SSブログ

腎機能低下の患者さんの心房細動治療について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
腎機能低下における心房細動治療.jpgthe New England Journal of Medicine誌に今月掲載された、
腎機能低下の患者さんの、
心房細動治療についての論文です。

心房細動という不整脈があります。
心臓の鼓動が不規則になる状態が続くもので、
高齢者では慢性化することが多く、
年齢と共にその頻度は増えます。
アメリカの統計では65歳以上の人口の、
5.9%が慢性心房細動とされていますから、
決して稀なものではありません。

心房細動が慢性化した場合に、
最も重篤な合併症は、
脳卒中などの全身の塞栓症です。

これもアメリカの統計ですが、
心房細動はその後の脳塞栓のリスクを、
5倍にするとされています。

この脳塞栓症やその他の全身の塞栓症の予防のために、
「血をサラサラにする薬」が使用されます。

現時点でその予防効果が確立しているのは、
ワルファリンで、
この使用により脳塞栓などの発症が、
4割から6割は少なくなるとされています。

これはかなり画期的な効果です。

アスピリンにも弱いながら2割程度の予防効果が、
研究結果にもよりますが報告されています。

それ以外に、
最近ダビガトラン(商品名プラザキサ)や、
リバロキサバン(商品名イグザレルト)という新薬が発売され、
データはまだ少ないものの、
ワルファリンに匹敵する効果が認められつつあります。

しかし、こうした治療の際に問題になるのは、
その出血などの副作用です。

全ての抗凝固剤や抗血小板剤は、
胃潰瘍や脳出血などの出血のリスクを高めます。

つまり、
こうした治療を行なう時には、
その血栓症予防効果の方が、
出血などの合併症の増加を差し引いても、
確実にその方の予後に良い影響が期待出来る時に限って、
使用する必要があるのです。

安全にこうした治療を行なう上で、
重要な因子が腎機能です。

昨年新薬のプラザキサの発売以降、
全身の出血系の合併症のために、
複数の死亡事例が報告され、
大きな問題になりましたが、
この時に特に副作用と関わりのあったのが腎機能です。

腎機能の低下している患者さんに、
通常と同じように薬剤を使用すると、
薬が身体から排泄されずに溜まって、
その効きが強くなり、
副作用の頻度と重症度を上昇させるのです。

しかし、
腎機能の影響はそればかりではありません。

腎機能の低下そのものが、
一方では脳塞栓症の発症を増やし、
他方では出血の危険性も増すのです。

通常の薬の効果を見るための臨床試験では、
そのため腎機能の高度に低下した患者さんは、
除外することが多く、一般発売されて初めて、
そのリスクが顕在化することが稀ではありません。

診療所でご高齢の心房細動の患者さんを前にする時、
僕が一番迷うのはその点です。

高齢者で腎機能が正常ということは殆どなく、
レベルは違えど腎機能低下があるのですが、
その場合にワルファリンやプラザキサ、イグザレルト、
場合によってはアスピリンを、
使用するべきかどうか、
そうすることで却って、
元々高い出血のリスクを更に高め、
患者さんの予後を予期せぬ出血により、
悪くしてしまうのではないか、
という危惧があるからです。

そこで今回の文献では、
医療情報が一元化されているデンマークにおいて、
1997年~2008年の間に心房細動の病名で退院した、
146251名の患者さんを対象とし、
その治療の違いによる効果と合併症について、
腎機能障害の有無で患者さんを分類する形で検証しています。

あくまで医療データベースの情報のみを使用しているので、
個々の患者さんの詳細なデータはなく、
出血の有無などは入退院の病名記録による判断で、
投薬の有無は処方箋のデータから取っています。
その代わり例数は非常に多いのです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

腎機能低下のない心房細動の患者さんに比べて、
保存的に経過を見ている腎機能低下の患者さんでは、
脳塞栓などの血栓塞栓症のリスクは1.49倍に高まり、
透析や腎移植をされた患者さんでは、
そのリスクは更に高く1.83倍になっていました。

つまり、
心房細動の患者さんは脳塞栓が起こり易いのですが、
その方の腎機能が低下すると、
その危険性は更に増すのです。

それでは、
治療による塞栓症の予防効果はどうかと言うと、
ワルファリンの使用により、
腎機能低下のない心房細動の患者さんでは、
その発症リスクは41%低下し、
腎機能低下のある患者さんでは、
16%の低下に留まり統計的にも有意ではなく、
透析の患者さんでは、
56%のリスクの低下が有意に認められました。

通常の腎機能低下ではワルファリンの効果は乏しく、
透析になると急に効果が高まるのも不自然な気がしますが、
トータルに腎機能低下のあるなしで比較すると、
腎機能低下のない患者さんより、
有意に24%の発症リスクの低下が認められました。

アスピリンに関しては、
その使用により、
トータルにはむしろ1.11倍と、
有意に塞栓症のリスクは増加していました。
透析患者のみはややリスクの低下する傾向を認めましたが、
有意差はありませんでした。

つまり、
今回の検討では、
アスピリンに心房細動による血栓症の予防効果は、
全く認められず、
むしろそのリスクを増やす可能性がある、
という結果だったのです。

消化管出血や脳出血などの出血のリスクについては、
ワルファリンを使用することにより、
トータルには1.28倍に出血リスクは上昇し、
透析患者以外の腎機能低下の患者さんでは、
1.36倍と更にそのリスクは高くなっています。

アスピリンについては、
その使用によりトータルには出血リスクは、
1.21倍に上昇し、
透析以外の腎機能低下の患者さんでは、
1.12倍とリスクの上昇は有意でなくなり、
透析の患者さんでは1.63倍と、
そのリスクは更に上昇していました。

今回のデータを見る限り、
腎機能低下のある心房細動の患者さんでは、
脳塞栓症のリスクも出血のリスクも、
共に高い状態にあり、
血栓症の予防のための薬剤の選択には、
その特殊性を充分考慮する必要があります。

使用する薬剤は、
アスピリンでは有害無益の可能性が高く、
ワルファリンは一定の予防効果を認めますが、
出血リスクも上昇させるので、
その使用には慎重な判断が必要です。
それ以外の薬剤に関しては、
現時点でこうしたデータは存在しません。

ただ、今回のデータは腎機能低下の定量的な評価はなく、
ワルファリンのコントロールも不明なので、
今後より厳密な検証が、
必要だと思います。

今日は腎機能低下の患者さんにおける、
心房細動治療の最新の知見を考えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(18)  コメント(1)  トラックバック(0) 

nice! 18

コメント 1

株

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
by (2012-09-09 15:14) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0