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ライ症候群の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は休みですが、ちょっと仕事をしています。
昨日はフランスのソプラノ、プティポンのリサイタルに行って、
久しぶりにちょっと心が弾みました。
これで10日くらいは余分に生きていてもいいかな、という感じ。
ドラマついでで、「不毛地帯」を読んでいるのですが、
半分くらいでちょっとうっとうしい感じです。
今更政治家や官僚が悪いと言われても、ちょっとね、
今後生きてゆく役には立たない、という気がしますし、
商社のしのぎあいなんて、それはもう、
全く興味が湧きません。
嫌な話をわざわざしつこく聞かせないでよ、という感じ。
でも、仕方ないので最後までは読みます。

それでは今日の話題です。

今日は「ライ症候群」の話です。

「ライ症候群(Reye syndrome )は、
1963年にオオースラリアの研究者による報告が、
その由来です。報告者の名を取って、その名称があるのです。

その典型的な経過は、まず風邪の症状があり、
それがやや回復した時点で、
嘔吐と痙攣とが起こり、
それから急速な意識障害が起こって、
治療をしなければ、最悪は死に至る、というものです。

この病気は、一見脳の炎症のように思われますが、
脳以外の場所に特有の所見があります。

それは肝臓の異常です。
この病気は通常著明な肝臓の障害を伴うのです。

肝臓の細胞の中に、脂肪が溜まります。
それも、極めて小さな脂肪の塊が、
殆ど全ての肝臓の細胞に溜まる、
という特徴的な変化を示すのです。
これは一種の脂肪肝です。
しかし、通常の脂肪肝がある程度の年月を経て、
形成されるのに対して、
この病気ではそれが数時間のうちに生じるのです。
そして、肝臓の機能は急激に低下します。

血液のデータで見ると、
血糖が低下し、血液のアンモニアが上昇、
肝臓の細胞が破壊されている指標である、
GPT (ALT )という数値も上昇します。
それでいて、黄疸は起こりません。
これらの数値は、肝臓の働きが、
何らかの原因で急激に低下したことを示しています。
通常の急性肝炎とはまるで質の違う、
一種独特かつ急激な変化です。
(急性の肝炎では、ほぼ間違いなく黄疸が起こるのです)

肝臓の働きが悪くなると、
血糖が下がる、というのは、
ちょっと意外に思われる方がいるかも知れません。
しかし、血糖をいつもほぼ一定に維持しているのは、
肝臓がブドウ糖を造って、
それをじわじわと血液の中に送り出しているからなのです。
もし急激な低血糖が起これば、
その栄養を最も必要としている脳が、
短時間でその機能を失います。

ここまでのところを整理してみましょう。

「ライ症候群」では、急激な肝機能の低下と、
脳の浮腫(むくみ)や壊死が起こります。
肝臓と脳という、一見無関係な臓器に、
同時に深刻な状態が急激に起こるのが、
この病気の深刻な特徴です。

では何故、こうしたことが起こるのでしょうか?

その原因は長く謎のままに時が過ぎました。

次にこの病気が注目されたのは、
1970年代のアメリカです。
インフルエンザと水疱瘡の回復期に、
「ライ症候群」の事例が頻発しました。
インフルエンザの感染は、何故か殆どがB型でした。
1974年の流行時には、4歳から12歳児のおよそ1700人に1人が、
「ライ症候群」を発症し、7割が死亡した、とのデータが残っています。
これはかなりの高率です。
しかも、生存者の3割には神経の後遺症が残りました。

1980年代になり、
インフルエンザや水疱瘡の時の熱に対して、
アスピリンなどのサリチル酸製剤を、
解熱剤として使ったお子さんの方に、
使わなかったお子さんより高率に、
「ライ症候群」が発生している、との複数の研究結果が、
報告され論議を巻き起こしました。
そのため、インフルエンザに対して、
アスピリンを使用するな、というキャンペーンが張られ、
その結果として、数年後には「ライ症候群」は激減したのです。

この劇的な効果からみて、
少なくともアメリカで一時期頻発した「ライ症候群」の原因が、
アスピリンであったことは明らかです。

では何故、アスピリンが「ライ症候群」の原因になったのでしょうか?

それは、アスピリンがミトコンドリアへの毒性を持っているためだ、
と一応考えられています。

「ミトコンドリア」というのは、
人間の細胞の中にあって、ソラマメのような形をしていて、
細胞が酸素をエネルギーとして使用するのに、
重要な役割を果たしている小器官です。
これは元々は人間の細胞にあったものではなく、
一種の寄生体が入り込んで、そのまま一体化したものだ、
と考えられています。
以前これをネタにした「へっぽこベストセラー」があったので、
ご存知の方もあるかと思います。

問題は、ある日「ミトコンドリア」が人類に反逆する、
というトンデモ話ではなく、
ミトコンドリアはそもそもは人間と別物なので、
自己免疫等の原因により、
容易に障害を受け易い部分だ、という事実です。
実際にミトコンドリアの異常が、
多くの代謝疾患の原因として考えられています。

「ライ症候群」の肝臓の組織を細かく見てみると、
ミトコンドリアが腫れ上がり、アメーバみたいに変形している、
という特有の所見が認められます。

要するに、「ライ症候群」で障害されていたのは、
脳や肝臓ではなく、ミトコンドリアだったのです。
「ライ症候群」とは急激に発症するタイプの、
ミトコンドリア異常症のことです。

お子さんにウイルス感染が起こると、
まだ未熟な免疫系が活性化されます。
すると、本来異物であった「ミトコンドリア」は、
免疫の攻撃を受け易い状態になるのです。
ここで、ある種の薬剤の影響が加わると、
ミトコンドリアはより障害され易くなり、
「ライ症候群」が発症すると考えられています。

アスピリンに代表されるサリチル酸製剤は、
幾つかの経路で、ミトコンドリアの働きを妨害する、
と多くの研究で確認されています。
通常その作用は強いものではないので、
一般の使用には問題はないのですが、
お子さんがウイルス感染に罹った時に使用すると、
「ライ症候群」の原因となり易い訳です。

それ以外に長鎖不飽和脂肪酸という油の一種や、
抗痙攣剤のバルプロ酸(商品名デパケンなど)も、
同様にミトコンドリアへの毒性を持っています。
特にバルプロ酸は現在てんかん以外にも、
気分障害の治療薬として多用されており、
その使用には充分な注意が必要です。

「ライ症候群」の現時点での一番の問題点は、
「インフルエンザ脳症」との関連性です。

そもそもは「インフルエンザ脳症」と「ライ症候群」は、
別個に考えるべき病態ですが、
実際には統計によって、
「インフルエンザ脳症」の中に「ライ症候群」が含まれ、
同一のものとして議論されているケースもあります。
(厚生労働省の脳症の研究班も、その立場に立っているようです)

「ライ症候群」と診断するためには、
肝臓の組織の所見が必要になります。
しかし、実際には行なわれないことが多く、
症状のみからその診断がなされている場合が多いのです。
また、日本では「ライ症候群」の特徴とされている、
「嘔吐」が初期に起こる事例は極めて少なく、
本当に日本で診断された「ライ症候群」が、
海外の事例と同質のものなのか、
疑問に感じる点もあります。

1999年に脳症の研究班が、
解熱剤のメフェナム酸(商品名ポンタールなど)や、
ジクロフェナクナトリウム(商品名ボルタレンなど)と、
脳症との関連を示唆するデータを出し、
大きな問題となりました。
ここには、明らかに「インフルエンザ脳症」と、
「ライ症候群」とを同一視する視点がありました。

これは本当に目を覆うような酷い話で、
上の2つの薬剤は、実は海外ではお子さん向けには、
使用されていなかったにもかかわらず、
世界的な製薬会社であった筈の、
ノバルティスもボルタレンの座薬を売りまくり、
日本では小児の解熱剤で最も使用されていた薬であったのです。
1980年代には「ライ症候群」の研究班が存在していたにもかかわらず、
専門家も行政も、誰もそのリスクを指摘することはなかったのです。
とことん酷い、ブラックジョークのような話です。

ただ、その時点では日本のインフルエンザ脳症の原因は、
解熱剤では、という観測があったのですが、
実際にボルタレンやポンタールの使用が中止されても、
日本における「インフルエンザ脳症」の発生に、
それほど劇的な変化は起きていないのです。

実際、日本で検証されたインフルエンザ脳症のうち、
間違いなく「ライ症候群」と言える事例は少なく、
両者は明確に分けて考えるべきではないか、
と僕は思います。

ことさら薬の副作用に目を瞑る姿勢も、
何でもかんでも薬の副作用で説明しようという姿勢も、
共に誤りだと思うからです。

いずれにしても、ウイルス感染時の薬の使用には、
充分な注意を払う必要があり、
僕も常にそのことを心に刻みつつ診療に当たりたいとは思っています。

「インフルエンザ脳症」そのものの原因については、
今後の検討を待ちたいと思います。

今日は「ライ症候群」の概説をお届けしました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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匿名

アセトアミノフェンが自閉症の原因だという知見が増えています。確定的に論じている文献もあります。
by 匿名 (2017-05-17 14:00) 

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