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前糖尿病状態とそのリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
前糖尿病論文.jpg
Journal of the American College of Cardiology誌の、
今月号に掲載された、
前糖尿病状態をどう考え、
どう対処するべきかについての、
主に心臓病の予後改善に力点を置いた解説です。

糖尿病の診断基準というのは、
日本でも欧米でもほぼ同一のものが使用されていて、
空腹時の血糖値が126mg/dl以上という基準と、
HbA1cが今までの日本の基準で6.1%以上という基準、
そしてブドウ糖液を飲んでその後の血糖値を測定する、
所謂「糖負荷試験」で、
ブドウ糖を飲んだ2時間後の血糖値が、
200mg/dl以上、
という3つの数値の基準があり、
その基準のうち幾つかが、
複数回満たされた場合に、
糖尿病である、という診断が下ります。

血糖値もHbA1cの数値も、
基本的に連続的なものですから、
何処かで線を引くのは、
これはもう人間が人為的に行なう作業です。

1型糖尿病という病気があり、
これはその多くが自己免疫疾患で、
ほぼ間違いなく、
発症するとインスリンの欠乏状態が進行し、
インスリンの注射が生存に不可欠な状態に移行します。

インスリンの注射が、
人間に使用可能になるまでは、
多くの1型糖尿病の患者さんが、
血糖値の上昇によるケトアシドーシスという病態のために、
命を落としました。

それが、インスリンの注射という治療の開始と共に、
その予後が格段に改善したのです。

これは間違いのない医療の進歩であり、
そのままでは命に関わる健康上の事態が、
医療によって改善する、という意味で、
1型糖尿病は間違いのない「病気」なのです。

ただ、2型糖尿病というのは、
そのニュアンスがちょっと違います。
1型糖尿病と同じように血糖値が上昇しますが、
その程度は非常に個人差が大きく、
ちょっと生活習慣を気を付けるだけで、
正常に戻るものから、
1型糖尿病と同じように、
生存のためにインスリンの注射が必要な場合まであります。

軽症の糖尿病には、
これといった症状がある訳ではありません。

年齢と共に、
他の臓器の働きが自然に低下するように、
膵臓の働きも低下します。

そのことにより、
血糖がやや上昇することは、
自然の加齢現象という考え方も出来ます。

それでは何故、
たとえば空腹時の血糖が126で線を引くのかと言えば、
それを超えた辺りから、
明らかに心筋梗塞や脳卒中などの発症が増え、
そのことにより生命予後を悪化させる事態が、
想定されるからです。

糖尿病の患者さんの死因のトップは、
インスリンの治療が開始されて以降は、
心筋梗塞です。
(現在の統計は国や地域による差があると思います)

従って、
糖尿病という診断基準が作られているのは、
主に心臓病の予防のためです。

少し古い方はご存知のように、
かつての糖尿病の基準は、
空腹時血糖は140mg/dl以上を基準としていました。

これが126に下げられたのは、
主に心疾患の予防のためです。
糖尿病には合併症があり、
失明に結び付く網膜症や、
足の壊疽などに結び付くことのある神経障害、
透析の原因の1位である腎症などが有名ですが、
これらは126で線を引いても140で線を引いても、
左程の経過の差はないのです。

つまり、心疾患のリスクが高まる、という意味では、
126を基準として、
それより高い人は「病気」と判定した方が、
トータルに見て、
患者さんの予後の改善に繋がる、
という判断がある訳です。

ただ、数字を下げれば、
当然患者さんの数は増えます。

よく「最近糖尿病の患者さんの数が急増している」
というような報道がありますが、
それは事実であると同時に、
基準値を下げたことによる、
人為的な部分も同時にあるのです。

ここで更に、
「前糖尿病状態」という考え方があります。

元々正常の血糖の変動パターンを取る方と、
糖尿病の診断基準を満たす方との間に、
一種のグレーゾーンが存在します。

糖尿病の診断に使われる指標は3つあります。
空腹時の血糖と、
糖負荷後の血糖、
そして血糖値の1~2ヶ月の推移を示すとされる、
HbA1cの数値です。

この3つの数値の異常値は、
必ずしも一致するとは限りません。

従って、このどれかの数値が、
正常範囲を超えていて、
それでいて糖尿病の基準値には達していない時、
その状態を前糖尿病状態(Pre-Diabetes)と呼ぶのです。

ただ、この用語にはまだ混乱があります。

アメリカ糖尿病学会は、
この基準を強く推奨し、
日本ではHbA1c以外は、
このアメリカの基準に追従しています。

WHOは別個に「intermediate hyperglycemia」
という用語を用いていますが、
必ずしもそれを推奨する、
というニュアンスではありません。

糖尿病予備軍、のような言い方をすることがあります。

これは前糖尿病状態と、
ほぼ同じ意味合いですが、
そうした表現をすることの前提は、
前糖尿病の状態の人は、
そうでない人より、
糖尿病に移行する可能性が高いので、
その時点から既に注意が必要だ、
というところにあります。

それは勿論事実ですが、
実際にはこの前糖尿病状態の人の多くは、
糖尿病にはならないのです。
従って、それより数値の低い人よりは、
糖尿病になり易いけれど、
そのグレイゾーンの人達全てを、
「病気」と考えるのはちょっと問題がある訳です。

問題はこの前糖尿病の段階でも、
心疾患などのリスクが、
上昇するのかどうか、
ということにあります。

上記の論文に引用されている、
2010年のその点についてのレビューによると、
前糖尿病状態の人は、
そうでない人に比べて、
20%程度心血管疾患(これは脳卒中を含みます)の、
リスクが高いという結論でした。

ただ、このリスクの上昇が、
本当に血糖値の上昇のみを原因にしているのか、
と言う点は微妙です。

メタボリックシンドロームという考え方があり、
2型糖尿病の多くは、
メタボリックシンドロームの一部だ、
という捉え方も出来ます。

内臓脂肪の増加により、
身体に有害な様々の反応が連鎖的に起きて、
高血糖や高血圧、高脂血症が生じ、
それにより強力に動脈硬化が進行して、
心筋梗塞や脳卒中が起こる、
という仮説です。

前糖尿病状態というのは、
純粋に血糖値とHbA1c値のみを、
その診断の基準としていますが、
実際にはその中には、
メタボリックシンドロームの人が、
多く含まれているのです。

そうなると、
20%のリスクの上昇は、
血糖のみの影響とは言い切れず、
血糖値を下げることが、
リスクを下げることに、
必ずしも繋がらない可能性がある訳です。

日本には強制的なメタボ検診があり、
その意味ではこの前糖尿病状態に対して、
非常に積極的な健康への介入を行なっている国です。

前糖尿病状態の段階から、
生活習慣の改善を行ない、
「医療費を使用することなく」
糖尿病の発症を減らすことが出来れば、
これは画期的な健康行政上の成果ですが、
それが本当に意義のあるものとなるかどうかは、
まだ今後の検証が必要だという気がします。

もう1つ、
前糖尿病の状態から、
積極的に薬による治療を開始し、
心血管病のリスクを低下させよう、
という考え方があります。

勿論生活習慣の改善がその前提ですが、
その上で血圧が上が130、下が85未満を、
実現出来ていなければ、
降圧剤を使用し、
所謂悪玉コレステロールが100以上あるか、
総コレステロールから善玉コレステロールを引いた数値が、
130以上ある場合には、
スタチンと呼ばれる薬剤で、
コレステロールを低下させることは、
将来的な心血管病の予防のために、
一定の効果が期待出来ます。
一部の血糖降下剤にも、
予後改善効果と糖尿病への進展の阻止効果が認められた、
という趣旨の報告が幾つかありますが、
まだそのメリットは実証された、
という段階には至っていません。

つまり、
前糖尿病状態にある方は、
血糖値自体の改善も勿論ですが、
むしろ高血圧や高脂血症などの、
合併する異常の改善により留意することが、
心血管病の予防のためには重要である、
という考え方が、
現状は成立するようです。

日本では一部の研究グループが、
食後血糖の上昇が、
前糖尿病状態でも動脈硬化を進行させ、
心血管病変の発症リスクを増加させる、
との見解を強く主張し、
早期の介入が望ましいとのデータを多く出していますが、
上記の文献を読む限りは、
そうした主張が、
必ずしも世界の常識になっている、
ということはなさそうです。

エビデンスに基く治療、
というような言い方は日本でもよくされますが、
必ずしも世界的なエビデンスに基いて、
治療が行なわれる訳ではなく、
学会の重鎮のような先生や、
勢力の強いグループの意見が、
割合盲目的に「エビデンス」であるかのように認識される、
という傾向があるように、
僕は思います。

今日は前糖尿病についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ドクター・ヘル

「糖負荷試験」、受けた事がありますが、30分ごとに採血と採尿には、正直、「どうにかならないか?」と思ったものです。採血の方は、腕を左右交互にすれば何とかなりますが、採尿の方は……、そうそう都合よく出ませんから。

以前、トロントを旅行した時に、「トロント大学が、インスリンの研究をしたんだよ」という話を、現地の人から聞いた事があります。いつか機会があったら、インスリンの話も、お願いします。

by ドクター・ヘル (2012-02-18 14:22) 

シロ

今日になって朝から胃が痛くて、風邪っぽくもあるので、改源を飲んでるんですが、改源ではダメでしょうか?
by シロ (2012-02-18 16:28) 

fujiki

ドクター・ヘルさんへ
いつもありがとうございます。
インスリン治療の進歩についても、
また記事にしたいと思います。
糖負荷試験は、
確かにきつい検査ですね。
ホルモンは負荷試験が付き物なので、
なかなか難しい面があります。
by fujiki (2012-02-18 21:54) 

fujiki

シロさんへ
土日は改源でも良いと思います。
月曜日になっても改善がなければ、
医療機関を受診して下さい。
by fujiki (2012-02-18 21:55) 

tori

難しい専門的な話も分かりやすく、愛読させていただいてます。ありがとうございます。
今日は糖尿予備軍のお話でしたが、最近、その心臓への悪影響を防ぐのに、予備軍や健康なときから糖質摂取の大幅な制限(炭水化物をほとんど食べない)が良いとも言われています。いいような気もしますし、不安な部分もあります。機会があればテーマにご検討ください。
by tori (2012-02-19 09:50) 

シロ

お返事ありがとうございました。 そんなにひどくないですが、血が混じっているのが気になるので、月曜日に耳鼻咽喉科に行ってみます。 ありがとうございました。
by シロ (2012-02-19 11:15) 

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