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MRHE(鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症)の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はご高齢の方で、
注意しなくてはいけない病気の話です。

まず、診療所で遭遇した、
実際の事例をご紹介します。

いつものことですが、
患者さんの特定を避ける観点から、
敢えて事実を変えた部分のあることを、
予めお断りしておきます。

患者さんはBさん。80代の女性です。

60代の頃から、
近隣の内科の医院で、
高血圧の治療を受けていました。
長年、カルシウム拮抗剤、
というタイプの薬を使っていましたが、
今年の夏にいつものように外来を受診すると、
主治医は特に説明なく、
「今日から血圧の薬を変えますね」
と言いました。

使用された薬は新薬で、
アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬、
というタイプの薬に、少量の利尿剤が添加され、
1錠になっている、という最近流行りの薬の1つです。
飲み方は朝1回ですから、
それまでと変わりはありません。

院外薬局で処方箋を出すと、
それまでの2倍のお金が掛かりました。
何となく不思議には思いましたが、
新しい良い薬なので、
仕方がないのだろうな、と思います。

それから2週間は、何事もなく過ぎます。

いつものように医院を受診すると、
血圧は良くなっていると褒められます。
それでまた2週間の処方が出て、
1週間ほど経った頃です。

次第にBさんの体調に異変が起こります。

身体がだるくなり、動くのが億劫になります。
それから、食欲がなくなり、
食べても胃がもたれて、
あまり多くは入らなくなります。

それでBさんは主治医を受診します。
主治医はお腹を触り、
「胃炎の症状ですね」と言います。
それで胃薬が処方されました。
ガスモチンという商品名の、
慢性胃炎の薬です。

Bさんはその薬を飲んで様子を見ましたが、
症状は一向に改善しません。
それどころか、食べるとすぐもどすようになります。
それから頭が重くなり、物忘れが酷くなって、
考えることが出来ません。
足はふらついて歩いても躓き、
足先は痺れているような感じです。

ある日Bさんは散歩中に意識を失って倒れ、
近隣の救急病院に運ばれました。

しかし、着いた時にはもう意識は戻っていました。
血圧や呼吸は安定していて、
心電図にも異常なく、
念のためと頭のCTを撮りましたが、
それも異常はありません。
受け答えはぼんやりとしていましたが、
担当した医者は、年齢から、
軽度の認知症と判断しました。
そのため、血液の検査はされることなく、
Bさんは家に帰されました。

その数日後に息子さんが、
1人暮らしのBさんの元を訪れます。

そして、母親の変わりようにびっくりしました。

年齢の割にしっかりとしていたBさんが、
ぼんやりとした様子で、
話し掛けても、要領を得ない返答をするばかりです。
「むかむかする。食べられない」とは繰り返し言いますが、
それがいつからかと訊いても、
はっきりとした返事はありません。
息子さん自身、「これはボケが進んだか…」と思いますが、
それでも短期間でのあまりの変わり様に、
不審に思い、いつも掛かっていた、
内科の医院を、Bさんと一緒に受診します。

ところが…

その日はたたまその医院は、
臨時の休診でした。
それで息子さんは、Bさんと一緒に、
診療所を受診されました。

僕はお話を聞き、Bさんを診察して、
ただの認知症とは違う、という印象を持ちました。
血圧は上が100を切っています。
吐き気の訴えはありますが、
お腹には特に所見はありません。

それで採血をすると、
通常は140mEq/l はある血液のナトリウムが、
110まで低下していることが分かりました。
120を切るのは高度の低ナトリウム血症で、
状況によってはお命の危険もあります。

紹介の上、Bさんは即刻近隣の総合病院に入院となりました。

一体、Bさんの一連の症状の原因は、
何だったのでしょうか?

こうした病態を、
鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症
(mineralo-corticoid responsive hyponatremia of the elderly)
と呼んでいます。略して、MRHE です。

人間の血液というのは、一種の塩水で、
その中にはおおよそ0.9%の塩分が含まれています。
これが濃度としては、
140mEq/l というナトリウムの濃度になります。

低ナトリウム血症というのは、
水に対してのナトリウムの比率が、
異常に低下した状態のことです。

血液のナトリウムが異常に低下すると、
血液は薄くなり、細胞の中に水が引き込まれます。

この影響を一番受けるのは脳の細胞です。

血液のナトリウムが異常に低下すると、
脳の細胞が浮腫んで腫れ、
それが軽いうちは頭痛や吐き気が起こります。
そして、更に進行すると、脳の働きが落ちて、
意識障害が起こり、それが更に進めば、
死に至るのです。

低ナトリウム血症というものの怖さが、
ちょっとお分かり頂けるかと思います。

通常こうしたことが起こらないのは、
脳と腎臓から分泌されるホルモンの働きで、
ナトリウムと水の量が調節されているからです。
この時に重要な働きをしているのが、
アルドステロンと呼ばれるホルモンです。
これを鉱質コルチコイドと言って、
皆さんお馴染みのステロイドの1つです。
このホルモンはナトリウムを身体の外に、
出し難くする働きをしています。
従って、このホルモンが出ると、
身体の塩分が増え、その結果として、
血圧は上がります。

一般に高血圧の患者さんでは、
このアルドステロンが高くなっていることがあります。

従って、アルドステロンを下げるような薬が、
その治療に使われます。

通常身体のホルモンの働きが正常な人であれば、
この治療に特に問題はありません。

ところが…

ご高齢の方では、
このアルドステロンに対して、
腎臓の反応が悪いことが往々にしてあることが、
知られています。
つまり、身体が塩分を蓄え難くなり、
ナトリウム不足の状態になり易いのです。
この体質による血液のナトリウムの低下のことを、
MRHEと呼んでいます。

ご高齢の方でも、
勿論高血圧は存在します。

しかし、それは多くは塩分の多いためではなく、
血管が動脈硬化で硬くなり、
血圧の調節が難しくなったためなのです。

つまり、極めて単純化して言えば、
若い人の高血圧は、
血液の量が多く、塩分の多いことから起こるのに対して、
ご高齢の方の高血圧は、
血液の量は少なく、塩分も少ないのですが、
血管が硬いために起こるのです。

ここでBさんの事例を考えて見ましょう。

Bさんは高血圧があり、
カルシウム拮抗薬という、
血管を広げる作用の薬を使っていたのですが、
最近になって処方が変わり、
アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬、
という薬に変更になりました。
アンギオテンシンⅡというのは、
アルドステロンを上げる物質です。
それを妨害する薬を使えば、
当然アルドステロンの働きは低下します。

この作用は、血液の量が多い高血圧の人には有効ですが、
Bさんのように、アルドステロンの働きが、
弱い人に使えば、元々のナトリウム不足が、
更に悪化して、血液のナトリウムは下がり、
身体から水分は失われて、
脱水状態になります。

そこにダメ押しのように、
利尿剤の効果が加わります。
それによって更に脱水が進行し、
Bさんの状態は悪化して、
高度の低ナトリウム血症の状態になったのです。

吐き気もだるさも、ボケのような症状も、
その全ては低ナトリウム血症の症状だったのです。

2週間の入院後、Bさんは診療所をお元気になって、
再び受診されました。
息子さんも驚く回復ぶりで、
ボケの徴候など微塵もありません。

アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬は、
おそらく現在最も多く使われている、
高血圧の薬です。
新薬なので、薬の値段も高く、
製薬会社の方は、こぞってこの薬を宣伝に訪れます。
最近、この薬を更にパワーアップするために、
利尿剤との合剤も発売されています。
前述のBさんの主治医も、
そうした宣伝を受けて、この薬に処方を変えたのだと、
僕は思います。

しかし、この薬は脱水が予想されるご高齢の方に、
必ずしも適した薬剤ではありません。
特に利尿剤との合剤はリスクの高い薬だと思います。
僕は基本的にこの合剤に関しては、
75歳以上の方には原則使用しない方針としています。
また、血液のナトリウムの測定は、
電解質に影響を与える可能性のある薬の使用中は、
定期的に測定する必要があるのです。

低ナトリウム血症は、
ご高齢の方に最も多い電解質異常ですが、
しばしば見逃され、
慢性胃炎や認知症、
脳梗塞などと誤認されることがあります。

皆さんの大切なご家族を守るために、
こうした事例が実は多いという事実を、
是非心に留めて頂きたいと思います。

今日は低ナトリウム血症の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 10

名無子

いつも楽しく拝見させていただいてます。
今回のトピックは身近な内容なので、とても勉強になりました。ついついARBを処方していましたが、改めて病態を考えるとしっかり使い分けをしなければなりませんね。
因みに合剤は処方したことはありません。細かい調節がしにくいですし、副作用も分からなくなってしまいますからですね。
by 名無子 (2009-12-24 19:46) 

或るケミスト

いつも興味深く拝見させていただいております。
今回のトピックスも大変勉強になりました。
そういえば、亡き父親は40代の頃高血圧症(初診時は200/120)でβブロッカーやCa拮抗剤などを飲んでいましたが、パーキンソン病を発症した後は110/60と低レベルになり、降圧剤が一切不要になりました。
それまで本態性高血圧症は一生もんやという認識でしたが、パーキンソン病を患うと血圧が低下するものなのか今だに不思議です。
by 或るケミスト (2009-12-25 03:51) 

fujiki

名無子さんへ
コメントありがとうございます。

利尿剤との合剤は、言われるように、
副作用が分かりづらくなり、
僕もなるべく別個に処方するようにしています。
ステロイドと気管支拡張剤の合剤も、
確かにコンプライアンスは良くなるのですが、
調節はしづらいですね。
by fujiki (2009-12-25 08:45) 

fujiki

或るケミストさんへ
コメントありがとうございます。

シンプルに考えると、
矢張りご高齢になることで、
循環血液量が減少し、
ナトリウムを保持し難くなることで、
血圧が低下するのではないかと思います。
それに加えて、自律神経障害の関与も、
あるかも知れません。
by fujiki (2009-12-25 08:47) 

黒瀬亮太

先生の記事はいつもすばらしく、勉強になります。
SIADHとMRHEの鑑別と診断に苦慮している症例があり、検索中に記事を拝見しました。

これからも楽しみにしております。

by 黒瀬亮太 (2010-04-27 08:33) 

fujiki

黒瀬亮太さんへ
コメントありがとうございます。

脱水というとナトリウムが上がると考えますが、
高齢者では意外と低ナトリウムの脱水が多い、
という印象があります。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-04-27 19:29) 

尚ちゃん先生

「低ナトリウム血症 回復 」で検索したらこちらにたどり着きました。
実家の母(75才)が4/26より低ナトリウム血症で入院しております。
1年程前から、胃腸の不調を訴えかかりつけの内科医院にて治療しておりました。血圧の薬も前から処方されていたようです。4/2~4/4に母の所に滞在していたのですが特に変化はなく、4/20~手足の筋肉に力が入らない、しゃべりにくいなどの症状が出て、ついに4/23に脳梗塞のような症状が出て救急車で運ばれました。その時はまさにBさんのような症状で、この先一体どうなるのか、このまま痴呆症に進んでしまうのか大変心配しました。脳のCTはやはり異常ないとのことでした。入院後すぐに点滴治療が始まり本日点滴も外れたとのことです。連休後から歩行練習も始まるようで少し安心しておりますが、高齢のためどのくらい元に戻るのかやはり心配です。今回の先生の記事はまさに母の症状にピッタリで驚きました。大変参考にさせて頂きました。
by 尚ちゃん先生 (2010-04-29 22:26) 

fujiki

尚ちゃん先生さんへ
コメントありがとうございます。

お母様、ご心配なことと思います。

ご高齢の方の低ナトリウム血症は、
この病気か、SIADHという病気が頻度が高く、
それは血液の検査で鑑別は可能です。

ナトリウムの数値が安定すれば、
ご回復される可能性は高いと思います。
by fujiki (2010-04-30 06:28) 

水野有三

同様の症例を老年医学会雑誌に発表しました。
竹下雅子ら:日老医誌47〔3〕:257-261、2010

サイアザイド・ARBの合剤による低Na血症が頻発しているので意見を聞きたいと、某医学雑誌社が最近連絡してきましたので、同様の症例を検索していましたら、この記事に至りました。
by 水野有三 (2013-01-10 21:01) 

fujiki

水野有三先生
コメントありがとうございます。
症例はきちんと報告をしないと駄目ですね。
心掛けたいと思います。
by fujiki (2013-01-10 23:17) 

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