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糖尿病治療薬シタグリプチンの心血管疾患への影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
シタグリプチンの心疾患への影響.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌にウェブ掲載された、
シタグリプチン(商品名ジャヌビア、グラクティブ)という糖尿病の飲み薬の、
心血管疾患の予後に与える影響を解析した論文です。

今年のアメリカ糖尿病学会でも発表され、
世界的に話題を集めたものです。

まず、その背景からお話したいと思います。

シタグリプチンは、
DPP4阻害剤というタイプの糖尿病治療薬です。

このタイプの薬には、シタグリプチンの他に、
ビルダグリプチン(エクア)、アログリプチン(ネシーナ)、
リナグリプチン(トラゼンタ)、サキサグリプチン(オングリザ)、
などがあります。

DPP4阻害剤はインクレチン関連薬と呼ばれる薬の1つで、
インスリン分泌を主に食後のみに刺激すると共に、
インスリンに拮抗するホルモンである、
グルカゴンの分泌を抑えます。
それ以外に動物実験では、
膵臓のインスリン分泌細胞を増やすのではないか、
というようなデータも報告されています。

つまり、
これまでの糖尿病治療薬は、
専らインスリンを増やすという薬で、
そのために低血糖などの副作用が起き易く、
血液のインスリン濃度も上昇するため、
動脈硬化もむしろ進行させる可能性が危惧されるのですが、
理屈の上ではインクレチン関連薬は、
そうした副作用が少なく、
動脈硬化性疾患の予防にも、
役立つ可能性が示唆されるのです。

そんな訳で、
このDPP4阻害剤の使用は、
特に日本で急速に広まりました。

この薬の使用によりマイルドに食後血糖は低下し、
低血糖の副作用は確実に少ないことが確認されました。

ここまでは想定通りです。

そうなると次に証明するべきは、
この薬の長期使用により、
心筋梗塞や脳卒中などの、
心血管疾患が予防されるのか、
ということになります。

しかし、これまでに多くの臨床試験が行われましたが、
DPP4阻害剤で心血管疾患の予防効果が明確に認められた、
という結果は一度も得られていません。

それどころか、
却ってリスクを増加させることを、
示唆するような結果が得られています。

サキサグリプチンとアログリプチンの心血管疾患への影響を、
比較検証した、
SAVOR-TIMI53とEXAMINEと名付けられた臨床試験では、
両者の薬剤共、未使用と比較して、
心血管疾患を増やす影響も減らす影響も、
共に有意には認められませんでした。

しかし、予想外の結果として、
SAVOR-TIMI53試験においては、
サキサグリプチンを使用した方が、
使用しない場合の1.27倍、
有意に心不全による入院のリスクを増加させる、
というデータが得られたのです。

アメリカのFDAは今年の4月、
このデータを受けて、
心血管疾患のリスクについて、
添付文書に追加の記載を行なう決定を行ないました。

心不全時に上昇するBNPというホルモンは、
DPP4で阻害されるため、
DPP4阻害剤を使用していると、
BNPは上昇してもおかしくはありません。
BNPはむしろ防御的に上昇するものなので、
これが心臓に対して悪い影響を与えるとは言えないのですが、
この薬と心臓との関連を示すことは確かで、
そうした点からも、
DPP4阻害剤全般と、
心不全との関連が危惧されたのです。

今回のデータは別箇のDPP4阻害剤であるシタグリプチンのものです。
世界38か国で登録された、
50歳以上で心血管疾患を持つ2型糖尿病の患者さんで、
通常の治療によりHbA1cという血糖コントロールの指標が、
6.5から8.0%である、
トータル14671名をくじ引きで2つのグループに分けます。
一方はシタグリプチンを100㎎上乗せし、
もう一方は偽薬を使用して、
その後平均で3年間の経過観察を行ないます。

基本的にはシタグリプチン未使用の場合と比較して、
心筋梗塞や脳卒中などの発症が、
明らかに使用群で高いとは言えない、
すなわち未使用と比較して、
心血管疾患の予後において非劣性であることを、
証明するための試験となっています。

その結果、
心血管疾患による死亡や心筋梗塞、脳卒中などのリスクは、
シタグリプチン使用群で11.4%、未使用群で11.6%に発症していて、
殆ど差はない、ということが示されました。
偽薬に対する非劣性が確認された結果です。
一方で優越性も認められませんでした。
サキサグリプチンで問題となった、
心不全による入院のリスクも解析が行われ、
これも発症率には全く差がない、と言う結果になりました。

DPP4阻害剤でもう1つ議論になるのが、
この薬により膵炎や膵臓癌のリスクが増加するのではないか、
と言う点ですが、
それについても解析が行われ、
今回のデータの範囲では、
これも偽薬との間で差がない、と言う結果になりました。

今回の結果は充分な例数を取り、
登録も世界規模で行われ、
手法も厳密なもので、
平均で3年という期間を観察しているので、
同種のこれまでの試験の中では、
最も信頼性の高いものと言って良いと思います。

その範囲で分かることとしては、
シタグリプチンを通常の治療に上乗せして使用することは、
心不全を含む心血管疾患に対して、
3年程度の期間では、
良い影響も悪い影響も与えない可能性が高い、
ということです。

これはサキサグリプチンの事例がありましたから、
安全性を確認する内容となっているのですが、
逆に大した血糖降下作用もなく、
心血管疾患の予防効果もないとすれば、
この薬を長期間使用することに、
一体どのようなメリットがあるのか、
疑問に感じるような結果となっていることも事実です。

理論的には良い筈の薬が、
実際にはあまり目に見えた結果を出せていない訳で、
今後はこの薬が長期予後にプラスに作用するような患者さんの同定と、
そもそもプラスになり得るのか、と言う検証も含めて、
知見の蓄積を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

Silvermac

ネシーナ服用しています。ステント手術をしましたので、バイアスピリンも服用していますが、大変参考になりました。
by Silvermac (2015-06-29 09:22) 

fujiki

Silvermacさんへ
ネシーナもFDAからは、
データの追加提供を求められていますが、
今のところ明瞭なリスク増加、
ということはないようです。
by fujiki (2015-06-30 06:05) 

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