僕の前の不条理とその解決の話 [仕事のこと]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。
それでは今日の話題です。
これは昨日あった、
とっても恥ずかしい話です。
でも、僕自身は真剣そのものでした。
最初にちょっと前置きです。
ミステリーに「密室トリック」というのがありますね。
他人が入れない筈の閉ざされた部屋の中で、
人が殺されている、という奇怪な状況です。
その種明かしに、鍵が掛かっていた、と思った部屋が、
実は鍵が開いていた、と言うトリックがあります。
つまり、ノブを捻った加減で、
ドアが開き難い状態だっただけなのに、
鍵が掛かっていると、錯覚する、というのです。
こんな馬鹿なトリックがあるでしょうか?
有名な大長編のミステリーで、
ああだこうだと密室の謎を究明したその挙句、
真相がこのトリックだった時には、
僕は本当にガッカリして脱力しました。
鍵の掛かっていないドアを、
鍵が掛かっていると錯覚することなど、
現実には考えられない、と確信していたからです。
ところが…
先日診療所のトイレに入ろうとして、
ドアのノブを捻り、確かに鍵が掛かっている、
という感触を感じました。
それでドアをノックしましたが応答がありません。
奇怪です。
それでもう一度ドアノブを捻ると、
今度はスムースにドアが開きました。
なるほど。
実際にはそうしたことがあるのです。
人間の錯覚というのは、
確かに馬鹿には出来ません。
昨日の話は、
ちょっと今の話に似ています。
往診を依頼された80代の男性の方がいました。
高血圧があり、膝の痛みもあって、
近所の内科と整形外科にそれぞれ通っていましたが、
身の回りのことは、
ご自分お1人で可能な状態でした。
2週間ほど前にお風邪を引かれ、
それから食欲がなくなり、
徐々に歩行が困難になりました。
ご家族の方が昨日お見舞いに訪れ、
様子がおかしい、ということで、
診療所に往診の依頼があったのです。
伺ってみると、意識ははっきりされていて、
血圧や呼吸の状態も問題はありません。
ただ、起き上がるのは困難な様子です。
目を見ると、白目に黄疸がありました。
それで血液検査をしたのですが、
その結果はご様子よりかなり深刻なものでした。
おそらくはお風邪をこじらせて、
肺炎から、血液で細菌が増殖する、
「敗血症」の状態になったと思われます。
肝臓や腎臓の数値も、
かなり深刻な状態でした。
すぐに入院が必要でしたので、
ご家族とも相談の上、
まずは近隣のA病院に連絡を入れました。
医療連携室の担当の方に事情をお話すると、
「入院が必要な状態ですか?」
と聞かれます。
「そうです」
と僕が言うと、
それでは受け入れは難しい、というご返事です。
ベッドは満床でした。
それで今度は別のB病院に連絡を入れました。
また医療連携室の担当者にお話すると、
今度は、すぐに、ベッドは満床です、という対応ではなく、
そういうことなら直接外来と繋ぎます、と言われます。
それで外来の看護師さんに再度話しをして、
「では来て下さい」とご承諾頂きました。
いつものことですが、
本当にほっとして拝みたくなるような瞬間です。
それから看護師さんは紹介状のファックスを、
医療連携室宛に送って欲しい、
と言われたので、
僕は一旦電話を切り、
紹介状を書いて、ファックス番号を調べ、
ファックスを送る段になって、
念のため医療連携室にもう一度確認した方が良いのでは、
と思い直しました。
ファックスがそのままに放置されてしまったら、
困った事態となるからです。
それで僕は病院の医療連携室に、
もう一度電話を繋いでもらいました。
医療連携室の担当者は、
先刻とは違う方のようでした。
僕は今から患者さんのファックスを送るつもりだ、
と言いました。すると、
「えっ、どういうことでしょうか?」
と訝しげな声がします。
何か感じの悪い奴だな、と思いながら、
僕は一連の経過を説明しました。
受話器の向こうには沈黙があり、それから、
「それはどうも困りましたね」
という返事です。
「何が困るのでしょうか?」
「うちは今ベッドが満床で、入院はお受け出来ない状態なんです。それはさっき対応した職員も、はっきりお話した筈です」
「いえ、それは聞いていません」
僕は言いました。それが事実だからです。
満床だと断わられたのはA病院で、
このB病院ではありません。
「担当の方はそれでは外来に繋ぎましょう、と言ってくれたんです。それで外来の方に話をすると、すぐ来て下さい、というお答えでした」
「入院のこともお話になったんですか?」
「勿論話しました。入院の必要性が高そうだ、と。それで救急車で来て下さい、という話になったんです」
「おかしいですね。現在この病院では、入院のベッドの管理は、一括して医事課で行なっているのです。外来でそんなことを言うスタッフがいるとは思えません。何かの間違いではないでしょうか?」
「間違いじゃありません。今確かに話をしたんですから」
僕は混乱しました。
一体この病院はどうなっているのでしょうか?
医事課と外来とは別々に動いていて、
お互いの連携は何もないのでしょうか?
今話しているのは、
どうやら最初に対応した方の上司のようです。
同じ医事課でも、
上司の方針と部下の方針とは違うのでしょうか?
僕のような診療所の医者からの紹介など、
全て断われ、という指令が上から出ているのでしょうか?
あまりの不条理な事態に絶句した僕に、
その時受話器の向こうでこんな声がしました。
「ひょっとして、病院をお間違えではないですか?」
僕はその一言で、不意に真実に気付きました。
皆さんは先刻もうお見通しだったかも知れませんね。
僕は受け入れをOKしてくれたB病院に、
連絡を取るつもりで、
間違って、最初に電話をして受け入れを断わられた、
A病院にまた電話をしてしまったのです。
たまたまその病院のサイトを開いて、
最初に電話を掛け、
そのページがそのまま開かれていたための錯覚でした。
それから平謝りに謝って、
B病院で受け入れてくれたことを説明し、
冷や汗をかきながら電話を切りました。
患者さんは予定通りB病院に運ばれ、
即日入院となりました。
ちょっと疲れているんですかね。
10年以上もこうした電話を掛けていますが、
こんな錯覚をしたのは、
昨日が初めてです。
人間の理解力というのは、
どうも非常にあやふやなもののようで、
世界が一瞬にして変わってしまったような体験は、
どうもこうした錯覚が元になっていることが多いようです。
僕も昨日は一瞬、
不条理な世界にさらわれかけたのです。
今日は昨日体験した本当に恥ずかしい話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。
それでは今日の話題です。
これは昨日あった、
とっても恥ずかしい話です。
でも、僕自身は真剣そのものでした。
最初にちょっと前置きです。
ミステリーに「密室トリック」というのがありますね。
他人が入れない筈の閉ざされた部屋の中で、
人が殺されている、という奇怪な状況です。
その種明かしに、鍵が掛かっていた、と思った部屋が、
実は鍵が開いていた、と言うトリックがあります。
つまり、ノブを捻った加減で、
ドアが開き難い状態だっただけなのに、
鍵が掛かっていると、錯覚する、というのです。
こんな馬鹿なトリックがあるでしょうか?
有名な大長編のミステリーで、
ああだこうだと密室の謎を究明したその挙句、
真相がこのトリックだった時には、
僕は本当にガッカリして脱力しました。
鍵の掛かっていないドアを、
鍵が掛かっていると錯覚することなど、
現実には考えられない、と確信していたからです。
ところが…
先日診療所のトイレに入ろうとして、
ドアのノブを捻り、確かに鍵が掛かっている、
という感触を感じました。
それでドアをノックしましたが応答がありません。
奇怪です。
それでもう一度ドアノブを捻ると、
今度はスムースにドアが開きました。
なるほど。
実際にはそうしたことがあるのです。
人間の錯覚というのは、
確かに馬鹿には出来ません。
昨日の話は、
ちょっと今の話に似ています。
往診を依頼された80代の男性の方がいました。
高血圧があり、膝の痛みもあって、
近所の内科と整形外科にそれぞれ通っていましたが、
身の回りのことは、
ご自分お1人で可能な状態でした。
2週間ほど前にお風邪を引かれ、
それから食欲がなくなり、
徐々に歩行が困難になりました。
ご家族の方が昨日お見舞いに訪れ、
様子がおかしい、ということで、
診療所に往診の依頼があったのです。
伺ってみると、意識ははっきりされていて、
血圧や呼吸の状態も問題はありません。
ただ、起き上がるのは困難な様子です。
目を見ると、白目に黄疸がありました。
それで血液検査をしたのですが、
その結果はご様子よりかなり深刻なものでした。
おそらくはお風邪をこじらせて、
肺炎から、血液で細菌が増殖する、
「敗血症」の状態になったと思われます。
肝臓や腎臓の数値も、
かなり深刻な状態でした。
すぐに入院が必要でしたので、
ご家族とも相談の上、
まずは近隣のA病院に連絡を入れました。
医療連携室の担当の方に事情をお話すると、
「入院が必要な状態ですか?」
と聞かれます。
「そうです」
と僕が言うと、
それでは受け入れは難しい、というご返事です。
ベッドは満床でした。
それで今度は別のB病院に連絡を入れました。
また医療連携室の担当者にお話すると、
今度は、すぐに、ベッドは満床です、という対応ではなく、
そういうことなら直接外来と繋ぎます、と言われます。
それで外来の看護師さんに再度話しをして、
「では来て下さい」とご承諾頂きました。
いつものことですが、
本当にほっとして拝みたくなるような瞬間です。
それから看護師さんは紹介状のファックスを、
医療連携室宛に送って欲しい、
と言われたので、
僕は一旦電話を切り、
紹介状を書いて、ファックス番号を調べ、
ファックスを送る段になって、
念のため医療連携室にもう一度確認した方が良いのでは、
と思い直しました。
ファックスがそのままに放置されてしまったら、
困った事態となるからです。
それで僕は病院の医療連携室に、
もう一度電話を繋いでもらいました。
医療連携室の担当者は、
先刻とは違う方のようでした。
僕は今から患者さんのファックスを送るつもりだ、
と言いました。すると、
「えっ、どういうことでしょうか?」
と訝しげな声がします。
何か感じの悪い奴だな、と思いながら、
僕は一連の経過を説明しました。
受話器の向こうには沈黙があり、それから、
「それはどうも困りましたね」
という返事です。
「何が困るのでしょうか?」
「うちは今ベッドが満床で、入院はお受け出来ない状態なんです。それはさっき対応した職員も、はっきりお話した筈です」
「いえ、それは聞いていません」
僕は言いました。それが事実だからです。
満床だと断わられたのはA病院で、
このB病院ではありません。
「担当の方はそれでは外来に繋ぎましょう、と言ってくれたんです。それで外来の方に話をすると、すぐ来て下さい、というお答えでした」
「入院のこともお話になったんですか?」
「勿論話しました。入院の必要性が高そうだ、と。それで救急車で来て下さい、という話になったんです」
「おかしいですね。現在この病院では、入院のベッドの管理は、一括して医事課で行なっているのです。外来でそんなことを言うスタッフがいるとは思えません。何かの間違いではないでしょうか?」
「間違いじゃありません。今確かに話をしたんですから」
僕は混乱しました。
一体この病院はどうなっているのでしょうか?
医事課と外来とは別々に動いていて、
お互いの連携は何もないのでしょうか?
今話しているのは、
どうやら最初に対応した方の上司のようです。
同じ医事課でも、
上司の方針と部下の方針とは違うのでしょうか?
僕のような診療所の医者からの紹介など、
全て断われ、という指令が上から出ているのでしょうか?
あまりの不条理な事態に絶句した僕に、
その時受話器の向こうでこんな声がしました。
「ひょっとして、病院をお間違えではないですか?」
僕はその一言で、不意に真実に気付きました。
皆さんは先刻もうお見通しだったかも知れませんね。
僕は受け入れをOKしてくれたB病院に、
連絡を取るつもりで、
間違って、最初に電話をして受け入れを断わられた、
A病院にまた電話をしてしまったのです。
たまたまその病院のサイトを開いて、
最初に電話を掛け、
そのページがそのまま開かれていたための錯覚でした。
それから平謝りに謝って、
B病院で受け入れてくれたことを説明し、
冷や汗をかきながら電話を切りました。
患者さんは予定通りB病院に運ばれ、
即日入院となりました。
ちょっと疲れているんですかね。
10年以上もこうした電話を掛けていますが、
こんな錯覚をしたのは、
昨日が初めてです。
人間の理解力というのは、
どうも非常にあやふやなもののようで、
世界が一瞬にして変わってしまったような体験は、
どうもこうした錯覚が元になっていることが多いようです。
僕も昨日は一瞬、
不条理な世界にさらわれかけたのです。
今日は昨日体験した本当に恥ずかしい話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2010-02-17 08:16
nice!(20)
コメント(10)
トラックバック(0)
そんなこと,よくありますよ!
(私なんか しょっちゅうだもの)
恥ずかしくもなんともありません.
ちょっとお疲れなだけですよ.
今週末はゆっくりお休みください.
by midori (2010-02-17 11:44)
ほんとに先生はお忙しすぎです!
少しご自分のお体も労わってさしあげてください!(^^)!
by まみしゃん (2010-02-17 11:57)
初めまして。
たまに訪問させていただいております。
わたしには難しい内容だったりしますが、良い脳の刺激になってます。
ところで……
いや、そのトリックこそ理想のトリックだと思います。
トリックは(納得できるものなら)馬鹿馬鹿しければ馬鹿馬鹿しいほど良い、ということを聞いたことがあります。
他にも、押す戸を引き戸と勘違い、というのもありますが、人間、状況によってはそんなことでも判断を誤るわけで、そのあたり、これだけ高度な文明を築いた人間でありながらもヌけているところが。って思うと、なんか恐ろしくも微笑ましくなります。
by ひとまず (2010-02-17 14:18)
私もつい先日、郵送で送られて来ている筈のレンタルCD入りの封筒を見つけられずに、到着していないとレンタル会社にメールしたのち、娘にこれじゃないの?と指摘され、冷や汗が出ました。
荷物の追跡システムでは投函済となっていたので、郵便受けの内側は見たつもりだったのにです。垂直に内側に落ちていたらしく、見落としたのです。
情けないやら、恥ずかしいやら…。
by hikkabouya (2010-02-17 15:22)
midori さんへ
コメントありがとうございます。
そうですね。
でも、急なことでちょっと慌てました。
by fujiki (2010-02-18 07:57)
まみしゃんさんへ
お気遣いありがとうございます。
今週末はゆっくり出来ればな、と思います。
by fujiki (2010-02-18 07:58)
ひとまずさんへ
コメントありがとうございます。
そうですね。
シンプルイズベストかも知れません。
ただ、シンプル過ぎると、
生理的に何となく受け付けない場合もあります。
by fujiki (2010-02-18 08:00)
hikkabouya さんへ
コメントありがとうございます。
結構世の中はちょっとした驚きに満ちていますね。
by fujiki (2010-02-18 08:01)
いつも患者さん思いの先生を心から尊敬いたします
by iyashi (2010-02-18 09:39)
iyashi さんへ
過分なコメントありがとうございます。
気を引き締めて診療に当たりたいと思います。
by fujiki (2010-02-18 22:09)