SSブログ

PSA検診の今後を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ヨーロッパPSA検診論文.jpg
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
前立腺癌の検診の効果についての論文です。

現在日本では、
多くの自治体で、
前立腺癌の検診が行なわれています。

それは血液の検査で、
PSA(前立腺特異抗原)という数値を、
測定することにより行なわれます。

PSAは前立腺由来の蛋白質で、
その数値の一定レベルを超える上昇は、
前立腺癌の可能性を示唆するものです。

概ね日本の検診においては、
この数値が4.0ng/ml 以上を異常値として、
二次検査を行なう対象としています。
PSAは年齢により上昇するため、
年齢層により、
より若い年齢層では3以上を異常値とし、
より高い年齢層ではより高い数値を、
異常値として振り分けるような方針も、
自治体によっては取られています。

欧米での癌検診の評価は、
その検診により癌の死亡自体が、
減少したかどうかによって、
概ね行なわれます。
そこは、
検診により癌の患者さんがある程度見付かれば、
それでOKとしている日本とは、
かなり異なる部分です。

そこで、
PSA検診により前立腺癌の死亡が減少したのか、
という点についての、
大規模な臨床試験が、
アメリカとヨーロッパとで、
それぞれ同時期に、
別個に行なわれました。

アメリカの試験をPLCOと呼び、
ヨーロッパの試験をERSPCと呼んでいます。

両者の取りまとめの結果は、
2009年に一応論文が出て、
その後も数年毎に、
期間を延長した結果が、
報告されています。

今回の論文は、
ヨーロッパの試験であるERSPCの、
これまでの9年間の報告に、
その後の2年間のデータを付け加え、
試験開始後11年におけるデータをまとめたものです。

昨年に一度記事にしましたが、
昨年末の時点で、
アメリカの政府機関は、
前立腺癌のPSA検診にはメリットがないとして、
その推奨を取りやめました。

つまりPLCOの結果としては、
現時点でPSA検診による、
前立腺癌の死亡減少効果が、
確認出来なかったのです。

その一方で同時期に発表されたERSPCでは、
PSA検診を行なった方が、
前立腺癌の死亡を減らす効果が、
一定レベルは認められる、
という結果でした。

つまり、
同一の目標を掲げた大規模臨床試験に、
相反する結果が得られたのです。

今回の論文は開始後11年を経過した時点での、
検診の有用性を検証したものです。

ERSPC試験は、
ヨーロッパの各国で行なわれた同種の試験の集計ですが、
最初から主導的に参加した国と、
後から参加した国との間で、
若干の検診スケジュール等の差があり、
それが全体の解析の面で、
やや足枷になっている点は否めません。

ただ、概ね対象者は50歳~74歳でエントリーされ、
対象年齢の中心は55歳~69歳に置かれています。
4年毎(一部の国では2年毎)に、
PSAが測定され、
その数値が3.0ng/ml以上の場合を陽性として、
原則前立腺の生検が検討されます。
陽性率は全体では16.6%です。
一方でPSAを測定しない、
コントロール群が設定されます。
エントリーの人数は16万人を超えます。

トータルでPSA測定群で、
9.6%の前立腺癌が発見され、
治療に進みます。
コントロール群では、
検診以外の理由により、
6.0%で癌が発見されています。

問題は発見率の差が、
前立腺癌の死亡率の差に、
結び付いているかどうかです。

11年間での結論として、
検診による前立腺癌の死亡リスクは、
相対リスクで29%有意に低下し、
絶対リスクとしては、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
という結論になっています。
ただ、他の原因を含む総死亡に関しては、
PSA検診をしてもしなくても、
有意な差は見られていません。

問題はこの差を検診の有用性として、
どう考えるか、
ということと、
何故アメリカとヨーロッパの同様の試験で、
相反する結果が得られているのか、
ということにあります。

アメリカとヨーロッパの研究結果の違いについては、
上記の論文の載せられた紙面にある解説で、
幾つかの可能性が指摘されています。

それによると、
アメリカの試験では、
PSAの測定は毎年行なわれている反面、
異常の基準はヨーロッパの試験より、
高く設定されています。
更にはアメリカでは、
PSAの測定がヨーロッパより普及しているため、
コントロール群でも、
PSAによる前立腺癌が、
検出された事例が、
結構混じっている、
という違いもあります。
また、ヨーロッパの試験では、
検診群とコントロール群との間で、
癌の治療の水準に、
違いのある可能性も指摘されています。
つまり、検診で見付かった癌の方が、
より手厚い医療の対象となっているのです。

こうした違いが、
コントロール群と検診群との、
差を検出し難くしている、
という可能性が考えられるのです。

ただ、検診の有用性は、
かなり微妙なものです。

前立腺癌は早期に周辺に浸潤し転移する、
悪性度の高い一部のものを除いては、
予後の良い癌の1つです。

従って、
大規模な検診で前立腺癌の検出率を増加させても、
そのインパクトは、
11年間で1000人のうち1人の死亡を減らせる程度に留まり、
前立腺癌の増加する年齢層においては、
脳卒中や心筋梗塞などの、
他の原因による死亡リスクのインパクトに比較すると、
トータルには隠れてしまうレベルのものです。

ただし、
個々の患者さんのレベルで考えると、
PSAの測定により、
そのままであれば命に関わった、
前立腺癌が早期に発見され、
治療により改善した事例も少なからずあり、
そうした個人的なメリットと、
検診全体のインパクトやコストの問題を、
よく検討した上で、
今後の検診の是非について、
日本でもより精度の高い、
議論が行なわれるべきではないかと思います。

癌検診というのは、
このように、
必ずしも科学的に、
その是非が100%判明するものではなく、
科学的なデータを叩き台にしつつ、
個々の社会の価値観や人生観を考慮して、
そのコストとベネフィットを、
考えるような性質のものなのです。

今日は前立腺のPSA検診の、
最新の結果から検診の意義を考えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(28)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 28

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0