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「百日咳急増」を考える [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先週、こんなニュースがありました。

【百日咳急増、大人も注意…患者の半数超】
百日咳の成人患者の割合が、この10年で急増していることが、国立感染症研究所の調査で分かった。今年は全体の5割を超え、20歳未満を逆転した。感染研は「咳が出た場合は感染を広げないためマスクを着用し、長引くようなら早めに医療機関を受診して欲しい」と注意している。

この記事の元ネタは、
国立感染症研究所の最近の「感染症週報」です。

その更に元になっているデータは、
全国に3000箇所ある、
定点医療機関というごく僅かな医療機関からの、
報告をまとめたものです。

この定点医療機関は小児科のみです。

つまり、百日咳は小さなお子さんの病気と考えられていたので、
小児科からの患者さんの報告のみで、
その発生状況をチェックしているのです。

にも拘らず、その報告の5割は、
20歳以上の大人だった、というのです。
小児科の医院でも、
そのお子さんのご家族など、
大人の患者さんを少なからず診ています。
ただ、それは小児に流行する病気においては、
あくまで補助的な情報である筈です。

それが、実際には大人の報告の方が多かった、
というのですから、
これはかなり異常な状況だ、
ということがお分かり頂けるかと思います。

ここで、当然の如く疑問が湧きます。

大人の方が多い病気を、
小児科の医療機関のみで統計を出して、
そこには大人の患者さんも含まれているとしたら、
そんな統計に、一体何の意味があるのだろうか、
ということです。

はっきり言えば、あまり意味はないですよね。

小児科の医療機関で統計を取るのであれば、
それはお子さんの統計でなければ意味がない筈です。
そこに受診する大人の患者さんは、
当然バイアスが掛かっているのですから、
同列で一緒に集計しても、意味のあることとは思えません。

百日咳の届出の基準は、
2週間以上続く咳があり、
独特の痙攣のような咳発作か、
新生児や乳児で咳の後に嘔吐や無呼吸の生じるか、
いずれかの症状のあるもの、
とされています。

お読み頂くと分かるように、
これはあくまで小さなお子さんの患者さんを想定したものです。
この基準で「たまたま受診した」大人の患者さんを診断し、
それがデータとなって集計されるのですから、
何かどうも釈然としないものを僕は感じます。

ただ、大人の百日咳が増えていることは事実です。

2007年の5月には香川大学で、
同年の7月には高知大学で、
それぞれ学生を中心とした百日咳の集団感染が報告されています。

実際に診療所でも、
近隣での百日咳の流行を経験していますし、
先週も百日咳の患者さんを複数診断しました。

今の春から夏に掛けての季節が、
百日咳の流行するシーズンなのです。

以前の記事でも何度か触れましたが、
百日咳の診療体制には、
多くの問題があると僕は思います。

以下、僕の考える問題点を幾つか箇条書きにしてみます。

①診断のあやふやさ

現時点で百日咳の診断に、定まった方法がありません。
健康保険で可能なのは、血液の抗体価の測定と、
鼻の奥からの培養の検査だけです。
つまり、殆どの日本の医療機関では、
この検査のみで百日咳の診断が行なわれています。

しかし…

上に挙げた香川大学の事例では、
行政の報告書では、血液の抗体価のみで、
その感染の有無が診断されています。
このケースでは長引く咳などの症状があり、
流行株とされる山口株に対する抗体価が、
40倍以上であれば百日咳と診断しています。

しかし、これはちょっとびっくりです。
2007年に確かにそういうとぼけた文献が、
発表されてはいるのですが、
僕は診療所で200例以上は検査をしているので、
確信を持ってそれは嘘だと断言出来ます。
大学生くらいの年配で、
流行株の抗体価が40倍から160倍程度というのは、
極めて一般的な数値で、
感染していなくても、
ワクチンと交差免疫があるので、
少しは上がるのです。
それで感染を云々するなど、
臍が茶を沸かすようなあほらしさです。

その数ヶ月後に起こった高知大学の集団感染の報告書では、
さすがにそうした診断はされていません。
ただ、今度はPCRという遺伝子検査が用いられています。
研究目的もあったのでしょうが、
100名以上の患者さんに、
遺伝子検査が施行されています。
ただ、これはあくまで行政の御用研究所が、
研究目的で乗り出したからこそ出来たことです。
同じ規模の流行は、
僕の身近にも存在し、
多くの患者さんが発生していますが、
幾ら僕が騒いでも、
PCRなどやってはくれません。
勿論健康保険の適応もありません。

感染症の遺伝子検査は、
一体誰のためのものなのでしょうか?

僕はその点を非常に疑問に感じます。

ただ、この事例は非常に参考になるデータを含んでいます。

その1つは98例で施行された培養の検査で、
何と1例も陽性には出なかったということです。
培養はタイミングを図らないと、
その診断への意味合いはかなり乏しい、ということがよく分かります。
また、2つ目には抗菌剤で治療した場合に、
1週間で26名中19名はPCRが陰性になっている、
ということです。
つまり、1週間の抗菌剤の使用で、
感染力はかなり落ちることは間違いがありません。

僕の提言はPCRを末端の医者にも、
活用出来るような形を是非取って欲しい、
ということと、
仮に抗体価の測定を診断の1つとするならば、
その基準には明確なものが是非必要だ、
ということです。

②治療のあやふやさ

大人の百日咳の治療にも、
明確な指針はありません。

クラリスロマイシンという抗生物質が、
おそらく最も使用されていると思われますが、
日本での常用量の1日400mg というのは、
海外と比較すれば低用量で、
これで果たして充分なのか、という検討は、
あまり行なわれていないと思いますし、
その使用期間も、
処方する医師によってまちまちだと思います。
ある医師は海外の教科書通り1週間使用し、
別の医師は患者さんの咳が持続する間は、
その使用を継続しています。
また代用としてアジスロマイシンという薬が、
使われるケースもありますが、
その使用法も日本と海外とでは異なっており、
果たしてその使用が適切なものなのかどうか、
と言う点にも疑問が残ります。
(1996年にクラリスロマイシン7日間と、
アジスロマイシン3日間での効果を見た文献がありますが、
これはあくまで小児のデータです)

また、クラリスロマイシンは、
一般に耐性菌の多いことでも知られています。
アメリカの治療指針では、
クラリスロマイシンの耐性例では、
ST合剤という薬が使用されていますが、
日本では百日咳菌に対する感受性が、
実際にどの程度のものであるのか、
信頼の置けるデータは存在しないと思います。

従って、この点に対する僕の提言は、
治療の指針を早急に作成することです。
クラリスロマイシンが第一選択とするなら、
その用量は再検討される必要があると思います。

③サーベイランスのあやふやさ

これは最初に述べたことと重複します。
小児科の報告を、
大人の方が多い病気で基礎データとするのは、
どう考えても間違っています。
大人の届出の基準をもっと明確化すると共に、
もっと幅広い情報の収集が必要だと考えます。

今日は成人百日咳の問題点を、
僕なりにまとめてみました。
ちょっと勢いで書きましたので、
事実誤認があるかも知れません。
何かありましたら「優しく」ご教授頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

もも

こんにちわ。
いつも読ませてもらってます。一般人には難しい内容もわかりやすく説明して下さってありがとうございます。
さて今回の百日咳の件なんですが、本当に全部百日咳なんでしょうか?
と、申しますのも、私の周囲(関西)には、マイコプラズマ肺炎と見られる人が散見されます。
私も含めて家族全員が発症しました。
病院には行きませんでしたが、症状をよく観察すると、まさにこのマイコプラズマ肺炎でした。
初期はなんだか風邪の症状でしたが、次第に咳がひどくなり、難聴、微熱と一ヶ月続きました。 今は完治してます。

お医者様でも風邪とマイコプラズマ肺炎の見極めが困難であると、医療
のページに書かれてましたので、ひょっとするとマイコプラズマ肺炎と百日咳とを混同してるんじゃないのかと思ったりもします。

関東の方にもこのマイコプラズマ肺炎に感染してる方がいます。
さて今回の件どうなんでしょう?



by もも (2010-06-01 18:26) 

yuuri37

何かありましたら「優しく」ご教授頂ければ幸いです。という一文に反応してしまった私・・・「う~ん何かないかしら・・・百日咳ね。だめだ何もない(クション)」
視界に入ってきた奴に「ねえ、百日咳について語ってみて」と叫ぶと
「はあ!?百日咳っすかあ・・・小児科にあたって下さい。失礼しまーす」うちの外科はこんなレベルでした~><;トホホ・・・
by yuuri37 (2010-06-01 19:24) 

fujiki

ももさんへ
コメントありがとうございます。

咳の風邪では、
百日咳とマイコプラズマは、
軽症では見分けの付かない場合が多いと思いますが、
典型例ではある程度鑑別は可能と思います。
マイコプラズマは家族内感染はありますが、
集団感染はあまりありません。
肺炎の事例では高熱があることが通常で、
レントゲンにも変化があります。

迷うケースでは、
僕は百日咳とマイコプラズマの、
両者の抗体価を測定して診断の参考にしています。

ただ、治療薬はどちらもマクロライド系の抗生物質なので、
見込みで治療は開始しても、
大きな問題はないのです。
by fujiki (2010-06-01 21:52) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。

どうか、お手柔らかにお願いしますね。
by fujiki (2010-06-01 22:01) 

ひげおやじ

百日咳に対しては抗菌薬を使用しても本人にはあまりメリットはないと聞きましたが(飲んでも飲まなくても咳は同時期に治まる)。
あと、日本でもTdapを導入すればよいのでは・・・
by ひげおやじ (2010-06-02 21:55) 

fujiki

ももさんへ
マイコプラズマ流行ってますね。
先日咳のお子さんでそうした事例があり、
ご家族に感染しました。
by fujiki (2010-06-03 08:42) 

fujiki

ひげおやじさんへ
コメントありがとうございます。

ご指摘の通り、抗菌剤はカタル期のうちに使用しないと、
そのご本人にはメリットは大きくはなく、
周囲に感染を拡大しないために、
使用する意味合いが大きいと思います。
そうした点をしっかり書いておくべきだったと思いました。
ただ、成人の百日咳は非定型的な症状のことが多く、
最初から咳だけのケースが結構あります。
従って、咳が出ているからもう抗菌剤は意味がない、
と言い切るのも一般臨床の立場では迷うところです。
そうした裏打ちになるデータは、
概ね典型的な症状の小児のものだと思います。
百日咳のワクチン追加接種は、
実施の方向で動いてはいるのだと思います。
by fujiki (2010-06-03 08:50) 

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