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コリスチンの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

少し前にこんなニュースがありました。

【多剤耐性菌に効く抗生物質コリスチン、使い方限定復活へ】
主要な抗生物質が効かない多剤耐性菌の増加を受け、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会は25日、60年前に日本で発見され、その後使われなくなっていた抗生物質コリスチンを、多剤耐性菌への使用に限って復活させる方針を決めた。

最近院内感染で問題になった、
多剤耐性アシネトバクターや、
多剤耐性緑膿菌に対して、
効果の期待される抗生物質が、
復活承認の方針となった、
という記事です。

それでは、このコリスチンというのは、
どういう抗生物質なのでしょうか?

コリスチンは福島県内で採取された、
土壌細菌から発見された抗生物質で、
1950年に日本の小山康夫先生らによって、
海外の医学誌に報告されたのが最初です。

当時はこうした新しい抗生物質の、
発見ラッシュでもあったのです。

分類としては、
細胞膜傷害剤の、
ポリペプチド系抗生物質、
という括りに入ります。

この薬はポリミキシンEとも呼ばれ、
細菌の細胞膜を、
強く障害する性質を持ちます。

しかし、細菌の細胞膜と人間の細胞膜は、
ステロールという脂質の成分が、
細菌ではエルゴステロールが多く、
人間ではコレステロールが多い、
という違いはあるものの、
それ以外には大きな差はありません。

コリスチンはそのステロールの差を認識して、
細菌の細胞膜を強く攻撃するのですが、
構造の基本は同じ人間の細胞膜も、
ある程度は攻撃してしまうのです。

つまり、この薬は選択毒性が弱いので、
人間の身体にも影響を与える、
すなわち副作用の強い薬なのです。

ただ、細胞膜を直接破壊する作用があるので、
その効果は極めて短時間で得られ、
かつ強力です。
また、細菌の代謝とは無関係なので、
耐性菌を生み出し難い、
という利点があります。

しかし、問題は副作用です。

主に報告されているのは、
腎臓への毒性による腎障害と、
神経の毒性による神経症状です。

腎障害は急性尿細管壊死で、
その頻度は過去の報告では20~25%です。

神経毒性は異常知覚、嚥下困難、呼吸不全、複視、
などが報告されていて、
その頻度は7%程度とされています。
短期間の使用でめまいや痺れなどが生じ、
連続使用で神経障害や痙攣が起こる、
というのが典型的なようです。

この薬は1960年代から70年代にかけて臨床応用され、
日本でも主に多剤耐性の緑膿菌の感染に対して、
筋肉注射の製剤が使用されました。

しかし、当初から副作用の強さが問題となり、
またその後アミノ配糖体系の抗生物質や、
セフェム系の抗生物質が、
相次いで発売され、
緑膿菌に対しては、
そうした薬剤で充分対応可能と考えられたため、
1990年代には製造中止となり、
承認も取り消されました。

当時販売していたのは、
今は外資に吸収され、
事実上消滅した萬有製薬などです。

当時の雰囲気を感じて頂きたく、
1980年代の資料を引用します。

まず「今日の治療薬」より…
ポリペプタイド系抗生物質は、腎、神経障害が強く、ポリミキシンB、コリスチン、バンコマイシンなどしか市販されていない。また全身投与は最終選択剤でしかない。ただし欧米ではMRSA に強い抗菌力を持つ点が注目されており、今後全身投与について再検討される可能性もある。(原文より変更あり)

次に名著「新しい抗生物質の使い方」より…
ポリペプチド系抗生物質の急性毒性は、他の系統のものに比べるとはるかに強い。マウス腹腔内投与による50%致死量は20mg/kg で、アミノ配糖体抗生物質の100mg/kg 内外、βラクタム薬剤の数千mg/kg に比べれば、その差は明らかである。緑膿菌等の難治感染症の原因となりやすい菌のうち、他の薬剤に高度耐性を示す株による感染症には、ある程度の危険を覚悟してポリペプチド系抗生物質が使われてきたが、これらの菌に有効で安全性の高い新アミノ配糖体抗生物質や、第3世代セフェムが実用化された今日では有用性が少なくなったことは否めない。

今回海外でコリスチンが、
多剤耐性のアシネトバクターにも有効である、
との複数の報告があり、
また当初より副作用の発現の頻度は低い、
との報告もあって、
この薬の有用性が見直され、
再承認の方針に至ったのです。

ただ、勿論危険な薬であることには間違いはなく、
その使用は専門医による、
切り札的な用途に限られるべきだと思います。
一般の医者が安易に手を出すような代物とは違います。

今回の事例で思うことは、
いつもながらの日本の専門家と行政の担当者の、
先を見る目のなさです。

毒性の強い抗生物質は、
当然効果も強いのです。
そのメカニズムから言っても、
耐性菌に有効性が高い薬剤であることは明らかなのですから、
使用頻度が減ったからと言って、
その承認を取り消してはいけないのです。

1999年にはその有効性を見直す論文が、
既に海外では書かれています。
同時期にその承認を取り消すのですから、
そのセンスのなさというのは、
救い難い感じがしますが、
「無駄を省く」とか、
「仕分け」とかと言うのは、
科学技術や医療の分野に限って言えば、
概ねそうした作業のように僕には思えます。

コリスチンも、
「そんな無駄な危険なだけの薬が必要でしょうか?」
という薬だったのであり、
おそらくは承認の取り消しの時にも、
誰1人反対する人はいなかったのではないか、
と僕には思えるからです。

ジェネリックで延命を図る、
という方法もあったと思いますが、
こういう薬に限って、
ジェネリックも生まれないのです。
ジェネリックの会社が作るのは、
儲けになる薬だけだからです。
こういうところにも、
僕がジェネリックという仕組みを、
胡散臭く思い嫌悪する理由があります。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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