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新型インフルエンザの現況その11 [新型インフルエンザA]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

新型インフルエンザAの現況について、
補足的な事項をお話します。

先週の7月23日に新型インフルエンザ疑いの患者さんが、
診療所を受診されました。
患者さんはCさん。20代前半の女性で大学生です。

21日から軽い咳き込みやのどの痛みなどの症状あり。
22日の午後から38度代に発熱し、
全身の関節痛と寒気、頭痛を伴いました。
それと同時に咳の症状の悪化を認めています。
診療所に受診されたのは、翌23日の午後で、
発熱は39度を超えていました。
比較的乾いた感じの、強い咳き込みがあります。
胸の音には特に異常はなく、
のどの奥は真っ赤に腫れていて、
インフルエンザの感染に典型的な所見でした。

それでインフルエンザの簡易検査を行なうと、
速やかにA型インフルエンザの反応が出ました。

聞き取りをしてみると、
大学でもバイト先の飲食店でも、
高熱を出したような人は周りにないなかった、
とのことです。

7月9日には近隣で2名の新型インフルエンザが確認されており、
同日には行政の判断で確定診断の検査は拒否されましたが、
診療所でも新型の可能性の高い中学生の事例を診ています。

そうした点からこの大学生の事例も、
新型インフルエンザの可能性が高いと判断しました。

前回の対応から言って、
どうせ無駄とは思いましたが、
行政の担当者に電話で報告をし、
検体提出の必要性があるかどうかを尋ねました。

すると矢張り、その必要はない、との答えです。
「ちなみに、どのような場合に確定診断が適応になるのですか?」
とお聞きすると、
「集団感染の事例だけです」との答えです。
「集団とは何人以上のことですか?」
とお聞きすると、
最初「10人…」と言い掛けてから、
あわてて「いや、3人以上です」とのお答えでした。
少し前に聞いた時は、
確か2人以上の感染者、という基準だった筈です。
いつの間にかハードルは上げられている訳です。
現実的に3人以上の感染者を診療所で同時に診察することなど、
殆ど有り得ないのですから、
これは結局、診療所の依頼で新型インフルエンザの診断の検査を、
行政としてはするつもりはない、
ということを示しているのだと思います。
「おまえごときが診た患者の診断をしてやるほど、
こちとら暇じゃねえんだよ」
という訳です。
すいません。つい汚い表現になりました。
不適切と思われたら、頭の中で表現を削除の上お読み下さい。

そんな訳で、今回も前回と同じく、確定診断を認められないまま、
新型インフルエンザ(と僕の信じる)患者さんの、
治療にあたることになったのです。

Cさんの全身状態は安定していました。
従って入院の必要はその時点ではないものと判断します。
ただ、ちょっと気懸りなのは、彼女が1人暮らしで、
近隣にご家族がいない、ということと、
咳き込みの症状がかなり強いものだと言うことです。

通常季節性のインフルエンザでウイルス性の肺炎を起こすことは、
極めて稀だと考えられています。
インフルエンザウイルス自体が、
鼻・のどの粘膜から、上気道という少しそれより下の部分まででしか、
増殖をしない性質があるからです。
しかし、1918年の所謂スペインかぜという、
当時の新型インフルエンザの流行では、
多くの患者さんが急速に進行する肺炎のために命を落としています。
また、最近の研究では現在の新型インフルエンザAは、
肺の組織の中でも増殖する性質を持っている、との報告があります。

新型インフルエンザの診断が可能な状況であれば、
その結果を見てから治療の方針を立てることが出来ます。
しかし、現実には診断の方法はあっても、
その手段は行政の手に握られていて、
僕の手には届きません。

こうした状況の中で、目の前の患者さんを守るためには、
より悪い可能性を想定して、
対応策を考えてゆくしか道はありません。

従って、この時点で僕は、
Cさんは新型インフルエンザに感染していて、
そのウイルスは肺の中でも増殖している可能性がある、
と判断しました。

その場合、どういう治療が望ましいでしょうか?

まず、抗ウイルス剤をどうするか、という問題があります。
使える薬は皆さんお馴染みのタミフルかリレンザです。
このうちタミフルは飲み薬で、リレンザは吸入薬です。

患者さんの年齢は20代ですから、
両方の薬剤とも使用に制限はありません。
新型インフルエンザでタミフル耐性菌が増加している、
との話があり、それを信じるなら、リレンザを選択したいところです。
ただ、もしこの患者さんの肺の組織に、
その時点でインフルエンザウイルスの増殖が始まっているとしたら、
吸入薬であるリレンザで、
果たして充分な効果が得られるでしょうか。
製薬会社の説明では、
肺に広く分布してウイルスの増殖を抑えた、
とのデータがあります。
しかし、矢張り全身に効果を及ぼすタミフルと比較すれば、
その肺への作用は弱いことが推測されます。

それで僕は、迷った挙句にタミフルを処方しました。

次に抗生物質の使用をどうするのかです。

これも新型インフルエンザの重症化の要因に、
細菌による肺炎の関与が大きいのでは、
と推測させるデータがあり、
それを考えれば、早期の抗生物質の使用が、
重症化を食い止める可能性があるのです。
このために主に肺炎球菌をターゲットにして、
抗生物質を処方しました。

大学とバイト先には連絡を入れました。
(勿論患者さんの同意の上です)
それから翌日午後の再受診を指示しました。
その日の診療は通常の患者さんとは、
待合の段階から完全に分離して行ない、
翌日の診察も事前に電話をしてから、
受診をしてもらうことにしました。
もし翌日咳き込みや呼吸の状態に悪化の傾向があれば、
速やかにレントゲン撮影等検査を行ない、
場合によっては高次の医療機関へ紹介の段取りも想定しました。

幸い、翌日の受診時には、
全身状態は改善に向かっていて、
咳き込み自体も続いてはいましたが、
悪化の傾向は認めませんでした。

そして、現在も慎重に経過を診ていますが、
患者さんはほぼ順調に快方に向かっています。

日本におけるインフルエンザ A (H1N1) の確定者数は、
2009年7月24日現在の累計報告数で、
総計 5022名 に上っています。

しかし、これは氷山の一角であり、
こんな数字を出すこと自体が、
欺瞞以外の何物でもないことは、
皆さんも良くお分かりかと思います。

僕の手元にある資料では、
7月の最初の1週間に、
600人以上の新型インフルエンザの患者さんが、
確認されたことになっていますが、
その発生地には非常な偏りがあり、
熱心に検査をするかしないかの行政の対応によって、
データが大きく歪められている実態が窺えます。

診療所の周辺ではまだ一桁の患者さんしか、
確認はされていないことになっていますが、
実際には診療所だけでも、
疑い患者さんが数名検査を認められず、
そうした事例は他にも多く存在することを考えると、
結局集団感染のような「不祥事」が起こらなければ、
不都合なことは全てないものとして考える、
という行政の都合が、無批判にまかり通っているのが、
現在なのかも知れません。

新型インフルエンザがもう全国に広がっている現在、
全例に確定診断の検査をすることなど意味がない、
という意見のあることは承知しています。
確かにもっともな部分はあります。

しかし、僕の主張したい点は別にあります。

その1つは、ある伝染病の診断が、
行政に独占的に握られているような状況が、
本当に適切なものなのだろうか、と言うことです。
行政の担当者が患者さんの治療をし、
その責任を取ってくれるのであれば、
それでも納得が行きます。
しかし、少なくともこの7月10日以降、
新型インフルエンザを含む全ての発熱患者さんの治療の責任は、
僕を含む全ての医療機関の医者が負うべき、
と僕には何の断りもなく、
通達1枚で決められたのです。

治療の責任を持つ医者に、
どうして診断の権限がないのでしょうか?
治療に責任を持つということは、
当然診断に責任を持つことがその前提になる筈です。
それが全く許可されず、行政の不祥事になる時のみに、
診断が実施されるのであれば、
僕が患者さんを診ることを命令される筋合いは、
何処にもないように僕には思えます。
(患者さんを診察したくない、と言う意味ではありません、念のため)

それがまず1つめです。

2つめは新型インフルエンザに関する臨床上の特徴を、
何らかの形でもっと明確にした基準を作るべきだということです。
少なくとも日本のお偉方の調査の資料では、
季節性インフルエンザとさしたる違いはなかった、
という結論に終始しています。
しかし、だから両者を分ける必要はない、
という理屈はちょっと違うのではないか、と思います。
臨床上の特徴から、現時点で見分けが付き難いのだとすれば、
実際に診療する医者は尚更混乱します。
見分けの付かない2つのインフルエンザに対して、
その振る舞いには明らかに違う点もあるからです。
潜伏期は通常より長く、感染力もより長く持続します。
また、ウイルスは肺の組織でも増殖する、という報告もあります。

行政の方針決定に携わる専門家であるなら、
末端の医者の指針にもなるような、
両者の鑑別の指針を出すべきです。
それがないのであれば、実際に診療する医者の求めに応じて、
遺伝子診断も認めるべきなのではないでしょうか。

これが2つめです。

ただ、今回僕は初めて気付いたのですが、
日本における感染症の診療というのは、
いつもこうであったのです。

通常の季節性インフルエンザにしても、
簡易検査が海外で実用化されるまでは、
診断の方法は殆どなく、
ウイルスの性質についての診断は、
矢張り感染症研究所を頂点とする、
一種の官僚機構に独占されていた訳です。
患者さんの殆どを診るのは末端の医者であるのにも関わらず、
官僚機構の提示する情報は、
末端の医者の要求にはまるで応えてはくれません。
行政にとっての「不祥事」と捉えられる、
集団感染や院内感染の時にのみ、
いきなり行政が姿を現わし、
診断をする訳です。

しかし、実際にインフルエンザの感染症の実態が、
本当の意味で把握されたのは、
多くの患者さんの実際の診断に、
簡易検査が行なわれるようになってからです。
そのことによって、インフルエンザの早期診断が可能になり、
集団感染に対しても、
より早期に対応することが可能となったのです。

今本当に必要なのは、簡易診断と同じような簡便さで、
新型インフルエンザが診断出来る方法が開発され普及することです。

しかし、実際には誰もそんな研究はしてはおらず、
遺伝子診断を1時間以内で出来るように縮めるなどと言っているのです。
1時間に縮めたって、結局やらないのなら同じことです。
そんな検査を求めている末端の医者は誰もいない筈です。

最後に1つ、象徴的な事例をご紹介しましょう。

先週栃木県で国内2例めの、
新型インフルエンザによる脳炎が、
発生したというニュースです。

県と宇都宮市は23日、新型インフルエンザに感染した県内の小学生女児が感染症法に基づく急性脳炎と診断されたと発表した。国内で2例目。女児は市内の感染症指定医療機関に入院しており、38・5度の発熱とめまいなどの意識障害があるが、意思疎通はできるという。  県と同市によると、女児は県東健康福祉センター管内(真岡市、茂木町、市貝町、芳賀町、益子町)在住。21日に発熱、せきの症状が出たため、22日に診療所を受診したところ、簡易検査でA型インフルエンザ陽性だった。22日午後11時ごろ、意識がもうろうとするなどの症状があったため、宇都宮市内の病院に救急搬送され、23日に市衛生環境試験所の遺伝子検査で新型インフルエンザと確定した。女児や家族に海外への渡航歴はなく、感染ルートは調査中という。

お読みになればお分かりかと思います。
このお子さんは診療所でA型インフルエンザと診断されたのですが、
行政にはその日の診断を認められなかったのです。
(勿論推測ですが、多分間違ってはいないと思います)
新型インフルエンザの検査をしたのは、
その翌日、そのお子さんが急変した後のことだったのです。
どうしてすぐに検査をしなかったのでしょうか?
それは集団感染でも重症でもなかったからです。
しかし、最初の診療所の医師は、
これも僕の推測ですが、
無念の思いを感じている筈です。

重症になってからの検査では、
遅い場合もある筈です。
こんなあり方は絶対に間違っています。

でも、これが冷酷な現実なのです。

以上、新型インフルエンザ診療の現場からお届けしました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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みちぽんぬ

新型インフルエンザに関する情報をよく聞いたり調べたりしていますが、
現在の日本の行政の対応には少なからずがっかりさせられました。
1976年にアメリカで豚インフルエンザが発生し、安全性が確かめられないままワクチン接種が行われたことについて、
「あの時の失敗は決定権を政治家に譲ったことだ」という意見もあるそうですね。
実際に患者さんを診ているのは現場の医師の方々、
有効な策が講じられずに感染が拡大した際、混乱するのは
地域の医療機関…
医師の方々の生の声を活かして、問題を解決していける国であってほしいと心から願っています。
by みちぽんぬ (2009-07-28 09:05) 

fujiki

みちぽんぬさんへ
コメントありがとうございます。
そうお考え頂くと大変うれしいのですが、
現実がそうならないことは、
ほぼ確実と思われるのが切ないところです。
by fujiki (2009-07-28 13:49) 

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