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細胞診の検体による甲状腺腫瘍の遺伝子診断について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺腫瘍の遺伝子診断論文.jpg
the New England Journal of Medicine誌の電子版に、
先月掲載された、
甲状腺のしこりの遺伝子診断についての論文です。

甲状腺の超音波検査の普及に伴って、
甲状腺のしこりが、
発見されることが増えています。

超音波で見付かった、
しこりの大きさが、
単純な嚢胞ではなくて1センチ以上であるか、
場合により5ミリを超えて、
悪性を否定出来ない所見のある時には、
甲状腺に皮膚から針を刺して、
甲状腺のしこりの細胞を吸い取る、
「甲状腺吸引細胞診」と呼ばれる検査が行なわれます。

これで取れるのは、
バラバラになった細胞で、
組織ではありません。
従って、細胞の顔付きを見て、
それから特殊な染色などをして、
その細胞が癌由来のものであるか、
それとも良性のしこりの細胞であるのかを、
判断する訳です。

厳密には、
癌の診断はその組織をもって成されます。

従って、
細胞診の診断はあくまで疑いであって、
確定した診断ではありません。

しかし、
甲状腺の特に乳頭癌と呼ばれる癌の場合、
非常に特徴的な細胞の所見が幾つかあり、
それが揃っていれば、
ほぼ乳頭癌が確実であると言って、
間違いがありません。

問題は細胞診を行なっても、
そのしこりが癌であるのかそうでないのかが、
確証を持って判断出来ないような場合です。

甲状腺のしこりのうち、
悪性のものは5~15%程度と言われています。
要するに、
良性のしこりの方がずっと多いのです。
そして、
吸引細胞診をした場合、
その62~85%が良性と判断されている、
という報告があります。

一方で、
悪性とも良性とも、
細胞診では判断が困難な事例が、
これも統計により幅がありますが、
15~30%は存在する、
という報告があります。

細胞診で診断が付かないしこりに対して、
どのような治療上の判断をするかは、
非常に難しい問題です。

特に欧米では、
甲状腺癌は小さなものであっても、
全摘して放射線を掛けるのが、
標準的な治療ですから、
それが仮に良性のものであって、
本来は取る必要がなかったとしたら、
患者さんには大きな損失を与えることになります。

それでは、
細胞診で診断の付かない甲状腺腫瘍を、
手術前により確実に診断することは出来ないのでしょうか?

甲状腺癌には、
特有の遺伝子変異がある、
と言う話を、
聞いたことのある方がいるかも知れません。

RASとBRAFという遺伝性の変異や、
RET/PTCと呼ばれる遺伝子の再配列異常が、
有名です。

しかし、
こうした遺伝子の診断は、
概ね細胞診ではなく、
手術で切除した標本により行なわれていて、
細胞診の検体での検出感度には問題がある上、
こうした変異は癌の16%程度でしか、
検出はされません。

つまり、
こうした検査をしても、
仮に変異が検出されれば、
癌の可能性が高いので手術をしよう、
ということになりますが、
検出されなくても癌の可能性があるのですから、
それで安心です、
とは言えないのです。

ここでもう1つの可能性のある方法は、
癌に比較的特異的に活性化される、
増殖因子や接着分子などの、
癌関連の遺伝子の発現を、
複数測定して、
それにより癌とそうでない細胞とを、
振り分けよう、
という考え方です。

そうした診断のキットが、
アメリカのベラサイト社で開発されています。

こちらをご覧下さい。
甲状腺腫瘍の遺伝子診断の元論文.jpg
こちらが、
昨年のJournal of Clinical Endocrinology and Metabolism誌に掲載された、
ベラサイト社の研究者による元の論文です。
キットは167種類の遺伝子を、
組み合わせて癌細胞であるかどうかを判断し、
この論文によれば、
この検査で癌でないと判断されれば、
96%は癌ではなく、
癌でない人のうち、
84%はこの検査でも良性と判断される、
という結果でした。

繰り返しになりますが、
これは吸引細胞診の検体を用いて行なっている、
というところに大きな意味があるのです。
概ねこれまでの遺伝子診断は、
切除したしこりの組織で、
後から行なったものだからです。

そして、
最初にご紹介した今回の論文は、
このベラサイト社のキットの精度を、
より幅広く多数例で検証したものです。

穿刺吸引細胞診で、
良性とも悪性とも判断の付かなかった、
1センチ以上の甲状腺のしこりのうち、
手術が選択された265のしこりのサンプルを、
細胞診の検体で遺伝子診断に掛けたところ、
85例の悪性のしこりのうち、
78例を遺伝子診断は悪性と判断しました。
つまり正診率は92%です。
ただ、実際には良性であったしこりのうち、
遺伝子診断で良性と判断されたのは、
52%でした。

つまり、
この点はベラサイト社の御用論文より、
劣る結果になっています。

現状、
まず通常の吸引細胞診を行なって、
判定が保留の結果になった場合、
この遺伝子診断を併用して、
良性の判断であれば、
経過観察の方針で、
ほぼ問題はないだろう、
ということになります。

ただ、遺伝子診断で悪性の可能性あり、
という結果であっても、
その中には良性のしこりも混ざっているので、
それだけで判断するのは難しい、
ということになる訳です。

今日本では福島県において、
世界的に見てもかつてない規模の、
甲状腺の超音波検診が、
行なわれている訳ですが、
今後の経過観察の膨大な労力を考える時、
こうした診断法の進歩は、
1つの重要な武器になる、
ということは間違いのないところだと思います。

今日は吸引細胞診の検体を用いた、
甲状腺癌の遺伝子診断の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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