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抗ウイルス剤による脳症の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
バルトレックスの脳症.jpg
2002年のカナダの医学誌の記事で、
バラシクロビル(商品名バルトレックスなど)による、
精神神経症状の副作用についての文献です。
10年以上前の古い資料ですが、
今の時点で検索しても、
これ以上にまとまったものはあまりなく、
新しい知見もあまりないようです。

アシクロビル(商品名ゾビラックスなど)と、
バラシクロビルは、
ヘルペスウイルスに対する抗ウイルス剤です。

バラシクロビルは人間の体内で、
アシクロビルに変換されて効力を示すので、
その効果の持続などに違いがあるだけで、
基本的には同じ薬効の薬です。

ヘルペスによる性器感染症や水疱瘡、
その再活性化で起る帯状疱疹などが、
その主な適応疾患です。

この薬は基本的には安全性の高い薬で、
その使用も通常は短期間なので、
大きな問題は少ないのですが、
腎毒性とアシクロビル脳症とも言われる、
特有の脳障害が問題になります。

事例を1つお示しします。

症例は65歳の男性で、
糖尿病と糖尿病性腎症で治療中です。

血液の腎機能を示すクレアチニンという数値は、
2.0mg/dlと上昇していて、
クレアチニンクリアランスという腎機能の指標は、
25ml/minと、慢性腎疾患のステージ4という状態です。

この患者さんが帯状疱疹に罹患し、
バラシクロビルが使用されます。
使用量は通常が1日3000mgのところ、
腎機能が低下しているので減量し、
1日2000mgで使用されました。

バラシクロビルが使用されて2日後に、
患者さんは錯乱状態で病院を受診しました。
奥さんの話では、
誰もいない部屋に誰かがいるのが見えると言いますし、
電話が壊れていて相手の声が聞こえないと言いますが、
電話は掛かっていませんし、
何も映っていない電源の切れたテレビを、
じっと見て笑ったりもしています。
病院に来ても興奮が強く、
何を言っているのかもよく分かりません。

ウイルス脳炎や精神疾患などを疑い、
検査をしますが、
炎症反応もなく、
脳のMRIでも目立った所見はなく、
髄液検査でも異常は見られません。

精神疾患の可能性は、
勿論否定は出来ませんが、
これといったきっかけはなく、
これまでの経過から言っても、
その可能性はそう高くはなさそうです。

それでバラシクロビルの副作用ではないか、
という可能性が浮上し、
バラシクロビルを中止したところ、
中止して3日後から症状は徐々に改善し、
1週間後にはほぼ前と同じ状態に回復しました。

このように、
アシクロビルやバラシクロビルの副作用としての脳症は、
使用後概ね3日以内に症状が出現し、
それもかなり急激な経過を取ります。
中にはたった1回の使用で、
症状の出現した事例も報告されています。

その原因は主に腎機能低下などの要因により、
病的に薬剤の血中濃度が上昇することにより起るとされていますが、
活性のあるアシクロビルではなく、
その代謝物の1つが、
神経への毒性を持つため、
という説もあります。

こうした仮説があるのは、
この症状が必ずしも血液の薬物濃度に、
相関しない事例があるためです。
この代謝物はアルコール脱水素酵素などの働きで産生され、
脳への移行はアシクロビル自体より多い、
という報告があります。
アシクロビル自体の脳への移行は、
それほど良くはないので、
このことが更にこの現象の理解を複雑なものにしています。

アシクロビル自体が悪いのか、
その代謝物が悪いのか、
結論はまだ出ていないようです。

バラシクロビルは、
腎排泄の薬なので、
腎臓の機能が低下すれば、
当然その血液濃度は増加します。

そのため、
腎機能の低下した患者さんでは、
その使用量を減らす必要性がありますが、
以前の添付文書では、
「中等度の腎機能低下では…」のような漠然とした記述になっていて、
そのさじ加減が明瞭に示されてはいませんでした。

従って、
上記の事例で1日量を通常の3分の2に減量して、
処方した判断は、
明確に誤りと言えるものではないと思います。

現行の添付文書の記述では、
クレアチニンクリアランスの数値に応じた使用量が明記されていて、
それによると上記の患者さんの場合には、
1日1000mgを1回のみの使用というようになっていますから、
その倍の量が使用されたことになります。

ただ、
現実には腎機能低下の患者さんでは、
添付文書通りの使用量であっても、
実際には脳症を発症している事例の報告があり、
この現象はどうも患者さんの体質にも、
影響する可能性が高いように思われます。

アシクロビル脳症の症状は、
上記の文献の過去事例の集計では、
昏迷状態が7割と最も多く、
それから手足の震えや幻覚妄想、
見当織障害がそれに続いています。

一方で日本での報告では、
手足のしびれやふらつき、
構語障害などが多くなっていて、
勿論重症の事例も中には報告がありますが、
軽症の事例が多い、
という印象があります。
正直その全てが脳症という表現が妥当かどうか、
やや疑問に思います。

この副作用による脳症は、
この病気であることを疑って、
速やかに薬剤を中止すれば、
概ね1週間以内には改善します。

鑑別診断として問題になるのはウイルスなどによる脳炎です。
一般論としてはウイルス脳炎では熱が出ますし、
頭痛や嘔吐などの症状が、
初期から出ることが多いので、
症状からも鑑別が可能ですが、
そうは言っても例外はあり、
実際には髄液検査など、
脳炎の診断のための検査が、
必要になることが多いと思います。

それでは今日のまとめです。

アシクロビルやバラシクロビルの使用により、
特に腎機能の低下している患者さんでは、
アシクロビル脳症と呼ばれる、
特有の神経症状が出現することがあります。
添付文書では頻度不明と書かれていますが、
実際には多くの学会報告などが発表されていて、
そう稀な病態ではありません。
ただ、日本の事例は報告を見る限り軽症が多く、
その全てが脳症と呼べるものかどうかは分かりません。

従って、
こうした薬剤をご高齢の患者さんや、
腎機能低下のある患者さんに使用した際には、
たとえ添付文書通りの量であっても、
こうした神経症状の起こることを念頭に置き、
適切な対応を取ることが必要だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

患者

まったく本件には関係のないことなのですが、ぜひお伝えしたく、突然の書き込みで失礼します。

本日健康診断の申し込みで貴院にお電話しました。
対応は年配の女性だったのですが、応対の悪さにびっくりしました。
行きたくなるくらい、不躾・無愛想でした。
ちょっと怖いと思ったくらいです。お名前を確認しておけばよかったです・・・

医療のことはまったくわからないので、えらそうなことは言えませんが、すごく立派なお医者様なのかと思いますので、スタッフの指導も徹底していただけると、患者としてはより安心して受診することができます。


by 患者 (2012-09-25 14:27) 

HDsurgery

初めまして、いつも拝見させていただいています。
以前クリニックで透析管理をしていました。

透析患者さんにアシクロビルを投与した時、
添付文書の量まで減量しても
うつ様症状、傾眠、手足のしびれやふらつき、構語障害などの
精神症状は2/3以上に発症した印象です。
メーカーにも相談しました。

全例、透析にて除去したら速やかに改善しました。
by HDsurgery (2012-09-25 17:44) 

fujiki

患者さんへ
大変申し訳ありませんでした。
本日は立て込んでいて、
救急での入院対応などもあり、
対応がぞんざいで、
失礼なものになってしまったのかも知れません。
勿論そんなことは言い訳にはなりませんので、
深くお詫びいたします。
先刻当該職員には、
応接に注意するよう、
口頭で話をしました。
今後より患者さんに納得して頂けるような、
診療所を目指して努力してゆきたいと思います。
ご指摘ありがとうございました。
by fujiki (2012-09-25 19:32) 

fujiki

HDsurgery さんへ
貴重なコメントありがとうございます。
矢張りこうした事例はかなり多いのですね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2012-09-25 19:34) 

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