SSブログ

ウィーン国立歌劇場来日公演「サロメ」 [オペラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はウィークデイですが趣味の話題です。

今日はこちら。
サロメ.jpg
ウィーン国立歌劇場の来日公演が、
現在開催中です。

初日のシュトラウスの「サロメ」を聴いて来ましたが、
非常に緊張感のある素晴らしい舞台で、
疲れていたので、
集中は途中で残念ながら弛みましたが、
聴いて良かったと心から思える作品でした。

最近シュトラウスが耳に馴染んで、
ちょっとした歌曲も良いですし、
オペラも一番聴きたいと、
言っても間違いではないくらいに、
気に入っています。

ただ、納得のゆくような上演は、
滅多にありません。

シュトラウスは最後の古典的なオペラ作者ですが、
ワイルドの原作を作曲者自らオペラ台本化したこの作品は、
当時の「前衛」です。

1幕で100分余の上演時間は、
オペラとしては短いものですが、
登場人物も少なく、
これといった動きにも乏しいので、
短い割に集中して全曲を聴くのはきつい作品です。

また、
サロメ役は妖艶な美少女の設定で、
ベールを1枚ずつ脱ぎ捨てるという踊りを踊り、
最後は自分が命じて処刑した、
預言者の生首に接吻するのですから、
並みのオペラ歌手に勤まる役柄ではなく、
また声楽的に見ても、
ワーグナーの役柄に匹敵するくらいの、
馬力と繊細さの両方が必要になります。

この作品のサロメは、
踊りの場面を含めて、
自分が歌わないで何かを表現する、
というパートがオペラとしては多いのですが、
それが成功しているという上演を聴くことは極めて稀で、
とても美少女には見えない、
恰幅の良いおばさんサロメが、
壮大な音楽の鳴り響く中、
何をするでもなく手持無沙汰でうろうろしている、
という印象の作品になっていることが殆どです。

ベールを脱ぎ捨てる踊りは、
最後の一瞬は全裸にならないといけないのですが、
身体に自信のある歌手であれば、
たまにそうなることもありますが、
こちらも恰幅の良いおばさんサロメの、
ヌードを目にしたくはありませんし、
多くの上演では、
全裸にはならずに控え目に下着めいた姿か、
最後のべールをちらと持ち上げただけで、
終わりになるのが通例です。

歌手はダンサーではないので、
踊りと言ってもそれほどのものではなく、
ちょっと腰を振ったり、
ベールを翻したりする程度のものです。
ただ、曲が非常に重々しいので、
その中で貧弱な踊りが延々と続くのは、
かなり辛いのです。
踊らない演出、というのもありましたが、
それはそれでサロメがうろうろしているだけなので、
別の意味で退屈です。

これまでサロメを8回くらいは生で聴いていますが、
正直ベールの踊りで眠くならなかったことはなく、
それは今回の上演でも同じでした。

ただ、それ以外の場面は非常に見事で緊密に構成されていましたし、
サロメの歌唱と演技も素晴らしく、
これまでの生で聴いたサロメの中では、
間違いなく今回がベストでしたし、
「サロメ」という作品の本質は、
演出を含めて、
これを決定版として、
基本的には良いのではないか、
とすら思いました。

演出は非常に古いプロダクションです。

初演は1972年でベーム指揮の名演とされているものです。

セットはクリムトの絵画をベースにしたデザインで、
構図には有名なビアズリーの挿絵が活かされています。
幻想的で非常に美しいセットで、
こうした古い演出は馬鹿にするマニアの方もいますが、
僕はこのサロメに関しては、
これ以上のものは、
まず考えられないと思います。

キャストは基本的にドイツ語圏のネイティブで固められていて、
これが大きなポイントです。

今年はドイツ歌曲のリサイタルが多くありましたが、
矢張りドイツ語の硬質な語感は、
ドイツ語ネイティブの歌手でないと、
出せるものではないな、
というのが正直な実感です。

特にシュトラウスは、
ネイティブの優れた歌手が歌うと、
そうでない場合とは雲泥の差で、
表現しているものの質が、
基本的にまるで違うのです。

サロメ役のバークミンというドイツのソプラノは、
写真を見るといかついおばさんで、
こりゃ駄目だ、
と思ったのですが、
舞台上の姿は、
まあまあビジュアル的にもサロメになっていて、
そのワーグナーのヒロインも、
充分いけそうな強靭な声に、
繊細なニュアンスも兼ね備え、
何よりその表現力が豊かで的確です。

オペラの演技というのは、
基本的には歌のニュアンスに従属する形で良いのですが、
シュトラウスの「サロメ」のような作品の場合、
サロメの感情の揺らぎのようなものが、
彼女の歌の間にある音楽の中に、
極めて繊細かつ能弁に語られているので、
その音楽に歌手の身体を一致させる必要があるのです。

たとえば、
前半で預言者のヨカナーンに、
接吻を求めて拒絶された後、
サロメは1人舞台に残され、
母親と義父のヘロデ王が入場するまで、
結構長い間奏のパートがあります。

普通の上演では、
この間奏部の音楽と、
サロメの身体とが一致することなく、
サロメの存在がただの邪魔に見えてしまうのですが、
今回の上演では、
バークミンは見事にその余白を埋めていて、
雄弁な音楽と語らっているように見えます。

こうした表現は、
もっと短い時間の、
ちょっとした歌の合間にもあって、
彼女の情念の持続が、
鮮やかに音楽と一体化して、
舞台を綺麗に埋めていたのです。

こんなサロメは初めてでした。

勿論それを盛りたてたのは、
ウィーン国立歌劇場オケの表現力で、
「恋のモチーフ」が、
これほどまでに強烈かつ繊細に響き渡ったのは、
少なくとも僕は初めて聴きました。
それだけでもワクワクすることでしたし、
衝撃的な経験でした。

僕の大好きな指揮者のウェザーメストが降板し、
ペーター・シュナイダーに代わったのは失望しましたが、
僕はメストの音造りを、
シュナイダーは今回はなぞるような仕事をしていると、
感じましたし、
充分水準以上の仕事を、
してくれたように思います。

どなたにもお勧め出来る、
というようなものではありませんが、
本物のサロメを聴きたい方には、
それに適う稀有の機会だということは、
断言しても良いのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(31)  コメント(7)  トラックバック(0) 

nice! 31

コメント 7

yuuri37

きっと、神様からのプレゼントですね。
こんな出会いをすると幸せ♡ 優しい気持ちになれて、みんな生きていることに感謝できるのに・・・
by yuuri37 (2012-10-17 14:07) 

今野祥山

以前から気に成っていることが有り、先生に一度取り上げてもらいたいテーマが有ります。
年間3万人の自殺者の内、2万人がうつ病患者だと言う事を聞いたことが有りますが、うつ病ゆえの辛さからの自発的な自殺では無く抗うつ剤による薬害ではないかと考えています。
ある種の抗うつ剤の使用許可が下りて使用量が増えると同時に自殺者の人数が同じカーブで増えているグラフを見たことが有ります。
薬害云々よりも遺族は自分が至らなかった為だと必要以上に自分を責めて生きながらの地獄を味わっている人達が大勢居られます。
勿論、経済的に追い詰められ本人の気の弱さから死を選んだ人も居ると思いますが、抗うつ剤と自殺の因果関係が気になって仕方がありません。
by 今野祥山 (2012-10-17 14:45) 

fujiki

yuuri37さんへ
コメントありがとうございます。
もうちょっと頑張れそうです。
by fujiki (2012-10-17 22:31) 

fujiki

今野祥山さんへ
コメントありがとうございます。
これは難しい問題で、
状態の悪い方に、
それだけ多くのお薬が使用される、
ということもあるので、
なかなか予後の悪化のどの部分が、
薬によるものの可能性が高いのか、
と言う点については、
クリアな結果は得られないと思います。
個人的には全ての抗うつ剤の治療が、
自殺企図と関連がある、
ということではなく、
適切に使用される抗うつ剤には、
予後を改善する効果があるのですが、
主に不必要な投薬や、
合わない薬の無理な継続により、
不幸な転帰に結び付く事例があるように思います。

論文は色々とあり、
以前にも何度か取り上げたことがありますが、
非常に微妙な問題で、
実際にそうしたお薬をお飲みになっている多くの患者さんに、
不用意なご不安を与えることになっては良くない、
という考えから、
最近はあまり取り上げてはいません。
こうしたデータはかなり一方的なものが多く、
その真偽はともかくとして、
公正なものとは言い難い部分があるように思います。
by fujiki (2012-10-17 22:40) 

職歴書

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
by 職歴書 (2012-10-24 05:24) 

MDISATOH

Dr.Ishihara SSRI等の抗うつ薬の処方に依り副作用として特に双極性障害患者に処方された場合、Activation syndrome等躁転の危険性が指摘されており、自殺企図の可能性も考えられます。抗うつ薬投与に依って自殺率は下がるかと言うと統計的には殆ど自殺率を低下させてはいません、単極性うつ病には有効な抗うつ薬も判別診断が難しい双極性障害には寧ろ副作用は強いと思われるので、Dr.は慎重に投与しなければならないと思います。A.S.は決して若年層だけに出現するものではないと思います。
by MDISATOH (2012-10-28 10:36) 

fujiki

MDISATOHさんへ
ご指摘ありがとうございます。
慎重な使用を心掛けたいと思いますし、
そうした点に配慮した記事を、
不充分な点は多々あると思いますが、
心掛けたいと思います。
by fujiki (2012-10-28 21:01) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0