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アデノウイルスワクチンの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は休憩して、
何とか体調を戻せればと思います。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アデノウイルスワクチン論文.jpg
今年のEmerging Infectious Diseses 誌に掲載された、
1999年から2010年に掛けて、
8名のアデノウイルス感染に伴う死亡者が、
アメリカ軍で報告された、
という文献です。

何故こうした報告が発表されているのかについては、
少し予備知識が必要です。

アデノウイルスは扁桃炎や胃腸炎の原因ウイルスとして、
非常にポピュラーな病原体で、
俗に「プール熱」と呼ばれる、
咽喉と目が腫れ、
高熱の出る夏の風邪の病原体として、
馴染みが深いかと思います。

このアデノウイルスにも多くの型があり、
日本では3型が流行の主体で、
それ以外に1型、4型、7型、14型も、
同様の症状を起こし、特に4型は重症化し易い、
と考えられています。

アメリカ軍の新兵の訓練では、
第二次大戦中からアデノウイルスの4型と7型の集団感染が起こり、
そのために入院する兵士が多発しました。

このため、
4型と7型の生ワクチンが軍隊用に開発され、
1971年から1999年に掛けて、
アメリカ軍の兵士への、
集団ワクチン接種が行われたのです。

このワクチン接種の結果、
アデノウイルスによる新兵の急性の咽喉風邪は、
95%以上減少しました。

つまり、ワクチン接種が著明な効果を挙げたのです。

このワクチン接種は、
ワクチンの製造元の都合により、
1999年に終了となりました。
それにより再度アデノウイルス由来の、
上気道炎が増加したため、
10年以上が経過した昨年の春に、
新たな製造元によるワクチンが、
FDAの認可を受けました。
アメリカ軍における、
アデノウイルスワクチン接種が、
再開されたのです。

時間経過をもう一度整理すると、
1971年から1999年まで、
アデノウイルスワクチンの、
集団接種が施行され、
一時中断。
1999年から2011年春までの中断期間を経て、
2011年春から再開されています。

その間ワクチン接種により、
新兵の上気道炎症状が50~60%減少し、
アデノウイルス感染に限ると、
95%以上減少し、
接種中止後再度増加しています。

つまり、ワクチンの効果は、
これ以上ないほど明らかです。

ただ、問題は、
より重症度の高いアデノウイルス感染症に関してはどうか、
という点にあります。

アデノウイルス感染症に起因する死亡を、
ワクチンの集団接種が減らしたかどうか、
ということです。

現実にはワクチンのこうした効果を確認するのは、
非常に困難なことです。

ただ、このアデノウイルスワクチンに関しては、
対象者がアメリカ軍の兵士に限定されていて、
その兵士の入院も、死亡も、
全てが詳細に記録に残されているので、
かなり厳密な検証が可能となるのです。

記録によると、
1967年に1名、1972年に3名、1974年に1名の、
アデノウイルスに起因する感染症による死亡が報告されていて、
1975年から1998年までには、
そうした死亡の事例は、
1名も報告されていません。
つまり、ワクチンの集団接種が本格化してからは、
アデノウイルスに起因する、
死亡の事例自体も抑制されたことが分かります。

そこで今回の文献では、
ワクチン接種が中止されていた、
1999年から2010年に掛けての、
アデノウイルス感染に起因する、
死亡事例が検証されています。

その期間のトータルなアデノウイルス関連死は8名。
内訳は2000年に2名、2003年に3名、
2004年と2007年と2009年に、
それぞれ1名ずつです。

これは統計的に云々出来るものではありませんが、
明らかに、アデノウイルスワクチンは、
感染自体を減らすと共に、
重症の事例も抑制していることが分かります。

事例の詳細が記載されていますが、
これも非常に興味深いものです。

平均の死亡年齢は21.3歳で、
非常に若く健康な成人が、
最後は比較的急激な経過を取って、
気道感染症のため命を落としています。

ある事例は風邪症状で通院中に意識障害となり、
緊急入院後11日後に亡くなっています。
咽喉などでの病原体の検査では、
何も検出はされていません。
しかし、死後の組織所見より、
脳にウイルス性の脳炎の所見が見付かり、
肺と脳の組織から、
アデノウイルスが検出されています。

また、別の事例では、
肺炎で通院中の患者が、
2日後に突然死で見付かっています。
矢張り生前の検査では診断は付かず、
死後の解剖で肺の広範な炎症所見が見付かり、
アデノウイルスが検出されています。

こうした突然死や急激な肺炎による死亡は、
実際には日本でも少なからずあると思いますが、
このように徹底した死因の究明はされず、
たとえば生前にインフルエンザの簡易検査が陽性であれば、
インフルエンザによる死亡と、
判断されてしまうようなケースが、
多いのではないかと思います。

実際には細菌性の腎盂腎炎から、
最終的にはウイルス性の肺炎を来たして死亡する、
というような事例は多く、
感染症というのは、
必ずしも単独の要因で起こるものではない、
ということがしばしばあるのだと思いますが、
それは実際には解剖を含む詳細な検討なしには、
判明することはないのです。

日本でももっと徹底した死因の追及の姿勢が、
必要なのではないかと、
今回の文献を読んで改めて思いました。

最後にアメリカで使用されている、
アデノウイルスワクチンとはどういうものか、
と言う点についてですが、
これは経口の生ワクチンで、
錠剤の中に弱毒化したウイルスが混入されていて、
それを噛まずに飲み込み、
腸内での免疫反応の惹起を期待したものです。

アデノウイルスは咽頭から上気道の粘膜でも、
腸管の粘膜でも、
同じように増殖するので、
その性質を利用して、
腸管で免疫を誘導しよう、
という発想なのです。

シンプルですが、
ユニークな発想だと思います。

今日はアデノウイルスワクチンについての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 6

ドクター・ヘル

炭疽に対するシプロフロキサシンみたいなモノでしょうか?。
何かにつけ、過剰に神経質になるのが、アメリカの悪い癖だと思います。
by ドクター・ヘル (2012-02-22 08:50) 

たけちよ

先生いつも拝読しております。腸管免疫に興味があり ワクチンの経口投与と腸管での免疫誘導はやはり意味あることなんですね。以前より腸管免疫やある菌へのコリシン生産菌がしりたくていろいろ調べておりました。先生に何度か質問させて頂いたように私はO157などの病原菌への発症予防について躍起になっておりますが 感染と発症を別物としてとらえるにあたり腸管免疫にたどり着きました。これからも もし機会がございましたら こういったお話もお聞かせいただけたら嬉しいです。まだ寒い日が続きますので どうぞご自愛くださいませ・・・
by たけちよ (2012-02-22 17:52) 

ide

予防接種の問題は免疫獲得者が病原菌キャリアーになることだと最近気がつきました。記事の趣旨とは筋違いですけど、鳥インフル研究者のストライキはこの事だったんですね。
ありえない例えですがMRSAの無毒化ワクチンが破傷風ワクチンのように開発されたとします。すると予防接種を受けた免疫獲得者はMRSA感染していても健常者のままであり、市中に感染を広げてしまい、患者を増やしてしまいます。つまり、予防ワクチンは存在するのであるならば一斉に社会を構成する人たちに行われなければ意味が無いというパラドックスがあるわけです。
天然痘のように世界から菌を絶滅させるつもりでなければ行っても患者を増やすだけで金儲けの道具にしかならないということなんですよ
当然病原菌もいろいろな生態系を持っているので一概にはできませんが。予防より治療、死体解剖で研究より潜在患者の検査のほうに力を注いでほしいものです。財政難で余力も人力も無いんですから。
MRASはオランダでは結核並みに隔離されてるらしいですけどそのくらい日本もやったらいいのではと思います、結核病棟減らしてるならそれ充てればいいし。AIDZは日本だけ減ってませんが感染症に対する何か誤った認識が日本にはあるのだと思います。お医者さんの考えることではありませんが。
by ide (2012-02-22 23:00) 

fujiki

ドクター・ヘルさんへ
コメントありがとうございます。
確かにアメリカのワクチン好きは、
あまり科学的で客観的には、
言えない面があると思います。
by fujiki (2012-02-23 08:23) 

fujiki

たけちよさんへ
コメントありがとうございます。
腸管免疫と免疫寛容は、
非常に興味深く免疫の謎の根幹をなしていると思います。
たけちよさんも、
お身体ご自愛下さい。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2012-02-23 08:29) 

fujiki

ide さんへ
コメントありがとうございます。
生ワクチンはご指摘のような点が、
皆無ではありませんが、
不活化ワクチンに関しては、
キャリアーになる、ということはないと思います。
ただ、自然とは異なる免疫の賦活が、
新たな問題を生む可能性は、
実際に存在すると僕も思います。
by fujiki (2012-02-23 08:35) 

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