SSブログ

甲状腺ホルモン製剤の処方増加を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺機能低下症の治療の増加.jpg
今月のJAMA Intern Med誌の電子版に掲載された、
甲状腺ホルモン製剤の処方動向についての論文です。

甲状腺の病気の中で最も多いのは、
橋本病などの原因による、
原発性甲状腺機能低下症です。

甲状腺の慢性の炎症や加齢などの影響で、
甲状腺のホルモンを作る働きが落ちて、
血液中の甲状腺ホルモンが低下する病態です。

この場合血液の検査において、
甲状腺ホルモンであるT3やT4の数値は低下し、
下垂体から出て甲状腺を刺激する、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)の数値は上昇します。

原発性甲状腺機能低下症の、
一番鋭敏な診断の指標は、
TSHの数値です。

全く正常のTSHの数値は1から3mIU/Lくらいまでですが、
検査会社の基準値は、
概ね0.4から4くらいに設定されています。

基準値より高ければ、
それだけ通常よりTSHが刺激されている、
ということになり、
下垂体や視床下部に問題がなければ、
甲状腺機能が低下している、
ということになります。

逆に基準値より低ければ、
TSHは抑制されている、
ということになり、
これも下垂体や視床下部の異常がなければ、
甲状腺機能は亢進している可能性が高い、
ということになります。

一般に甲状腺ホルモン自体の数値は、
機能低下や機能亢進が顕著にならなければ、
異常値にはなりません。

これは甲状腺機能のマーカーとしては、
TSHが最も鋭敏である、
という言い方も出来ますし、
血液の甲状腺ホルモンの数値は、
必ずしも個々の臓器の甲状腺ホルモンの機能を、
正確に反映しているとは言えない、
という言い方も出来ます。

軽度の甲状腺機能低下症では、
従ってTSHは上昇しますが、
甲状腺ホルモンの数値自体は低下しません。

これを潜在性甲状腺機能低下症、
というような呼び方で区別することもあります。

甲状腺機能低下症の治療は、
甲状腺ホルモン製剤を使用して、
甲状腺機能を正常に戻すことです。

通常のガイドラインにある、
甲状腺機能低下症の治療開始の基準は、
TSHの数値が10mIU/Lを越える場合、
と規定されています。

通常のTSHの基準値の上限は、
概ね4くらいに設定されていますから、
10という数値はそれよりはかなり高い数値です。

この理由は色々ありますが、
TSHが4~9程度の軽度の上昇では、
身体的に治療を要するような甲状腺ホルモンの低下は見られず、
その多くが潜在性の機能低下症に留まっていることと、
軽度の機能低下症をホルモン剤で治療すると、
過剰投与になり易いことが、
その主な理由となっています。
つまり、TSHが10未満の機能低下症では、
治療する意義が乏しく、
過剰使用による弊害が、
生じ易い、と言う判断です。

ただ、妊娠中ではお母さんのTSHを、
2.5を越えないように調節した方が、
流早産を予防出来る、という知見があり、
特に橋本病で妊娠をされるお母さんには、
そのレベルの調節が望ましいという意見があります。

しかし、それ以外の場合には、
治療の開始はTSHが10を越える時、
というのが1つのコンセンサスになっています。

ただし…

以前ご紹介したように、
TSHが僅かに上昇している程度の機能低下症でも、
だるさや抑うつなどの症状が出現し、
それが少量の甲状腺ホルモン製剤で、
改善した、という事例を、
個人的には複数経験しています。

これは別に僕だけが言っていることではなく、
同様の報告は国内外を問わず見られます。

つまり、TSHが10を越えなければ身体への影響はない、
というのは一般論としては事実であっても、
個別にはより軽症の機能低下症で、
その症状に苦しんでいる患者さんもいるのです。

そうした患者さんに限って、
軽症でも治療を行なう、と言う方針が、
全て誤りとは思えません。

軽度の甲状腺機能低下症にホルモン剤を使用すると、
過剰投与になり易い、という意見もありますが、
現在では甲状腺ホルモン製剤は安定性が増し、
微調整も可能ですから、
慎重に量の調整を行なって、
TSHが1から3のレベルに調整が可能であれば、
過剰投与という批判には当たりません。

ただ、その一方で、
実際に不必要なホルモン剤の使用も、
行なわれているとは思います。

TSHの基準値の上限が4くらいに設定されているので、
4を越える場合には、異常値という判定になり、
甲状腺にはあまり詳しくない医療者が、
異常値であるという理由だけから、
ホルモン剤を安易に使用する、
という事例もあることが想定されるからです。

上記の文献の記載によると、
アメリカにおいてもイギリスにおいても、
近年甲状腺ホルモン製剤の処方数は1・5倍を越えて増加している、
と書かれています。

これはスクリーニングとしての、
甲状腺の機能検査が、
近年より多く行なわれるようになったことが、
1つの理由と考えられます。

しかし、その処方は本当に適切なものでしょうか?

TSHが10以下の本来は適応でない患者さんに、
漫然とホルモン製剤が使用され、
却って潜在性の甲状腺機能亢進症となっている事例は、
意外に多いようにも思われます。

今回の文献はイギリスで2001年から2009年に掛けて、
甲状腺ホルモン製剤が処方された患者さんのデータを解析し、
治療前後のTSHがどのレベルにあったのかを検証しています。
のべ5万人以上が対象となっています。

その結果…

2001年の時点で甲状腺ホルモン製剤が使用された患者さんの、
治療前のTSHの平均値は8.7mIU/Lであったのに対して、
2009年には7.9に低下していました。
この間に処方は1.74倍増加しています。

つまり、この間によりTSHが低い患者さんにも
ホルモン剤の使用が行なわれるようになった、
ということをこのデータは示しています。

TSHが10以下でもホルモン剤が処方される頻度は、
この間に1.3倍に増加していました。

治療開始後5年以降でのTSHの測定値は、
その5.8%では0.1未満となっていて、
これはホルモンの過剰投与によって、
薬剤性の機能亢進症が生じていることを示しています。

つまりこの10年間の間に、
より軽症の患者さんにホルモン剤が使用され、
過剰投与が増えているのではないか、
という指摘です。

こうした傾向は確かに日本でもある、
と僕は思います。

ただ、常にTSHが10を越える時のみ治療を行ない、
TSHが完全に抑制される量までは、
決して増量をしない、
という方針が常に正しいかと言えば、
それは必ずしもそうではないと、
個人的には考えます。

外部からのホルモンの使用により、
甲状腺を刺激されない状態にすることが、
身体にとってメリットがあるケースもあり、
内因性のホルモンにより過剰となるケースとは、
分けて考えた方が良いと思うからです。

また、前述のように事例を選んで行えば、
TSHが10以下の事例においても、
ホルモン剤の使用が患者さんの症状を取る上で、
メリットのあるケースは存在していると思います。

ただ、そうは言っても、
甲状腺ホルモン製剤が、
特に軽症の患者さんにおいて、
漫然と長期使用されているケースは、
少なからずあると思われ、
末端の臨床医の1人としては、
より慎重な適応の判断と、
きめ細かい補充量の調節とを、
心掛けたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(24)  コメント(10)  トラックバック(0) 

nice! 24

コメント 10

takako

はじめまして。現在不妊治療のためホルモン注射をしております。
先生の記事のホルモンとは違うのかもしれませんが、女性がホルモン注射をすることにより乳がんのリスクは高くなりますか?
ホルモン注射を使う期間も関係するのでしょうか?
by takako (2013-10-24 16:52) 

fujiki

takakoさんへ
これは結論は出ていない問題だと思います。
排卵誘発剤の使用により、
乳癌が増えたという文献のある一方、
むしろ減ったという文献もあり、
報道もされた2011年のJNCIの文献では、
不妊治療後に妊娠されなかった方では、
若年性乳癌のリスクはむしろ低下していました。
女性ホルモンは乳癌の増殖を促す刺激になるのは事実です。
しかし、それを言えば、
正常妊娠では女性ホルモンは上昇するのですから、
お子さんを生んだ女性の方が、
乳癌のリスクは高いことになりますが、
決してそんなことはありません。
つまり、この問題はそう単純なものではなく、
単純に不妊治療がリスクになる、
というような言い方は暴論に過ぎません。
どちらかと言えば、
比較的高齢で女性ホルモンの暴露を受けることが、
問題なのかも知れません。
by fujiki (2013-10-24 22:17) 

takao

先生、お忙しい中お返事ありがとうございます。
ちょっと心配していたので、確実にリスクが高まるという
ことでもなさそうなので安心しました。ところで、不妊治療
は30-40代でやることが多いと思いますが、この年代は先生
のおっしゃる比較的高齢にあてはまるのでしょうか?
by takao (2013-10-25 21:08) 

fujiki

takaoさんへ
当て嵌まりません。
by fujiki (2013-10-25 22:49) 

ほし

はじめまして。
記事を拝見させていただきました。
普段からですが、特に寒くなってくると、冷え、むくみ、だるさ、抜け毛、落ち込み等の症状が強くあらわれます。
このような症状から甲状腺低下を疑い、2度検査をしました。
一度目は
FT4→1.1(基準値1.0~1.8) 
FT3→2.85(基準値2.60~5.10) ※TSHは測っていません
二度目は、
FT4→1.2(基準値1.0~1.8)
FT3→2.3(基準値2.2~4.4) ※TSHは1.270です。

2度の検査とも、低い方ではあるが、範囲内であるので治療する必要はないとのことでした。

この結果で質問ですが、TSHの数値はFT4やFT3がどれ位まで下がったら上がるのでしょうか。基準値を大幅に下回らないと上がらないのでしょうか。
私の場合、FT4とFT3が範囲内ではあるが、低値にも関わらず、TSHも低めなので、体は甲状腺ホルモンを必要とせず、この体調の悪さは、甲状腺低下以外に原因があると考えた方がいいのでしょうか?

長くなりましたが、よろしければコメントよろしくお願いします。
by ほし (2013-11-27 21:10) 

fujiki

ほしさんへ
軽度の甲状腺機能低下症では、
FT3やFT4は低下せずに、
TSHのみが上昇します。
甲状腺の検査としては、
TSHが最も精度が高いのですが、
個人的にはFT3とFT4は、
それほど信用をしていません。
(役に立たないという意味ではなく、
軽度の変化に微妙に反応はしない、という意味です)
ただ、勿論下垂体や視床下部に問題があれば、
TSHは機能低下でも上昇しないので、
その場合は感度の良い指標はありません。
念の為副腎機能低下の有無についても、
検査をされた方が良いかも知れません。
by fujiki (2013-11-30 08:33) 

ほし

ご回答ありがとうございました。
副腎機能低下についても検査してみます。
また、その際に、下垂体や視床下部の問題についても検査してみた方がいいのでしょうか?
それとも、
FT4→1.2(基準値1.0~1.8)
FT3→2.3(基準値2.2~4.4) ※TSHは1.270
の数値では下垂体や視床下部が悪い可能性はないでしょうか。

以前、甲状腺の検査をした際に、医師から、「〇〇の可能性もあるかもしれないが。」と言われましたが、結局そのままで、無理をしない生活をし、自分で体調管理に気を付けてくださいと言われただけでした。

〇〇が何だったのかは覚えていませんが、その時の医師から、甲状腺の検査結果を見て馬鹿にしたような態度を取られたので、深く聞くことが出来ずそのままにしていました。
もしかしたら、下垂体のことなどを言われていたのかなと気になり、その可能性があるならそちらも検査したいと思っています。

何度も申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。
by ほし (2013-12-02 18:01) 

たもさん

先生はじめまして。質問なのですが、先日血液検査で甲状腺ホルモンの数値が
TSH 6.51 基準値 0.54~4.54
T3 3.3 基準値 2.1~4.2
T4 1.18 基準値 0.97~1.71 若干TSHが高いのですが、この検査結果を見て先生ならどう判断されますか。私が行った病院の先生は、再検査の必要はないといわれました。よろしくお願いします。
by たもさん (2015-04-02 17:32) 

fujiki

たもさんへ
TSHの6.51はやや高めなので、
潜在性の甲状腺機能低下症の可能性はあると思います。
年齢と共にTSHは上昇しますので、
ご年齢が75歳以上でしたら、
正常範囲と考えて頂いた良いと思いますし、
それ以下でしたら、
3か月後くらいに、
再検査をされるのが良いのではないかと思います。
あくまで個人的な考えです。
診療所ではこうした場合には、
橋本病のチェックと甲状腺のエコーはすることが多いのですが、
必ずしも必須ということではないと思います。
by fujiki (2015-04-03 08:14) 

たもさん

先生返信ありがとうございます。7月くらいにもう1度血液検査に行こうと思っています。質問なのですが、1回目の検査でTSHが6.51で次の検査でTSHが正常範囲の3や2に下がっている可能性もあるんでしょうか。そういった場合、一時的になんらかの原因でTSH値が上がっていたということになるんでしょうか。一時的にTSHが上がったり下がったりすることというのはありふれてある事でしょうか。
by たもさん (2015-05-04 15:08) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0