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「検視ミス」を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

それでは今日の話題です。

先週こんなニュースがありました。

【県警、検視ミスを謝罪】2000年に亘理町の自宅で夫を自殺に見せかけて殺害したとして、県警が3日、那覇市安謝、パート社員高橋まゆみ容疑者(49)ら5人を殺人容疑で逮捕した事件は、県警が当初の捜査で、殺人容疑を見落とす結果となった。県警の発表によると、2000年8月6日、県警が事件の連絡を受けた際、まゆみ容疑者の夫で自衛官の高橋光成さん(当時45歳)は病院に運ばれた後で、警察は発生当初の現場を確認していなかった。県警は、「外出先から戻ったら、夫が台所で首をつっていた」という妻の証言などをもとに自殺と判断し、司法解剖もしていなかった。三浦重信・県警組織犯罪対策局長は「解剖をしていれば(殺人と)早く分かったかもしれない」と話し、阿部信三郎刑事部長は「過去に実施した検視が誤認検視であると判明し、誠に遺憾。再発防止に取り組みたい」とコメントした。(2010年3月4日)

最近時々問題になる、
「検視ミス」の話です。

皆さんはこの記事をどうお読みになりますか?

コメンテイターの入った朝のニュースなどを見ると、
日本で不審死が見逃されていて、
警察の検視が杜撰で怠慢である、
とか、
本来はもっと解剖が行なわれるべきなのに、
解剖医の数が少ないために、
それがされていないのが問題だ、
というような論調が一般的でした。

それは確かに間違いではありませんが、
それでは全ての不審死を解剖するべきなのでしょうか?

そこにはちょっと事実誤認があるような気がします。

僕は昨年から今年に掛けて、
検案の研修を受け、
監察医務院での研修も受けました。

その立場から、ちょっとこの検視の問題を、
考えてみたいと思います。

たとえば膵臓癌で治療中の方が、
その膵臓癌が原因で亡くなられたとします。

その場合は勿論その方を診ていた医師が、
死亡の確認をし、死亡診断書を書きます。

しかし、この事例のように、
首吊りが疑われる状態の方が、
病院に家族の手で担ぎ込まれ、
そこで死亡が確認されたとします。

その場合はこれは「異状死」ということになるので、
通常の死亡診断書は書くことが出来ません。
つまり、「検視」が行なわれます。

検視はまず所轄の警察署の届出から始まります。
日本においては、
全ての異状死の検視は、
警察を窓口として行なう形になっているからです。

死体は通常警察署の検視室に運ばれ、
そこでまず司法警察官による検視が行なわれます。
この警察官は医師ではありません。
この検視の目的は、
犯罪の有無を確認することです。
上の事例で言えば、
首吊りによる自殺であれば、
犯罪性はなく、もし他殺の疑いがあれば、
これはその警察官の意思で、
死体は司法解剖に廻されます。
つまりこの場合には医師の関与で解剖が決まるのではなく、
警察官の意思で決まるのです。

警察官が犯罪性が低いという判断をした場合には、
その死体は医師の検案に廻されます。
東京では監察医務院という専門の施設があり、
そこに検案専門の医師がいるので、
その医師が検案のために、
通常警察署の検視室に赴きます。

東京の場合毎日検案医を乗せたハイヤーが巡回していて、
警察署や病院を廻り、検案を行います。
僕も一度そのハイヤーに同乗して、
検案を研修で廻りました。

検案というのは死体の所見を良く見ることと、
現場の状況を良く確認することがその基本です。

通常検案医は現場に行くことはなく、
担当の警察官から話を聴き、
現場の状況を主に写真で説明された上で、
死体を見て、診断を下します。

上の事例に即して考えると、
首吊りの疑われる死体がある訳です。

死因は間違いようはなく、
「頚部圧迫による窒息死」です。

しかし、その原因が、
自分で首を吊ったのか、
それとも誰かに首を絞められたのかでは、
大きくその後の経過が違います。

その両者を、解剖することなく、判断することが可能でしょうか?

それがまず1つの問題点です。

結論から言うと、ある程度は可能です。
ミステリーのお好きな方ならご存知のように、
瞼の裏側や口の中に、小さな出血の跡がないかどうか、
紐の閉まった跡の走行や、
その周囲に不審な所見はないか、
という辺りが、その判断のポイントになります。

つまり検視をする警察官と検案医の能力が、
一定のレベルに達していれば、
解剖をしなくても、それほどの見落としはない訳です。

東京の監察医務院の場合も、
検案したご遺体のうち、
解剖に廻るのはその2割程度です。
解剖すれば全ての死因が明らかになる訳でもありませんし、
無用に解剖を増やすのが、
良いこととも限りません。
要は検視のレベルを上げることと、
疑いがあればすぐに解剖に廻せるような、
体勢が整っているかどうか、
という点が問題になるのです。

上の宮城県の事例の場合、
一番問題なのは、
現場の状況が把握されていない、
ということです。
おそらくは犯人が自分達でご遺体を、
病院に運んだのでしょう。
そこが犯人達の賢いところです。
仮に救急車を呼んだとすれば、
安易にご遺体を移動させたり、
警察に連絡する前に、
現場を乱したりすることは、
まず考えられないからです。

現場の状態が把握されていないとすれば、
死因の特定は非常に困難なのですから、
その一事をもって、
この事例は解剖に廻すべきではなかったかと、
僕は思います。
ただ、宮城県には監察医制度はありませんから、
警察から依頼された「普通の医者」が、
検案に当たった可能性が高く、
その場合は警察官の心証に左右されるケースが、
非常に多いのです。
更には検案医が解剖を主張しても、
ご遺族がそれを拒まれた場合には、
それを強行することは現実的には難しいのです。
その場合の解剖は、
司法解剖ではなく、行政解剖になるからです。

従って、上の事例の場合、
最初に司法解剖の対象としなかった、
警察の検視のミスが大きく、
そのために警察の幹部が謝罪しているのです。
ただ、勿論その場合にも、
検案をした医者にも責任がない訳ではありません。
この事例に関してのみ言えば、
警察が解剖が必要、と判断すれば当然解剖はされたのであり、
その点で「解剖医が不足しているのが原因」
という説明は当たらないのです。

それから、ちょっとしたトリビアですが、
文中で謝罪しているのは、
組織犯罪対策課ですが、
これは実は概ね検視の窓口が、
何故か組織犯罪対策課なのです。
その上に位置するのが刑事局長です。
従って、そのボスの2人が、
上の記事では謝罪をしているのです。

面白いでしょ。

監察医制度というのは、
死因を特定する専門の施設を、
行政が用意しよう、という制度です。

これは第二次大戦後のGHQ の指示で、
半ば強制的に設置されたものです。
ところが、その重要性がしっかりと認識されていなかったために、
早い時期に厚生省が補助金をカットし、
それを潮に地方は次々と制度を廃止しました。

現在監察医制度の残っているのは、
東京以外では、横浜市と名古屋市、
大阪市と神戸市だけですが、
現在統計が発表されているのは、
東京と大阪と神戸だけで、
それ以外では現実には、
しっかりと機能していません。
昭和60年まで施行していた京都市と福岡市は、
所謂「中曽根行革」の時に、
「不要」と仕分けされて廃止されました。
行革とか仕分けとかと称するものの、
実体は現実には常にこうしたものです。
本当に必要性の低いものが廃止されるのではなく、
抵抗の少ないものが廃止されるものだからです。

「解剖医を増やせ」というような議論がありますが、
これは実際には誤りで、
「監察医制度を増やせ」と言うべきなのです。

ポイントは検視であって解剖ではなく、
検死医が独立した判断をすることが可能で、
そのために必要に応じて自前で解剖の可能な施設が、
どうしても必要になるのです。

今日は「検視ミス」についての、
僕の考えをお話しました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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Piichan

最近になってマスコミは日本の検視体制の不備を批判していますが、警察記者クラブに常駐しているはずのマスコミにも責任がなかったとはいえないような気がします。記者の能力がたかければ不審な死に方について警察に十分な捜査をもとめることだってできたはずです。

児童虐待もそうですが、地域のつながりが希薄になり、隣人同士の監視がきかなくなって家庭というものが信用できなくなってきているような気がします。
by Piichan (2010-03-08 17:39) 

fujiki

Piichan さんへ
コメントありがとうございます。

そうですね。
メディアの皆さんは監察医制度が廃止されたことも、
当然ご存知だった訳ですから、
その責任の一端は確実にあると僕も思います。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-03-09 08:17) 

みぃ

お早うございます。
相撲部屋での虐待死の時でも、話題になりましたが、死因と言う物は、本当に判断が難しい物で、難しさを悪用されかねないのだな~と、感じています。
良く、家の中で、家族の誰かが亡くなった場合、絶対に、警察に届ける前に、意識が無いと言って、救急車を手配しないと、大変な事になると教えられました。  でないと、殺人の可能性が出て来て、なかなかお葬式さえ出せなくなるのだそうです。
これは、誰に聞いたのかは、失念してしまいましたが、老人夫婦が増えて来た現在、知り合いの誰かの経験談だったような気がします。
私共夫婦もいつの日か、どちらが経験する事になるのでしょうが、やはり、救急車が先なのだとだけは、覚えて置きたいと思った物でした。
監察医がテレビドラマでは大活躍なのですが、日本で数人だけと言う現状が本当ならば、あまりにも少なすぎる気が致します。
難しい経緯は分かりませんが、日本の制度が知らないうちに、悪化している気がするのは、残念で仕方が有りません。
by みぃ (2010-03-09 09:24) 

笹かまぼこ

いつも興味深く拝見しております。事実と合わない部分が気になりコメントする気になりました。
事件は宮城県亘理町で発生したことですから捜査は宮城県県警で行ったわけで、謝罪も宮城県警幹部なのです。
犯人達はできるだけ自死に見せかけようと工夫した様ですし、遺体が病院に先に搬送されてしまい、後からの現場検証となった事で、判断が誤ってしまったのでしょうが、偽装を見破られなかったのは残念というところでしょうか。
by 笹かまぼこ (2010-03-09 09:33) 

fujiki

みぃさんへ
コメントありがとうございます。

死因の究明は事件の有無に関わらず、
非常に重要な問題ですが、
警察任せになり、
おろそかになった経緯は残念でなりません。
by fujiki (2010-03-09 13:49) 

fujiki

笹かまぼこさんへ
貴重なご指摘ありがとうございます。

すいません。
初歩的なミスでした。

取り急ぎ、記事の「沖縄県→宮城県」と、
修正をしました。
正確な記述に努めたいと思いますので、
今後ともよろしくお願いします。
by fujiki (2010-03-09 13:51) 

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