高濃度ナトリウム点滴の手術前後での予後改善効果

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプトの点検作業をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。

2008年のSugical Infections誌に掲載された、
侵襲の大きな脊髄の手術中とその直後に、
通常よりずっと高濃度のナトリウムの点滴を使用すると、
その後の患者さんの生命予後が改善した、
という興味深い論文です。

先日ご紹介したNature誌のレターと関連するもので、
それについてのNew England…の解説記事に引用されていたものです。

生理食塩水という言葉は、
お聞きになった方が多いかも知れません。

これは1リットルの水に、
大凡9グラムの塩（塩化ナトリウム）を溶き、
ナトリウム濃度を0.9%にしたもので、
これは実際の血液のナトリウム濃度の1割増しになるので、
ほぼ血液の代用として使用されています。

通常血液より濃いナトリウム濃度の点滴を、
使用することは殆どなく、
そうした製剤も商品化はされていません。

塩分が高度に喪失して生じる、
低ナトリウム血症という病態の時には、
より高ナトリウム濃度の点滴を行なえば、
早期にナトリウム濃度は補正されるので、
一部の教科書にはそうした記載がありますが、
血液とお同レベルの生理食塩水を使用すれば、
時間は掛かっても補正は可能なので、
ナトリウム過多のリスクを考えて、
生理食塩水を使用するのが通例です。

しかし…

海外では1.8~7.5%という、
高ナトリウム濃度の点滴を、
ショックなど身体に侵襲の掛かったような時に、
一時的に使用すると、
その患者さんの予後を改善する可能性がある、
ということが以前から指摘され、
実際にそうした点滴が使用も試みられています。

ショック状態のような時には、
血液は急激に低下しますから、
その保持のために、
通常より濃度の濃い点滴を使用するのは、
何となく合理的のようにも思います。

それ以上に、
動物実験で高ナトリウムの点滴を行なうと、
抗炎症作用や免疫調整作用があるとする、
複数の研究結果が存在しています。

その詳細なメカニズムは長く不明であったのですが、
先日ご紹介しましたように、
今年複数のグループから報告された研究結果により、
インターロイキン17を産生するヘルパーリンパ球の、
分化と活性化が高ナトリウムにより促されることが、
ほぼ実証されています。

上記の論文の発表時点では、
勿論まだそうした知見はなかったのですが、
侵襲の大きな脊髄の手術において、
手術中もしくは術後早期に、
ナトリウム濃度3%の高ナトリウム輸液が、
行なわれた事例と通常の濃度の輸液のみが行なわれた事例とを、
57例ずつ比較して、
その予後を検証しています。

これは患者さんをくじ引きで2つの群に分ける、
というような試験ではなく、
後から事例を解析して、
2つの群をマッチングさせているので、
それほど精度の高いデータとは言えませんが、
命に関わるような重症の事例において、
こうしたデータが取られたことは他にあまり例がなく、
そうした意味では貴重なものです。

高ナトリウム濃度点滴は、
使用群の平均で、
術中に830ミリリットルほど使用されています。
まあそれほど多い量ではなく、
そのため未使用群との間で、
血液のナトリウム濃度に、
有意な差は見られていません。

つまり、
一時的に少しナトリウム濃度を上げた、
という程度のものです。

しかし、
未使用群で重症の感染事例が11例であったのに対して、
使用群での感染事例は3例で、
これは明確で有意な差が付いています。
死亡率も未使用群が12%であったのに対して、
使用群では3%と、
統計的には有意ではないものの、
死亡にも差が付いています。

つまり、
死亡のリスクが高いような時期に、
高ナトリウム濃度の点滴を使用すると、
感染症が抑制され、
死亡リスクも減少する可能性がある、
という結果です。

当時の認識としては、
何となく胡散臭く感じる結果ですが、
今ではナトリウム濃度の上昇が、
ヘルパーリンパ球を介して細菌や真菌に対する、
免疫能を高めることはほぼ実証されているので、
この報告にも一定の真実味が感じられます。

今後もっと実証的な形で、
こうした高度の侵襲時の、
一時的な高濃度ナトリウム点滴の使用は、
検証が行なわれるべきだと思いますし、
臨床的にももっと精度の高いデータが発表されれば、
輸液のトレンドは、
今とは大きく変わるものになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。