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特異鶏卵抗体によるインフルエンザ予防を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

昨日は2枚書きました。

それでは今日の話題です。

先日、こんなニュースがありました。

【「食べる抗体」でインフルエンザ予防=卵黄から作成、世界初ーバイオ企業など】
【インフルエンザ感染を抑制する抗体を卵黄から作製することに、○○が成功した。○○は抗体入りのトローチを開発し、販売を始めた。○○によると、ニワトリに作らせた抗体を食べてインフルエンザを予防する方法は、世界で初めて。トローチはなめ終わった後も1、2時間は効果が持続する。○○は「通勤・通学の人混みの中で特に有効。手軽に摂取できるので、感染予防に役立つ」としている。】
【研究グループは、ニワトリに季節性インフルエンザAソ連型と、2009年に流行した新型インフルエンザの2種類のウイルスを無毒化して注射。卵黄の中に、これらのウイルスに対する抗体を作った。インフルエンザ感染実験で一般的に使われる細胞にウイルスを加えると約1分で感染したが、抗体入りの卵黄を粉末化して同時に入れると、ウイルスは約30秒で感染力を失った。唾液の成分で感染抑制効果が失われることもなかった。】

トローチをなめるだけで、
インフルエンザの感染が予防出来るとしたら、
これは画期的だと思われた方が、
多いのではないかと思います。

しかし、そんな都合の良いことがあるのでしょうか?

もしこれが事実なら、
痛みのある注射のワクチンなど、
打つ人は誰もいなくなってしまいそうです。

ちょっと読んでいて引っ掛かるのは、
細胞にウイルスを振り掛けて感染させた、
というような研究結果しか示されておらず、
実際に人間がトローチをなめて、
どの程度感染が防御出来るのか、
そうしたデータが、
全くどの報道記事
(ソースは殆ど同じようですが)
を読んでも、
一切書かれてはいない、
ということです。

また、記事では季節性のAソ連型と、
新型インフルエンザの抗体を作製した、
と書かれていますが、
この2種のウイルスは、
いずれもH1N1という抗原のタイプのもので、
A香港型やB型の抗体は、
どうも含まれてはいないようです。
どのタイプのウイルスが、
今シーズン流行するのか、
現時点では不明ですが、
これで「インフルエンザ予防」と言うのは、
ちょっと言い過ぎで、
却って混乱を招く結果になりそうな気もします。

記事自体は非常に宣伝性の高いものだと思います。
最初は商品名は明確には書かれず、
出ているのか出ていないのかすらはっきりしない文面なのですが、
後追いの記事には商品名が現れたりして、
「買いたい」という気持ちが誘導されるようになっています。
上記の内容自体は「たまご学会」という会合での発表ということのようで、
その会合の主催は当該のベンチャー企業のようです。
企業のサイトには文献が載せられていますが、
今のところ該当するような内容のものはないようです。

そもそもニワトリの卵黄で、
人間を感染から守る抗体を作るとは、
一体どのようなことを意味しているのでしょうか?

僕の分かる範囲でご説明したいと思います。

ニワトリの卵黄で作られる抗体のことを、
特異鶏卵抗体(IgY)と呼んでいます。

IgYのYはyolk(卵黄)の頭文字です。

卵黄は細菌などの外敵から卵を守るために、
それを防御するための抗体を作ります。

この抗体は人間の作るIgG抗体という抗体と、
よく似た働きをするものですが、
人間の同種の抗体とは異なる性質を持っているため、
人間の免疫系を刺激することがありません。

他の動物も当然抗体を作る訳ですが、
この卵黄の抗体は、
作製するのが非常に簡単で、
かつ1つの卵から比較的大量の抗体を作製することが出来、
熱にも安定で使い易い、
という長所があります。

ここでインフルエンザウイルスを、
ニワトリの卵黄に感染させると、
卵黄の中にこのウイルスに対する、
IgY抗体が産生されます。

この抗体は人間のIgG抗体と同じように、
ウイルスと結合し、
それを無毒化する作用があります。

しかし、人間の抗体のような、
多くの連鎖的な免疫反応は起こさないので、
その効果はごく一時的で、
持続的な効果はありません。
ワクチンのように、
免疫に記憶されるということがないのです。

この抗体をトローチとしてなめると、
どういうことが起こるでしょうか?

一時的に口の粘膜に、
インフルエンザウイルスに対する、
鶏卵由来のIgY抗体が付着します。

少し時間が経てば、
抗体は唾液などの作用でそこから押し流され、
分解されてその活性を失います。
上の記事のように、
その持続は1~2時間程度でなくなると考えられます。

その1~2時間の間に関しては、
抗体と結合するタイプのウイルスが、
口腔粘膜に付着すれば、
そのウイルスは抗体と結合して、
その毒性を失うのです。

これが、卵黄抗体を含むトローチが、
インフルエンザウイルスを、
予防する原理です。

鶏卵抗体を感染症の予防に使用する、
という考え方は、
決してこれが初めてのものではありません。

1990年代の初めには、
虫歯の予防にこの抗体を使用する、
という研究が盛んに行なわれ、
実際に製品化もされています。

虫歯というのはご存知のように、
ミュータンス連鎖球菌の感染症で、
それに対する鶏卵抗体を作製して、
お菓子としてお子さんに食べさせ、
お子さんの虫歯を予防する、
という試みがなされているのです。

この抗体をオーバルゲンDCと呼び、
「ビーンスターク ハキラ」というお菓子として、
販売されています。

口の粘膜に付着して、
使用されるという性質から考えて、
虫歯や歯周病の予防というのは、
一番理に適って効果的な使用法です。

成分は卵黄ですから、
お菓子への加工も簡単で、
熱に強いことも利点です。

ただ、子どもの虫歯が、
そのことでなくなった、
などという話は聞きませんから、
その効果は実際には限定的なものだと考えられます。

これからすると、
インフルエンザへの適応は、
やや無理があるようにも思えます。

インフルエンザウイルスは口の粘膜にも付着するでしょうが、
メインの感染経路はむしろ鼻の粘膜です。

原理的に鼻の粘膜にはトローチは付着しない筈です。

そうなると、
このトローチは、
インフルエンザウイルスの粘膜への付着を、
一部止めるだけに過ぎないことになります。

また、H1N1のタイプのウイルスに対する抗体しか、
含まれていない、ということになると、
その使用は却って混乱に元になりそうな気もします。

鶏卵抗体はロタウイルス腸炎や、
ピロリ菌の除菌などにも、
その効果が期待され、
確かに一定の効果は存在したのですが、
ロタウイルスにはワクチンが、
ピロリ菌には抗生物質による除菌が、
より有効性の高いものとして、
使われていることはご存知の通りです。

この方法は他の免疫治療に比較すると、
身体の免疫系に大きな影響を与えないので、
安全性の高いことに利点があり、
そのため「お菓子」などとして、
その製造の認可が下りているのですが、
医薬品と拮抗するような効果は、
残念ながら確認はされていません。

勿論以上は報道の内容のみからの推測であり、
実際には「意外に」ワクチンに匹敵するような予防効果が、
確認される可能性もないとは言えませんが、
当該の会社の株価がストップ高になるような期待は、
今はまだ持つのは早いのではないか、
ということと、
この手法自体はそれほど目新しいものではなく、
これまでにも多くの前例があり、
かつそれほどの成功を治めたものではないという事実は、
現時点で指摘しておきたいと思います。

臨床データ等、
上記の報道以上の情報を、
ご存知の方がいらっしゃいましたら、
お教え頂ければ幸いです。

今日はインフルエンザ予防のトローチの話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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こはく

私もこのニュースを聞いたとき
本当であれば画期的だな、すごく助かるなと思いましたが
実際どうなのか知りたいです。
by こはく (2011-10-19 16:27) 

fujiki

こはくさんへ
コメントありがとうございます。
あまり先入観を持ってもいけませんが、
どうも宣伝先行、という感じが強いという気がします。
by fujiki (2011-10-19 16:52) 

はな

初めまして。
インフルエンザ予防接種を検索していてたどりつきました。
少し質問があるのですが、子供(9才)のインフルエンザ予防接種についてお伺いしたいのですが、今年のワクチンは大人の量と同じになったと聞きました。昨年に2回ワクチンを接種し、なおかつインフルエンザB型にも罹りました。その場合今年は1回でも良いと言う事を聞いたのですが、本当のところはどうなんでしょうか?

お忙しいところ恐縮ですがよろしくお願いします。
by はな (2011-10-19 19:14) 

fujiki

はなさんへ
9歳のご年齢であれば、
1回のみの接種の効果は必ずしも充分なものではなく、
通常は2回接種が推奨されます。
ワクチンは3価のワクチンですが、
B型に関してはその効果は非常に乏しいので、
無視して考えて構いません。
A型は新型とA香港型で、
その2種の予防に関しては、
昨年2回接種していても、
2回の接種を行なった方が良いと思います。

勿論1回でも効果が変わらないケースは、
実際には存在すると思いますが、
その推測は事前には困難だと思います。
by fujiki (2011-10-20 08:12) 

はな

お忙しい中お返事下さりありがとうございました。

昨年の予防接種で次の日2回とも熱が出たので少し躊躇していました。昨シーズン(今年になりますが)は3月の春休みに入ったとたん高熱と熱性けいれんを起こし非常に親子で怖い思いをしました。

予防接種をしていたのに~と思っていましたがB型には関係なさそうですね。

今週の初めにすでに1回目を打ってしまい、もしかして早すぎて4月には効果が薄れている???と後から気付き、2回目を3週間あける所を5週間にしようかと(11月半ば)思っています。

2回目を打って2週間くらいで効果がある・・・4月半ばまで効果が効いている・・・と解釈してもいいでしょうか?
by はな (2011-10-20 16:43) 

fujiki

はなさんへ
データからは2回目の接種は28日間後が、
最も有効率は高いので、
それより開けることはお勧めは出来ません。
毎年の接種であれば、
概ね半年は抗体の上昇は持続すると思いますが、
それ以降は個人差もあり何とも言えません。
ただ、追加接種の効果は確実なものとは言えず、
ワクチンの効果自体が100%ではないのですから、
あまり気にされる必要はないのでは、
と思います。
by fujiki (2011-10-21 08:16) 

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