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膵炎の遺伝子異常の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

今週は朝の作業が出来ないので、
いつもより早い更新になります。

それでは今日の話題です。

今日は膵炎の遺伝子異常の話です。

膵臓は、
胃の後ろ側にあって、
十二指腸に膵液と言う消化酵素を出し、
またインスリンなどのホルモンを分泌する、
身体にとって不可欠な組織ですが、
その組織の異常は、
なかなか診断が付き難く、
その治療も一筋縄ではいかない、
という難点があります。

慢性膵炎は、
膵臓に持続的に炎症が起こり、
それが最終的には膵臓自体の破壊と機能の低下に結び付く、
怖い病気です。

その症状は食後の腹痛で、
胃の位置から背中に抜けるように感じられ、
激痛から重いくらいの鈍痛まで、
その程度も様々で、
嘔吐を伴うこともあります。

慢性膵炎は何故起こるのでしょうか?

これには色々な仮説があり、
必ずしも100%解明されているものではありませんが、
1996年に遺伝性の膵炎に遺伝子異常が見付かって以来、
遺伝子異常と膵炎の発症との解析から、
そのメカニズムの大枠は、
ほぼ明らかになりつつあります。

今日はその点について、
簡単にご説明します。

まず、こちらをご覧下さい。
膵炎の遺伝子異常.jpg
これは遺伝子異常に伴う膵炎のメカニズムを解説した、
New England Journal of Medicine誌の今月号の図表です。

トリプシンという酵素があります。
これは膵臓で産生される、
強力な蛋白の分解酵素です。

このトリプシンは膵臓では、
まずトリプシノーゲンという前駆物質として作られ、
それが膵液となって、
十二指腸に出ると、
腸液の中にある酵素により、
活性型のトリプシンに分解されます。

膵臓の中でトリプシノーゲンが、
一定レベル以上トリプシンに変換されてしまうと、
そのトリプシンが膵臓の組織自体を破壊してしまいます。

これが要するに膵炎の発症のメカニズムです。

本来は膵臓の中では起こらない、
トリプシノーゲンからトリプシンへの変換が、
何らかの原因で起こってしまうのです。

それでは、何がトリプシノーゲンを、
トリプシンにしてしまうのでしょうか?

まずその第一の原因は、
カチオニックトリプシノーゲンの増加です。

トリプシノーゲンには幾つかの種類があり、
その1つをカチオニックトリプシノーゲンと呼んでいますが、
この種類のトリプシノーゲンは、
トリプシンに変換され易いと考えられています。

このカチオニックトリプシノーゲンの遺伝子に変異があり、
その産生が高まると、
そのことが膵炎発症のリスクになるのです。

これは1996年に初めて発見された、
遺伝性の膵炎の発症メカニズムです。

次に膵液のカルシウムのレベルが上昇すると、
矢張りトリプシノーゲンからトリプシンへの変換が、
促進されることが分かっています。

これを促進する要因の1つが、
アルコールです。

お酒は膵炎の大きなリスクの1つですが、
これは主にこうした原因によるものです。

次に膵液のPHが下がる、
つまり膵液が酸性に傾くと、
これもトリプシノーゲンからトリプシンへの変換を促進します。

これに大きく関わるのが、
CFTR(Cystic fibrosis taransmembrane conductance regulator)
と呼ばれる遺伝子の変異です。

嚢胞性繊維症(Cystic fibrosis )というのは、
膵管という膵液を運ぶ管が、
袋のように大きく拡張する遺伝性の病気ですが、
これはCFTR遺伝子の機能が欠損することで、
生じる病気であることが分かっています。

CFTRはクロールイオンを運ぶことにより、
重炭酸と水を膵管の中に運ぶ、
一種の門のようなもので、
それが壊れてしまうと、
膵液は水が少なくドロドロになり、
重炭酸の不足から酸性に傾きます。

更にはCFTRは膵臓の中で産生されてしまったトリプシンを、
速やかに腸への排泄する働きも持っているので、
この遺伝子の変異が起こることにより、
トリプシンを多く含む膵液が、
膵臓の中に溜まり、
それが膵臓自身を破壊するので、
膵炎の発症に繋がるのです。

それ以外に膵炎から膵臓を防御する因子である、
SPINK1遺伝子の変異も、
間接的に膵炎発症のリスクになります。

このように膵炎の発症の裏には、
多くの遺伝子変異が潜んでいます。

ただ、その統計の多くは海外のものなので、
日本の膵炎の患者さんのうち、
どのくらいの比率の方が、
こうした変異を持っているのかは、
実際には限られたデータしか存在しません。

たとえば嚢胞性繊維症という病気は、
欧米には多く日本には少ないので、
その遺伝子変異の影響は、
日本ではさほどではないものと想定されます。

膵炎のリスクとして、
最も大きなものはアルコールですが、
お酒飲みの人の全てに膵炎が起こる訳ではなく、
矢張り遺伝子変異などの体質を持つ人が、
アルコールを常用することが膵炎を発症させると考えられます。

同様のことは膵炎の炎症のリスクである、
中性脂肪の異常高値や喫煙にも当て嵌まります。

本来はこのような遺伝子変異のリスクのある人に、
禁酒や禁煙、ダイエットを勧めるのが合理的で、
膵炎自体の発症を予防することに繋がる筈ですが、
今は膵炎になった後で、
それも研究目的でこうした遺伝子変異の検査が施行されるだけで、
実際の膵炎の発症予防には、
役立っていないことが現時点の問題点で、
これは他の病気にも言えることですが、
せっかく多くの病気の遺伝的な要因と、
そのリスクが解明されているのに、
コストの問題と、
「病気にならないと医療保険は適応されない」
という社会のシステムのために、
そうした情報が本当の意味で、
病気の予防に生かされていない現状は、
問題があるのではないかと思います。

今日は膵炎の遺伝子異常の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

みるく

大変興味深く読ませて頂きました。
娘は、膵胆管合流異常症で、激しい腹痛で発症し、手術しました。
10年程経ちましたが、イレウスの危険はまだあるのでしょうか・・・
時折、腹痛、嘔吐しています。口臭に弥々便臭あり。
便通を整え、食事を制限すれば、再手術にならないでしょうか・・・・便秘させないよう頑張っている日々です。

これからの医療保険は不安。(年金も心配ですが)
予防医療に保険が適応されて、治療には適応しないなんてことが起こっては大変なことになりますが、
もっと「予防」にチカラを入れて、みんながそこに目を向けて意識して、各自が予防に努めていったらいいなぁ・・と思うのでした。全国民に周知達成するまでには相当大変ですね。
理想は、元気に長生き、最後は老衰。・・・かな?

by みるく (2011-10-26 17:02) 

fujiki

みるくさんへ
コメントありがとうございます。
消化管の通過に、
やや問題のある部分が、
あるのかも知れません。
お子さんにそれほどご負担の掛からない範囲で、
チェックのための検査はされた方が良いかも知れません。
医療保険については、
明るい話題がなく、
議論も錯綜して、
勝手な暴論を平然と言われる方も多いので、
本当に不安になりますね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-10-27 06:06) 

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