様に、Liの気分障害への効果は、余り飲んでいる事が気に成らないほど自然な、コントロールが可能です。

然し、治療域が狭い事は、副作用が出現する濃度と効果の無い
濃度が近接している事は、約2ヶ月に一度、血中濃度測定をしなければなりませんし、妻は統合失調感情障害(双極型)ですが、Liに拠る腎障害で、旨く使用出来ません。
by MDISATOH (2013-07-06 10:43) 

モカ

石原先生こんにちは。
今回もとても興味深く拝見しました。

リチウムは双極性障害に効くことは知っていましたが、自殺の予防にも役立つのですね。
うまく使って自殺する人が少しでも減るといいなと思いました。
by モカ (2013-07-07 17:08) 

fujiki

MDISATOHさんへ
コメントありがとうございます。
実際にご使用されての感想は、
私にも非常に参考になります。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-07-08 21:59) 

fujiki

モカさんへ
コメントありがとうございます。
リチウムには欠点も多くあるのですが、
特徴的な効果のある薬剤で、
今後より使用法の研究の進歩が待たれるところだと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-07-08 22:04) 

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