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抗癌剤の二次発癌によるRAS変異白血病の発症について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は石原が整形外科受診のため、
午後の外来は3時半で受け付け終了とさせて頂きます。
受診予定の方はご注意下さい。
ご迷惑をお掛けして、
申し訳ありません。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
BRAF阻害剤の二次発癌.jpg
the New England Journal of Medicine誌に今月掲載された、
抗癌剤の二次発癌についての報告記事です。

この話題については、
以前にも記事にしています。

悪性黒色腫(melanoma)は最も悪性度の高い皮膚癌で、
皮膚以外に食道の粘膜などにも発症します。
特に転移を伴う悪性黒色腫は、
予後の悪い癌として知られています。

転移性の悪性黒色腫の治療には、
比較的古い抗癌剤である、
ダカルバジンという薬が、
手術後の化学療法として使用されていますが、
その効果は必ずしも充分なものとは言えませんでした。

転移性の悪性黒色腫の半数には、
細胞の増殖のシグナルに係わる、
BRAFという遺伝子の変異が認められ、
それが癌の増殖に重要な役割を果たしている、
と考えられています。

この変異をBRAFV600Eと呼んでいます。
この変異のある癌においては、
このシグナルを阻害する、
BRAF阻害剤が治療効果のあることが期待され、
そうして開発された選択的BRAF阻害剤が、
Vemurafenib です。

この薬は臨床試験の段階で、
これまでの抗癌剤を上回る効果が確認されましたが、
その一方で臨床試験の段階で、
1つの問題点が浮上しました。

それは、この抗癌剤を使用した患者さんで、
使用後に高率に他のタイプの皮膚癌が発症する、という事実です。

それは扁平上皮癌やケラトアカントーマと呼ばれる癌ですが、
この抗癌剤を使用した患者さんの、
15~30%という高率で発症しているのです。

勿論その予後から考えれば、
悪性黒色腫の方が遥かに悪いので、
治療の効果が否定されるというものではないのですが、
これだけの高率で、
抗癌剤の治療によって別の癌が誘発されるのですから、
そのメカニズムの検証なしに、
この薬を使用する訳にはいきません。

しかも、誘発癌の発症は、
抗癌剤の使用から、
数週間から数か月という、
非常に短期間で生じているのです。
これは直接的に発癌に繋がるステップが、
強力に促進されていることを示しています。

そのメカニズムは、
果たしてどのようなものなのでしょうか?

そこで、
実際にこの抗癌剤の使用後に、
二次発癌を来した患者さんの遺伝子を検査し、
動物の発癌実験とも組み合わせて、
二次発癌のメカニズムが検証されました。

その結果…

二次発癌を来した患者さんの6割に、
KRASという別の増殖シグナルに係わる遺伝子の変異が見付かり、
この変異のあるネズミに、
BRAF阻害剤を使用すると、
通常とは別個の経路において、
細胞の増殖シグナルが、
異常に刺激されて発癌に結び付く可能性が高いことが、
示唆されたのです。

こちらをご覧下さい。
BRAF阻害剤と発癌の図.jpg
これは論文自体ではなく、
論文の掲載された雑誌に載せられた、
解説から引用したものですが、
現時点で推測される、
BRAF阻害剤による抗癌作用の仕組みと、
それによる二次発癌のメカニズムを図示したものです。

まだ仮説の段階の話ですし、
複雑怪奇なので、
ここでこの図の細かい解説はしません。

簡単にアウトラインだけお話しますと、
何も遺伝子変異のない状態では、
一番左の図に書かれているように、
細胞の増殖を刺激する物質が、
細胞表面の受容体にくっつくと、
それがRASという蛋白質を活性化させ、
それが一連の物質を、
ドミノ倒しのように連鎖的に活性化することにより、
最終的にMAPKの活性化から、
細胞の増殖の指令が伝達されます。
細胞の増殖は、
RASが活性化されるかどうかで、
基本的には調節され、
勿論必要に応じて刺激されたり抑制されたりします。

ここでRASの下流にBRAFと呼ばれる蛋白があり、
これがRASに2量体の形で結合します。
このBRAFにたった1つの遺伝子の変異があると、
RASが活性化されないのに、
勝手にBRAFが活性化してしまい、
増殖のシグナルが暴走して、
発癌に至ります。

これが悪性黒色腫の発癌のメカニズムの1つであると、
考えられているのです。

そこで、このBRAFの暴走を抑制するために、
変異型のBRAFのみを阻害する薬が開発されたのです。
それが、BRAF阻害剤です。

ところが、
大元のRASに変異がある個体では、
変異したRASの信号は、
BRAFではなく、
CRAFという別の蛋白質を活性化させ、
そこにBRAF阻害剤と結合した変異型のBRAFが結合すると、
今度はより強力に、
増殖のシグナルを下流に送ってしまうのです。

これが、
BRAF阻害剤によって、
悪性黒色腫の進展が食い止められても、
別個の発癌が生じるメカニズムだと、
考えられています。

これまでに見付かったBRAF阻害剤による二次発癌は、
表皮由来の癌で、
それ以外のものの報告はありませんでした。

それが今回の文献においては、
76歳の進行した悪性黒色腫の患者さんに対して、
BRAFV600Kという変異があり、
RASの変異はないことを確認した上で、
BRAF阻害剤であるvemurafenibを使用したところ、
投与11日後に白血球の数が8万を超えるまでに著増し、
抗癌剤の中断によりその数は減少したのです。
精査の結果、
RASの変異を伴う慢性骨髄単球性白血病と診断されました。

白血病の素因自体は元からあった訳ですが、
それがBRAF阻害剤の使用により、
急激に悪化し発病したのです。

ただ、この患者さんの場合、
気管支に悪性黒色腫の転移巣があり、
それによる呼吸困難等の症状が、
抗癌剤の使用により短期間で著明に改善したため、
量を減量した間欠的なBRF阻害剤の使用を、
白血球数をチェックしながら行なっている、
というところまで記載されています。

BRF阻害剤による二次発癌の対策として、
予めRASの変異があるかどうかを調べておき、
BRAFの変異があってRASの変異のない方にのみ、
BRAF阻害剤を使用する、
という考え方があります。

しかし、
今回の事例では腫瘍組織にはRASの変異はなかったのですが、
白血球細胞には変異があったのです。

抗癌剤、特に特定の分子をターゲットとした、
所謂分子標的薬は、
他の治療で充分な効果の望めない、
悪性度の高い癌の患者さんにとって、
多くの可能性を秘めた治療の武器です。
特定の遺伝子の変異を持つ人だけに、
効果があるというその性質から、
今までの「細胞毒」のような抗癌剤よりも、
その副作用も少ないことが期待されます。

ただ、細胞の増殖に至る伝達系というのは、
非常に複雑で未解明の部分もあり、
ある癌に対して有効な治療が、
他の癌を誘発してしまうような作用が、
起こり得るのです。

科学の進歩は発癌のメカニズムの、
かなりの根幹まで迫っていることは事実で、
今後も多くの進歩があり、
多くの新薬が発売されることになるでしょうが、
優れた抗癌剤というのは、
諸刃の剣の部分があるということを、
僕達はもう一度改めて認識し直す必要があるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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