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甲状腺ホルモン補充時における甲状腺機能について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺ホルモン使用時のホルモンバランス.jpg
今年のEuropean Journal of Endocrinology誌に掲載された、
甲状腺ホルモン補充時の、
甲状腺機能についての論文です。

これは臨床的には、
おそらくそうだろうな、
というような考えは、
多くの臨床医が持ちつつ治療に当たっていると思うのですが、
あまりまとまった検証は、
これまで行なわれていなかったと思います。

その意味で、
患者さんの甲状腺ホルモンの数値と甲状腺刺激ホルモンの数値を、
後からまとめて解析しただけのものなので、
不充分ではありますが、
臨床的に意義のあるものだと思います。

甲状腺ホルモンには、
T3とT4という2種類があります。
この3とか4というのは、
そのホルモンに含まれるヨードの数で、
T4から脱ヨード酵素によりヨードが1つ外れると、
T3に変換されます。

そして、
甲状腺ホルモンとして作用するのは、
T3のみなのです。

甲状腺からは8割がT4、残りの2割がT3という、
複合した形でホルモンが分泌され、
主体であるT4は、
末梢でヨードが外れてT3に変換されます。

血液のT4の濃度が一定レベル以上になると、
それを下垂体が感知して、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)は抑制され、
それにより甲状腺は刺激をされなくなるので、
ホルモンの産生も抑えられ、
このようにして、
血液中の甲状腺ホルモンは、
常に一定の範囲に保たれる、
という仕組みです。

つまり、
視床下部や下垂体の機能が正常である、
という条件の下では、
TSHが正常範囲で測定されれば、
甲状腺機能が正常である、
と言ってそう間違いはない、
ということになります。

ただし…

甲状腺機能低下症で治療中であったり、
甲状腺を切除する手術を行なったような場合には、
外部から甲状腺ホルモンを補充する必要があります。

この場合専ら使用されているのは、
T4の製剤です。
チラーヂンSという商品名のものがそれです。

この外部からもたらされたT4は、
身体の中で脱ヨード酵素の働きにより、
部分的にT3に変換され、
その作用を現わします。

従って、
基本的には外部からT4を補充しても、
自前の甲状腺からホルモンが出ているのと、
同じようにTSHは反応する筈です。

しかし、
外部からの補充では、
同じようにはTSHは反応しないのではないか、
という意見があり、
実際にそうしたデータも発表されています。

仮に身体の甲状腺ホルモンの充足状態が、
外部からのホルモン剤の補充時には、
血液中のTSHの測定で、
適切に判断出来ないとすれば、
その判断のための別個の基準が必要だ、
ということになります。

こうした不明確な点をより明らかにするため、
今回の研究においては、
ドイツにおいて、
これまでの甲状腺疾患の治療における、
1994名の患者さんのデータを活用して、
甲状腺ホルモン使用時と、
そうでない時との、
患者さんの甲状腺機能の調節状態を、
特にホルモン値と甲状腺刺激ホルモン値との関係に注目して、
検証しています。

その結果…

甲状腺ホルモン剤未使用時と比較して、
外部からホルモン剤(T4製剤)を使用した状態においては、
血液中のT3濃度を正常に維持するために、
血液中のT4が正常より高めになり、
甲状腺刺激ホルモンも正常より抑制された状態になることが、
必要となることが分かりました。

この関係は補充するホルモン剤の量が多いほど、
顕著に見られることが確認されています。

脱ヨード酵素の活性は、
TSHと相関していますが、
その相関はホルモンを外部から補充している患者さんでは、
明瞭ではなくなります。

要するに、
自前の甲状腺が正常に機能している状態では、
TSHの刺激により、
甲状腺内の脱ヨード酵素の活性も高まるので、
T4がT3にどしどし変換されるのですが、
たとえば甲状腺を切除して、
ホルモンを補充している状態では、
肝臓や筋肉、腎臓などにある、
末梢の脱ヨード酵素に頼らないといけない上に、
末梢の酵素はTSHに反応し難いので、
活性型のホルモンの上昇が、
充分に起こらないのです。

一方で下垂体においては、
脱ヨード酵素の活性が、
全身より亢進しているので、
下垂体の局所において、
末梢より多くのT3が産生され、
局所の甲状腺機能は正常に保たれ、
血液中のT4に反応して、
TSHは全身の活性型のホルモンは不足していても、
足りていると感知して抑制されてしまいます。
それが更に末梢の脱ヨード活性を低下させる、
という悪循環です。
(上記の文献では概ねそのような記載ですが、
脳室付近のT3産生亢進により、
視床下部のTRHが抑制されて、
それがTSHを過剰に抑制させることに繋がる、
というような記載も別個に見られます)

要するに、
中枢と末梢の甲状腺機能の乖離が起こっているのです。

脱ヨード酵素には2種類が臓器により別個の分布をしていて、
それがこうした乖離に関わりのある可能性もあります。

通常の甲状腺機能低下症においては、
今まで通りTSHを指標として、
甲状腺ホルモンの補充量の調節を行なっても、
大きな問題はないと考えられます。

実際の甲状腺機能の状態と、
TSHの数値との間に、
若干の乖離があっても、
臨床的にはそれは大きな問題にはならない、
と考えられるからです。

ただ、
末梢における脱ヨード酵素の活性が、
一定レベル以上低下している、
というようなケースでは、
よりその乖離が顕著になるので、
TSHが抑制されるくらいの量まで補充量を増やさないと、
患者さんの甲状腺機能は正常にはならない、
というケースも想定されます。
TSHの抑制により脱ヨード酵素の活性も抑えられますから、
それでも不充分なケースも想定されます。

甲状腺の組織が、
その患者さんでどれだけ残存しているか、
という条件の違いによっても、
また状況は変わります。

そのため、
上記文献においては、
個別の患者さんにおいて、
末梢の脱ヨード酵素活性に応じた、
よりきめ細かい対応が必要ではないか、
という見解が述べられています。

多くの甲状腺機能低下症の患者さんにおいて、
特に甲状腺切除後のように、
外部からのホルモン剤の補充に、
その甲状腺ホルモンの多くを依存している患者さんにおいては、
身体のホルモン環境を安定させるために、
どの程度のホルモン剤の補充を行なうべきか、
というのは重要な問題です。

ただ、
現状は割と大雑把にその量は決められていて、
患者さんが、
「どうも今の量では身体にホルモンが足りていない気がする」
というようなご訴えをしても、
「TSHが正常だから問題ない」
とか、
「150μg使っているから足りないことは有り得ない」
とように即断して、
量の微調節などは意味のないこととして、
行なわないことが殆どです。

しかし、
実際には補充されているのはT4で、
身体で活性のあるホルモンはT3ですから、
補充されたホルモンが十全に働くには、
脱ヨード酵素の活性が、
正常に働いていることに加えて、
脳下垂体と末梢の酵素活性に、
乖離のないことがその条件ということになり、
そうした機能を簡単に測定することは出来ないのですから、
一定量のホルモン剤を使用しているからと言って、
それが十全に機能しているという保証は、
何処にもないということになります。

以前にはこうした点を考慮して、
T3製剤を組み合わせて使用したり、
脱ヨード酵素活性に影響を与えるステロイドを使用したりして、
より微妙な調節を試みた歴史もありますが、
T3製剤は活性型のホルモンなので、
過剰になると直接人体に影響を与えるリスクがあり、
その調節も難しいことや、
比較の臨床試験でその効果が否定されたことから、
T4製剤のみの使用が原則となっています。

ただ、昨年の専門誌にも、
T3とT4との併用療法が、
患者さんによっては有効なケースがある、
との報告が掲載されていて、
個別のケースにおいては、
検討に値するのではないかと思います。

甲状腺ホルモンの補充療法というのは、
一定量を使用してTSHの数値を見ればそれでOKというように、
単純に考えられがちですが、
僕が以前師事していた甲状腺専門の教授も、
常日頃病態によってTSHのセットポイントが変わるので、
それに即応した治療が必要だ、
と言われていて、
今更ながらにその慧眼に脱帽する思いがしますし、
個人的にもそうした眼を持って、
患者さんの病態の把握に当たりたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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雪

以前甲状腺ホルモンに関して質問させていただいた雪です。今回のお話も非常に勉強になります。
私は橋本病で内分泌内科に通っていましたが、数値が安定しているから問題ないと言われ、次回から近医に紹介になりました。しかし実は体調は全く安定せず心臓に異常を感じていますが、医師に気のせいと言われてしまうので、自分で人体実験しています。
サンド50を飲んでいた時と、25に減らして一ヶ月半経過後で、TSH、FT3、FT4の数値の変化がほとんどありませんでした。これをどう捉えればよいのか結論は出ていません。体調がよくなった感じはしませんが、現在12.5に減らして実験中です。いずれは薬を全く飲まずに実験したいと思っています。
橋本病ですが、もしまだ正常な甲状腺が残っていれば、薬を飲まなくて済むようになる可能性はあるのでしょうか?
以前は昆布や海苔を毎日食べていましたが、橋本病発覚後は海藻を一切食べていません。その効果があれば甲状腺機能がよくなっている可能性もあるかと考えています。
by (2013-06-18 21:07) 

fujiki

雪さんへ
多分甲状腺機能低下の程度にもよると思います。
甲状腺ホルモン自体は、
非常に安全性の高い処方ですので、
中止されることに、
拘る必要はないように思います。
ただ、もちろん機能が安定していれば、
中止は可能だと思います。
by fujiki (2013-06-19 08:31) 

雪

お忙しいところお答えいただきましてありがとうございます。体調をみながら適切な量を見極められたらと思っています。
by (2013-06-19 10:52) 

しらす

はじめまして。
アメーバブログの甲状腺コミュニティでこちらの記事をご紹介をしていまして拝見させて頂きました。
私は27歳で甲状腺機能低下症と多発結節性甲状腺腺腫と診断されて5年目になります。

今はレボチロキシン100㎎チロナミン10㎎を服用してます。
薬を服用する前の数値はTSH 0.91 FT4 0.82
FT3 2.43
薬を服用してからはTSH 0.13 FT4 0.80
FT3 2.84 ←薬を増やしてもTSHが0.015
FT4 FT3正常値低めか正常値以下
となってます。(読みづらいですね。すみません。)

今まで甲状腺機能低下ではFT4FT3が低い場合TSHは高い数値になると認識していました。なので私の検査↑に少し疑問を感じていました。下垂体機能低下の可能性はあるのかなとも思った事もありましたが、通院している病院で何も言われないので体調が悪くても仕方ない、実際私のこの数値では薬の飲み過ぎなのでしょうか?双子の姉が甲状腺癌でしたので私のピンポン玉大の腺腫を小さくするために飲んで下さいと言われています。以前薬を減らしたら余計に体調、数値が悪くなったので薬を減らすのは辛いのですが、最近頭がぼーっとする、というか集中力が落ちて仕事に支障が出てしまっているので辛いです。
下垂体機能低下症の診断は普通の甲状腺検査でわかるのでしょうか?

お忙しい中、読みづらく長文で申し訳ありません。

by しらす (2013-06-20 23:18) 

fujiki

しらすさんへ
一般論から言えば、
TSHは正常かむしろやや低めですから、
原発性の甲状腺機能低下症は、
考え難いように思います。
僕は個人的にはF-T3とF-T4の数値はあまり信用していなくて、
総T3と総T4及びTBGとTSHで、
評価するようにしています。
ただ、保険上の問題があるので、
いつもそうしている訳ではありません。
FT4のみ若干低下するような数値になることは、
しばしばあることなので、
1回そうした数値が出たからと言って、
甲状腺機能低下症と即断は出来ないように思います。

もう一度主治医の先生に、
甲状腺機能低下症のご診断の根拠を、
お聞きしてみた方が良いかも知れません。

文面から判断する限り、
TSHを抑制して、
甲状腺のしこりを大きくしないために、
使用している可能性の方が高そうにも思います。

下垂体性の甲状腺機能低下症は、
疑えばTRH負荷テストを行なわないと、
判断は困難だと思います。

ただ、どちらかと言えば、
はっきりした甲状腺機能低下症は、
ない可能性の方が高いのではないかと思います。

だるさがお強いのであれば、
副腎不全の有無も、
一応チェックしておいた方が良いように思います。

ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2013-06-21 08:40) 

しらす


石原様、携帯の調子が悪くて今こちらを拝見出来ました。お忙しい中お答え頂いたきありがとうございます。また返信が遅くなり申し訳ありませんでした。

つい先日便秘薬がひどく、通院している病院とは別の内科での血液検査で血清補体価(C3C4)が低下していると言われました。
関係しているのかわからないですけど
体の怠さが改善されれば嬉しいです。

通院している先生には質問しましたが、病院変えますか?と言われてしまい(質問が悪かったのかもしれませんが)また診察もあまり時間をとられていないので、質問出来ずにいました。
次の診察では聞いてみようと思います。

わかりやすく、丁寧なお答え
本当にありがとうございました!
by しらす (2013-06-26 23:28) 

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