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癌悪液質(カケキシア)のメカニズム [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

今日の話題はこちら。
悪液質論文.jpg
進行癌の患者さんの「悪液質」という病態の、
生じるメカニズムについての、
先月のScience誌に掲載された論文です。

癌が進行すると、
体重が減り、
非常に特徴的な痩せ方をします。

必ずしも食欲がない訳でもないのに、
みるみる衰弱が進行してゆくので、
本人も周りの人も、
これはおかしい、と誰もが感じます。

テレビに出てくるタレントなどが、
しばらくぶりに画面に現われると、
ちょっと異様な痩せ方をしていることがあり、
今は癌になるとそれを商売にする方が多いのですが、
少し前までは隠すことの方が一般的だったので、
本人は何も言わないのですが、
テレビを見ている、
医療のことなど何も知らないおばちゃんも、
「あの人癌だね」
と的確な判断を下せるくらい、
その印象は強烈で特徴的です。

この癌に特有の痩せ方を、
癌悪液質(Cancer-associated Cachexia )と呼んでいます。

Cachexia(カケキシア)というのは、
元々はギリシャ語で、
「悪い状態」くらいの意味だそうです。

その翻訳が「悪液質」です。

この「悪液質」は癌でなくても生じることはあり、
結核やHIV感染症、そして肺気腫などの病気でも、
病状が重く慢性化したような状態では、
同様の衰弱状態が生じることがあります。

皆さんも肺気腫で酸素を使用しているような方が、
同じような痩せ方をしていることを、
お感じになったことがあるかも知れません。

しかし、進行癌による「悪液質」は、
一番特徴的なもので、
全ての癌の患者さんの15%は、
悪液質が原因で死亡する、
という統計もあります。

しかし、全ての癌が同じように「悪液質」を起こす、
という訳ではなく、
胃癌と膵臓癌の患者さんで、
特にその比率が高く、
進行癌の8割に見られるとされています。

「悪液質」は何故起こるのでしょうか?

そんなの簡単だよ、
癌が進行すると食事が摂れなくなるので、
それで衰弱して痩せるんでしょ、
と言われる方があるかも知れません。

つまり、飢餓状態と同じメカニズムで、
「悪液質」は起こる、という意見です。

しかし、多くの研究から、
飢餓状態と癌による悪液質には、
幾つかの明らかな違いが存在することが分かっています。

皆さんも感覚的には、
ただ食べる量が少なくて痩せるのと、
進行癌になって痩せるのとは、
その印象が大きく違うということは、
お感じになるのではないかと思います。
医療知識のないおばちゃんが、
「あの人癌だよね」
と言えるのはそのためです。

それでは通常の飢餓状態と悪液質の違いは何でしょうか?

端的に言えば、
飢餓状態では身体の代謝全体が抑えられます。
身体はまず備蓄した脂肪をエネルギーとして使用しますので、
脂肪が分解されて減少しますが、
蛋白質の分解は抑えられ、
身体はエネルギーを節約する状態になります。

一方で癌悪液質では、
脂肪細胞の減少と筋肉細胞の減少とが、
ほぼ同時に起こります。
骨格筋と脂肪とが急激に減少するのです。
この時、一時的には遊離脂肪酸や中性脂肪が、
血液中には増え、
インスリンも上昇して、
所謂メタボと同じような数値が見られます。
つまり、身体は太っている時のように、
エネルギーを消費するのに、
筋肉と脂肪とはそれにはかかわらずに、
急激に減少するのです。

癌の痩せ方の異様さと言うのは、
実はこうした不自然な現象が、
身体に起こっていることから来ています。

それでは何故、
悪液質ではこのような現象が起こるのでしょうか?

上記の論文の著者らの仮説は次のようなものです。

癌により炎症性のサイトカインが、
過剰に産生されます。

すると、それが脂肪細胞にある、
Adipose Triglyceride Lipase (Atgl)という脂肪の分解酵素の活性を高め、
それによって脂肪が急激に分解されます。
すると、脂肪細胞からの何らかのシグナルの影響、
もしくは血液中に放出された遊離脂肪酸などの影響で、
今度は筋肉細胞におけるその分解が亢進するのです。

これはネズミを用いた実験で、
脂肪の分解酵素Atgl の遺伝子を使えなくしたネズミでは、
癌が身体に生じても、
脂肪細胞も筋肉細胞も減少しない、
すなわち悪液質が生じない、
という結果から確認されます。

その結果を図示したものがこちらです。
悪液質の図.jpg
これは今月のNew England Journal of Medicine誌の、
上記の論文についての解説にあった図です。

向かって左が通常のネズミのケースで、
右のパネルが脂肪分解酵素の発現を止めたケースの結果です。

この結果が示すものは何でしょうか?

筋肉と脂肪細胞との間に、
何らかの関連性が存在することは、
多くの知見から間違いのないものだとされています。

しかし、そのどちらが主導権を握っているのか、
と言う点については、
あまり明確なことが分かってはいなかったのです。

今回のデータは、
進行癌の悪液質という、
ちょっと特殊な病態に限ったものですが、
脂肪細胞の分解の亢進が、
筋肉細胞に影響を与える経路の存在を、
明確に示しているのです。

もう1つは進行癌に伴う悪液質の治療の可能性です。

癌の本体そのものは退治出来なくても、
進行した膵臓癌のケースなどでは、
死因の大きな比率は悪液質なのですから、
脂肪分解酵素をブロックすることにより、
身体の消耗を最小限に抑える可能性が、
生じることになるのです。

また抗癌剤などの治療は、
それ自体が消耗や衰弱を招くものですから、
そうした治療の際に、
悪液質への対応を同時に行なうことにより、
患者さんの治療への適応力を、
より高められる可能性も考えられるのです。

今日は癌悪液質の最近の知見の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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やまやま

はじめまして。先日母が直腸癌と診断され、いろいろ調べるうちにこちらに辿り着きました。母は七年前ほどからどんどん痩せ、半年前に肺炎、その頃から便秘と細い便に少し悩んでいました。それ以外は普通に過ごしていたので、半年ほど前の人間ドックで大腸にポリープ?カルチノイドがあると診断されてからその切除手術をして結果が悪性と出るまで何も変わらず過ごしていました。、今は筋組織への侵食があり、初期の癌だと診断されています。そして、明日紹介状をもらい、転院先への手続きが始まるというところです。母の癌は七年前からあったということですか?痩せたのはそのせいだと思いますか?ちょうどその頃仲の良かった弟が亡くなり、そのせいだとばかり思っていました。これから不安で仕方ありません。
by やまやま (2013-09-18 01:14) 

fujiki

やまやまさんへ
お母様ご心配なことと思います。
断定的には言えませんが、
カケキシアは癌がある程度進行してから生じることが多く、
初期の癌と体重の減少とは、
無関係な可能性が大きいように思います。
by fujiki (2013-09-19 08:07) 

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