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高齢者の抗凝固療法について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは、今日の話題です。

何日かに分けて、高齢者の抗凝固療法について、
取り上げたいと思います。

今日は、1つの事例をお示しします。

いつものことですが、
患者さんの特定を避けるため、
事実に基づいてはいますが、
敢えて事実を変えた部分のあることを、
予めお断りしておきます。

Sさんは80代の女性です。
75歳の時に脳梗塞を起こし、
左半身が不自由になると共に、
入院中から認知症の症状が出現、進行しました。

入院と共に、
認知症の症状が悪化するのは、
よくあることです。

身体の具合が悪くなると同時に、
病院というそれまでとは異質の環境に、
有無を言わさずに投げ込まれ、
苦痛を強いるような治療を受けるのですから。

しかも、まずは脳梗塞の治療が優先されるのです。
どうしても、認知症への対応やケアなどは、
二の次になります。

そして、急性期の病院から転院する頃には、
立派な寝たきりの認知症患者が完成している訳です。

リハビリが継続出来るかどうかは、
かなりの部分、本人と家族の意欲に左右されます。
従って、現実的には認知症の進行した患者さんでの、
リハビリの継続は困難となり、
転院先の所謂「老人病院」では、
経過を見るだけの治療が主となるようになります。

急性期の病院から転院する時点で、
Sさんにはバイアスピリン100mg と、
パナルジン(一般名チクロピジン)が、
200mg で処方されていました。

これは抗血小板療法と言って、
脳梗塞の再発を抑えるための治療です。

アスピリンもパナルジンも、
血小板の働きを抑える薬です。
そのことによって、血を固まり難くして、
脳の血管が詰まるのを防ぐのです。
単独でも使いますが、
再発のリスクの高い時は、
2つを一緒に使うのが、より効果がある、
と言われています。

両方が使われているということは、
それだけSさんの再発のリスクが高かったことを、
示していると思われます。
しかし、注意しなければならないことは、
2つの薬を使えば、
それだけ副作用のリスクも高くなるのです。
血を固まり難くした時の副作用は、
勿論出血ですね。

その薬は、転院先の病院でも、
そのままの量で継続されました。

Sさんは、それから数ヶ月経つと、
またその病院を退院し、
今度は老人保健施設、という施設にそのまま入所します。

老人保健施設というのは、
病院と老人ホームの中間のような意味合いの施設です。

高度な治療はしませんが、
医師や看護師は常駐していて、
薬も処方されます。
また、必ず病院を併設していて、
具合が悪くなれば、
病院に移ることが簡単に出来るような仕組みになっています。

本来は、開業医に掛かっているのと、
同レベルの治療は可能な施設の筈です。
しかし、現実には「ただ薬が出ているだけ」、
のような施設が少なからず存在するのも事実です。

僕の知っているある老人保健施設では、
入所の際に、
「ここでは薬は変更出来ません。
検査も一切出来ません。ただ、様子を見るだけの場所ですから」、
とはっきり言われるそうです。

しかし、ここも終の住処にはなりません。
長く入所していると施設の方が、
損をする仕組みになっているからです。

Sさんはそれからも数ヶ月毎に、
施設や病院を転々とした上で、
僕が関わっている特別養護老人ホームに、
入所されました。

特別養護老人ホームというのは、
本来はご自宅に戻る前に、
一時的に身を置く場所です。

しかし、入所期間の制限がないので、
実際には、具合が悪くなって病院へ入ることはあっても、
ご自宅へ戻ることは殆ど例がありません。

入所された時点では、
その前にいた老人保健施設からの紹介状が、
送られて来ましたが、
そこには脳梗塞を起こした日時と経過とが、
簡単に書かれていただけで、
薬は同じバイアスピリンとパナルジンとが、
そのまま処方されていました。

日本の医療の問題点の1つが、
ここにあります。

急性期治療を行なった病院の、
治療方針と病状についての情報が、
医療機関や施設を転々としているうちに、
きちんと伝わらず、断片的なものになり、
仕舞いには殆ど分からなくなってしまうんですね。
あたかも子供の伝言ゲームのようです。

パナルジンもアスピリンも、
副作用のある薬です。
しかし、その今後の投与の必要性について、
参考になるような情報は、
少なくとも僕の受け取った紹介状には、
全く書かれてはいなかったのです。

Sさんは入所されてから程なくのある夜、
認知症の悪化から混乱された状態になり、
歩けないのに1人で部屋を出ようとして、
ベットから転倒。
頭を床に強く打って意識を失いました。

外傷性の脳出血を起こしたのです。

すぐに病院に運ばれましたが、
しばらくの入院の後、
治療の甲斐なく亡くなられました。

勿論諸機関には届出をし、
施設側の明らかな落ち度がなかったか、
事件性はなかったのか等、
検討はされましたが、
結果としては問題はないものと判断されました。
ご遺族にも説明し、ご納得はされました。

ただ、僕自身としても、
非常に悔いの残っている事例ではあります。

これはあくまで仮定の話ですが、
血を止まり難くする薬を飲んでいなかったら、
Sさんは転倒しても、
脳出血を起こすことはなかったかも知れませんし、
仮に起こしても軽く済んだ可能性があります。

また、Sさんの病状を、
1人の医者が継続的に診ていたり、
同じ医者でなくても、
同じ医療機関で継続的に診ていたら、
転倒の危険性を、
もっと早くに察知し、
適切な対応を取ることが出来たかも知れません。

しかし、現在の医療のシステムが、
そのことを困難にしているのです。

皆さんはどうお考えになりますか。

明日はまた別の事例をお示ししたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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