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医学の発見とその報道について [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日大新聞にこんなニュースがありました。
(伏字以外は公開されたネットの全文ですが、
紙媒体の記事はもう少し長くなっています)

【高脂血症治療の市販薬にC型肝炎ウイルス感染防止効果】
【小腸からのコレステロール吸収を抑える高脂血症治療の市販薬に、C型肝炎ウイルス(HCV)の感染を防ぐ効果があることが、広島大と米イリノイ大のグループの共同研究でわかった。将来、がんになる可能性が高いC型肝炎の治療法への応用が期待出来る。医学誌ネイチャー・メディシン電子版に9日、発表する。】
【広島大病院の○○院長らは、小腸の細胞で食べ物からコレステロールを吸収する際に働くたんぱく質「NPC1L1」が、肝臓細胞の表面にもあることに着目。ウイルスの体にはコレステロールが含まれているため、NPC1L1がHCV感染にも重要な役割があると考えた。】
【人間の肝細胞を移植したマウスをHCVに感染させる実験で、NPC1L1の働きを妨げる高脂血症治療薬「エゼチミブ」を事前に投与した7匹のうち、5匹は感染しなかった。】

何か日本の素晴らしい研究者が、
素晴らしい研究成果を上げた、
という印象を与える記事です。

あらゆる権威が、
地に引き摺り落とされ、
泥に塗れてるような現代に、
その権威を引き摺り落とす主役であるマスメディアが、
不思議とこうした科学の研究成果については、
殆ど何ら批判精神なしに、
古代の神を崇めるように、
美辞麗句で紹介し続けるのは、
何やら不思議な思いがします。

それでは記事の元になった、
Nature Medicine誌の当該記事を見て頂きます。
こちらです。
ゼチーアとC型肝炎論文.jpg
まずこれは論文ではなくレターの扱いです。
11人の著者の方が書かれていますが、
日本の研究者は4番目と5番目、そして後ろから3番目に、
載せられているだけです。
後は全てアメリカの研究者の名前です。

勿論共同研究であることは事実ですが、
上の記事では日本人が主体の研究であるように、
どう考えても読めてしまいます。

こういう書き方はどうなのでしょうか?

僕には何か誇大な表現のように思えます。

イリノイ大の研究に、
広島大学が協力した、
というのが妥当な表現ではないでしょうか?
仮に主体が広島大の研究なのだとすると、
この扱いは酷いもので、
イリノイ大への抗議に値すると思います。
論文のトップネームかどうかというのは、
その研究者の業績としては、
結構重要な場合があるからです。

最初の記事の最後のパラグラフには、
マウスでC型肝炎の感染が、
7匹中5匹で防御された、というように書かれています。

どう読んでもそう読めますよね。

しかし、レターの原文を読むと、
大分ニュアンスが違います。

これは人間の肝細胞を導入したマウスに、
エゼチミブを2週間飲ませ、
その時点でC型肝炎ウイルスに感染した血液を輸血して、
その1週間後に血液中のウイルスのRNAを調べているのです。
その結果、エゼチミブを飲ませていないグループでは、
5匹中全例で感染が認められたのに対して、
薬を2週間飲ませると、
7匹中2匹しか、
血液のウイルス遺伝子は検出されなかった、
という結果です。
それでは感染が起こらなかったのかと言うと、
決してそうではありません。
これはあくまで輸血後1週間の結果だからです。
輸血後3週目までには残りの5匹のうち3匹は、
感染が確認されています。
そしてそのうち1匹は観察中に死亡しています。

つまり、
輸血後3週間までの観察で、
感染しなかったのは7匹のうち2匹だけでした。

要するにこの薬には感染を単独で防御することは出来ないけれど、
感染の成立を遅らせることは出来る、
というのが正確な研究の結果です。

感染防止効果というのは言い過ぎで、
感染成立遅延効果というのが実際なのです。
(細胞培養などの基礎的な実験では、
感染防止効果は認められています)

勿論文献自体には、
間違いなくそう書かれています。

エゼチミブという薬は日本では1日10㎎が使用量です。
文献ではマウスの体重1キロ当たり10㎎を使用していますから、
人間に換算するとかなり大量ということになります。
それでもこの薬は元々小腸からのコレステロールの吸収を阻害するのが、
その主作用なので、
口から飲んだ薬の多くは、
小腸の細胞に捕捉され、
肝細胞には働かないのです。

従って、経口以外の方法で、
直接的に肝細胞で薬の効果を試し、
かつ前処置ではなくて輸血後もその使用を継続すれば、
感染が防御された可能性はありますが、
この文献ではそこまでの検証はしていないのです。

一時が万事こんな感じなので、
僕は元の文献を読まないで、
こうした記事を信じることは、
基本的にはしていません。

皆さんも是非そうした記事を、
そのまま信用はされないようにして下さい。
これは所謂大本営発表なのです。

ただ、文献自体は非常に興味深く面白いものです。

少し長くなりましたので、
文献の詳細とエゼチミブの不思議については、
明日ご紹介したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

ごぶりん

ゼチーアは臨床での使用実績とは裏腹に、妙に褒め称えるような
論文がたまに出ており、この大新聞社の記事も眉唾臭いなぁで
終わっていたので、先生が記事元を調べて解説して下さるのは
本当にありがたいです。
明日の記事も楽しみにしておりますです。
by ごぶりん (2012-01-12 22:43) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
この薬はメカニズム的には非常に面白く、
多くの治療効果の可能性を期待させるのですが、
実際の臨床応用では、
まださほどの効果が出ていません。
カルシトニンなどと同じように、
結局あまり大したことはなかった…
ということになるのか、
それとも使用法によっては患者さんに、
大きなメリットをもたらすのか、
現時点ではまだ不明なように思います。
低用量のスタチンとゼチーアの併用が良いのだ、
という意見を、
あちこちで強く主張される先生がいらっしゃいますが、
ちょっと製薬会社に都合の良過ぎる意見で、
医療のコスト意識には欠けているように、
現時点では僕には思えます。
by fujiki (2012-01-13 08:14) 

ハナボウシ

新聞記事にまともな物があるのかな?
新聞とTV見なくなって10年?
久しぶりに会った高校の同級生が
息子が大新聞の記者だと
嬉しそうに話すのにただ沈黙。
by ハナボウシ (2012-01-25 16:52) 

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