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ARBと癌との関係を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

「蛸の予言」は凄いですね。
ただ、マジックマニアの見地から言うと、
色々と仕掛けは組めそうな気もします。
要するに蛸の予言ではなく、
人間の予言なのかも知れませんが、
いずれにしても凄いことに間違いはありませんね。

それでは今日の話題です。

アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬、
というタイプの血圧の薬があります。
これを略してARBと呼びます。

商品名で言うと、オルメテック、ディオバン、
ニューロタン、ブロプレス、イルベタン(アバプロ)、
ミカルディスなどがそれに当たります。

現在世界で最も注目されている、
高血圧の薬であり、
日本で最も売り上げの多い、
高血圧の薬でもあります。

最近この薬を飲んでいる患者さんに、
癌の発症が多いのではないか、
というちょっと聞き捨てならない疑問が、
一部で持ち上がって来ています。

きっかけとなっているのは、
今年の6月14日付けで、
Lancet Oncology という英国の雑誌に掲載された論文です。

これは最近よくあるタイプの、
それまで行なわれた多くの臨床試験の結果を、
まとめて統計処理して新たな知見に結び付ける、
というタイプの研究です。
これをメタアナリシスと呼んでいます。

まあ、ある意味他人の褌で相撲を取る、
という行為と言えなくもありません。
元データは自分で集めたものではなく、
他人が苦労して集めたものだからです。
それをひょいと拝借して、
「この試験のデータをさあ、2つ足してみるとほら、
薬のせいでこんな病気が増えてるじゃん。
これって問題だよね」
というような案配です。

何となく僕はこういう研究は、
下品な感じがして嫌なのですが、
最近の流行りであることは間違いがありません。
統計処理の手法におそらくは進歩があったのと、
パソコンの性能が進歩したことが、
その主な理由なのでしょう。
また、こうした研究が必要なことも確かだとは思います。

ただ、元が他人のデータを、
繋ぎ合わせて結果を出したものなので、
その結果の解釈には、
自分で取ったデータ以上に、
慎重な判断が必要とされるのだと思います。

さて。

元のデータは大抵製薬会社がお金を出して、
その高血圧の薬の効果を見たものです。
従って、概ねその薬の有効性や安全性が、
確認された内容になっています。

ただ、これは血圧の薬であって、
癌の薬ではないので、
心臓病や脳卒中、腎機能障害や糖尿病などに関しては、
その関連性が慎重に検討されていますが、
その経過の中で癌の患者さんが発生しても、
それは偶発的なことで、
薬とは無関係と通常は判断されます。
勿論個々の研究において、
関連性がないかどうかは検討はされるのですが、
その結果は関連は薄い、との判断だったのです。

ところが…

数年前のブロプレスという薬の大規模臨床試験で、
薬を飲んだ患者さんの方が、
飲まない患者さんよりも、
癌の発症がやや多かった、という結果が出ました。
このデータはこの時点で、
主にヨーロッパを中心に問題になりましたが、
すぐに立ち消えになりました。
偶然の増加に過ぎない、
という判断になったのです。

そして、今回、その試験を含む5件の臨床試験を、
「統合して」検討したところ、
ARBを飲んでいた患者さんの方が、
肺癌の発生が25%程度上昇していた、
という結果が得られたのです。
計算上はこの薬を4年間服用した患者さんのうち、
143人に1人はこの薬の影響で癌になる、
という確率になります。

こう聞くとかなり深刻な事態と思われ、
またその可能性も皆無ではないのですが、
この臨床試験の対象者は60代がその平均で、
所謂癌年齢であり、
その発癌効果は受動喫煙と同程度という言い方も出来ます。
そういう言い方をすると、
またそれほど問題のないようにも思えますね。
まあ、何とも言えないところです。

それでは、仮にARBと発癌との間に関連性があるとすれば、
そこにはどのようなメカニズムが考えられるでしょうか?

その1つの仮説はこうです。

ARBというのは、
昇圧物質である、アンギオテンシンⅡという物質の、
作用する受容体をブロックする薬です。
アンジオテンシンⅡの受容体には、
1と2の2種類があり、
ARBはその1の受容体をブロックする薬です。
これは1の受容体にアンジオテンシンⅡがくっつくことが、
血圧の上がる主な作用を担っているからですが、
それでは一体2の受容体はどんな働きをしているのか、
というと、
その点についてはまだはっきりとは分かっていないのです。

ただ、動物実験ではこの2の受容体が刺激されると、
血管が新しく作られたり、
細胞が増殖したりし易くなることが報告されています。
つまり、もしその報告が人間にも当て嵌まるものなら、
仮にその人の身体に癌があれば、
それは増殖を促されて、大きくなり易い、
という推測は成り立ちます。
(ただそれとは正反対の報告もあります)

さて、ARBで1の受容体をブロックしてしまうと、
アンジオテンシンⅡのくっつく場所は、
2の受容体だけになります。
つまり、そうなると2の受容体の作用は、
薬の使用により逆に増強される、
という可能性がある訳です。

従って、この2の受容体の作用増強により、
癌細胞が増殖し易くなり、
それで肺癌が増えるのでは、
という仮説が成り立つのです。

僕がこの仮説にやや信憑性を感じるのは、
ACEというアンジオテンシンⅡを産生する酵素は、
主に肺の血管に多く存在する、
と言う事実があるからです。
特定のARBのこれまでの臨床試験においては、
前立腺癌を減らした、というような、
癌予防の効果を示唆したものも存在します。
これはひょっとしたら、その臓器のアンジオテンシンⅡや、
それに関わる物質の、
偏在にそのヒントがあるような気がします。

ただ、これはあくまで仮説であって、
人間で立証されたものではありません。

ACE阻害剤と言う薬があり、
これはACEという酵素を阻害することにより、
アンジオテンシンⅡ自体を減らすメカニズムの血圧の薬です。
しかし、ブラジキニンという物質も同時に増やすため、
咳や浮腫みなどの副作用が出易い点、
またアンジオテンシンⅡの産生を全てブロックする訳ではない、
という限界も指摘されていました。
そのためにARBが開発され、
ACE阻害剤に取って代わったのですが、
今度はアンジオテンシンⅡの2の受容体の働きが活性化することにより、
別種の副作用が生じる可能性が指摘されたのです。

こうした経過を受けて、ヨーロッパでは、
ARBよりもACE阻害剤を優先して使用するべきではないのか、
という論調もあるようです。

現時点でこのARBと癌との関連についての議論は、
日本では殆ど報道されていません。
おそらくネットでも現時点での紹介は、
個人のブログに限られ、
医療系のニュースなどでも、
何故か取り上げられていません。
これは医療系のニュースと雖も、
ARBを発売している製薬会社から、
資金提供を受けて運営されており、
その配慮があるのではないかと、
これはある製薬会社の担当者からお聞きしたことです。

血圧を下げることの効能は、
その下げ方の問題はあっても、
ほぼ確立した事実です。

ただ、それではどの薬が一番血圧を下げるのに望ましいのか、
と言う点については、
まだ未知数の部分が多く残っているようです。

ARBはあまりに降圧剤として日本では圧倒的に宣伝され、
使用されている薬剤ですが、
その効果と安全性とのバランスについては、
もう少し慎重な検討がまだ必要であるような気がします。

今日は特定の血圧の薬と癌の発生との間に、
関連性があるのではないか、
という海外の報告についての話でした。

念のため補足しますが、
この話は現時点ではまだ確定した事実ではありません。
また、その癌の発生というのは、
主に肺癌のみの増加で、
かつ受動喫煙と同じくらいのリスクに過ぎません。
従って、もし当該のお薬をご治療で飲まれている方は、
その薬を急に止めたり変更する必要性は、
現時点ではありません。
ただ、今後の情報には注意が必要ですし、
新たな情報が確認出来れば、
このブログでもまたご紹介したいと思います。
また、僕は現時点では、
全ての患者さんにARBの処方を控える、
ということは勿論ありませんが、
肺癌の発症リスクの高い方
(ヘビースモーカーなど)では、
慎重投与の方針で考えています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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