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橋本病と流早産との関連性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
甲状腺自己抗体と早産.jpg
イギリスの医学誌「British Medical Journal 」に、
今年の5月に掲載された、
橋本病と流早産との関連性と、
その予防策に関しての論文です。

橋本病は甲状腺の自己免疫疾患で、
自分の甲状腺に対する抗体が産生されて、
それにより甲状腺に慢性の炎症が起こる、
という病気です。

九州大学の病理学の橋本先生により発見されたため、
国際的にも橋本病という病名が採用されています。

橋本病は特に女性で、
非常に頻度の高い病気です。

ただ、多くの場合は治療を要するのは極一部で、
それも甲状腺の機能低下に対して、
ホルモン剤を使用するのがその主なものです。

ところが…

橋本病の患者さんでは、
そうでない方よりも、
ご妊娠された場合に、
流産や早産のリスクが高いのでは、
という指摘が以前からされていました。

ただ、ここには1つの議論があります。

1つの考え方は橋本病の本態である、
血液中の自己抗体自身が、
その流早産の原因ではないか、
というもので、
もう1つの考え方は、
橋本病により生じる甲状腺の機能低下が、
その原因ではないか、
というものです。

仮に甲状腺の自己抗体自身が、
流早産の原因であるとすれば、
たとえ甲状腺機能が正常であっても、
それで流早産のリスクはなくならない、
ということになりますし、
もしそうではなく甲状腺ホルモンの不足が、
その主な原因であるとすれば、
甲状腺ホルモンを適切に補充することにより、
そのリスクは軽減することが出来る、
ということになります。

果たしてどちらの考え方が正しいのでしょうか?

そこでご紹介する文献ですが、
これはこれまでの多くの論文をまとめて解析したもので、
最近流行りの他人の褌で相撲を取る、メタ解析の論文です。

甲状腺の自己抗体には幾つかの種類がありますが、
ここでは抗ペルオキシダーゼ抗体、
という抗体をその解析の対象にしています。
これはマイクロゾームテストという検査と、
ほぼ同じ意味合いのものです。

論文によると、
抗ペルオキシダーゼ抗体を持つ方は、
そうでない方に比べて、
3.9倍流産する危険性が高く、
早産の危険性も2.07倍高かった、
とされています。

これは基本的には甲状腺機能が正常な方を、
その対象にしています。

つまり、この結果を信じるとすれば、
自己抗体の存在自体が、
甲状腺の機能とはかかわりなく、
流早産のリスクとなる、
ということになります。

しかし、これは本当でしょうか?

僕は個人的には少し疑問に思います。

甲状腺機能低下症が、
流早産のリスクになる、
ということははっきりしています。

そうであるなら、
矢張り潜在的なものや軽度のものも含めて、
甲状腺機能低下症が、
流早産のリスクに関連しているのではないでしょうか?

実際には甲状腺刺激ホルモンが、
僅かに上昇している程度の状態が、
上記の論文で甲状腺機能が正常と、
判断されている可能性があるのでは、
というのが僕の現時点での考え方です。

一方で上記の論文の中に、
少量の甲状腺ホルモン製剤(チラージンS)を、
甲状腺機能が正常で橋本病を持っている、
妊娠中の女性の方に使用したところ、
流産のリスクが半減し、
早産のリスクも3割に低下した、
というデータが紹介されています。

その使用量は概ね1日50μg程度で、
これは甲状腺刺激ホルモンが抑制されるレベルより、
遥かに少ない使用量です。

これはおそらく潜在的に機能低下が生じるリスクが、
ホルモン剤の補充により軽減されてものと、
僕には考えられます。

自己抗体自体が少量のホルモン剤の使用で低下する、
ということは考え難く、
これは矢張り甲状腺機能の変動が、
抑えられたための効果と考えられるのです。

ただし、その効果を見た論文は、
このメタ解析の中で2編のみで、
それも同一の研究グループの手によるものです。

従って、上記の論文の筆者も、
まだこれだけでホルモン剤の有用性を云々するには、
データが不足している、
というように結論付けています。

妊娠中の甲状腺刺激ホルモンの値については、
概ね2.5以下にコントロールするのが望ましい、
との見解があります。

これは通常の甲状腺機能低下症における、
治療の開始基準よりはずっと低い値です。
つまり、妊娠中は甲状腺機能の僅かな低下も、
望ましくはない、という判断があるからです。

しかし、現実にはそう頻繁に、
妊娠中に甲状腺機能を測定するというのは、
あまり実際的ではなく、
一種の安全策として、
少量の甲状腺ホルモン製剤を使用することは、
理に適った予防法ではないかと僕は思います。

全ての橋本病の妊娠された方に、
ホルモン剤の使用が必要であるとは思いませんが、
流早産のご経験が一度でもある方であれば、
検討に値する方法なのではないかと思います。

今日は橋本病と妊娠についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

kawasemi

niceありがとうございました。
これからもよろしく。
by kawasemi (2011-06-18 11:32) 

aucnet2011

なんだか難しかったですw
by aucnet2011 (2011-06-18 18:33) 

ももこ

はじめまして。
興味深く拝見しました。
現在妊娠初期で切迫流産と診断されています。
抗TPO抗体陽性、ホルモン値には異常のない橋本病と診断されたことがあるので心配です。
通常ホルモン値が正常ですとチラーヂンsは処方していただけないと思うのですが、どのようにドクターにアプローチしたらよいのでしょうか・・・。

by ももこ (2011-06-18 23:52) 

fujiki

kawasemi さんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-06-19 09:02) 

fujiki

aucnet2011 さんへ
コメントありがおうございます。
ちょっとマニアックな話題だったかも知れません。
by fujiki (2011-06-19 09:03) 

fujiki

ももこさんへ
コメントありがとうございます。
ご心配なことと思います。
実際に不安定な時期に、
甲状腺ホルモンを付加することが、
本当に良い方向に作用するかどうかは、
上記の論文の内容だけからは何とも言えません。
「甲状腺ホルモン剤で流産が予防された、という報告があると読んだのですが、適応にはならないでしょうか?」
というニュアンスで、
一度ご相談されるのが良いかも知れません。
論文の原文は、ネットでも無料で読むことが出来ます。
また、「日経メディカルオンライン」にも、
解説記事があります。
勿論この記事を主治医の先生に、
お見せ頂いても構いません。
by fujiki (2011-06-19 09:21) 

ももこ

アドバイスありがとうございます。
今の時点でお薬が適応にならなくとも、今後の参考のため次回診察時に相談してみます。
石原先生のように知識が深く柔軟なドクターだとよいのですが・・・
橋本病は繊維筋痛症などにも関係していると耳にしたことがありますし、
案外いろいろな機能に関係があるホルモンのようですね。
正常で元気だと思っていても、実は若干元気が足りていない状態なのかな~等と思いました。
大変勉強になる記事ばかりで感銘いたしました。
どうもありがとうございます。

by ももこ (2011-06-19 10:46) 

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