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ピロリ菌は善玉なのか悪玉なのか?(回答編) [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は昨日のピロリ菌の疑問の回答編です。

今月の米国の一流の医学誌の電子版に、
ピロリ菌とアレルギー疾患の発症についての、
興味深い論文が掲載されました。

より正確には、
その論文の一部に、
そうした記載が見られます。

これはどういうものかと言うと、
気道過敏性のモデル動物のネズミに、
生後2週間という幼い時期に、
ピロリ菌由来の糖脂質の成分に感作させると、
その後のアレルギー性気道過敏症の発症が、
有意に抑えられた、というのです。

同じ実験を生後8週間という大人のネズミに行なっても、
同様の予防効果は得られませんでした。

同様のことは、
インフルエンザウイルスの感染においても、
認められました。
つまり、幼い時期にインフルエンザに感染すると、
その後の気道過敏症の発症が予防されたのです。
(実際にはインフルエンザの方が元の論文の中心的テーマです)

そのメカニズムは主にナチュラルキラーT細胞、という、
リンパ球の増殖によるものです。
ナチュラルキラー細胞とT細胞というのは、
それぞれ別のマーカーで区別されるリンパ球なのですが、
その両者のマーカーを共に持った細胞を、
ナチュラルキラーT細胞と呼んでいるのです。
まだ免疫系が出来上がっていない時期に、
ピロリ菌やインフルエンザの感染を受けると、
特定のナチュラルキラーT細胞が増えるのですが、
そのことがアレルギー疾患の予防に繋がっているようなのです。

もうリンパ球の分化が済んだ時期においては、
同様の効果は得られないのです。

この知見は何を意味しているのでしょうか?

気管支喘息のようなアレルギーというのは、
一種の免疫異常と考えられますが、
それは免疫の分化が完成する時期に、
守られ過ぎて病原体との接触が少ないと、
リンパ球の分化がまっとうに進まず、
その歪みがアレルギーという形を取って、
現われるのではないか、という仮説があります。

こうした仮説を「衛生仮説」と呼ぶことがありますが、
そのメカニズムをある程度証明したのが、
今回の研究であったと言えそうです。
(勿論ネズミの実験に過ぎない、という限界はあります)

ここで昨日の疑問に戻りますが、
乳幼児期にピロリ菌の感染が起こることは、
そうした正常なリンパ球の分化を促すための、
1つのシグナルになっている、
ということが出来るのです。

昨日お示しした知見に、
ピロリ菌の陽性者の方が、
胃癌の手術後の余命が長かった、
というものがありましたが、
これも同様に幼少時期のピロリ菌の感染が、
免疫反応の活性化を促し、
ピロリ菌の陽性者には免疫の働きの優れていた人が多かったために、
こうした結果が得られたものと考えられます。

つまり、ピロリ菌はその感染が大人になっても持続すれば、
胃癌のリスクになることは間違いがありませんが、
幼少時期の感染は正常な免疫機能の発達に、
有用な刺激になりうる、
ということなのです。
除菌したからと言って、
その免疫機能が元に戻る訳ではないのですから、
大人になって除菌することの有用性は、
変わるものではないのです。

インフルエンザと気管支喘息との関連についても同様で、
幼少時期のインフルエンザの感染は、
確かに重症化のリスクも伴いますが、
それを乗り越えれば、
むしろ免疫機能の正常な発達を促し、
将来のアレルギーのような免疫の異常を予防することになるのです。

ただ、ピロリ菌に関してはちょっと疑問もあって、
所謂自己免疫疾患は、
ピロリ菌の感染者に多く、
除菌により改善するケースも確認されているので、
それが感染するタイミングの問題なのか、
それとも感染を受ける側の体質の問題なのか、
まだ不明の点を残しています。

この知見から気管支喘息の予防、
ということを考えると、
ピロリ菌由来の特定のリンパ球の増殖を促す糖脂質を、
たとえば他の蛋白質と結合させて、
ワクチンとして使用し、
乳幼児期に接種することで、
気管支喘息の発症を予防出来るのでは、
という考えがすぐに浮かびます。
大人への接種は勿論無効です。

実際、今の技術をもってすれば、
そうしたワクチンの開発自体は、
そう難しいことではないように思えます。

ただ、問題は将来のアレルギーのリスクを、
どのようにして考え、
ワクチンを接種すべき対象を絞るのか、
ということであり、
またそうした手技が、
却って他の免疫異常を惹起する危険性はないのか、
ということです。

もし、ワクチンの免疫が、
正常の免疫システムと同じ反応を起こすものなら、
インフルエンザのワクチンでも、
インフルエンザ感染と同じ効果があり、
アレルギーの予防になる筈です。
しかし、実際にそうではないのは、
ワクチンの免疫と実際の免疫との反応には違いがあり、
その代用にはなっていないことを示しています。

その欠点を更に新種のワクチンで補おう、というのは、
何か屋上屋を重ねるような、
バランスを欠いた発想のようにも思えます。

ただ、免疫の仕組みがもう少し明確になれば、
こうした考え方はもっと整理されるのでしょうし、
ワクチンという考え方も、
再考を迫られるのではないか、
と言う気もします。

今後の研究の推移を、
希望を持って見守りたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 12

yuuri37

http://www.youtube.com/watch?v=mEQG-1j5ZUo&feature=related
Wishing you a blessed Chistmas and joyful holidays.^^V

by yuuri37 (2010-12-25 10:22) 

えーちゃんaaa

*<(*^-')ノ☆;:*:;☆メリクリ☆;:*:;☆ヽ('-^*)>*
by えーちゃんaaa (2010-12-25 17:07) 

ぼんぼちぼちぼち

とても興味深く読ませていただきやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-12-25 20:29) 

kakasisannpo

今日もありがとうございます

免疫機能の複雑性が少しづつ分かったような気がします
by kakasisannpo (2010-12-25 20:39) 

fujiki

yuuri37 さんへ
こちらは何もないクリスマスなのですが、
ありがとうございます。
by fujiki (2010-12-26 10:51) 

fujiki

えーちゃんaaa さんへ
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-12-26 10:51) 

fujiki

ぼんぼちぼちぼちさんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-12-26 10:52) 

会社員

寄生虫を研究している先生が、寄生虫と免疫のことを本に書いてあるのを思い出しました。
人間の体って複雑なんだなって思ってしまいます。

いつも感心しますが、先生は勉強熱心ですね。
頭が下がります。
by 会社員 (2010-12-26 10:52) 

fujiki

kakasisannpo さんへ
コメントありがとうございます。
現在のような大雑把な治療ではなく、
もっと免疫のシステムに合わせた、
治療が進むことを期待したいと思います。
by fujiki (2010-12-26 10:54) 

fujiki

会社員さんへ
コメントありがとうございます。
これは僕の私見ですが、
寄生虫にしろ細菌にしろ、
持続的な感染は通常あまり良い反応を生まないのです。
異物との接触はそれをスムースに免疫系が排除出来れば、
ある意味ゲームのようにステージが上がるので、
より免疫の効果は高まるのです。
しかし、一旦その攻撃が失敗し、
身体の中に異物を抱え込むと、
それと身体の反応を調和させることは非常に難しく、
それが多くの病気の原因となるように、
僕には思えます。
明瞭に敵を作る、
という免疫の「不寛容」な性質が、
多分根本的な問題で、
しかし、人間を含めた生物は、
それを生理として生きているのです。
人間が戦争をし、
敵を威嚇し、領土を主張するのも、
ちょっと大風呂敷を広げるようですが、
そうした「不寛容」さが本質の部分にあるのかも知れません。
by fujiki (2010-12-26 12:13) 

学生

なるほどと思って読ませていただきました。

一つ質問です。
「持続的な感染はよい反応を生まない」とありますが、例えば腸内細菌についてはいかがでしょうか。最近、腸内細菌が抑制性T細胞などを誘導し腸炎を防ぐというような知見もあったかと思います。
確かに胃癌や動脈硬化などは、持続感染が悪い方へ働く代表かと思います。
腸内細菌は、持続感染が良い方へ行きうる、ほぼ唯一の例外と考えられているのでしょうか?
by 学生 (2011-03-10 19:15) 

fujiki

学生さんへ
コメントありがとうございます。
人間の身体とうまく共存しているケースは、
他にもあると思います。
一般に正常細菌叢と呼ばれるようなものは、
そうした役割を果たしているのではないでしょうか。
腸内細菌の変化が、
過敏性腸症候群などの要因になっているのでは、
という説もあります。
by fujiki (2011-03-11 08:23) 

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