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成人喘息と抗コリン剤の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテのチェックなどして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は喘息治療についての、
トピック的な話です。

今年の10月28日付のNew England Journal of Medicine 誌に、
「Tiotropin Bromide Step-Up Therapy for Adults with Uncontrolled Asthma 」
という論文が掲載されました。

掻い摘んだ内容を、
医療系のサイトから引用します。

【吸入ステロイド+チオトロピウム、ステロイド倍量より優越性示す】
コントロール不良の成人喘息患者210名を対象に、吸入グルココルチコイド+チオトロピウムの有効性を二重盲検3群クロスオーバー試験で検討。グルココルチコイド2倍用量群と比較し、PEF 、気管支拡張薬投与前FEV1 、喘息コントロール日数、症状スコアの優越性が示され、サルメテロール併用群とは非劣性が示された。

これはかなり画期的な内容で、
今後の喘息の治療を大きく変える可能性を持つものだと、
僕は思います。

以下、その点を解説したいと思います。

喘息治療の基本薬は、
吸入ステロイドと呼ばれる薬です。
これは喘息の気道の炎症を抑えるために、
強力な抗炎症作用のあるステロイドを、
吸入剤として使用するものです。

ステロイドは副作用の強い薬ですが、
吸入剤として使用すると、
その量が削減出来るため、
副作用が軽減出来るのです。

たとえば、フルタイドと呼ばれる薬剤で、
1日量400μg 、
キュバールと呼ばれる薬剤で、
1日量200μg は、
その標準的な大人の使用量です。

この量のステロイドで効果が充分でない場合には、
幾つかの選択肢があります。

欧米のガイドラインでは、
この場合ステロイドの量を倍にするか、
(フルタイドなら400を800に増量するのです)
もしくは長時間型のβ刺激剤という薬剤を、
吸入で追加するのがその主な選択肢で、
それ以外にテオフィリン製剤や、
ロイコトリエン拮抗薬のような抗アレルギー剤、
アレルギーに関与するIgEに対する抗体の、
高価な注射剤などが、
その患者さんの状態によって、
オプションとして選択されます。

ただ、ステロイドの量を倍にしても、
倍の効果がある訳ではなく、
その効果は限定的で通常頭打ちになります。
また、長時間型のβ刺激剤は、
一時的な効果はありますが、
気道を無理矢理拡張し続けることにより、
稀に喘息の急激な悪化を招くことがあるとされ、
その長期の使用には慎重であるべきとの見解が、
最近示されています。

抗アレルギー剤やIgE に対する抗体は、
患者さんによっては著効する事例がありますが、
全ての方に効果のある訳ではなく、
非常に高価な薬であることも考えると、
その使用の選択には、
慎重な判断が必要です。

現状日本では、
ステロイドとβ刺激剤の合剤が、
多く使用されている、
という特徴がありますが、
(アドエアとシムビコートがそれです)
これはβ刺激剤の、
漫然とした長期投与になり易い、
という問題があると思います。

今回β刺激剤の代わりに、
抗コリン剤と呼ばれるタイプの薬を使用し、
上記論文ではβ刺激剤に遜色ない効果を示し、
ステロイドを2倍に増やすよりも、
有効性は上であった、というのです。

抗コリン剤とはどういう薬でしょうか?

大雑把に言うと、
自律神経のうち、
交感神経は気管支を広げ、
副交感神経は気管支を逆に狭めます。

従って、交感神経を刺激する薬と、
副交感神経を抑える薬は、
共に気管支拡張作用があるのです。

抗コリン剤は副交感神経を抑える薬です。

これも全身を抑えてしまうと、
色々と弊害があるので、
吸入剤として使用し、
主に気管支の平滑筋にのみ、
薬剤が作用するようにしたものです。

このタイプの薬はアトロベントなどの商品名で、
比較的古くから、喘息の治療に使われています。

ただ、これは短期作用型の薬なので、
作用の持続は弱く、
また気管支の拡張作用で言うと、
β刺激剤に明らかに劣るので、
次第にあまり使用されなくなったのです。

その一方で2000年代に、
長期間型の抗コリン剤の吸入薬が開発されました。

それが論文にあるチオトロピウムで、
商品名はスプリーバです。

この薬は日本でも販売されていますが、
喘息の適応はなく、
使用は肺気腫と慢性気管支炎に限られています。

しかし、当然その成り立ちから言って、
喘息にも効果は期待出来るのです。

論文では吸入ステロイドは、
キュバールが使用されています。
キュバールの1日量160μg
(日本では200μg が使用されています)
を使用し、それで効果不充分な患者さんに、
キュバールを2倍量にするか、
セレベントというβ刺激剤を1日100μg
(これは日本の使用量と同量です)
を追加するか、
もしくはスプリーバを1日18μg
(これも日本の使用量と同じです)
追加するか、
で比較したものです。

その結果としてセレベントと同等の効果が、
スプリーバで得られたのですから、
これはかなり画期的なことだと言えるのです。

抗コリン剤には、
心疾患を増やすのではないか、
という危惧もあり、
本当にβ刺激剤に比較して、
安全性の高い薬なのか、
という点については、
現時点で断定的には言えませんが、
これまでの成績を見る限りは、
より安全性の高い薬である可能性が高い、
と僕は思います。

短期作用型の抗コリン剤で、
β刺激剤のような急性増悪や突然死の増加は、
報告されてはいないからです。

理屈から言っても、
交感神経を刺激するより副交感神経を抑える方が、
より心血管系への負担は少ないと想定されます。

今後長時間型のβ刺激剤に代わって、
抗コリン剤が使用される流れになることは、
僕はかなり確率の高い見通しではないか、
と言う気がします。

今日は喘息治療についての、
トピックをお届けしました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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永遠の通りすがり

なんとか不動産屋さんに修理のお願いをして、今日、ようやくお湯が出るようになりました(長かった…泣)。
ここには書きませんが、今回のことのきっかけは石原先生なんです。ありがとうございました。

先週末から今週にかけて様々なことがあり、気持ちは、地殻もマントルも内核も抜けて南米に到達してしまいそうなくらい落ち込んでいますが、給湯器のことは本当に嬉しいです。

毎度、blogに関係のない書き込みで申し訳ありませんが、どうしても先生にご報告したかったので。
by 永遠の通りすがり (2010-11-04 14:42) 

fujiki

永遠の通りすがりさんへ
お湯のことは良かったですね。
また今度詳しい話を聞かせて下さい。
by fujiki (2010-11-04 22:12) 

チェリー

もし、先生の患者さんで
ぜんそく治療で、セレベントとフルタイドの
両方を吸入していて、
症状が安定してきた場合
どちらの吸入薬からやめていこうと
判断されますか?

どちらのほうが
体に害が少ないのでしょうか?
by チェリー (2010-11-06 22:25) 

fujiki

チェリーさんへ
通常はセレベントから終了し、
ピークフローをチェックしながら、
フルタイドの減量を試みます。
長期使用ということを前提で考えれば、
吸入ステロイドの方が、
安全性の高い薬剤であることは、
間違いがありません。
by fujiki (2010-11-06 22:34) 

チェリー

どうもありがとうございました。
今後の吸入治療の参考になりました。

by チェリー (2010-11-07 11:20) 

あきこ

石原先生、いつもご相談ばかりでごめんなさい。

近くの呼吸器科の先生の診断を受けるのですが、
納得いかず、先生の過去の記事を読み質問させてください。

遺伝で、幼少のころから咳喘息があります。明け方、
夢を見ているときに、苦しくなり、咳きこんでおしまい、です。
もう慣れっこです。

ただ、今は軽い風邪から、気管支が炎症をおこしているのか、
咳きこんだときに、息が吸えなくなります。呼吸が
出来なくなります。

以前もそういうことがあり、呼吸器専門のところへ
行って診察しましたが、「アドエア」を処方されて終わり。
別のところへ行くも、ピークフロー、レントゲンでは問題
なかったので、ムコダインだけもらいました。そしてその時は治りました。

今回は、ムコダインを飲むにもかかわらず、
毎朝の咳きこみと、そのときの呼吸が止まる感じは
変わりません。

咳きこんだあとの、息が吸いにくくなる、あの現象を、
医師に説明しても、検査の結果は大丈夫なので、精神的なもの
として片づけられてしまいます。

石原先生、こういうのはやはり喘息の一種、なのでしょうか。
ゼイゼイ、という感じはまったくないのです。
神奈川県在住なのですが、石原先生のところへ
伺えば、診察していただけますか。

この咳きこみは、明け方の夢を見ているときのみ、というのが
気になっています。
副交感神経とか、何かと関係するのであれば、普段の心がけで
なんとかなるのでは・・・と思ったり。

長文で申し訳ありません。寝ることが不安でたまりません。
by あきこ (2011-05-22 12:24) 

fujiki

あきこさんへ
一時的な気管支の攣縮のようなものかも知れません。
僕の考えはまず吸入ステロイドの高用量で、
次に抗コリン剤の夜だけの吸入、
それで止まらなければ、
一時的に経口のステロイドはどうか、
というものです。
発作への不安感が、
影響している可能性もあります。
遠方ですが、
勿論お出で頂ければ対応させて頂きます。
by fujiki (2011-05-22 20:13) 

あきこ

石原先生、お返事ありがとうございました。(メールでもお送りして
しまって重複してすみませんでした。)
気管支の攣縮、というお話、初めて自分の症状をわかって
もらえたように感じます。うれしくて、気持ちが楽に
なりました。
明日、先生のところへ診察に伺わせてください。
予約はしたほうがいいのでしょうか。
朝、お電話さし上げてから、伺わせてください。
ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
by あきこ (2011-05-22 21:10) 

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