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高齢者の低ナトリウム血症と塩分管理について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプト作業をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は昨日の塩分摂取量の話に関連して、
特に高齢者における、
塩分と薬剤の管理の問題を僕なりに考えます。

以前のブログ記事において、
MRHE(鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症)
という病態についてご紹介しました。

こちらです。
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2009-12-24
この記事とダブる部分がありますが、
最近も同様の事例を、
患者さんのご家族からお聞きしたので、
まずそちらをご紹介します。

患者さんは80代の女性で、
身長は140センチほどで、
体重も30キロ代の前半です。
つまり、かなりお痩せになっている方です。
腎機能の低下はなく、
軽度の心機能の低下を認めました。

高血圧を指摘され、
まずテルミサルタン(商品名ミカルディス)
というアンジオテンシン受容体拮抗薬という区分の、
降圧剤が使用されました。
使用量は1日40mgです。
しかし、患者さんの血圧は変動が激しく、
特に朝は高い数値を示したので、
トリクロロメチアジド(商品名フルイトランなど)
という利尿剤がそこに追加されました。
使用量は1日2mgという少量で、
この併用には相乗的な作用があるとして、
難治性の高血圧では推奨されている組み合わせです。

ミコンビという名前で、
ほぼ同じ組み合わせの合剤も出ています。

それから一ヶ月ほどして、
患者さんの様態が悪化します。

ふらつきと吐き気と強い腹痛が繰り返され、
食事が摂れなくなって、
言動もおかしくなります。

救急搬送された病院で、
通常は140くらいの血液のナトリウム濃度が、
110と高度に低下していることが分かりました。

つまり、
高度の低ナトリウム血症になっていたのです。

何故こんなことが起こったのでしょうか?

利尿剤はおしっこの量を増やし、
通常より多くのナトリウムを、
おしっこに排泄させる薬です。

アンジオテンシン受容体拮抗薬は、
レニン・アンジオテンシン系という、
身体の水分や塩分を、
維持する働きをするシステムを抑制して、
そればかりではありませんが、
結果としてアルドステロンというホルモンの働きを弱めます。

このアルドステロンは、
腎臓でナトリウムの保持に働いているので、
この薬もおしっこにナトリウムを、
排泄させる方向に働きます。

つまり、
この両者を併用することで、
強力にナトリウムが排泄され、
身体はナトリウム不足になり易くなります。

通常の高血圧の状態では、
レニン・アンジオテンシン系と呼ばれる、
ナトリウムと水を保持するためのシステムは、
どちらかと言えば亢進した状態にあり、
身体は過剰にナトリウムを保持しています。

従って、
薬を使ってその働きを弱めることは、
理屈に合っているのですが、
80歳以上で痩せ形の高齢者では、
身体は脱水に傾いていて、
ナトリウム量も少ないことが多いのです。

そうした方に強力に利尿を掛け、
ナトリウムを保持する働きをブロックすることは、
重篤な低ナトリウム血症を、
引き起こす可能性が高いのです。

そんな訳で僕は個人的には、
80歳を超える高齢者に、
原則としてレニン・アンジオテンシン系の抑制剤と、
利尿剤との併用はしていません。

ただし…

これはその患者さんに、
一定レベル以上の心不全や腎不全のない場合の話です。
ある程度以上の心不全や腎不全があると、
話はまた複雑になります。

まず心不全についてですが、
高齢者では大なり小なり心臓の機能も低下します。

心臓は一種の血液ポンプですから、
ポンプの機能が低下した状態では、
必然的に有効に活用出来る血液の量は減ります。

この状態においては従って、
通常の量の水分や塩分でも、
その人の弱った心臓にとっては過剰となり、
実際にはポンプ機能の低下によって、
排泄される塩分や水分の量も減るので、
通常より多くの塩分が蓄積します。

こうした状態においては、
利尿剤やACE阻害剤、アンジオテンシン受容体拮抗薬の使用は、
理に適っていますし、
通常ある程度の量を使用しても、
脱水になることはあっても、
滅多に薬剤の効果による低ナトリウム血症にはなりません。

心不全の患者さんで低ナトリウム血症になるのは、
通常は心不全が悪化した場合のことで、
この場合の低ナトリウム血症は、
利尿剤などの使用により、
むしろ改善に向かいます。

従って、
一定レベルの心不全のある方に関しては、
慎重に使用すれば、
利尿剤もアンジオテンシン受容体拮抗薬も、
その両者の併用も、
メリットの方が大きな治療になります。

ただし、
そうは言っても高齢者では、
腎臓においてナトリウムを保持する働きが、
弱くなっていることは事実で、
一旦脱水と塩分欠乏に身体が傾くと、
最初の事例のようなことが、
心不全の患者さんでも起こることが皆無ではありません。

個人的には80歳以上の高齢者では、
心不全があっても、
原則として塩分制限は行なわず、
少量の利尿剤を使いながら、
それを塩分制限の代用として考える方が、
うまくゆくのではないか、
と思っていますし、
経験的にはその方が、
患者さんの状態を悪くしないように思います。

次に腎不全についてですが、
これも一定レベル以上腎機能が低下すると、
今度はナトリウムを排泄する力が落ちるので、
特殊な病態を除いては、
ナトリウムの喪失から、
低ナトリウム血症を来すようなことは少なくなり、
減塩が明確に治療的な意味を持ちます。

利尿剤はむしろ腎機能を悪化させますから、
腎機能が低下した状態においては、
減塩がその悪化を防ぐには必須ですが、
患者さんにとってはかなり過酷です。

このように一口に塩分の管理と言っても、
患者さんの状態により一律には言い難く、
特に腎機能が正常の痩せ形の高齢者において、
利尿剤とナトリウムの排泄に働く薬の併用や、
厳しい塩分制限を課すことは、
急激で重篤な低ナトリウム血症を招くリスクがあるということに、
常に注意を払う必要があるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
コメントでご指摘を受け、
一部表現を改めました。
(2013年4月5日修正)
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コメント 2

長谷川

はじめまして、こんばんわ
指圧師をしています長谷川と申します。
臨床の話は難しいですが、わかる範囲で拝見しています。
英語が読めないので、興味ある内容の論文が取り上げられるとちょっと嬉しいです。

気付いたので一応お知らせします。
文中、
「このアルドステロンは、
腎臓でナトリウムの排泄に働いているので、」
とありますが、再吸収かと思われます。
余計かもしれませんが…。
(このコメント、削除頂いて結構です)

とても丁寧な思考と解説をされるので、好きです。
たまに書かれる随筆の感性と文体も好きで、密かに楽しみにしていたりします。


by 長谷川 (2013-04-05 22:25) 

fujiki

長谷川さんへ
ご指摘ありがとうございます。
取り急ぎ修正しました。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-04-05 22:52) 

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